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3 王女さま

 昨日、湖畔亭できいたままの歌声にうっとりしていると、入り口のほうから拍手が聞こえた。豪快に手をたたいているのは、ドルガスさんだ。

「世界を旅する“さすらいの歌姫”リズの歌を2日連続で聴けるなんて、ラッキーだなあ」

 その隣では、魔法使いのお兄さんも手を叩いてた。

「歌ってる姿は、きのうナイフ構えてたのとはまるで別人だな」

 なんだか、見覚えのある人たちが集まってきた。そして、集まってきた3人全員ががわたしのことを見た。みんなの質問を代表して言ったのは、魔法使いのお兄さんだ。

「で、どうして薬屋のお嬢ちゃんがこんなところにいるんだ?」

 わたしはまた、ここまで来た経緯を説明することになった。

ティーカップの数は5つに増えて、イリーナさまはほかのみんなを紹介してくれた。

「歌姫のリズは、あした開かれるパーティで歌ってもらうために招待しているの。ドルガスの紹介はいらないわね。それから、風魔法使いのセイン。小さい頃からお兄さまとわたくしと一緒に育ったから、おさななじみみたいなものなのよ」

 歌姫のリズがすずやかな笑い声をたてた。

「きのう湖畔亭で活躍のメンバーがそろい踏みなんて、驚きね」

「それで、おれたちを集めてイリィは何をするつもりなんだ?」

 セインさんの言葉にイリーナさまはにっこりと笑った。

「ドルガス、セイン。わたくしが前に『伝承の洞窟に宝を探しに行きたい』って言ったとき、あなたたちがなんていったか覚えていて?」

 呼ばれた二人はさっと顔色を変えた。ドルガスさんは飲んでいた紅茶をげほっと喉に詰まらせた。

「姫さま、まさか本気だったんですか?」

「もちろんよ」

 セインさんは持っていたお菓子をぽろっと落としてしまっている。

「イリィ、まさかそれでアスタを引き込んだっていうんじゃないだろうなあ?」

 突然わたしの名前がでてきてびっくりして、お菓子をいただこうかななんて思っていた手を止めて、イリーナさまを見る。

「そうよ。その通り。だって2人がわたくしに言ったんじゃない。ソレイユお兄さまのために『どんな病もなおす薬』を探しにいきたいのなら、薬に詳しい人が一緒じゃないとダメだって。アスタも行きたいって言っているし、それなら問題ないでしょう?」

 紅茶を片手に優雅にそう言うイリーナさまに、二人は頭を抱えた。わたしも、まさか自分がそんな重大なきっかけになっていたなんて初めて聞いた。でも、やっぱり行きたい気持ちに変わりはないから、このままイリーナさまの説得の行方を見守ることにする。

「もし、これでダメだというのなら、二人はわたくしに嘘をついたことになるわよ」

 さらに追い討ちをかけるように、イリーナさまはそう言い放った。

「そうはいってもなあ」

「王宮薬師たちにも手を回しておいたのに、まさかこんなことになろうとは・・・」

 男の人二人をつつむ重い空気を打ち破ったのは、歌姫の声だった。

「あら、いいじゃない。伝承の洞窟の神秘を調べに行くのよね?あたしも一緒に行きたいわ」

 リズさんがそう言ったことによって、イリーナさまの瞳が輝いた。

「リズも一緒にいってくれるのね、心強いわ。さあ、二人はどうするの?」

「お二人も、一度約束したことを破らないほうがいいんじゃない?それに、王女さまはたぶんお二人が反対されても行くつもりみたいだけど。ダメならこっそり抜け出してでも行こうって目をされていますもの」

 リズさんはこの空気の中でもお菓子に手が伸びるほど落ち着き払っていた。イリーナさまと並んでいてもまったく見劣りしないオーラを放っている。

「あら、リズ。よくわかったわね。もしこの二人が反対し続けて、こっそりわたくしたちだけで行くことになってもアスタもついてきてくれる?」

「はい、もちろんです!わたしも『どんな病でも治す薬』なんてあるのなら見てみたいです」

 神秘の水みたいなやつなのか(売っているのはほとんどあやしいものだけど)、薬草なのか、それとももっとほかのものなのか。ほんとうにそんなものがあったら実際は商売あがったりだけど、伝承に歌われているくらいだから何かしらの効果はあるはずだ。

