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「……なぁ、シャルナ。何でだか宿に入った辺りから記憶がないんじゃが」
「私もです……。何故でしょうか?」
人々溢れ、馬車も行き交う街の大通り。フォール達一行は干し肉や瓶詰めのジャムが売られている屋台を通り過ぎながら、昼下がりの街並みを歩き進んでいた。
そんな中、シャルナとリゼラは摩訶不思議な現象に首を捻り、何故か頭にできたタンコブを擦りながら首を捻っている始末。なお、フォールはそんな彼女達に視線を合わせることなく早足で進んでいく。
やっぱり最後は安心と安定のショック療法ということだ。
「それよりフォール! 御主、何処に行くつもりなのだ!? 人を連れ出しおって!! 今日は休日と言うとったじゃないか!!」
「ん……、あぁ。少し急用ができてな」
「まさか貴殿、またスライム人形くんがどうとか言うのでは……」
フォールの懐からきらりと光る『ジャムパンを食べて満足そうなスライムくん』。
道理でこの男、この街に到着するなり自分とリゼラを宿に放り込んだわけだ。
「この先の森をエルフ達が占拠しているらしい。通り抜ける為にはどうにかしなければならん」
「ぐぇっ……、え、エルフ……!」
「……何だ、嫌な思い出でもあるのか」
「あるも何も! エルフ共と言えば訳の分からん呪術を使うし魔力じゃなくてマナとか使うしでクソ面倒なのだぞ!? 妾が魔法や魔術の研究で、奴等のマナ解明にどれだけ苦労したことかっ……!!」
「…………」
「…………」
「……え、何」
「……いや、貴様の口から真面目な単語が飛び出したことに驚いてな」
「リゼラ様っ……! それでこそ魔王に御座いますっ……!!」
「いい加減泣くぞ」
という調子で道を進んでやれ数十分。
宿から大通りを抜けて小路地を何度か曲り、民家と民家に挟まれ日影が多くなり出した頃、ようやくその酒場は見えてきた。
廃れた看板、錆び付いた酒樽、黒黄を基調とした闇に映える看板ーーー……。
如何にも裏のといった風な酒場だ。
「お、おい、大丈夫か? ここ……。何か変な男とかおるんじゃないか。酒飲まされてエロいことされたりするんじゃないか?」
「ご安心くださいリゼラ様。万が一の場合は私が人間共なぞ皆殺しにしますので!」
「やるのは構わんが顔は見られるなよ。出入り口を固めてから店に火を放て」
「…………」
「…………」
「……何だ、そこの魔王と同じくらしい事を言ったからか」
「いや、まぁ、うん。魔王と同じぐらい魔王らしいわな……」
「勇者っていうか暗殺者ですよね、この男……」
女神、痛恨の設定ミスである。
さて、それはそれとして酒場に入店していくフォール達。
扉を開いた先で彼等を出迎えたのは、荒くれ者達の鋭い視線だった。店中から親の敵でも見るかのような殺意が向けられ、彼等の入店を拒んでいるのである。
そんな視線の豪雨を前にシャルナは背中の覇龍剣に手を回し、リゼラは彼女の背中に素早く身を隠す。それがまた豪雨による濁流の呼び水となって、荒くれ者達は次々に席から立ち上がった。
――――緊迫。空気が張り詰め、殺意の硝煙がピリピリと肌を焦がしていく。誰も彼もが刹那の幕開けを覚悟し、その手に武器を取ろうと指先を動かした中ーーー……、を普通に進んでいくフォール。
「マスター、話が聞きたい。森を占拠しているエルフについてだ」
「…………ご注文をお伺いしましょう」
「ミルクだ。マスター、それよりも俺はエルフの情報が欲しい」
「ご注文はミルクですね。少々お待ちく」
「ピーナッツもつけよう」
「……ピーナッツ、追」
「アイスクリームもだ」
静寂は、訪れる。
フォールの鋭い眼光と責め立てるような注文に、マスターはいつの間にか気圧されていた。
――――この男は何者だ? どうしてここまで狼狽えない? この眼光は何だ? 今まで何人殺してきた? どんな地獄を見ればここまで凍てついた眼になれる? この男は、何なのだ?
