1 王都へ
夏の陽射しでエメラルド色に光る湖が、わたしの目の前に広がっていた。まるで海みたいな大きな湖のほとりにある街が、王都・リゼルラント。
馬車にゆられ、すこしづつ近づいてくる都が待ち遠しくて、何度も何度も馬車から身を乗り出した。
だって、ずっといつかこの街に来る日を夢見てたんだ。湖に囲まれた神秘的な街で、王さまやお姫さまがいて、吟遊詩人や剣士に、いまはもうだいぶ少なくなってしまったけれど、魔法使いもいるって聞いたことがある。この街にまつわる伝説はたくさんあって、歌や絵本にもなっているから、ここは物語の世界なんだ。
わたしのおじいちゃんは、若い頃この街で働いていたことがあるみたいで、よく話をしてくれた。そのお話の中の街がいま目の前にある。
乗り合いの馬車はきらきらと輝く湖の近くを走り抜けて、街に入った。足元においてあったカバンを抱えて、馬車が停まるのをいまかいまかと待ち続ける。
やっと馬車が停まったのは街の中心の広場まで行ってから。停まると一番に馬車を飛び降りた。白い石畳のごつごつした感触がくつを通して伝わってくる。
広場の中心には噴水があって、その周りのベンチでくつろいでいる人がたくさんいた。
きょろきょろとあたりをみていると、かろやかな鐘の色が後ろからきこえた。ふりかえると、白い時計塔の上にある鐘が、お昼を告げていた。
わたしはこの町に住んでいるおじいちゃんの知り合いの人と待ち合わせをしているんだけど、まだ時間がある。だから少し散歩をしてみることにした。
広場にはたくさん屋台が出ていて、花や香草や香辛料、きれいな布や刺繍糸、宝石がついたアクセサリーを売っていて、呼び込みの声がにぎやかだ。食べ物を売っているところもあるみたいで、美味しそうないい匂いもする。
屋台が出ている円形の広場を囲んで、石造りの高い建物がおりかさなるように建っている。そこもみんなお店をやっているみたい。さすが王都。わたしがいままで見たことあるのは、住んでいる村から少し離れた街でやっているバザーで、それだってこの広場の半分もいかない数の屋台が立ち並ぶくらいのものだった。
屋台を見ながら歩いていると、ふと覚えのある匂いがして、足をとめた。そこは香草屋さんだ。匂いの正体はウェルゴリアの葉だった。香草としても使えるけれど、この草は薬にすることができて、おなかの調子が悪い人に効果があるんだ。うちの薬屋で一番の売れ筋商品だからウェルゴリアの葉はいつもいっぱいある。
いくらなのかと思って値段をみたら、手に持っていた葉をあわてて離しちゃった。だって、うちで薬を売っている値段よりもずうっと高かったから!わたしの村に住んでいれば、そのへんの山から積み放題なのに。でも、こんなにぎやかな街じゃあそうはいかないものね。
他にもハユラのつぼみ、月花草を乾燥させたもの、スターチアの根や花・・・たくさんのものが並んでいる。本のなかでしか見たことないものもいっぱいある。
大陸のいろんなところから香草が集まってきているんだろうな。なにせここは王都で、四方から街道が伸びてきているから、ものがいっぱい集まってくるんだって、おじいちゃんが言っていた。
おじいちゃんは、うちの薬屋の商品を作る天才製薬者なんだ(ってお客さんが言っていた)。ちかくの村や街からもおじいちゃんの薬を求めてくる人がいっぱいいるし、中にはずいぶんと遠くから薬を買うために来る人もいる。年に一度だけ馬車で一日かかるちょっと大きな街まで売り出しに行くんだけど、そこでもあっという間におじいちゃんの薬は売り切れちゃう。
お父さんとお母さんは薬作りにはあんまり興味がないみたいだから、おじいちゃんの夢はわたしを薬作りの跡つぎにすること。だからわたしは字を覚えるよりも早く薬草の名前を覚えさせられたし、調合の仕方と効能を子守唄がわりに育てられたおじいちゃん子なんだ。
だけど。わたしはあの小さな村でただ薬屋をやるよりも、いろんな国や町に行きたいって思ってる。どこまでも続くはてしない空の下、草原の中に伸びる長く白い道を歩いて、いろんな街をめぐる。行った先々の土地でできる薬草を研究しながら薬屋をするっていうのが夢なんだ。薬屋としてお金をかせぎながらどこまでもどこまでも旅をするの。ときには物語のように吟遊詩人や剣士に混ぜてもらったりしながら冒険をするかもなんて考えると、わくわくしちゃう。これはまだ誰にも内緒なんだけどね。
だから、まずは一人旅の練習ってことで、王都へきてみたかった。おじいちゃんは、わたしが王都に来ることに賛成してくれたただ一人の大人なんだ。「もうアスタも13歳になるんだし、都会の大きな薬屋、香草屋をみてくるのはいい勉強になるだろう」って。お父さんとお母さんはおじいちゃんに「本気で、アスタを一人で行かせるけなの?」って大反対。この調子じゃあ、旅に出るのが夢だなんてとても言い出せない。でも結局、うちはおじいちゃんの言うことが絶対みたいなところがあるから、わたしが行くことになった。
一人で旅をしても大丈夫ってみんなに思ってもらえないとわたしの夢は始まらないしね。応援してくれたおじいちゃんには本当に感謝してる。おじいちゃんの希望通りになるかどうかはわからないけど、立派な薬屋さんにはなるからね、と決意を固めていると、わたしを呼ぶ声がした。