5 布袋
目が覚めたと同時に、ここがどこであるのかも構わずにわたしは時計を探した。ずいぶんぐっすりねむってしまった。まさか、寝坊したんじゃあ・・・!?
わたしは実は、今日のパーティに招待してもらったんだ。このパーティはイリーナさまが王太子になるって国民に発表するための会なんだって。せっかくだけど、王宮のパーティに出られるような服は何一つ持ってきていませんって言ったら、ドレスも装飾品もなんとイリーナさまが貸してくださることになった!すこし前のデザインのものでよければ、好きなものを選びに来て、って。もちろん身長的にも身分的にも身の丈に合うのを選ばせていただこうと思っているけど、一番地味なのを選んだって、王女さまのドレスともなればばわたしの家にある一番のワンピースよりも豪華でお洒落なものに決まってる。わたしのワンピースなんて、せいぜい村の誰かのホームパーティとか領主様へのご挨拶とか、使えてもその程度なものだ。王宮のパーティなんてお話にならない。しかもエスコートはセインさんが引き受けてくれるという。さすがにとても恐れ多いので、シアンさんに頼むからいいです、と断ったらドルガスさんに『シアン・ダジュールの隊はその時間は城内警備の勤務中だ』と教えられてしまった。こうして、わたしは王女さまの衣装を借りて、王宮魔法使いのエスコートを受けて、パーティに出席する約束をしてしまった。
目覚めてあわてて時計をみたのは、その約束をやぶってしまったのではないかとヒヤリとしたからだ。でも、幸いなことにまだお昼過ぎだった。正直に言うとまだすごく眠いけれど、もう一度寝たらぜったいに寝過ごしてしまうと思ったから、体を起こして、見覚えのないこの部屋から出ようとドアを開けた。
扉の向こうは王宮薬師部屋だった。いまいたところは、グノンおじさんが眠る為の仮眠室だったみたい。
「おじさん、おはよう」
のん気にそう言ったわたしだけど、おじさんは大慌てだった。
「やっと起きたのか、アスタ。今夜のパーティに招待されたそうだけど、大丈夫か?さっきイリーナさまからアスタが目覚めたら部屋に来るようにという使いがきたが。聞けば、ヴァレーヌ公爵子息と行くそうじゃないか。三男とはいえ公爵子息だぞ。ああ、いったいどうなっているんだ」
面白いくらいうろたえているおじさんの呟きをきいていると、どうやらわたしはその『ヴァレーヌ公爵子息』の連れであるからパーティに入れるんだそうだ。
だれそれ?と思ったけど、さすがに誰のことだかはすぐにわかった。セインさんだ。公爵子息ってうそでしょう?正直いってどのくらい偉い貴族さまなのかはわからないけれど、公爵家って言えばその家の人が宰相になったり、娘がいれば王家に嫁いだりさせているところでしょう?その子息?
でも、それを聞いてもわたしの思ったことといえば、あんなに髪ぼさぼさなのになあ、ということだった。パーティではちゃんと整えてくるのかしら。
わたしがそんなことを考えている間も、おじさんは部屋の中をうろうろしていた。
「とにかく、目が覚めたのならイリーナさまに使いをやろう。イリーナさま付きの侍女の力をかりられるのなら、アスタが彼と並んでも違和感のないようにしてくれるかもしれない」
わたしはあわてて部屋を飛び出そうとするおじさんの服の裾を掴んだ。
「ちょっと待って。イリーナさまに会うまえにやりたいことがあるの」
これは、パーティに招待してもらえることになったときから決めてたことなんだ。さいわい、いまわたしがいるこの部屋には、材料にも道具にも不足はない。ほんの少しづつ材料をわけてもらうことにした。すっきりとした香りが特徴の月花草の葉、チェディ種のピンク色をした美しい花びら、それから刺激を与えると加熱するスターチアの根、それからレモン。レモンはさすがに薬草棚にはないから、レモンティーをいただくために用意してあるお茶場からもらうことにした。
見たことのない組み合わせに、おじさんは目を丸くしている。そりゃあそうよ。いまから作ろうとしているものはバロダの書にだってのってない。わたしのオリジナルなんだから。
月下草の葉は細かく刻む。花びらはそのまま。スターチアの根はすり鉢ですりつぶす。レモンも皮を小指の爪くらいの大きさに切った。ほんの少しだけ指でつぶしておく。
それを見ていたおじさんは、ううんと首をひねった。
「アスタ、それをそうするんだ?薬湯にするのか?そんな組み合わせ聞いたこともないが・・・」
「そんなことするわけないでしょ」
ここまできても、まだわたしが何をしようとしているかわからないなんて、おじさん本当に大丈夫なのかしら?なんてね。
月花草とスターチアを混ぜてから、コインが何枚か入るくらいの小さな布袋に入れる。それからチェディの花びらを入れて、軽く袋を振る。うん、じんわりと温かくなってきた。そこにレモンの皮を入れたら完成だ。あとは袋の口を縛るだけ。この部屋にリボンなんてもちろんないだろうから、簡素なヒモで我慢かな。
イリーナさまは喜んでくれるだろうか?