「……クッ」
と、そんな静寂を打ち破るのは。
「クゲハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
「だぁーーーはっはっはっはっはっは!!!」
「いひひひひゃひゃひゃひゃ、うふひひひひひひっ!!!」
荒くれ者達の、大笑いだった。
「いーいね! いい!! 気に入ったぜあんちゃん!! こっち来いよ、こっち! ほら酒驕ってやるぜ!! いくつだ? 飲めるよなぁ!?」
「マスターのいびりにビビらなかったんだ、充分合格だぜ! どころかマスターをびびらせちまうたぁこりゃ逸材だ!!」
「ピーナッツ? ピーナッツにアイスクリームっておい、あひひひひひひ! おぉい嬢ちゃんと旦那達もこっち来いよ! あは、あははははっ! ピーナッツとアイスクリームっ、いひっ、ミルクっておま!!」
先程までの様子とは打って変わって、荒くれ者達は豪快な笑い声と共にフォール達を歓迎した。
聞けば彼等もまた森のエルフに手を焼いている冒険者達らしい。何をどうやってもエルフ達を倒して森を取り戻せないので、この酒場で屯っているんだとか。
「いやぁ、俺達もよ? 隣町とか旅人とか……、とーぜんこの街の奴もいるんだけどよ? あの森を通らねェことにゃ次の街までいけないし、どうにかしたいんだぜ? ホント。物資だってとどかねぇ」
「だが、どうしたって越せないんだ。奴等、とんでもねぇ結界魔法を持ってやがるのか、森に入ることもできねぇ。やり手の術士がよ、結界の隙間見つけて入ったこともあったんだが……、毒矢まみれになって帰ってきた。手当が大変だったなァ、ありゃ」
「そぉそぉ。そいつ、うなされて罠がどーとか影がどーとか……、美女がどーとか…………。毒にやられて幻覚でも見ちまったのかねェ。そんな奴まで出たサマだから、もう誰も近寄りゃしねぇのさ。あーあ、やだやだ」
荒くれ達はエールを掲げて飲んだくれながら、ゲラゲラと笑い転げる。
その様はまるで暑い日の水浴びではしゃぎ回る子供のようだった。いや、彼等が浴びているのはこの店の看板と同じ、黒黄の水と白の泡なのだけれど。
「ふぉ、フォール……、何だじゃこやつら、蛮族か?」
「と言うかあの者共、私を男扱いしたぞ!? 旦那って!」
入り口から荒くれ者達を避けて素早くフォールの元へやってくるリゼラとシャルナ。
ちなみに、フォールの男扱いは諦めた方が良いんじゃないかという呟きをマスターは聞き逃さなかった。
「……マスター、この二人にもアイスクリームを追加で頼む」
「え、えぇ、はぁ……」
「それで、エルフ達が現れたのはいつ頃なんだ?」
「……大体、三日前からですね。急に現れたそうでして」
「ふむ……」
「何だぁ!? 兄ちゃんもあの森超えたいのかい? やめとけやめとけ、無理だ、無理っ!」
「知りたいなら結界の穴も教えてやっけど、超えるのはやめた方が良いぜェ。さっき言ってた術士みたく毒矢まみれになるのがオチだからな!」
「だったらあの馬鹿共が飽きるまで酒飲んでた方がケンセツテキってやつさ。どーせエルフは若い奴らって話だし、まー、あれだろ。俺達が構ってやらなきゃ飽きるだけさ」
彼等はそう言うなりまた酒盛りへと戻っていった。
ゲラゲラと笑いながらグビグビと酒を飲み干していく。乱痴気騒ぎも良いところだろう。
フォールはその様を横目で確認しながら、自身の前に置かれたミルクに軽く唇を付け、殻盛りのピーナッツをつまみあげる。
「…………」
「ふん、負け犬のような連中だな。できぬからと言って変化を待つなど、石の置物にさえ劣るわ。変化は訪れるものではなく起こすものだというのに」
「そう喚き立てるな、ピーナッツが不味くなる。……そら、剥いたぞ」
「うめぇ」
「それで、フォール。用件というのはやはりそのエルフのことだな?」
「あぁ。この辺りはスライムはいないし、さっさと通り抜けるに限る」
「「……やっぱりスライムか」」
「スライムくん人形がなければ滞在さえしてないな」
「「やっぱりスライムじゃないか!」」
と言いつつも、後ろの乱痴気騒ぎの所為で話はまとまらず、取り敢えず注文の品を待つことに。
それまではひたすらにピーナッツをつまみ食べる。リゼラに到っては齧歯類よろしく頬袋にいっぱいいっぱい喰い溜めてるほどだ。
「おいフォール、次のピーナッツ」
「やかましい。口の中に溜めているのを食い終わってからだ」
「あっ、リゼラ様、私が剥きますよ! どうぞ」
グシャァッ!!
「粉砕しやがった……」
「あ、す、すいません……。クルミを剥くのと同じ風にやってしまって……」
「クルミも粉砕するのか……」
「散らかすな、シャルナ。……それより、これとアイスクリームを食べたら森に向かうぞ」
「あっ、おい待てフォール! メニュー見たらパフェあるじゃないか、パフェ! 妾これ食べたい!」
「…………アイスクリームで我慢しろ」
「そうですよリゼラ様。お気持ちは解りますが……、ぁっ、ササミ食べ放題……!?」
「……マスター、アイスクリームはキャンセ」
「「はい我慢します」」
なおアイスクリームはぶどうジャムのちょっぴり酸っぱいけれど、とっても甘くて美味しいアイスクリームでした。リゼラ、これには大満足。
ともあれ、彼等は酒場で結界の抜け道など様々な情報を仕入れ、森に向かうことになった。
若いエルフの暴徒達が占拠しているという森。結界が張られ、罠まで仕掛けられた森を、彼等はどう攻略するのか。
それは、そう。間もなく明らかになることだろうーーー……。




