4 洞窟
「アスタ、ふせろっ!」
ドルガスさんの剣がわたしの頭上を走った。ボトリと音がしたほうをみると、蛇の生首がわたしの足元すぐちかくに落ちている。目がぱっちりと開いていて、まるでわたしのことを見つめているみたいだった。わたしはイリーナさまと手をつないで歩いていたけど、それだけじゃ怖くなって、腕をぎゅっと握った。
湖を越えてきた船は洞窟にはいってすぐのところで下りた。船が進めるだけの水位が洞窟の中になかったから。そこから先は歩いていくしかない。
ドルガスさんは、この場に不釣合いな明るい声を出した。
「アスタ、ただの蛇だぞ。バロダさんだったら、よろこんで瓶に詰めてもってかえるところだ。なんで生きたまま仕留めないんだっておれは怒られてるな」
とてもじゃないけど、こんな蛇をもってかえるなんて、まっぴらだ。さわるのも怖い。
ドルガスさんは、冒険に出るのをあんなにためらっていたのが嘘みたいに一番いきいきしている。
「隊長ー、ちょっとはしゃぎすぎですよ。いくら王宮内じゃ自慢の剣をふるえる機会がないからって、そんなに張り切らなくても」
明かりを持って一番前を歩いているセインさんが振り返った。その隣を歩くリズさんは油断なくナイフを構えている。
そのふたりの影に隠れるみたいにしてわたしたちは歩いていて、ドルガスさんがしんがりをつとめている。
「さあ、どんどんいくぞ!」
洞窟のなかは、つららみたいに天井から垂れる岩がほのかな青い光を放っている。
その青色だけじゃあ光としては全然足りなくて、セインさんの持つ明かりを頼りに歩いていた。
地面はごつごつしていて、くずれた岩みたいなのがたくさん転がっている。静まり返っているけれど、たまにピチャン、ピチャン、と水の垂れる音が聞こえてきた。
洞窟の中にはそんなに危険ってないのかな、と思って体から少し力をぬいた矢先、リズさんの手からシュッとナイフが飛んだ。
「ん?なんかいたのか?」
セインさんが明かりを向けたから、わたしもこわごわとそれを見る。リズさんの放ったナイフがしとめていたのはサソリだ。
「洞窟サソリよ。毒があるの。刺されたのを放っておくと3日3晩高熱で苦しんだ上にころっと死んじゃうわ」
リズさんのナイフはサソリの真ん中に突き刺さっていたけれど、サソリはまだ死んでいなくて毒のあるしっぽをピクピクと動かしながらカサカサと足を動かして暴れていた。
「早く進みましょう。・・・といいたいところだけどそうはいかないみたいね」
リズさんが明かり持つ係を交代した。
「今度は魔法使いさんの番よ」
どういうことなの、と思って前方をみると、黒いかたまりがこちらに押し寄せてきた。こうもりの群れだ。
セインさんが呪文を唱えて杖をかざすと、風が巻き起こってこうもりたちをこっちに近づけないようにさせた。それでも、何匹かこっちにむかってこようとするやつはいる。
「でかいやつは人の血を好むから、すぐきってくれ。隊長」
「おう、任せとけ」
ドルガスさんがが剣を抜くと同時に、ひときわでっかいこうもりがセインさんの魔法をかいくぐってこちらへ向かってきた。
「ひえっ」
目を閉じて、イリーナさまにしがみつくと、斬撃の音がした。そっと顔をあげると、ドルガスさんの剣がもう一匹を切り捨てているところだった。その返り血がわたしの額に飛んできて、一生懸命ぬぐったけれど、気持ち悪い感じはどうしてもとれなかった。
「アスタ、大丈夫?」
イリーナさまはわたしみたいにいちいちびっくりしたりせず、きぜんと前を見つめていた。王女さまがこんなにがんばっているのに、わたしが先に音をあげるわけにはいかない。その思いだけで頷いた。