 それに王女さまと歌姫とお忍びで冒険なんて、夢みたい。女の子だけでがやがやと盛り上がっていると、セインさんがぼさぼさの頭をがりがりと掻いた。

「あー、もう、わかったよ。わかった!勝手にいかれるくらいならついていったほうが百倍ましだ。一緒に行くよ」

「まあ、セイン。そう言ってくれると思ったわ」

「じゃあ、旅の仲間だ。よろしく」

 リズさんが手を差し出して、セインさんと握手してた。

「おいおいセイン、勘弁してくれよ」

 まだ情けない声をあげているドルガスさんだったけど、イリーナさまには

「別に無理してこなくてもいいのよ」

 冷たく突き放されつつ、セインさんには

「もう腹くくるしかないですよ、隊長。だって、俺はこんなことでイリィに一生悪く思われるのいやですし」

 なんていわれて、ぐむむ、とうなっていた。リズさんも言い添える。

「確実に言えるのは、わたしたち4人よりもあなたにも来てもらったほうが王女さまの安全はより確実なものになるでしょう、ということね」

 そしてとどめはイリーナさまの一言だった。

「お願い。“ただの王女”であるわたくしの、最後のわがままだから」

 全員にしばらくじっと見つめられて、とうとうドルガスさんは観念した。

「わかりましたよ。行きましょう。ただ、今回だけですからね。それから、このことは誰にも秘密です。それに、危ないと判断したら、すぐ引き返しますからね。明日のお披露目パーティを控えた大事な体なんですから、ケガしたら許しませんよ」

 まるでお母さんみたいなものいいに、ちょっと笑ってしまった。

 そうと決まれば、といって指揮をとったのは、リズさんだ。

「出発は夜のほうがいいわ。明日の朝には戻ってこれるようにしないとね。それぞれ準備を整えて、夜に出発しましょう」


 そして、夜空に三日月が高く上がった真夜中、わたしたちは湖へ向かった。昼にはあんなに美しい湖も、夜には黒一色だ。5人がやっと全員のれる船に乗って、湖を進む。空には満天の星。ふり返ると、街の明かりがまぶしいほど輝いている。

 わたしは冒険の始まりにわくわくしていたけど、この真っ暗へ進んでいくのはこわくて船のへりをぎゅっと掴んだ。船はセインさんの風の魔法でぐんぐん街から離れていく。

 王女さまや、歌姫、魔法使いに、近衛隊長、そんな物語にでてくるみたいな人たちといっしょにいることが夢みたいだ。王宮のなかにはいれたことも、おじいちゃんの思い出話とともにルーク三世についての話をきけたことも、ソレイユさまのことを知ったことも、この街にきてからの何もかもがきらきらと心の中にかがやいていた。

 イリーナさまは頭が良くて、明るくて、美しくて、とても王女さまらしいけれど、お父さまを失っていて、お母さまもかなりお忙しくて、お兄さまも病気がちで・・・寂しくなかったんだろうか。そんなことを考えながらわたしの前に座っているイリーナさまを見ていると、その気配を感じたのかイリーナさまが振り返ってささやいた。

「アスタ、ごめんなさいね」

「え?なにがですか?」

「あなたの言葉じりをとって、無理矢理仲間にしてしまったでしょう?いまさらだけど申し訳なくなってしまって」

「そんなことありません!わたしも冒険ってしてみたかったんです。だから、気にしないでください。ううん、わたしに冒険の機会をくださって、お礼をいわなきゃいけないのはわたしのほうです」

「ありがとう。あとね、もう一つきいて。あなたとお友達になりたいって言ったのは、あなたが薬屋さんだからじゃないわ。それだけは信じてね。一目見て、あなたとお話がしたいって思ったのよ」

「それは、冒険にあこがれる心がひかれあったのかもしれませんね」

 わたしたちは、まるで学校の教室にいるみたいに笑いあった。

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