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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
贄の少女と湖主の鱗
87/421

【1】


【1】


「どもー☆ 謎の美少女ちゃんでっす♡」


「シャルナ、今日の夕飯は何が良い」


「……じゃあ、魚かな」


「魚介か。悪くない」


「ねぇ聞いて?」


 停車した魔道駆輪の側で、彼等は向かい合っていた。

 息を整えた女曰く、自身は旅人で南国へ戻る途中なのでどうか乗せていって貰えないか、との事らしい。シャルナの予想通りである。

 しかし、そんな事を必死に懇願する彼女だが、如何せん避暑帽子のせいで表情が見えにくい。声色だけで判断するにしても、何と言うか、とても不可解なもので。


「ともあれ、名を聞かないことには話にもならん。ビショージョという名前ならそれでも良いが。……魚料理のような名前だな。今日はそれでどうだ?」


「そ、そんな名前のものは食べたことないな……」


「取り敢えず魚料理から離れて!? 私の話を聞きなさいよ!!」


「オススメの魚料理はあるか」


「え……、あ、じゃあエビとか、貝?」


「よし、今日の夕飯はアヒージョだ」


 夕飯が決定しました。


「いやいやそうじゃなくてね!? まず一端置いておこう、魚料理置いておこう!!」


「鮮度が死ぬだろうが……!」


「え、あ、ごめん。……じゃなくてね!? 普通こんな美少女が道端でヒッチハイクしてたら疑問に思わない? エロく誘ってたらフラフラ~と寄ってっちゃうのがアホな男の性ってやつでしょ!?」


「半液体でもない癖に何を言う」


「え、何こいつ怖っ!?」


「すまない、コイツは男というか勇者スライムキチなんだ……」


 ボンキュッボン? ノンノン、どろっぷにっもちっ。


「ともあれ、その……、貴殿の名前を聞かないことには我々も何と呼んで良いか解らない。できれば名前を教えてもらえないだろうか?」


「え? わったしー?」


 女はシャルナにだけ見えるように、軽く避暑帽子を引き下げた。

 そこから除くのは緋色に照り輝く麗らかな瞳と、何かを合図するようなウィンク。幼さを孕むその視線を前に、シャルナは何かに気付いたようにハッと眼を見開いた。


「私はルヴィリア・スザク。ルビーちゃんって呼んでね!」


「ルヴィリアか」


「ルビーちゃんね!」


「る、るう゛ぃ、ルビーちゃん」


「そうそう! いやぁ、やっぱクソみてェな男より女の子の方がカワイイわぁ!!」


 ルヴィリアことルビーは、何かを誤魔化すように顔を引き攣らせたシャルナの背後へ素早く回り込むと、大胸筋、否、胸を鷲掴みにして揉み回す。

 がっちりと湿られたはずのサラシの隙間に指を滑り込ませ、堅い肉も軟らかい肉も揉みし抱く。その手付きたるや何処のエロ触手かと思うほど滑らかで淫らで艶やかだった。

 少なくともーーー……、シャルナが甘い声を上げる程度には。


「や、やめっ……、フォールの前でっ……! んぁっ……、ひっぃ……」


「ここかここか? ここがえぇんか? んん~~~?」


「あ、んっ……、だめ、だっ……、やめ、ルヴィリアぁっ……!」


「うひひひひやめんともうひひひひひひひひひひ!」


「で、アヒージョの味付けは薄めか、濃いめか」


「「この光景見た感想がそれ!?」」


「じゃれ合いは構わんがそれより夕飯だ」


「…………シャルナたん、これマジ?」


「すまない、マジなんだ……」


 スライム>(何者にも超えられない壁)>>>食事>その他である。

 本当に人間だろうか、この勇者。


「さ、それより夕飯の食材だな」


「貴殿! せめて私を心配してくれてもっ……!!」


「心配と言うならまず、そっちで埋まっているリゼラの心配をしたらどうだ」


「え、埋まっ……、埋まッ!?」


「馬肉か。食べて見たいものだな」


 そっちのうまじゃないと叫びつつも、シャルナが周囲に視線を向けてみれば居ました顔面を草原に埋められた魔王様。

 どうやら先程の急ブレーキで吹っ飛ばされたらしい。それはまぁ見事な埋没であったという。


「最悪の目覚めなんじゃが」


「リゼラ様ぁあああーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」


「ちょっと計算ミスっちゃった……」


「計算? 何の話だ」


「ん!? あ、いやいや、こっちの話ぃ~」


 必死にリゼラを引き抜くシャルナを横目に、ルヴィリアはへらへらと表情を崩しながら、軽快に踵を返す。

 それよりも、という言葉を付け足して、フォールの方へ向きながら。


「君さ、こっからどうするのかしらん?」


「……どうする、とは?」


「あらま、知らない? この先の『平原の海』のこと」


 『平原の海』。

 この広大な草原に存在する湖のことで、言ってしまえばただ巨大なだけの湖だ。

 しかしその余りの広大さ故に、調査技術が発達する前は名前の通り海だと信じられていたとか、とある地図は縮尺通りに描くと湖で三枚は使うことになったので特例として一枚に収めることになった事もあるとか、実はこの湖の下には超古代王国の遺跡がある、という逸話まで囁かれる湖だ。

