4 洞窟
ドルガスさんは、困ったように頭をかきながら近づいてきた。
「まったく、どうして俺のまわりには気が強くて勇気あるお嬢さんが集まるのかねえ。だけど、おれはそういうお嬢さんに弱いんだよな。どうも面倒みたくなっちまうみたいなんですよ。姫さまは女王陛下にそっくりだ。おれは十二年前、同じようなことを言っている女王陛下を見たよ。亡くなった国王陛下の棺に向かって、誰もいないのを確認して『ただの公爵家の令嬢だったわたくしに、国を治めるなんてできるわけないじゃない』って泣いてるお姿をたまたま見てしまったときは、言葉がでなかった。でも、女王陛下は決して人前で弱音をはかなかった。気が強くて、誰よりも周りの人に優しいんだ。姫さまもそれはわかってると思うけど。おれから言わせてもらえば、そういうところがお二人はそっくりですよ」
ドルガスさんの言葉に、イリーナさまが顔をあげた。
「ほんとうに?お母さまがそんなことをおっしゃってたの?」
「ほんとうですよ。女王陛下の性格からして決してソレイユさまや姫さまにそんな姿はみせないでしょけど、あの方も大変な苦労をされましたよ。為政者としての教育を受けていたわけではありませんからね。寝る間も惜しんで勉強されて、いまの陛下の姿があるんですよ」
イリーナさまは、王女さまらしくもなく、服の袖で涙をぬぐった。
「そんなの、知らなかったわ。そう。それなら、お母さまよりもずっと恵まれた環境にあるわたくしが弱音なんて吐いてはだめね」
わたしから離れようとしたイリーナさまのことを、わたしはぎゅっと強く抱きしめた。
「だめじゃありません!」
思ったよりも大きい声がでてしまった、洞窟内にひびきわたる。みんなから驚いた目をむけられて、わたしは必死で言葉を足そうとしたけど上手く出てこない。それをうまく、リズさんが引き受けてくれた。
「あたしもそう思うわ。好きなだけ弱音でも悪口でも悪態でもどんどん言ったらいいと思う。だって、ここにいるのは、それを許してくれる人なんでしょうから」
リズさんが、いいたかったことを上手く言ってくれたから、わたしは何度も首を縦にふった。セインさんも頷いている。
「それを聞くくらいのことでイリィが元気になれるのなら、お安い御用だよ」
いつのまにか洞窟はうすぼんやりと明るくなっていた。イリーナさまはみんなのことを見回した。
「ありがとう。セイン、ドルガス、リズ、アスタ。ありもしないお宝のためにみんなをつきあわせて悪かったわ。アスタには怖い思いをさせてしまったわね」
「そんな!わたしが来たかっただけです。お役にたてないどころか足手まといにばかりなって、謝らなきゃいけないのはわたしのほうです」
「そんなことはないわ。でも、そういってくれてありがとう。こんな形になってしまったけれど、わたくしとお友達のままでいてくれるかしら?」
「もちろんです!」
イリーナさまがおどろくほどの速さでわたしはそう答えて、笑われてしまった。でも、笑えるほどに元気になってくれてよかった。
「お嬢さんがた、お宝はないなんて決め付けないでちょうだいな」
リズさんがおもむろに背負っていた竪琴をおろした。
「そろそろよ。あちらにご注目」
リズさんが指したほうをみると、洞窟の天井にでっかい穴があいてた。外で夜が明けた光がそこから流れてきて、洞窟の中はぼんやりと明るくなっているみたいだ。
「まもなく、あたしの歌がうそじゃないってわかる瞬間がくるわ」
それは、リズさんが竪琴をシャランと鳴らしたのと同時だった。
その穴から、まばゆい光が差し込んできたのは。黄金色の光の筋がいくつもいくつも洞窟の中に流れ込んでくる。そしてその光は洞窟内を照らし、真っ黒に見えていた足元の水をあざやかな青色に染め上げた。
そして竪琴の音とリズさんの歌声が洞窟内に響きわたる。
その光 まるで黄金がふりそそぐよう
その輝き 破魔の力をもつ剣のよう
冷たき水は 青いサファイアへと変わり
その光景は どんな病も治るほど
即興の短い歌を、竪琴の音で締めくくると、わたしたちのほうをみて悪戯っぽく笑った。
「もともとこういう歌にしようと思ってたのよ。ただ、これじゃあちょっとロマンに欠けるかなって思って、少し歌詞を変えたの。ほんものの黄金や宝石があるみたいにね」
「じゃあリズさんはここに何もないことを知ってたんですか?」
「まあ、そういうことね」
ごめんね、とあやまられてわたしは腰がぬけそうになった。だって、あんなに焦ったのに。
「でもね、あなたと冒険にでてみるのもいいかなって思ったのよ。真っ直ぐな目をして、目的のために一生懸命になるあなたの姿をみて、この子には素質があるなって思ったわ。でも、今のままじゃあとても危険でみてられなかった。湖畔亭では対抗する手段もないのに商人の男にくってかかったりね。まだ世間に触れたことがないのはすぐにわかったわ。だから今回、王女さまから話をいただいて、いっしょに冒険にいくのもいいかなって思ったのよ。実は、あたしも王宮でだらりと暮らしてるだけじゃ退屈だったってのもあるけどね。今日、あなたは怖い思いをしたかもしれない。でも、それはきっとあなたを強くするわ。これからも冒険をしたり、旅がしたいと思うなら、今日のことを忘れないでね」
わたしはこの神秘的な光景をみながら何度も頷いた。
夢はみているだけじゃあ叶わないってことは、じゅうぶんわかったと思ったから。