【プロローグ】
――――勇者、勇ましき者よ。聖なる女神より加護を与えられ賜うし者よ。
貴方は、決してそれを赦さないでしょう。共に歩んできた仲間が贄となり、誰かの糧となることを。
しかしそれは同時に、彼等を救わないということでもあります。何が正しく、何が間違っていようかなど誰にも解らぬ事です。
貴方は思い悩むでしょう。己の仲間を救うか、苦悶に藻掻く民々を救うか。それとも、絶望的な蝕まれし神魚に挑むか。
それもまた、貴方への試練なのですからーーー……。
これは、永きに渡る歴史の中で、雌雄を決し続けてきた勇者と魔王と四天王。
奇怪なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼等のーーー……。
「…………なぁ、シャルナ。腹筋ってどうやんの」
「腹筋ですか!? 遂にリゼラ様も筋トレに興味を!!」
「違うけど……、い、いや、そうじゃな! 筋トレしてみようかなぁって!!」
「太ったんだろう」
ガスッガスッガスッ。
「何をする」
「うるせぇええええええええええええ!! 御主のせいだぁあああああああああああああああ!!!」
「り、リゼラ様、腹筋も宜しいですがプローンローリングもオススメでですね……!!」
「ちくしょぉおおおおもぉやだぁああああああああああああああああああああああああ!!!」
爆動の物語である!!
【プロローグ】
見晴らしの良い、地平まで続く新緑の草原。
魔道駆輪はその中に続く一本道を駆けていた。永遠と続く道を、駆け続けていた。
――――先日の、結界の森の一件。結局あの後、フォール達は知らんぷりを貫き通した。森の火災全焼については彼等の後に踏み行った冒険者達がエルフ達との戦闘になり、その結果、木々に着火して結界ごと森全体が焼け落ちたということになった。
彼等は手柄をその冒険者とやらに譲り、何か言われる前に灰燼と化した森をスタコラサッサと逃げてきたわけである。
「……ふむ、良い天気だ」
さて、それはそうとこの平原。
あの森を抜けてから既に数時間ほど魔道駆輪を走らせているが、いつまで経っても果ては見えない。
思い出すのは『死の荒野』。あの時とは真逆に生命溢れた地平ではあるが、広大さは引けを取らないものだ。
もしあの時のように邪龍でも出現したら、とも思うがーーー……、空はそんな事は予測させないほど晴れ渡っている。風は何処までも清々しい。草は羽毛のように薙いでいる。
そこはとても気持ちの良い、平原だった。
「この馬鹿さえいなければ、だが」
「ぬがっ……」
「は、ははは……。まぁ、良い天気だから仕方ないさ」
操縦桿を握るフォールの膝に頭を預け、へそをボリボリと掻き毟りながら間抜けな寝顔を晒す魔王リゼラ。
涎は彼のズボンにかかり、フォールはその度に魔王を放り捨ててやろうかとも思うが、この平和な景色に免じて赦してやる、を繰り返していた。
ただし寝惚けて服の裾を食べ始めたら本当に捨ててやろう、とも思っていたが。
「しかし、結局持って来てしまったな、エルフ女王を……。どうするのだ?」
「どう、と言われてもな。もうしばらく進めば帝国に到着する。その時に適当な人物に預けるか……、エルフ集落に直接とどけるか、だ。もっとも、エルフの集落が何処にあるのか知らないから、帝国の方が確実だろうがな」
「帝国か……」
――――帝国。
それはこの世界における最大国家であり、全世界を統一し、全種族と同盟を結んだ国家だ。圧倒的な兵力と統治力を持ち、宗教的、文化的にも最上に位置する存在として歴史に永く君臨しているのである。
基本的な認識はこんなところだろう。詳しく語れば宗教騎士である聖堂騎士団や、帝国王族、領土など、キリが無いので省略とする。
「エルフ女王が目覚めれば都合が良いが、その様子もない。しばらくは放置せざるを得まい。……まぁ、エルフは日光と酸素とマナだけで一月は生きられるというし、問題はないだろう」
「……それまでは瓶詰めか」
「何か問題が?」
「い、いやぁ……」
現在、エルフ女王は地獄のファンシー部屋の中で、木の切れ端と葉っぱ数枚、あと土を盛り込まれて瓶に詰められている。また蓋には管を通して酸素を入れているので窒息の心配はない。
カブトムシ飼育的なアレである。
「エルフ族に見付かったら問答無用で襲われそうだな……」
「何をブツブツ言っている。……それより、今日の野宿をどうするかだ。どうせなら平原でゆっくり腰を落ち着けるか。見える夜景は絶景だろう」
「あ、あぁ、そうだな。しかし、確かこの先は……」
ふと、シャルナの視界に人影が映る。
地平まで続く一本道の端で、何やらスケッチブックを拡げたまま人が突っ立っているのだ。
そこに書かれている文字はーーー……。
――――GO WEST?
