【エピローグ2】
【エピローグ2】
「よしっ!」
彼は、ガルスは魔道駆輪の後ろ姿を見送ってから、気合いを入れ直すように両頬をペチンと叩いていた。
――――彼等のお陰で資料を取り戻すことができた。けれど、資料を奪われた事やリゼラさんが連れ去られたのは自分の失敗だ。いつも肝心なところでポカをすると先生にも怒られているじゃないか。
街まで行けば郵便か伝達魔法で先生に資料を送ることができる。フォール達のお陰で取り戻せた資料だ、それまでにまた失敗しないよう気を付けないといけないな、と。
「けれど……、ここから街までかぁ。ちょっと距離あるし、やっぱり遠慮したのは失敗だったかな。いや、あの魔道駆輪に乗るよりはマシか……」
死の瀬戸際まで行った地獄ハイウェイを思い出して身震いしながら、彼は歩き出す。
ただ、やはり深夜の道というのは恐ろしい。山岳から下りた草原で見晴らしが良いとは言え、腰元まであるような草々は獣やモンスターの姿を隠すに役立つものだ。いつ何処からそれ等が飛び出してくるか解らない上にこの暗さ。一応は自分も冒険者だし腕に覚えがあるとは言え、群れで来られたり、ラグラバードのように強力なモンスターに襲われたりしたら一溜まりもない。
やはり、魔道駆輪に乗せていってもらった方が良かっただろうかーーー……?
「い、いやいや、あのまま乗ってたんじゃ命が幾つあっても足りないし……」
なんて、頭をブンブン振りながら歩き出すガルス。
――――嗚呼、もしこの場所に先生がいたら何て言うだろう。命に代えても研究資料は守れ? お前が死んでも代わりはいるもの? お前は三人目だからな? いやいや、最後の方は脅しじゃないか。口の悪いあの人の言いそうなことだ。
けれど、確かにあの人なら一つ目は絶対に言うだろう。四肢が喰い千切られても鞄だけは離すなよ、とか。
「……あっ」
ふと、思い出す。
そうだ、そうじゃないか。鞄にはアレが入っていたはずだ。何故か押し込められていたアレが。
使える、んじゃないか? 使い方は知らないけれど、護身用になら、どうにか。
「えっと、確か奥の方に押し込めてたはず……」
ガルスが取り出したのは、銀色の銃だった。
ラグラバードの巣でリゼラが護身用に拾うも、使う間もなく野生児化したのでそのままになっていた代物である。
見たところ随分と立派な銃のようだし、持っているだけで護身になるかも知れない。使い方はやっぱり解らないけれど、確か、そう。引き金を引けばーーー……。
「それ俺の銃ゥウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!!」
背の高い草影から、その大きな影は飛び出してきた。
何やら絶叫しながら、そして双眸を怪しく光らせながら、ガルスへと飛び掛かってきたのである。
「ひぎゃああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!?!?」
それに対してガルス、躊躇無く発砲。
突然飛び掛かられたら誰だって驚くからネ。仕方ない仕方ない。
「はぶるスッ!?」
なお弾丸は射撃初心者とは思えないほどの命中率を見せた。
ビギナーズラックというヤツである。
「あ、あわわわわ……、やっちゃった……。うっちゃった……」
銃を片手にがくがくと震えるガルス。
嗚呼、どうしよう人を撃ってしまった、殺してしまった、と。
即座に証拠隠蔽をキメた何処ぞの勇者と魔王より余程良心的だが、罪は罪。こうして彼は牢獄で物悲しい人生を送っていくことになるのだろう。
残念ながらガルスの物語はここでお終いである。次回からはガルス獄中脱獄紀行が始まることだろう。めでたくなし、めでたくなし。
「お、何? 死んだ?」
「生きてるよ!?」
生きてたのでセーフです。
「わぁあああああ生きてたぁああああああ……」
「生きてたじゃねぇよアンタ! 出会い頭に発砲って何!? どんだけデンジャラスなんだよ!!」
「そりゃ急に飛び出せばそうなるだろ。自業自得だぜ、自業自得」
どうやら銃弾は寸前で逸れて男の帽子を貫いただけらしく、被害は帽子の穴一つだけのようだ。