 当然、それだけの大きさだから深さも準ずるもので海流が発生しており、泳いで渡れば溺れ死には確実だと言われている。しかも深海ならぬ深湖には謎の巨大生物まで生息しており、その巨大生物が嫌うとされる木材で造られた橋を渡るか、高い金を出してその木材の船を用意しなければのみ込まれてしまうんだとか。

 本来ならば、船を用意する金があるワケでもなし、その湖の上に掛かった大橋を渡って向こう岸に向かう、のだがーーー……。


「何でだかその橋が壊れちゃってるみたいでねー。何処かの盗賊とかが壊しちゃったのカナー? だから私も物悲しく立ち往生なのよ。しくしく」


 棒読みで目元を拭う演技を見せるルヴィリア。

 主演女優賞ぐらいは貰えそうなものである。


「成る程、しかしそれは困ったな。その橋が壊れたとなれば、こちらも移動は難しい。破損状況にもよるが……」


「だよネぇ~。まっ、でもそろそろ向こう岸から橋の修理団がやってくるだろうし、しばらく待ってみたらどうかしら?」


「ふむ……、休息か。そうだな、ここ暫し移動ばかりであの街でも休めなかったし、それも悪くない。ならばこの辺りでかなり早めだが、野宿の準備でも」


「いやいや」


 それは、とても良い笑顔だった。先程の棒読みなんかよりも数百倍は感情の籠もった笑顔だった。


「南国も近くなってムシムシした気温になってきたと思わない?」


「……そうだな」


「じゃあ、近くに湖とくればやる事は一つじゃないかしら? ほらほら、水辺で夏の風物詩……」


 彼女の言葉に、フォールは数秒ほど思案する。

 間もなく納得できたのか、ぽんと手を叩きながら親指を立てて、一言。


「採用」


「オッケイ! さっすがフォール君、話がわっかるぅっ!!」


 るんるん気分でハイタッチ。それはもう楽しげな雰囲気だった。

 しかし一方、草原からシャルナに引き抜かれた魔王はその様子を見て、ただただ唖然とするばかり。

 それも当然だろう。本来、そこにいるはずのない女がーーー……、いて良いはずのない女が、無邪気に笑っているのだから。


「ルヴィリア、御主がなんむぐっ!?」


 叫びかけた彼女の口を塞ぎ、シャルナは極力抑えた声で囁き掛ける。


「お静かにリゼラ様! 名を口にしては彼女の正体がばれてしまいます……!!」


「ぷはっ。ど、どういう事なのだ、シャルナ! どうしてあ奴がここにいる!? と言うか正体ってどういう事じゃ!?」


「私にも、よく解りません。しかし抜け目ない彼女のこと……、あの様子からして我々の事情は解っているようです。側近殿から情報を受けたか、それとも自分で見たか……、あの眼(・・・)で視たかは、定かではありませんが」


「ぬ、ぬぅ……」


「兎角、様子を見てみましょう。、彼女ならば、何か妙案を持っていると思いますから……、きっと…………」


 シャルナ自身イマイチ納得のいっていない表情だが、既にルヴィリアが彼に取り入っているのは事実。

 あの場所で待っていたことや、今もこうして行動を進めているのも理由があるからこそなのだろう。

 軽々しく、へらへらと、飄々としているのも、きっと計算の内なのだ。


「…………」


 とまぁ、自身に納得するように言い聞かせても、やはり何処か腑に落ちない感情は消えなかった。

 ――――彼女は信頼に値する。それは間違いない。時に奇妙な行動や馬鹿げた事もするが、彼女の策略に間違いはないのだ。だから、大丈夫な、はずなのに。


「いやぁ、フォール君は洒落も分かって何よりだわ! なははははは!!」


「そうか」


 どうして、こうも、もやもやがーーー……。


「よし、シャルナ。では後はもうルヴィリアに任せる方針で良いのだな?」


「え? あ、あぁ、はい、そうですね……。ただでは勇者フォールを倒せないのは事実。彼女の策略に賭ける価値は充分にあると思います」


「ふむ、確かに今まで力のごり押しや下手な罠であ奴を仕留められたことはなかったからな……。しかもその上、最近ではまるで愛玩動物のように餌付けされる始末! 一度魔族の恐ろしさというものを味合わせてやらねばなるまい!!」


「いや餌付けはリゼラ様にも問題が」


「だって美味しいもん!!」


「そうですけども」


 と、二人の話題が今日の夕飯に逸れ始めたところで、フォールと何かを話していたルヴィリアからグッジョブのサインが。

 どうやら彼女、上手く話を取り付けたらしい。このサインはある意味で計画開始のサインなのだろう。

 そう、彼女の計画は既に始まっている。この場所に来た時から始動している。それはリゼラにもシャルナにも容易に想像できた。

 何かがあるから、ではない。彼女だからこそ、想像できるのだ。

 ――――『最智』の名を冠す彼女だからこそ。南の四天王にして策略の智将、ルヴィリア・スザクだからこそ。


「此度こそあの勇者めを倒してくれようぞ……」


「……は、はい」


 既に策戦は、始まっていると言えるのだから。



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