「へいぼーい! ぷりーずへるぷみぃーっ!!」
その人物は避暑帽子を被り、着物に厚皮下着という何とも珍妙な女性だった。
見たところ、旅人だろうか。この永遠と続く景色に嫌気でも差したのか、軽快な言葉とスケッチブックの文字で乗せてくれと叫んでいる。
「ほう、流浪の旅人か。風情なものだな」
「避暑帽子で顔がよく見えないな……。南国の人間じゃないかな、あれは。たぶん、故郷への帰りだろう」
「成る程。丁度進行方向だ」
ヒッチハイカーの女は相変わらず叫びながらも、運転席のフォールへ豊満な胸をちらちらとアピールしてきた。
色仕掛け、だろう。隣のシャルナがむっとするのも構わず桃色のそれが見える寸前まで谷間を開いて、扇情的にむっちりとした腰を振っている。乗せてくれたらイイコトしてあげるわよ、とでも言わんばかりの誘惑だ。
シャルナは不安げに、口端を縛る。幾らこれから向かう南国のことを知っているであろうとは言え、あんな女を乗せるのはどうなのか? それに、その、フォールとて男。あんな風にされたら誑かされてしまうんじゃないかーーー……、と。
まぁ、そんな不安以前に魔道駆輪は停車する素振りすら見せず、女の隣を平然と通り過ぎたのだが。
「…………乗せないんだ!?」
「誰も乗せるとは言ってないだろう」
「いや、そ、それはそうだが……、ごく当然のように通り過ぎたな……」
「これ以上乗せても、乗るだけの場所がないからな。後ろの部屋に入ってくれるなら話は別だが」
「貴殿、幾らなんでも旅人を拷問するというのは……」
「貴様はあの部屋を何だと思っているのだ」
なんて言っている内にも、遙か後方へ消えていく女。
彼女は驚くほど自然に無視されたので思わず目を丸くして呆然と立ち尽くしていた。色仕掛けもこの男にはスライムでない限り無意味なのだろう。
もっとも、スライムなら色仕掛けでなくとも名前だけで魔道駆輪を放って飛び出すだろうが。
「さて、後は何処まで進むかだな。今日の夕飯も決めねば……」
――――しかし、逃がさない。
「む?」
腹底に響く、祭り太鼓のように連続する地鳴り。
シャルナが身を乗り出して後方を確認すると、先程のヒッチハイカーがとんでもない速度で魔道駆輪の後を追ってきていた。
凄まじい疾走だ。避暑帽子で表情らしい表情こそ見えないが、瑞々しい口元からは必死の形相が伝わってくる。先程の色気は何処へやら。
「ふぉ、フォール、停めた方が良いんじゃないか。何かとても急いでいるのかも……」
「運転の速さ比べか…」
「いや何でそうなる!?」
フォールがアクセルを踏み抜くと魔道駆輪は一気に速度を上げ、運転席のシャルナの体を大きく揺れ動かした。
後方の女も速度の上昇に気付いたのだろう、既に全力の疾走速度をさらに上げて食らい付いてくる。
それを見たフォール、さらに一段。女もさらに一段。既に風よりも速い疾駆と疾走がそこにはあった。
だがーーー……、幾ら何でも魔道駆輪と人身だ。女はスタミナが切れてきたのか、次第に足取りを緩め、やがては徘徊老人よりノロく、震えながら立ち止まった。と言うか吐いた。