しかし死ぬ思いをしたのには変わらない。被害者の男は急に発砲する奴があるかとがなり立て、ガルスは必死に頭を下げる。何度も何度も謝罪する。
しかし、そんな二人を仲裁するように間に割って入るボサボサ頭の男が一人。
「まぁまぁ落ち着けって。争っても良いことなんてないだろ? なっ?」
「で、でも僕……」
「気にすんじゃねぇよ。ありゃ飛び出していったコイツが悪い。だからアンタは気にせず……」
肩をポン、と叩いて。
「身包み置いてけばそれで良いから。OK?」
「当たり屋かお前はァ!?」
チンピラより酷い脅しに思わず仲間がツッコむ始末である。
「うるせぇこちとら馬車がねぇ所為でここ数日まともなモン喰ってねぇんだ仕方ねぇだろ!!」
「そりゃ仕方ねぇけど悪質過ぎるだろ!? 見ろよこの人ドン引きじゃねぇか!!」
「せ、せめて鞄だけは……」
「アンタも順応しなくて良いから! コイツが屑なだけだから!! 善良な市民から物をタカるんじゃねぇよ!!」
「何だとそもそもテメェがあの鳥公に銃持ってかれなきゃさっさと次の街で仕事探せてたっつーんだよあぁゴラぁ!?」
「ありゃお前が鶏刺し喰いたいとか言い出したからだろーが!! 狙ってる隙にあんなドデカいの来られたら誰だって吃驚するわ!!」
「へーへー伝説の盗賊様が聞いて呆れますねェ!!」
「ンだとゴラおいアンタ銃返せまずはアイツから撃ち殺す!!」
途端にぎゃあぎゃあと騒ぎ出す二人の男を前にガルスは思わずへたり込んだ。
いったい、今日は何という日だろう。ラグラバードに襲われて洞窟で目覚めたかと思えばとんでもない人達に出会い、彼等に助けられたと思えば少女が怪鳥に連れ去られ、彼女を助け出しに向かえば常人離れした能力を見せつけられ、そしていざ助け出したと思えば怪鳥と遭遇して、それから、それから、それからーーー……。
「は、はははは……」
「そら見ろ! お前のせいでこの人が狂っちまったじゃないか!!」
「反省してますよぉー。悪かったですゥー」
「やっぱテメェ撃ち殺すかあァん!?」
「い、いえいえ、違うんです。はは……、そうじゃなくて……。ただ、ちょっとおかしいだけで……」
「お、おかしいってアンタ、大丈夫か? 頭打ったとか?」
「撃たれたのはテメェだけどな」
「うるせぇ! ……あー、悪いな、アンタ。えっと、名前は?」
「ガルスです。ガルス・ヴォルフ。貴方達は?」
「ん、ぁあ。俺はカネダ・ディルハム。んでこっちはメタルだ」
「身包み置いてけ」
「大体こういう奴」
「大体って、は、はははははっ」
ガルスはカネダの差し伸べてくれた手を取りつつも、涙を浮かべるほど笑い転げていた。
全く、なんて楽しい日だろう。今までの退屈を等価交換してくれたかのように、今日という一日はとても賑やかだった。
いや、きっとこれからもーーー……、楽しい日々は続いて行くのだろう。
「俺とメタルは今ちょっとした理由で旅をしててな。まぁ、傭兵と……、冒険者みたいなモンだ。アンタは何でこんなトコに?」
「話せば長くなるんですが、まぁ、僕も旅みたいなものです。ある人に雇われてモンスターの情報をまとめたり、生態を調査したり……」
「へェ、図鑑でも作るのかい?」
「えぇ、それもありますが、僕と雇い主の先生はその情報から、ある現象について調べているんです」
頬から落ちる涙が、雨露の雫と混じって、月光に煌めいた。
彼の笑顔にしわがれた頬を、伝うように。
「現象?」
「はい。十数年前に起こった、ある現象について」
――――運命は、奇異な歯車で回っていく。
噛み合うことなく、然れど擦れ違うこともなく。
ただ因果という錆をこそぎ落としながら、噛み合う時を待っているのだ。
それはいつなのだろう。必然という当たり前を待ち侘び、ただ伏す時が終わるのはいつなのだろう。
「『消失の一日』を、ご存じですか?」
きっと、そう。その時は遠くはない。
魔道駆輪を狩りながら、間抜けな寝顔で涎を垂れる少女の胸元に揺れる輝きを見て微笑む男と、ただ何も知らず叡智を求める男が再び出会うその時は。
もう、直ぐ其所までーーー……。
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