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5 布袋

 グノンおじさんが呼んでくれた侍女について、イリーナさまの部屋へ入ると、やっぱりちょっと眠そうなイリーナさまがいた。それでもわたしの顔を見るとにっこりとしてくれる。

「アスタ、待ってたわ。さあ、好きなドレスを選んでちょうだい。わたくしがあなたくらいの背丈のときにきていたものを持ってきてもらったのよ。ドレスが決まればそれに合う装飾品も運んでもらうわ」

 指し示されたところには、両手を使っても数え切れないほどのドレスがあふれていた。

ピンク色でスカートのところどころにバラの花があしらわれたドレスもすてきだし、やわらかそうな白のドレスには、細かいレース模様のかざりがついている。レースが幾重にもかさなってスカートになっているラベンダー色のドレスはきっと歩いたらスカートがふわふわとゆれるんだろうなって想像できた。

どれもすっごくすてきだけれど、中でもわたしの目にとまったのは、やさしい春をおもわせるような若葉色のドレスだった。肩から胸の下まではレースで模様が入っていて、胸の下から始まるスカートは布が何重にも重なって、ふんわりと広がっていた。

「それでいいのかしら?」

 イリーナさまが問いかけてくると、わたしははっと我にかえった。

 いけない、つい可愛いデザインのものに目がいっちゃったけど、いちばん地味で目立たないのを選ばなきゃいけないんだった!

「いえ、あの・・えっと・・・」

 あわてて他のに目をやって、一番地味なのを探すけれど・・・一番地味なのってなんだろう?って思うくらい、華やかなドレスしかなかった。やっぱり若葉色のドレスに目がいってしまう。

「じゃあ、それにしたらどうかしら?」

 イリーナさまの一声によって、若葉色のものだけが残された。すでに装飾品は何にしようかという相談がはじまっていて、聞きなれない宝石の名前が飛び交っていた。ぜんぜん意味がわからないのでもう黙っていることしかできなかったけど。

「アスタもそれでいいわよね?」

 話を振られたのは突然で、何もきいていなかったけど、そんなこと言い出せるわけもなく、はいと答えた。イリーナさまは満足げに微笑んだ。

「じゃあ、それで用意してあげてちょうだい」

 その一声で、わたしは数人の侍女に囲まれて別の部屋へ移動し、髪を結い上げ、お化粧をされ、ドレスを着させてもらった。えりのところには花の飾りがつけられた。それから髪にも花飾りを挿してもらった。桃色と黄色と白のお花がまとまった飾りをみて、きれいだなとも勿論思ったけど、花の種類や名前が知りたくなった。

 鏡の前に案内されると、いつもの姿からは想像もつかないほど綺麗になったわたしが鏡の中にいた。くるんと回ったりしてみる。布をふんだんにつかったスカートはふんわりと膨らんで、お姫さま気分になれた。

 イリーナさまに見せに行くと、まあ、と口に手をあてて驚いた。

「すごく可愛いわ。花の妖精みたい。このままわたくしの妹にしてしまいたいくらいだわ」

 わたしのことをほめてくれているイリーナさまは、銀色の細いドレスを身に着けていた。そのドレスは光のあたりぐあいによって七色に光る。

「イリーナさま、すごくきれい。女神さまみたい」

「ありがとう。わたくしは実はこういう動きにくいドレスは苦手なのだけど、アスタにそう言ってもらえるなら、着てよかったかもしれないわ」

 本当は動きやすいほうがいいの、城から抜け出しやすいようにね。と言っていたずらっっぽく笑う。

「きのう怖い思いをさせてしまった分、今日は楽しんでちょうだいね」

「はい。ドレスまで貸してもらってパーティに招待してもらうなんて、村に帰ったらどうやってみんなに自慢しようってそればっかり考えてます」

「そういってもらえると、嬉しいわ。ドレスだけじゃなくて、リズの歌も、料理も、ケーキも、ダンスもうんと楽しんでね」

 イリーナさまは、わたしの頭にぽんとかるく手を置いた。もちろん結い上げた髪が崩れない程度に。

「アスタと話せてすこし落ち着いたわ。実は少し緊張していたの」

 そうだ、今日のパーティはイリーナさまが王太子になったと発表するパーティなんだった。

「あの、これ。よかったらどうぞ」

 ドレスのポケットに忍ばせていた布袋を取り出した。イリーナさまの手にそっと置く。それだけでもわかるくらいにイリーナさまの手は冷たかった。

「あら、温かいのね。それに、なんだかいい匂いがするわ。レモンかしら?これはなあに?」

 イリーナさまは袋を両手で包んだ。わたしはその手に自分の両手を重ねた。洞窟のなかでイリーナさまがしてくれたみたいに。やっぱりはっとするほど手は冷たくて、あたたまれって願いをこめた。

「わたし特性の、落ち着く薬です。手が暖かくなると落ち着きます。それに、好きな匂いをかぐのも」

「わたくしがレモンティーが好きだといったのを覚えていてくれたのね」

「はい。こんなものくらいでしかお役に立てませんけれど、イリーナさまの今夜が、いい夜でありますように」

 手を離して、膝を曲げて礼をした。

「とても落ち着くわ。ベッドに入るまでずっと持っていたいくらいよ。こんなすてきなものをもらったのは初めて。グノンも作ってくれたことないわ。アスタはいつもわたくしを喜ばせてくれるわね。ありがとう。あなたにとっても、いい夜でありますように」

 イリーナさまが布袋を握ってくれているのを見て、わたしは部屋を退出した。喜んでくれてほんとうによかった。


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