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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
神鳥の羽を求めて
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【6】


【6】


 怪鳥の翡翠眼は、男を見ていた。

 真紅の双眸を? 静寂の佇まいを? 安堵の表情を? ――――そうではない。

 彼の背後にある、悍ましき何かを、見ていたのだ。


「気になるか」


 轟々と燻り始める、焔。

 豪雨の湿気により急激に火が拡がるわけではない。精々、燻り程度のものが羽ばたきによって周囲へ拡散しているだけに過ぎない。

 然れど、その燻りの煙と熱度はラグラバードの雛たちを追い払い、周囲を紅々と照らすには充分過ぎるほどのものであった。

 彼等の狭間に灯火を用い、真紅と翡翠を交差させるにはーーー……。


「だが、そう余所見してくれるな」


 静かに、彼は刀剣を引き抜いた。

 白銀が牙を剥き、応じて紅黄が風を斬る。


「妬けるだろう?」


 ――――ラグラバードは一つの確信を持っていた。この異様な小人を前に、己の羽一枚よりも小さな男を前に。

 ここが海上であれば、或いは地上であれば、勝ち目はなかっただろう。だが、ここは我が独壇場だ。空は、この空上は我が世界だ。

 勝てる。この人間に、ここでなら、勝てる。食い殺せる。


「クエエエエエァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」


 山峰覆う大翼が羽ばたき、地帯の大樹を爆ぜ飛ばした。

 フォールの垂れ髪が尾が如く揺れ動き、頬端を空塵が掠め切る。然れど鮮血はなかった。全ての真紅と紅色は、彼の眼にあったから。


「王者は如何にして王者か?」


 旋風という刃が彼を斬り裂いていく。

 衣を裂き、毛先を狩り、頬を開きーーー……、然れどその者、動じることなく。


「王座に座すからか? 唯一の権威からか? 民を支配するからか?」


 翡翠の眼が鋭く引き絞られ、慟哭の閃光が炸裂する。

 巣の大半が弾け飛び、大樹の頂点が大きく反り返る。危うく雛たちさえも吹っ飛ばされ掛けるほどの衝撃が天空の白雲を吹き消した。

 風嵐の斬撃はフォールの口端を斬り裂いた。真紅の鮮血が眼のみならず、頬からも噴き潰す。

 その鮮血は風を受けて流れ消え、渇き、ひび割れ、そしてーーー……、裂けた口端を示す。


「ならばその全て、奪わせて貰う」


 彼は足を浮かせ、幾多の塵芥と共に旋風の彼方へ消し飛んだ。

 その身は大樹から跳ね弾かれ、遙か虚空へと消えていく。


「……クエ、ァ」


 ともすれば、その男を前に暴君は嘲笑っただろう。

 囀った割には何と滑稽な散り様だろう、と。その愚者の姿を翡翠の眼で見下しただろう。

 然れど、暴君なる怪鳥の翡翠は未だ緩んではいなかった。どころか殊更、深く、沈み、淀ませていく。


「乱心せよ。暴君殿」


 彼は飛空していた。否、違う。

 飛空しているのは彼ではない。暴君の旋風に抗うのは彼ではない。

 ただ、彼は立っているだけだーーー……、ラグラバードの背に立っているだけだ。

 怪鳥ではない、撒き散らされた燻りによって目覚めた数多のラグラバードの背。ハイエリアの樹上で眠っていた、その他大勢の民々(・・)の背中に。

 

「民を喰い殺すか、反逆者を喰い殺すか。選ぶと良い。無論ーーー……」


 ―――白刃、駆ける。

 翡翠の眼が識る暇もなく、その刃は紅黄の翼を斬り裂いた。

 溢れ出る鮮血も、吹き荒ぶ激痛も、影なく失せたその者も、暴君の唯牙なる嘴が裂くことはない。

 ただ、影は星々の瞬く間に移ろ消え、背後の大樹と、混乱に舞う民々の背へ消え征くばかりなればーーー……。


「反逆者はその時を見逃しはしないがな」


 燻りの灰燼に飛び交う民々、熱せられ、悲鳴を上げる城下。

 暴君成すは如何なるものか。民ごと反逆者を捻り潰すか、城下ごと反逆者を焼き潰すか。

 それとも、己の首が狩り殺されるまで、ただ待つばかりかーーー……。

 斯のモノ、その偉大にして強大なる身代故にただ、己の身を縛るより他なくして、ただ戦乱に惑うなり。


「足掻いて見せろ……。暴君」


 星々が如く、煌めき輝く烈火を渡り、灰燼の燻りと白煙の雲海に紛れながら、彼は微笑んだ。

 その身にあるのは、その心に踊るのは、何であろう。彼が滅多に見せない微笑みを見せるのは、何であろう。

 渇き、焦土と化し、枯れ果て尽くした彼の心を潤すのは、何であろう。


「ク、エァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 いなめき、絶叫す。然れどその慟哭は既に男の籠に捕らわれていることの証だった。

 巨体は羽ばたくことさえ赦されず、ただ閃光に刻まれるのみ。抗いは民草を傷付け、暴君への反感を買うのみだった。ただ彼等の中にある恐怖故にへし折られていた抵抗を焚き付けるだけだった。

 全ては灰燼に燻る焔を燃やすための切っ掛けに過ぎない。幾百の眼孔を向けさせ、翡翠の籠結晶を描くための構図でしかない。フォールはただ、それを描いたのだ。自然に生きるものであれば何モノをもが忌避する敵意(・・)を集めるために。


「……そら、反逆者が嗤うぞ」


 彼の物の疾駆は止まることなく、ただ鮮血の尾を垂らしながら一閃に消え征く。

 紅蓮に踊り、籠枠をなぞり、刃にて紅黄の身を刻むーーー……。斬舞は止まず、劇の幕は下りず、檻の柵のみが降ろされる。

 純粋な、ものだった。彼の願いは至極真っ当であり、想いは歪であり。

 それは、腐敗せし河流れが清流に戻ろうとするほど、清々しいものであった。


「さぁ」


 ――――それは、そう。

 狂気の中にあるにしては、あまりに透き通りすぎていた。


「俺を、嗤わせてくれ」



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