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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
亡霊の街
83/421

【5】


【5】


 さて、鍋を囲む勇者達から視点は変わってまた一方。

 そこには草木を掻き分けて進むカネダ、メタル、ガルスの三人の姿があった。

 彼等はジメジメとした熱気により背筋や額に流れる汗を拭いつつ、また時折集ってくる羽虫を払い除けつつ、段々と奥へ進んでいく。木々を超え、食人植物モンスターを斬り裂き、頭に掛かる草々を退けながら、だ。


「だァ~……、クソ。飯食ってきて良かったな。腹ペコでこんなトコ入ったら直ぐにぶっ倒れてたぜ」


「だろうな。……しっかし何だ、この熱さは。結界の抜け道とやらを抜けて森に入ってしばらく進んだ途端にコレだ」


「ケッ、こんな事になってんなら面倒臭がらず酒場で話聞いとくんだったぜ。生半可にカネダが結界の抜け道は解るとか言い出すからよォ」


「仕方ないだろ、まさか結界の中に結界があるなんて思わなかったんだから」


 カネダとメタルが話している間にも、ガルスは過ぎ去る景色を瞳に移しては有り得ない、有り得ないと繰り返していた。

 ――――この食人植物は此所より遙か南部に生息する個体だ。ボムマッシュは北極の洞窟内で、他のキノコだって極東や険しい崖にしか生息していない個体。こちらの毒を持つルゥボーリの実など既に絶滅した種のはず。こんな所に生息しているはずがない。


「……随分とまァー、思い詰めてるみたいだなァ」


「そりゃエルフなんて亜人の中でも主要な種族だぜ。戦争になったりしてみろ、人間とエルフにどれだけの被害が出るか……」


「クケカカカカカッ……、俺としちゃ願ったり叶ったりだがなァ」


「メタル」


「冗談だよ、じょォーだァン。……ま、だが今回の一件はクセェと俺も思ってんだ。戦争は綺麗な形で綺麗に殺し合わないとなァ。怨恨で怨嗟で暗殺祭りなんざ俺も気に食わねェさ。……嫌いじゃねェけどな」


「その意見には賛同しかねるが、クサいのは俺も感じていた。この森に入ってからエルフの姿が見えないどころか、攻撃さえない。途中に罠はあったが、アレだって無人で仕掛けられるモノだ。それに……」


「それに?」


「エルフ女王の誘拐は自作自演でも人間の策略でもない……、と俺は思ってる」


「……ぁー、はァ?」


「だってそうだろ。どっちにしたって旨みがない。戦争で儲けようとするバカが動いたか? ならもっと上手くやるはずだ。行方不明にしてそのまま放置なんて流暢なことはしないし、犯行声明でも何でも挙げてもっと煽るだろうよ」


「……つまり、何か? テメェはエルフ女王が行方不明なのは第三者による策謀だってのかァ?」


「そうだが……、お前だってそう思ってたんじゃないのか?」


「いや、俺のは勘だから」


「野生の獣か何かかテメェは」


 と、様々な思惑を立てながら進む彼等だったが、ふとメタルが足取りを止めた。

 彼は木々の間を軽々しくぴょんぴょんと跳ね回って登り上がり、大樹の枝に引っ掛かっていた何かを掴み挙げる。真っ黒な、ゴツゴツとした指二本程度の小石だ。しかしその石からはキツい硝煙の匂いが漂っており、ただの石でないことは明らかだった。


「何だ、それ」


「火打ち石だよ、火打ち石。何でこんなモンがこんなトコにあんだ?」


「俺に聞くなよ……。とは言っても、ここになら何があっても不思議じゃ……」


 疑問の声色にふと顔を上げたガルスの表情が、凍り付く。

 彼は慌てふためき、木々の間に転び、顔を泥だらけにしながらもメタルの登った大樹の根元にしがみついた。そして必死に息を荒げながら、しかし重く、抑えるような口振りで叫び出す。


