【3】
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「…………」
「…………」
その結果がコレである。
現状、侵入者と脱走者二名。フォールの正体が、或いはカネダの動揺がバレた瞬間、袋叩き待ったなしなこの状況。運命共同体どころじゃない。運命共死体だ。
エルフ達の戸惑う視線、無言の静寂、気まずい沈黙。刻々と過ぎゆく時間だけが、彼等の正体を示していく。
二人はただ無言だった。何故だか自分に銃を突き付ける見覚えのある男と、何故だか縮んでいけ好かないガキになった見覚えのある男同士の、視線と、静寂と、沈黙と。
そして、そう。永く、何処までも永く感じられた数秒の後、彼等が取った行動はーーー……。
「……下がれオラぁ!!」
「ウワータスケテー」
三文芝居の継続だった。
「ぐ、ぅっ……!!」
「卑劣なっ……!」
「同族のいないところでこのレベルの大立ち回りをするなんて! 信じられん!!」
だが、こんな状況であれば無料でも見たくないような芝居でも充分に効果がある。
銃を振り回し、子供の襟首を掴んだ悪党は特権階級のように人混みを掻き分けながら進むことができた。明確な行き先があるワケでは無いが、立ち止まれば包囲されるだけだ。彼等はそれを知っているからこそ、進んでいくのだ。
こそこそと、周囲に聞こえないよう、囁き合いながら。
「解ってるよな、フォール……! あんた、ここでバレたらお終いだぞ……!!」
「悪いが俺だけ逃げるという手もある」
「こ、こいつっ……!! だ、だけどな、その状態で逃げられるとでも」
カネダの親指を踏み抜く、小さな踵。
瞬間、彼の全身に、脳髄へ錆釘を打ち込まれたかのような激痛が木霊した。
「身体能力は変わっていないのでな」
「ふぉ、ぬぐっ……! ぐほっ……!!」
「……が、生憎と俺も散歩ついででこんな所にいるわけではない。目的がある。その為にここまで来た」
「いつつ……、こっちもだよ。あんたもアレだろ?」
神魚ーーー……、と。二人は声を揃えて密やかに呟いた。
最早、そこまでいけば多くを語る必要はない。運命共死体が運命を共同体に戻っただけのことだ。
「……改めて自己紹介といこうか。カネダ・ディルハムだ」
「フォールだ」
「そこはフルネームとかだろ……。自分の名前を記号みたいに言うヤツだな……」
まぁいいさ、と打ち切って。
「俺達の目的は同じとなれば、そこまでは一緒に行動するとしよう。……まずは生贄になる人物を探す。誰かは解らないが、そいつが神事の鍵になるはずだしな」
「よく言う。俺達はその為の囮だろう、金狐め」
「……ほんっと、お前って鋭いよな。普通はもう少し悩んだり、狼狽えたり、絶句したりするもんだぜ。あと調子に乗ったりさ」
鼻を鳴らして文句を流すフォールの視線の先には、檻があった。
カネダが破壊した木製の檻だ。最早、誰に見られるでもなく、人質の方に興味を取られた見世物の檻。役目を失い、機能を失い、注目まで失った檻だ。
――――誰の姿もない、ただの籠にも劣る、檻だ。
「……まぁ、構わんさ。どのみち行動はするより他あるまい。嫌でもな」
「ったく、ガキになってもトンデモねぇ眼圧だな……。ところで何でガキに?」
「探求心と歩む心を忘れた時、人は死ぬとは思わないか?」
「え?」
「失敗というのは……………。いいか、よく聞けッ! 真の『失敗』とは! 開拓の心を忘れ! 困難に挑戦する事に無縁のところにいる|者たちのことをいうのだ《・・・・・・・・・・・》ッ!」
「……つまり何か変なもん口にしたんだな?」
「味は悪くなかった」
「程々にしろよ……」
密かに言葉を交わしながら、集落の奥へ進んでいくフォールとカネダ。そんな彼等をエルフ達は息を呑みながら見守っていた。同族でも何でもない人間達の三本芝居をどんな名演技より迫真した様子で、だ。
しかし、そこにある視線は切迫や焦燥ばかりではない。エルフ達の恐怖に混じって、期待と歓喜と不安も、そこにはあったのだから。
「ふ、ふっ……、フハハハハハハ! 見ろ、見ろ!! あのマヌケめ、人質になりおったぞ!!」
「あ、あわわわわ……」
