4 洞窟
「え?どうして?」
わたしがそう聞くと、セインさんが明かりをかかげた。すると、すぐそこから水が深くなっているのが見えた。いまわたしたちがいるところがぎりぎりだ。
でも、ここが洞窟の一番奥なら、お宝があるんじゃないの?黄金や、宝石や、伝説の剣やどんな病気も治る薬なんかが。黄金とかは正直言ってどうでもいいけれど、薬はあってもらわなきゃ困る。だって、わたしはその薬をみつけるためについてきたんだから。ここで役にたたなかったら、わたしがついてきた意味なんて本当に何もなくなってしまう。
「セインさん、明かりを貸してください」
ほとんど奪うように明かりを受け取ると、壁や地面に何か変わったものがないかどうかを見てまわった。この環境にしかない薬草があるんじゃないか、とか、どこからか滴れ落ちる水は特別なものなのかとか、そんなことを考えながら明かりを片手にうろうろした。
でも、何もなかった。薬になりそうな材料は何も見つからなかった。ううん、見つけられなかった。もし、ここにいるのはわたしじゃなくて、おじいちゃんだったら、何か見つけていたのかもしれない。あ!洞窟の最初にいたヘビとか・・・?だって、ドルガスさんが言っていた。『バロダさんだったら喜んで瓶に詰めてる』って。もしかしてそういう生き物のたぐい?そうしたら、洞窟サソリだったのかもしれない、毒と薬は同じ材料であることも多いし・・・でも、やっぱり、あんな猛毒じゃあ薬になるわけない。
いくら考えても納得のいく答えは手でこなかった。でも、最後の可能性に思い至る。もしかして、水中?この水中にお宝がぜんぶあるのかな・・・。泳ぎにはあんまり自信ないけれど村の川で泳げたんだから、流れのない湖でくらい泳げるはず。
そう思ってセインさんに明かりを返して、水の深いほうへ歩き出そうとした。
「おいおい、危ないぞ。何するんだ、アスタ」
ドルガスさんの手にうしろからガッシリと押さえられてしまった。
「だって、水の中にお宝があるのかもしれないじゃないですか。ソレイユさまのお薬を見つけて帰らないと・・・!」
わたしがこの冒険についてきて意味がなくなってしまう。わたしなら薬の見分けがつくからと連れてきてもらったのに、いざ着いてみて薬になるのが何かわかりません、なんて言えるわけがない。おじいちゃんだったら、すぐにわかったのかもしれない。でも、わたしには本当にわからなかった。思ってみれば、家で材料を集めるときにも指定された薬草をさがすことはできても、草むらの知らない草が薬になるかどうかなんて考えたこともなかった。そういうことをしていれば、何が薬になるのかわかったのかもしれない。この大事な場面で、役に立つことができたのかもしれない。
でも、いまは無理だった。また目に涙がにじんできそうなのを必死にこらえる。
「イリーナさま、ごめんなさい・・・」
目をみることができなかった。怖がってばっかりで役に立つことのできないわたしなんて、失望されてあたりまえだ。もう友達じゃないって言われるかもしれない。
イリーナさまは温かい手でわたしの両手をつつんだ。
「いいのよ、アスタ。わたくしこそ、ごめんなさい」
どうして謝るの、と思って顔をあげると、わたしと同じ泣きそうな顔のイリーナさまの顔があった。
「わたくしも、そんな薬なんてないだろうとは思っていたの。だから見つからなくて当たり前なの。でも、どうしても確かめたかった。少しでも可能性があるのなら、それにすがりつきたかったの。あなたをわがままにつき合わせてしまって、ごめんなさい」
はらりとイリーナさまの目から涙がこぼれた。
「そんなことありません!わたしが行きたかったんです。ぜんぜんダメだったけど、それでも冒険に行きたいって言った気持ちは絶対うそじゃありません。お兄さまのご病気を治したいっていうイリーナさまの優しい心のために力になりたかった」
わたしは手をぐっと握り締めた。イリーナさまは首を横に振って、わたしの体を両手でつつみこんだ。
「わたくしは、優しくなんかないのよ。お兄さまの病気が治ってほしいのだって自分のためなの。お兄さまが元気になれば、わたくしは王太子にならなくてすむのかしらと思ったの」
しぼりだすみたいな声だったけど、暗い洞窟によく響いた。ドルガスさんやセインさんがはっとしてこっちを見た。
セインさんがこっちへ歩いてきて、イリーナさまの頭に手を置く。
「そんなこと思ってたのか、イリィ。それなら、いやだって言ってもよかったのに」
イリーナさまからはらはらと流れる涙が、わたしの肩を濡らした。
「そんなこと、できるわけないじゃない。でも、いやなわけじゃないの。わたくしはこの国を、この街を愛しているわ。この平和で美しい国を失いたくない。でも、それができる自信がないの。こんなこと、王宮内の誰に言えるっていうの。たとえ誰かにこんなことを言ったら、おおごとになってしまう。お母さまやお兄さまの耳にもはいるに決まってる。そうしたら優しいお兄さまは、自分が王太子になると言い出すかもしれない。でも、国王の激務にお兄さまの体は耐えられないわ。そうしたらお兄さまは寿命よりもずっとはやくわたくしたちの前からいなくなってしまうかもしれない。わたくしのわがままのせいで、お兄さまの命を削るなんて、そんなことできるわけないじゃない。お兄さまがもしはやくに亡くなってしまったらと思うと、わたくしもかなしいけれどお母さまはもっと悲しむわ。ただでさえお父さまを早くなくしたのに。これ以上お母さまを悲しませたくないの」
わたしはイリーナさまの背中に手を回した。冷たい背中がカタカタと震えている。
こんな不安と戦っているなんて、わたしは考えもしなかった。頭が良くて、きれいで、身分もあって、なにも不安に思うことなんてないんだと思ってた。でも、イリーナさまだってわたしと同じ年頃の女の子なんだ。この洞窟だって、こわくないわけなかったんだ。でも、イリーナさまはもっと大きなものと戦ってたんだ。