「メタルさん……! ダメです、それは……!! この森では火気厳禁です……!!」


「あ? どういう……」


「ボムマッシュがそこらに生えてるんです……! ボムマッシュは北極に生息するキノコで、体内に火薬に似た成分を分泌する個体です……!! 獣やモンスターに食べられるとその衝撃で爆散して、相手もろとも同胞の為に散るという珍しいキノコなんですが、それは火でも同じ現象が起こります! もしここでボムマッシュに着火でもしたら、この辺り一帯に引火し尽くして……!!」


「あー、なるほど。そう心配すんな、俺だって無闇やたらに放火するほど馬鹿じゃねぇよ。ほれ」


 メタルの投げた火打ち石が空を舞い、ガルスの手へと落ちた。

 彼は慌てるあまり落としそうになるも、どうにかしっかりとキャッチ。安堵のため息と共に懐へと納める。


「メタルぅ~……」


「クカカッ、睨むなよカネダ。火打ち石なんざそうそう着火するモンじゃねぇさ。強く振り下ろしたり投げたりしなけりゃ……。それよりガルスよォ、どうなんだ? 結局のトコ。エルフなんざ影も形もねェぞ」


「みたい、ですね……。しかしこんな結界がある以上、誰かがいるのは間違いありません。こんなに無茶苦茶な、けれど超高度な結界をエルフが創り出せるかどうかは怪しいところですが……」


「あァ? どういうこった」


「えぇ、エルフは人間と比べて魔力の貯蔵量が少ないと言われています。それは彼等の魔術魔法の発動による条件がマナの収束、つまり魔力を外部から取り込んで発動するという特性に関連するもので」


「はいはい、うんちくは後だ、後。今はエルフにせよ他の誰にせよ、とっとと取っ捕まえて情報を吐かせるのが先決だろ。ま、今回の事件がそのエルフ女王の一件に関与してると決まったワケじゃねぇが、少なくとも俺達の旅にはこの一件の解決と報奨金が必要だ」


「クカカッ、違いねェ。クソ暑い密林にいつまでもいられるかってンだ」


「……そうですね、進みましょう。こんな危険地域、いつまでも置いておくわけにはいきませんから」


 一呼吸置いて、彼等はまた森の奥地へと進み始めた。

 すると次第に、鼻先をくすぐる香りが強くなる。亜熱帯にありがちな、噎せ返るような熱風の臭いではない。花畑のような、吐き気がするまでの甘い匂いでもない。

 それは戦場にありがちな、腹を凹ませる飯の香りだ。こんな森に有り得るはずもない、温かな、腹底から胃液を溢れさせるようなーーー……。


「メタル、これは……」


「野営地……、だが違うな。気配はねェ。クカ、クカカカカッ……、だが、えェ? 随分と下らねぇモン喰ったみてェじゃねぇか、なァ。戦場じゃァ血と肉に勝る馳走はねェっつーのによぉ……、クカカッ」


「この戦闘狂が……。だけどまぁ、人の気配がないなら、いや今回はエルフか。エルフの気配がないなら是非とも調べさせて貰おう。痕跡を調べるのは追跡にせよ調査にせよ基本だしな」


 彼等は警戒しつつ、カネダが先行して偵察、メタルが万が一の場合に供えて戦闘準備、ガルスは後方で避難という形でその場へ乗り込んでいった。

 しかしメタルの言葉通りそこには誰も居らず、あるモノと言えば精々、簡単な焚き火を起こした跡ぐらいなものだ。


「おーおー……、エルフ達はあのボムマッシュ、だっけ? の存在を知らないのか? よくもまぁ火なんて起こせるものだな。の割に始末はキッチリしてるから、尚更腹立たしいぞ」


