【4】
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時間は大きく巻き戻る。
ルヴィリアの策略によりリゼラとシャルナが奮闘しているその時まで。場所も大きく移り変わって彼等のいる桟橋付近の水辺から遠く離れた、向かい岸に。
そしてついでに言えばーーー……、登場人物達も、また。
「疫病神だ、疫病神が憑いてるんだ」
そんな風に零すのは金髪ガンマンこと、カネダ。
彼はぼろぼろになった衣類を涙目で繕いつつ、薄ら暗い文句を繰り返していた。
普段なら、彼の後ろで釣り竿から湖面へ糸を垂らすメタルや、その側でボロっちい船を陸へ繋ぎ止めるガルスがそんな事はないと殴り飛ばすか、慰めるところだろう。
しかし、今回ばかりはそうもいかないワケで。
「馬車はない、食料もない、貯蓄もなけりゃお金もない。ないない尽くしのハッピラぁ~イフぅ~……♪ へ、へへは、へはははははっ」
「メタルさん、どうしましょうか。カネダさんが狂っちゃいましたよ」
「無理もねぇだろ。ここ最近まともなトコで寝てねぇしまともな飯もゆっくり食えてねぇ。前の街で調えるはずの装備も調えられなかったしよ……」
「ご、ごめんなさい。あの時僕が動揺しなければ……」
「いや、ありゃエルフ達倒したから報奨金くれとか言い出したカネダが悪ィ。ったく、これだから業突く張りの盗賊サマは」
くいくいっと釣り竿を傾けてみれば、湖面に波紋が立つ。
―――どうにも餌の食いつきが悪い。この湖には主がいるらしいし、それを釣ってやろうとも思ったのだが、そう簡単にはいかないようだ。
「ったく、しっかし何だなァ。よく船なんかあったなァ。橋があんだろ、ここ。そっち通れば良かったんじゃねぇのか」
「はい、ありますよ。ただ、どうしても一本道で助けを呼べるような長さでも逃げ切れるような長さでもありませんから、野盗が出やすいんです。馬車の壊れた商人を装ってたり、擦れ違いざまに襲ったり……。酷い話だと、橋の下に隠れてたりだとか」
「ケカカカカカカッ! だったら尚更、橋の方が良かったなァ。」
「か、勘弁してくださいよ……。と、そんな風に危険なので僕が向かい岸へ渡る時に先生が船を手配してくれたんです。こっちに着いてからまた使うこともあるかと思って隠してあったんですが、まだあって良かった……」
「クカカカッ、だな。一面水色てェのも綺麗だったし赦してやるか」
静寂。会話が終われば、特に何かを言うでもなく、晴天の煌めきの元に彼等は静かな時を過ごしていた。
今すぐ次の街まで行くべきなのだろうが、連日の被害もあって直ぐに動こうとは思えない。少しの休息が、必要だった。
「…………」
だからメタルもガルスも、ぐだぐだなカネダを咎めない。
ほんの少しだけ、今は、のんびりとした時間を過ごしても良いーーー……、と。そう思っていたから。
「……ン」
そんな静寂を揺らすのは、波紋。
くん、と。メタルの釣り竿が、僅かに揺れる。
「……なァ、ガルスよォ。船から見た湖は良かったけどよォ。それより綺麗な景色を見てみたくねェか?」
「綺麗な景色、ですか?」
「あァ。蒼よりもーーー……」
瞬間、メタルの腕が鞭皮のようにしなり、音を置き去りにして振り抜かれた。
瞬発的な速度は釣り竿の糸を鋼鉄斬り裂く刃とし、竿身を弾丸弾く盾とする。
事実、彼の放った一撃は飛来する幾十の矢を撃ち払った。緑泥の毒が塗り込まれた、矢を。
「紅の方が、綺麗だろ」
彼は爆ぜ砕けた釣り竿を投げ捨てながら、鋭い眼光で平原の先を睨み裂く。
――――いる。草木の薙ぎに紛れているが、かなりの数がいる。十か、二十か。隠れ方からしてかなりの手練れだろう。先程の矢も、確実に急所を狙ってきていた。かなりやる奴がいる。
野党? 盗賊? 追い剥ぎ? そんな事は、どうでも良い。
「カネダァアアッ! 俺の剣取れ!! クケカハハハハハハッ!! 楽しくなってきたァ!!!」
彼は飛んでくる剣を抉るように受け取って、そのまま草原へ突っ込む、はずだった。
剣が飛んでこない。荷物番をしているはずの男から、自身の剣が飛んでこない。
見てみればクソ荷物番ことカネダ、ウジウジ悩み続けて動く気力も見せず、そのまま突っ伏していた。もう現実とかどうで良いッスわーと言わんばかりに、だ。
「あ、あンの……」
飛来する、幾十の矢。
「役立たずゥウウウウウーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」
メタルは絶叫を轟かせながら指で、靴で、牙で、脇で、首で、矢を受け止めた。打ち払った。
ぼたぼたと羽ばたきを知らない雛鳥のように落ちていく、緑泥したたる毒矢。黒髭危機一髪どころではない容赦なき猛攻に激しく息を切らしながらも、彼はどうにかその斉射を乗り越えた。
さぁ、後は剣を取って草木に隠れる奴等をブチのめすだけだ。今すぐに、斬り殺してやる、だけ。
「……くそッ」
だった、が。
矢を躙った彼の背後では、衣類から水滴を落とす人物がガルスの首に短剣を突き立てていた。
それだけではない。ぐでんと寝転ぶカネダにも、何人かが矢や剣を向けている。動けば殺す、と。言葉なくして、そう突き付けるように。
「……何だ、テメェら」
問いに答えるは、包囲。弓矢を構えた迷彩色の軍勢がメタルを取り囲む。
人質を取った上でさらに包囲とは随分と慎重なことだ。いや、ここまで来れば残酷とでも言うべきだろうか。一切の希望を奪って絶望を叩き付けるが如き残酷さ、と。
しかし、その残酷さは男にとって希望よりも絶望よりも甘美なものであった。
「クカッ、カッ、カカカカッ……。成る程ねェ。読めてきたぜェ」
動揺することなく、冷静さを失うこともなく、然れど高揚に身をやつす。
彼が見ていたのは相手の人数だとか、装備だとか、そういうものではない。いいや、そういうものを見ていたら、もっと興味深いものが見えた、とでも言おうか。
そう、それはとても興味深いーーー……。迷彩色の覆面から延びる、長い耳は。
「エルフか……!」
包囲網を開くように、彼等の背後から一人のエルフが歩み出て来た。
エルフらしい金髪の長髪と、教会司祭のような首飾り。修羅を彷彿とさせる鋭い目付きも相まって、その男が周囲の有象無象とは明らかに次元の違う存在であることを知らしめる。
エルフの男は人質であるカネダとガルスを見回すと、頷くように、ほんの少しだけ纏う雰囲気を変えて、一言。
「……女王は何処だ、人間」
そう、言い放つのであった。
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