【5】
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「まさかバレるとは……」
樹木の影で弾丸を装填しながら、カネダは震える声でそう呟いた。
全身から蒸し風呂に入っているような汗が流れていく。喉が渇き、眼球にさえ焦土の亀裂が走るようだ。
然れど、銃弾に弾を込める指に一切のブレはない。どんなに小さな穴でも糸を通せるほど、指先は集中力の塊となっていた。
だが、そんな彼に叛して、フォールは何処か浮かれている。相変わらずの無表情と冷静さだが、雰囲気がまるでリゾート地にでも来た青年のように、緊張感のない緩みきったものなのだ。
端的に言うと、楽しんでいるかのようなーーー……。
「間違いない、あの男がエルフの中で一番ヤバい。ぜってーヤバい」
ガシャン、と。銃倉を弾き入れて。
「俺達を捕らえた戦闘部隊を率いてるのもあの男だった。何ていうか、纏ってる空気が違うって言うか……。世界観間違ってんじゃないか」
「恐らくあの男がラヴィスだな。話に聞くに、エルフ共のリーダー格らしい」
「なるほど、そりゃ納得……。いや待て、何で知ってる?」
「ここに来る前にダークエルフの女に会ってな。ある程度の事情を聞いただけだ」
「……小さくなってたりダークエルフに会ってたり、ホントお前って」
彼は言葉を打ち止め、怪訝深く眉根を顰めた。
――――ダークエルフ? ダークエルフと言ったのか、今。
「……お前、この森に入ってからそいつ以外のダークエルフ見たか?」
「いや、覚えはないな」
「…………」
カネダは顎先を擦りながら頷くと、何かを思案するように押し黙った。
否、その表情は直ぐさま確信のそれに変わったのだが、やはり彼が口を開くことはない。
「……よし。解った。こうしよう」
一転、話題を変えて。
「そのダークエルフを探すんだ。そこまで友好的な奴なら、もしかするとここから脱出する手助けをしてくれるかも知れない」
「……友好的、というか。ちょうど今こちらの仲間と共に行動しているはずだが」
「おー! じゃあ尚更だ。リゼラちゃん達と合流して話を聞こうじゃないか」
「別に構わんが……」
フォールがちょいちょいと指差した先。そこには極寒の世界が拡がっていた。灼熱の世界が拡がっていた。砂漠の、密林の、峡谷の、世界が拡がっていた。
それら異次元が目まぐるしく移り変わって、消えて、現れて、混ざり合って、また別のものに変わって。見ているだけで立ちくらみを憶え、頭蓋を揺さ振られるような光景だった。
二人は顔を見合わせると共に頷き合い、軽く微笑み会う。
――――逃げるか。
――――行くぞ、と。
「ねぇ待って?」
「何だ」
「行く? 普通アレ行く? 地獄が手を招いてるみたいなモンじゃん?」
「今、スライムの影が見えた気がした」
「わぁ、なんて純粋な目なんだろうネ! 馬鹿じゃねぇの!!」
そこの異次元は明らかに人間が踏み入って良い場所ではない。
と言うか気のせいじゃなければ近付いてきてる。異次元近付いてきてる。ニアーカム! ニアーカム!!
「やめろって絶対行くなって帰ってこれないヤツだってアレ……、って言うか何かおかしくない!? 引力、引力を感じる!!」
「すごいスライム感を感じる。今までにない何か熱いスライム感を。風……、なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに。中途半端はやめよう、とにかく最後までやってやろうじゃないか。異次元の向こうには沢山のスライムがいる。決して一匹じゃない。信じよう。そしてともにプニプニしよう。下手すればちょっとぐらい腕が飛んだり最悪死んだりするだろうが、絶対に流されるなよ」
「誰も行かないよお前しか行かないよ!? そもそも行くっていうか逝くよアレ!? スライムなんかその辺りに幾らでもいるだろーが! そっちにしなさいそっちに!!」
「チッ、余裕だなスラジョアめ」
「スラジョアって何!?」
※スライムブルジョア(スライムに苦労しない人)。
「まぁ待て、案ずるなカネダ。話を聞け」
「おう何だ」
「異次元も、みんなで行けば、怖くない」
「えっ」
足払い一本、技ありです。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「待っていろスライム、今行くぞ」
ダークエルフ捜索から急遽スライム探しのため異次元へ道連れレッツゴー。
カネダは思った。『あれ? もしかして疫病神ってコイツじゃね?』と。
――――あと数分ほど気付くのが早ければ結果は変わったかも知れないが後の祭りで御臨終。
伝説の盗賊、ここに散る。
「…………えぇー」
緋色の果てに消え逝く異次元の境目を映しながら、彼女は密かにドン引いた。
確かに、あの異次元の裂け目は彼等を消す為に放ったものではある。ものではあるのだけれど、まさか自分から飛び込んでいくとは。スライム効果てきめん過ぎてちょっと怖い。
「でもまっ……、都合がいっか」
嬉しい計算外の出来事、といったところだろう。
女は木漏れ日に姿を隠しながら、いつもの軽快な口調で影へと消えていく。
――――これで良い。予想外の幕引きではあったが、誰よりも邪魔だった彼等が消えたのだから、これで良い。
後はエルフ達だ。ほんの少しだけ手を加えて、終わらせるだけ。描いた物語の通りに、全てが泡沫の夢が如く、散り消えるまで。
「あの子の為にも、ね……」
泡沫は消え逝く。静かに、ただただ静かにーーー……。




