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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
亡霊の街
81/421

【3】


【3】


「エルフ族の異変……?」


 木造の、役員が数名しかいないような小さな街役場の中で手紙を受け取ったガルスは、その文句に眉根を顰めて首を捻っていた。

 彼は先生と呼ぶ雇い主に先日のラドラバードの調査書を送るも、それと交換するように送られてきた次の依頼書を受け取ったのである。

 しかしその文面は今までのような獣やモンスターの生態調査や実験ではなく、一種の警告文のような、切迫した文面だった。


「帝国王都の……、異種族同盟の会議にエルフ女王が不参加……、代理を立て……?」


 彼は手紙を読むも、どうにも騒がしい役所にいることに気が引けたのか、そのまま外に出て行って、扉の前で壁に背を預けて手紙を読み直す。

 ――――内容としては、王都で定期的に行われる異種族間での会合にエルフ女王が不参加だった、とのこと。一応は代理を立てて女王は体調不良ということにしたそうだが、あの人と交流のあるエルフ高官は彼に女王が誘拐された(・・・・・・・・)と明らかにしたらしい。

 原因も理由も不明であり、要求らしい要求もなく、ただ一晩の内に彼女の姿が煙のように消えてしまったのだ、と。このままではエルフ族は空中分解するかも知れない、と。

 さらに、ただこの異変はエルフ族に留まらず、『死の荒野』の邪龍出現や『沈黙の森』の沈黙が解かれたこと、『爆炎の火山』の噴火や温泉発掘に到るまで様々なことが起こっている、とまで記されていた。

 シメはいつも通り、異変の原因を突き止めて調査し、報告しろという文句。そして、今度ばかりは油断するな、とまで付け足されていた。


「……あの人が、僕を心配するなんて」


 今までさっさと行けだの報告が遅いだのマヌケだのとんまだのと散々だったのに、これはかなりの異常事態ということではないのだろうか。

 いや、元よりエルフ女王が行方不明なことが異常事態でないはずもないけれど。


「おっ、ガルス出て来た。おーいっ」


「おいテメ、カネダ、おい! 俺にもジャムパン寄越せ!! おい!!」


 と、不穏な意識を断ち切るようにジャムパンを奪い合う彼等の軽快な声が響き渡る。


「あぁ、カネダさんにメタルさん。すいません、僕の報告を待って貰って」


「なぁに、こっちにも食い扶持は必要なんでね。長期で雇って貰えるかも知れないなら喜んで待つさ。それで、どうだった? 新しい調査はどんな感じだ?」


「いえ、今回は調査……、でもありますが、何よりまず人捜しになりそうです」


「人捜しぃ~? 俺ァ戦闘専門だぜ。ンなもん何処ぞの探偵か犬っころにでも任せとけっつーの」


「アホ! お前の食費だけでどんだけ金が飛ぶと思ってんだ!! こういう上客様にはな、靴舐めてでも金貰わないとやってけないんだよ!! げへへへへ、ガルス様ぁ~! 是非とも契約お待ちしておりやすぜぇえ~?」


「人間ここまで下がりたくねぇな」


「うるせぇ! ガルス様、如何でごぜぇやすか? 靴舐めましょうか? うひひひひ」


「け、結構です……」


「まァ、この馬鹿は置いとくとしてもよォ。その人捜しっつーのは誰を探すんだよ。何か囚われの姫様とか敵国の将軍とかなら喜んでやるぜ」


「あ、あぁ、結局戦いなんですね……。いえ、でも今回はそうなるかも知れません。実はある人が攫われていて」


「マジ? よっしゃ戦いだやるぜやるぜ殺りあおうぜ!!」


「ま、待ってください! あの、その人の立場的にどんな人かは詳細的に明かせないんです。貴方達を信用していないわけじゃないんですが、とてもデリケートな問題で……。関わるともしかしたら危険な目に遭うかも知れませんし、何よりこんな内容で依頼するわけにはいきません。なので、その、依頼するわけには……」


「いや、充分だぜ」


 先程までのゲスの極みのような顔をしていたカネダは一転、仕事を前にした盗賊の表情となった。

 そこに安全はなくても良い、報酬と確信さえあるのならばーーー……、と。


「そろそろ路銀も尽きるし、何より馬車を買わなきゃいけない。食料や調味料だって怪しくなってきたし、ポーションや傷薬だってそうだ。まずは金、何よりも金、そんで金。マネーイズソウル! 金がなきゃ人は生きられないんだぜ」


「ケッ、馬鹿じゃねぇのか」


「め、メタルさん、そこまで言わなくても……」


「生きるのに必要なのは戦いだろ」


「えぇ……」


「金だろ」


「戦い」


「金」


「あ?」


「お?」


「何で喧嘩腰なんですか二人とも!? 取り敢えず落ち着きましょうよ!!」


「お前あんま調子乗ってっと今日の夕飯、魚にすんぞ……」


「あァ? 肉にしろよ……」


「何肉?」


「豚」


「後で買ってくるわ」


「「イェイ」」


「実は仲良いんですね貴方達!? ややこしいなぁもう!!」


ハイタッチ。


「……で、ガルス。豚肉買うのにも金は要る。金に執着するのは意地汚いとか言う奴もいるけど、意地汚いのは執着する奴で、金じゃない。俺は金を契約の証だと思ってる。金貨は嘘をつかないんだ。嘘をつくのは人間だからな」