エルフ達に紛れて大樹の陰に隠れているようで明らかに隠れるつもりのないフード姿の四人組。
その内の一人、三流魔王は怨敵の無様な姿に笑い転げていた。それはもう周囲のエルフが距離を置くぐらい笑い転げていた。部下が大丈夫だろうかと慌てふためく隣で、これ以上ないぐらいザマーミロと言わんばかりに、笑い転げていた。
「ひーひっ、ひーっ! あ、あの金髪の男め、後で報酬をくれてやろうかな、ひ、いぃいっひひひひっ!」
「わ、笑いすぎですよリゼラ様! ……それにしてもあの金髪の男、何処かで見たことがあるような」
「え、そうか? まぁあの馬鹿をどうにかしてくれるならこっちは文句ないわ! ぬはははははははは!!」
「あんた等仲間なんだよな……?」
「……複雑な事情があるんだ」
シャルナには隣で下卑た笑い声をあげる人物が魔王と打ち明ける勇気はなかった。
「それより、リース。貴殿の言っていたリーダー格の男とやらは何処にいるのだ? その人物なら生贄を知っている、とのことだったが……」
「あ? あぁ、ラヴィス様なら知ってるはずだぜ。あの人は女王が赦した唯一の側近で、実質上この集落のリーダーなんだ。今回の神事にもかなり期待してたみたいだし、生贄は絶対把握してるはずだ。だから、今は生贄の近くにいるか、それともその準備を進めてるかだと思う……、いや、こんだけの騒ぎなら今すぐにでもすっ飛んでくるかな」
「ふむ、ではしばらく此所で待った方が良いかも知れないな。今はまだフォールを人質に取った男が暴れているが、あまり派手に動くとこちらにも注目が集まりかねない。そうなれば一気に動きづらくなる」
「げひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! あの、あの忌々しい勇者めが、ひとっ、人質! げひひひひひひひひひひひひっひひひひひひひひひひ!!!」
「……あの、話聞いてました? リゼラ様」
爆笑する魔王を他所に、エルフ達は次第に落ち着きを取り戻してきたようだ。
恐らく件のフォール達が奥へ進んで、この場所から離れた為だろう。中にはリースの言うラディスとやらに報告した方が良いのではと言い始める者まで出てきている。
また、檻からもう一人が消えたことに気付いた者も現れているようだ。こうなれば騒ぎが集落全体に広まるのも時間の問題でしかない。
「む、マズいな……。身を隠した方が良いかも知れない。ルヴィリア、悪いがリースを頼めるか。リゼラ様は私が抱えるから、一度下がろう」
彼女が後方へ伸ばした腕は、空を切る。
いつもなら胸を揉ませたり舐めたりしてくるというのに、今日は反応がない。どころか、返事さえもだ。
振り返ればそこに彼女の、ルヴィリアの姿はなかった。煙のように、ふぅと消えていたのだ。
「……ルヴィリア」
やはり、彼女の様子がおかしい。
エルフが現れた時から、リースがその姿を見せた時から、あの飄々さに陰りが見えていた。
何故ーーー……? リースとルヴィリアに面識があるとは思えなかった。しかし、あの様子を見るにルヴィリアは彼女を一方的に知っているということなのだろうか?
――――どうして? まさか、エルフ女王のことと、何か関係が?
「……リゼラ様は、少々お話が」
「げひっ、いーひっひっひっひ! うひほっ、なはは、えへひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! ひとじ、ひとじちっ、あのおとこが、げひゃっ、うーひっひっひっひっひっひっひっひっひ!!」
「…………」
「な、なぁ、おい。あんたの仲間が凄い形相で見てるぞ。笑うのやめた方が、ちょ、おいってば!」
エルフ達のざわめきが拡がり、魔族達が動き始め、犯人と人質が奥地へ進み、姿を消した者もまた暗躍していく。
三方向各面から集落を掻き回す者達と、未来を願うエルフ達。百年に一度の稀代な神事の為に誰も彼もが動き出す。目的こそ違えど、神の力を与えられし神魚を求め、鍵たる贄を求め、動き出すのだ。
「…………私は」
大樹の上から緋色にて全てを眺める者も。
「そうか、解った。直ぐに向かう」
大弓を構えたそのエルフも、また。
刻限に向けてーーー……。