「自滅なんて下らねェ死に方はして欲しくないモンだな。……つーかよ、この匂いからしてさっきまでここにいたんだろ、そいつ等は。今から追ってみっかァ?」


「いや、やめとこう。この辺りも開けてるとは言え見通しが悪いし、奥に行けば尚更だ。何処で奇襲されるか解ったものじゃないしな、ガルスも連れてることだしーーー……」


 カネダとメタルの呼吸が、止まった。


「……まさか」


 一瞬。ほんの一瞬だ。

 ただ列を成して歩いた一瞬、目を離しただけだった。

 ――――だが、その一瞬があれば食人植物モンスターがはぐれ(・・・)を狙うには充分なのだ。


「が、もがっ……!」


 ガルスの上半身は既に食人植物に半分ほどのみ込まれており、どうにか腕で抑えているが、それでも飲み込みの力には勝てないようで、ずるずると内部へ引き摺り込まれていく。

 彼等が振り返ってガルスを見つけ、武器を構えた頃にはもう、足先までのみ込まれた後だった。


「喰われてるゥウウウウウウウウウーーーッッ!??!?」


「ま、待てメタル、迂闊に攻撃するなよ!? ガルスは今、火打ち石を持ってる!! お前の斬撃が当たったら着火するぞ!!」


「じゃあ今絶賛喰われ中のアイツはどうすんだよ!? 見捨てたら誰が報酬払うんだ!!」


「そうは言ってないだろ! 俺に任せろって話だ!!」


 カネダは両手で双銃を構えると、そのまま照準を合わせて撃鉄を降ろした。

 それこそ危険だろうとメタルは声を荒げかけたが、彼の冷静さに思わず言葉をのみ込んだ。

 先程までの動揺や激情が嘘だったかのように、彼は静かなのだ。二つの眼が二つの照準を定め、一つの喉で雑念を吐き捨てる。金色の双眸はただ、食人植物のみを見詰めていた。


「……ギャンブルと射撃じゃ、負けナシなんでね」


 銃弾が、放たれる。

 初撃は食人植物の根を爆ぜ飛ばし、その体を大きく傾けた。それでも飲み込みを続けようとする植物の口端にある筋を撃ち落とし、そしてーーー……、三撃目で食人植物を大きく弾き、ガルスを吐き出させた。


「げほっ、ごほっ……!」


「ハッハァ! やるじゃねェかァ!!」


「どーいたしまして!」


 メタルは急いでガルスを引き上げると、どろどろの胃液を拭い落とす。

 これと言って目立った外傷はなく、肉や皮が溶けたわけでもないらしい。ほぼ無傷で、損失と言えば手荷物を少し落としてきたぐらいか。食人植物にのみ込まれたと考えるならば、奇跡に近い生還だろう。


「こふっ……。すいません、火打ち石を奴の中に……」


「ん? あァ、手荷物と一緒に飲まれたのか。おいカネダ、そいつにトドメ刺して火打ち石と荷物、吐かせとけ。飲ませといて着火されたら面倒だ」


「おぉ、解った。ま、生きたまま口に手なんか突っ込みたくないしな」


 彼は植物に歩み寄りながら、引き金を引き絞る。

 ――――大丈夫、相手はほぼ死にかけな上に荷物と火打ち石らしい影も繊維の隙間から見えている。それに当てなければ良いだけだ。

 だから、大した問題はない。初心者でもミスらない射撃だ。あと一度だけ瀕死のこいつに撃ち込んでやれば良い。それだけの、簡単な、別にどうということもない一撃ーーー……、のはずだった。

 

「よーし、そのままそのまま……」


 ずるり。


「あ」


「あっ」


「えっ?」


 カネダの足が、大きく滑る。

 瞬間、彼の視界の端っこに映ったのは山盛りのキノコだった。不法投棄よろしく、乱雑に打ち捨てられた、ボムマッシュだった。

 そして、一撃。見事に射線の逸れた弾丸はそのまま銃口から飛び出して、植物の繊維を貫いて、そして小さな影へとーーー……。



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