「フフフ、やはり我が『魔道駆輪』の方がパワー速度ともに上だ。もうわかった…、満足だ…。ここらで遊びのサービス時間は終わりだ…」
「ど、どうするんだ……?」
「…………」
「…………」
「……どうする?」
「いや私に聞かれても!?」
ぶっちゃけちょっとやってみたかっただけなので深い意味はない。
「まぁ、どのみち乗せるつもりはないがな。あれだけ走れるのならば次の目的地までは直ぐだろう」
「話ぐらい聞いてやっても良いとは思うが……」
フォールは彼女の言葉に興味ないと冷徹に返しながら、車の速度を緩めようとブレーキを軽く踏んだ。
―――その瞬間、ふと、バックミラーに女の姿が映ったのだ。口元からオーロラバーニングする女の姿が。何かもう放送禁止っていうか女としてどうなのという次元でアレをコレする女の姿が。
そんな様子に大した同情もせず、彼の足先はアクセルを深めていく。フォールもまた前方を確認すべくバックミラーから視線を外そうとした、その時ーーー……。
緋色の眼が、彼の瞳を捉えたのだ。
「……!」
ギャルルルルルルルゥッッッ!!
凄まじい炸裂音をあげて魔道駆輪は車輪を草原へ踏み外す。勢いのまま激震する車体は数度の廻転を経て大きく浮き上がりながらも、どうにか道外れに停車した。
それは一瞬の出来事だったが、一歩間違えば全員が外に放り出され、或いはそのまま魔道駆輪さえも横転しかねない、非情に危険な急ブレーキだった。
「ふぉ、フォール!? 何だ、どうした!!」
「…………」
半身を運転席に埋めながら慌て叫ぶ彼女の声に、操縦桿を握っていたはずのフォールは返事をしない。いや、自身の行動にさえ返答らしい返答を返すことができていなかった。
――――何が、起こったのか。彼は確かに軽くブレーキを踏み込んだはずだった。緩やかに停車するはずだった。
だが実際は、そんな、停車などという生温いものではない。一歩間違えば横転していたであろうほどの、急激な廻転だった。もしフォールが異変に気付いて咄嗟にハンドルを切らなければ、車体はそのまま草原へ引っ繰り返っていたことだろう。
「……今、何が」
繰り返す。彼は確かに軽くブレーキを踏み込んだはずだ。
だと言うのにその瞬間、彼自身の脚へ凄まじい重力でも掛かったが如く、全力でブレーキを踏み抜いてしまったのだ。
女性との速さ比べで速度を出していたこともあって、急激な停車は車体全体を跳ね飛ばさんばかりのものだった。無論、そんなところへ急ブレーキを掛ければどうなるか。
それを考えればこうして無事に停車できた事は奇跡と言うより他ないだろう。
「…………むぅ」
と、そんな魔道駆輪に平然と近付いてくる影がひとつ。
――――先程まで後方で膝を折っていた女の影が、ひとつ。
核心的な歩みと、蝕むような笑みと共に、近付いてくる人物が、ひとつーーー……。
「いやぁ、ごめ……ゲホッ、おげぇ……ェホッ……」
「…………」
「停まっ、く、くれて、あ、あり……ゴホッ……」
「…………」
「きゅ、うぇっ、急な、停車、だっ……、げほっ……」
「……呼吸を整えてからで構わんぞ」
「……あ、はい。うぇっぷ」
急激な運動の直後に行う会話は心肺機能に多大な負担を掛けます。気を付けましょう。