「…………」


 ガルスは複雑な、猜疑と困惑と、けれど確信と納得を入り交じらせて、深く意気をのみ込んだ。

 ――――信用しても、良いのだろうか。確かに彼等は信用できる人物だとは思う。人柄は良いし、豪快だけれど真っ直ぐな人物だとも思う。

 しかし、それと同じく、エルフ女王の一件も重要なことだ。使い方によっては種族間での戦争も起こせるし、エルフ族に汚い揺すりを掛けることもできる。所詮は言葉だけれど、情報だけれど、それが時として余りに大きな力を持つこともあるのだ、と。

 彼のそんな思考がさらにガルスの表情を歪めていく、が、また別の言葉がそれを拭い去った。


「ガルスよぉ。確かにこの馬鹿はアホで屑でどーしようもねぇが……」


「え、は、はい?」


「あンだと?」


「テメェに嘘だけは付かねェ男だ」


 彼の手からジャムパンを毟り取り、一言。


「メタル」


「何だ」


「豚肉一枚追加で」


「「イェイ」」


 ハイタッチ。


「まっ、無理にとは言わないさ。俺達も金は欲しいが金は意味(・・)あって初めて使えるモンだからさ。アンタがどうするか決めるまで待つとしよう。どのみちこの街である程度金を稼がないと次の街まで行けないし『平原の海』も超えられないしな」


「金稼ぐってテメェどうすんだよ」


「そりゃどーすっか。買い物序でにある程度話は聞いてきたしなぁ……。酒場とやらに行くか、森にいるエルフとやらをどうにかして報奨金貰うか……」


 カネダの言葉に、ガルスは跳ね上がった。


「あるじゃん良いのが。エルフぶッ倒そうぜ、エルフ。楽しめて金貰えて一石二鳥だぜ」


「エルフはなぁ、どうかな……。アイツ等の毒はちょっと……、面倒臭いんだよなぁ。解毒は簡単だが即効性は高いっつー……、うーん……」


「お前ホント毒嫌いな。じゃあ、妥協案で俺はアイツ等ブッ殺す、お前は森の前で待機でどうよ?」


「あぁ、それなら……」


「ちょ、ちょっと待っ、待ってください!」


「「んぁ?」」


「今、エルフって……」


「ん、あぁ。さっき売店のおばちゃんから聞いてよ、何でも若いエルフ達がこの先にある森を占拠してるらしい。冒険者達が何人か挑んだが、どうにもならないんでお手上げ状態。もう挑む奴もいねぇらしいぞ」


 ――――エルフが、いる。

 瞬間、ガルスの脳裏には最悪の状況が思い浮かんでいた。

 元よりエルフは亜人の中でも多種族との関わりが最も少ない種族で、非情に保守的だ。だからこそ自身の一定線を超えた者には例え相手が誰であろうと容赦しない。

 それが、利用されているとしたなら?


「…………」


 もしーーー……、そう、もし、既にエルフ女王が行方不明だという情報が漏れていたら、或いはそれの実行犯が故意に湾曲して漏らしていたとしたら、どうなる?

 エルフ女王を攫ったのが人間達であると漏らしていたのなら、どうなる?


「どーでも良いからよぉ、さっさと行こーぜ。ガルスが決める間にパパッと片づけちまえば良いんじゃねェのォ?」


「それもそうだな。ガルス、俺達は今から森に行くからーーー……」


「待……、待って、待ってください!!」


 彼は再び腹底から声を張り上げて、二人を引き留めた。

 その声は思わず道行く人々を振り返らせ、困惑の表情を浮かべさせる。無論、カネダとメタルにもだ。

 しかしガルス本人はそれに構う暇などなく、ただ、水脈が如く湧き上がる不穏を抑えて言葉を絞り出すことで精一杯だった。


「い、依頼します……! 貴方達に依頼します!!」


「お、おぉう。そんなに急がなくても別に他の依頼者がいるわけでもねぇしよ。相当な金を提示されない限りはあんたの話の方が先なんだし、そっち受けるぞ? 短期の依頼ならパパッと終わらせるしよ」


「あと面白そうな戦闘(ヤツ)がなかったらな!」


「そうじゃないんです、そうじゃっ……。全て話します! だから……!!」


 カネダとメタルは横目でちらりと視線を交差させた。

 ガルスの言葉と表情からして、彼が尋常ではない事態を抱えているのは明らかだ。恐らく、今から向かおうとしている森の件よりも、遙かに危険で、緊迫した事態であることは。

 或いは、命を落とすことさえあるような事態の可能性さえーーー……。


「「乗った」」


 だからこそ、面白い。

 危険も緊迫も、命さえ落とすようなことだろうと、変わらない。

 そこに金があるならば、戦があるならば、彼等にはそれで充分なのだろう。それだからこそ、充分なのだろう。


「さぁさぁ聞かせろよガルス君! お楽しみはこっからだろ?」


「の、前にまず飯だ。喰いながら聞かせて貰おうじゃないか」


「ゲーハッハッハッハ!!」


 彼等は相変わらず困惑する、いや、別の意味で困惑しているガルスの背を叩きながら、飯屋へと引っ張っていった。

 慌てるよりもまず飯、頼むよりもまず飯、急がば回ると吐いちゃうので取り敢えず飯、と。

 道行く人々は何だあの巫山戯た連中は、だとか。頭の軽そうな奴等だ、だとか。そんなフウに思っていることだろう。事実その通りだ。彼等は巫山戯ていて、頭は軽く、そして何よりーーー……、双眸に火を灯している。

 燃え滾る業火の上に幾つもの材木や塵芥を被せて燻りを隠しながらもなお、燃えたぎる焔を持っているのだ。


「さァて?」


 数刻後の灼炎に心躍らせながら、ただ。


「楽しくなってきたじゃねェか……!!」



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