【3】
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「予想外だったな」
掻き回され、涙を流さなくなった晴天を見上げながら、フォールはそう呟いた。
足下に転がるのは眉間に剣の突き刺さった巨鳥。彼はそのラグラバードを躙りながら剣を引き抜いてみせる。
――――あのラグラバードを見た後ではこの個体さえ小さく見えるが、これも間違いなく成体なのだろう。あの怪鳥は恐らく主か、長か。ラグラバードの中でも突然変異的に成長した化け物に違いない。
仕留められていたとは言え、直後に仲間の獲物へ手を出すのが良い証拠だ。その横暴ができるだけの立場、ということだろう。
「ふぉ、フォール! リゼラ様がっ……!!」
「落ち着け。そう慌てることではない」
「慌てることではないだと!? リゼラ様が連れ去られたのにか!!」
「そうだ。……だろう、ガルス」
彼等の後を追って山岳斜面を滑り落ちてきたガルスは息を荒げながらも深く頷いた。
あの鳥はリゼラさんを食らう為に襲ったのではありません、と。
「僕があの洞穴に倒れていた理由が解りました。彼等は食料を洞穴に蓄える……、つまり僕は道中で倒れていたところを、あの洞穴に保存されていたんです。つまりあの洞穴はこのラグラバードの保存庫で、貴方達はそこに踏み行ってしまったんです」
「それとリゼラ様の無事がどう関係するというのだ!?」
「あの途轍もない大きさのラグラバードは山岳地帯に向かわず、そのまま向こう側へ行きました。つまり……」
「奴等の住処である樹木の地帯へ向かった、と言うことだな」
「その通りです。あのラグラバードはリゼラさんを食料としてではなく、光り物のコレクションとして拉致したという事でしょうね……」
「ひ、光り物とは何だ? リゼラ様はそんな物を身につけてなど……」
「……ネックレス、の事だろう」
「ネック……、あのネックレスか!!」
「そうだ」
フォールが邪龍の鱗を加工して渡した、ペンダント。
奇しくもラグラバードの眼にはそれが光り物として映ったらしい。反射か、光沢か。どちらにせよ、あんな幼児体型の胸元できらりと光るだけのものにまで目を付けたのだ。相当業突く張りな個体であるのは間違いない。
「……ガルス、奴の生息場所は解るか」
「え、えぇ、勿論。ここから走って……、一時間ほどですね。山岳の外れに巨大な樹木が群生している地帯がありますので、そこがラグラバードの生息地になります。ただ取り戻すとなると樹木を昇らなくてはいけませんので……、かなり難しいかと」
「場所さえ解れば問題ない」
「……行くんだな。フォール」
「あぁ、取り敢えず飯を喰ってからな」
彼の発言に、二人の腑抜け声が通り抜けていく。
「「……はっ?」」
「何だ、何か間違っているのか」
「何だも何かもあるかぁっ!! リゼラ様が攫われたというのに飯とは何事か!?」
「攫われたからこそだ。……そうだろう、ガルス」
「そ、その通りではありますが言い方が……。ラグラバードは縄張りもそうですが、自身の権威を固持する光り物に対する執着心が強いんです。ですからまず、光り物を獲ると巣に移した後、警戒態勢に入ります。……期間は個体によって異なりますが、長くて一日ほどでしょうか」
「でっ……、では、リゼラ様はッ……!」
「食物なら兎も角、光り物を喰う馬鹿はおらん。それにあの個体はかなりの業突く張りだ……、恐らく半日は見回りを続ける。そこへ直ぐさま向かえば警戒を強めるだけだ」
「だからと言って飯とは……」
「喰わねば戦は何とやら。慌てるだけ無駄だろう。……ガルス、火は起こせるか」
「辺りの草を掻き集めれば……。先程の嵐で湿気は飛びましたから、着火できるかと」
「よし、では飯を食うぞ」
フォールは巨鳥を持ち上げると、そのまま引き摺るようにして洞穴へと向かって行った。
残された二人は呆気にとられたまま、立ち尽くすばかり。しかしそれも彼の草を集めてこいの一言で、まさかの雑草採取に変わることになる。
四つ葉のクローバーありましたよ、うんまぁ置いといたら、なんて。いったい何をやっているのだろう。
「決行は夜だ」
さて、いざ洞穴に戻ってきた彼等。
フォールは魔道駆輪を押して起こし、その中から幾つかの食材を持ち出してきた。何種かの薬味と、野菜一玉。実にシンプルなものである。
「これで焼き鳥と簡単な野菜の洗いを」
「おや、パペラターではないですか。成熟してますね」
と、割って入ったのはガルスだった。
どうにも彼、目の色が違う。先程までの困惑は何処へやら、薄紫のパペラターを見る目は温厚ではなく、何処か熱血的な、興味津々なものへと変わっていた。
「……あぁ、そうだが」
「マルフォの実と……、フラッシュフィッシュはありますか? 新鮮じゃなくて、干し身なの。ついでに料理酒もあれば」
「あるが……」
「では折角お肉も新鮮なので、ミルフィーユにしましょうか。パペラターは添え物なので、半玉で大丈夫です」
「そ、そうか」
そこからの手際は、何と素早いものか。
ガルスは見る見る内に下準備を済ませ、ラグラバードを捌き、干し魚を料理酒で炒め、パペラターを洗い茹でてザク切りにし、黄油を引いて串を刺し、内臓の血管で紐閉じにして蒸し上げていく。
こうすることで弾力ある鶏肉をカリカリに炒めたフラッシュフィッシュで挟み込んだミルフィーユができるそうでして。
「後はリベッシュ草で仕上げすれば……」
「いや待て、ガルス。リベッシュ草よりルブブハーブで味付けした方が良い。それとペルッカの果汁で仕上げだ」
「ほう、面白いですね。酸味ですか」
「肉の淡さが引き立つと思ってな。しかし貴様、中々良い腕をしている」
「先生がまぁ酷い不精者ですから、自然と家事の類いは……。ですがフォールさん、貴方も素晴らしい発想をしていらっしゃる」
「何、ガッちゃん程ではないさ」
「いえいえ、フォっちも流石……」
「クククククク……」
「フフフフフフ……」
蒸し肉の湯気を挟みながら、怪しい笑い声で笑い合うフォールとガルス。
そんな二人を横目に、シャルナは顔を引き攣らせながらそそくさと端へより始めていた。まさかこの二人がモンスター談義だけでなく料理談義でも通じ合うとは。
――――しかし今はそんな事を言っている場合ではない。彼等の言うことは道理に適っているが、やはりリゼラが心配で仕方ないのだ。今の彼女は幼子も同然の魔力と姿。もしあの怪鳥が彼女を食らおうとしたりしたら、一瞬の内に丸呑みだ。
しぶとい彼女のことだからきっと大丈夫だとは思うけれど、それでも不安は拭えない。もし、万が一、きっと、或いは。そんな考えが頭に浮かんでは消えていく。
あの方に何かあったなら、その時は、どうすればーーー……。
「シャルナ」
彼女の不安を拭い、差し出される器。
そこには鉄串に貫かれるも、美しく彩られたミルフィーユがあった。
「まずは飯だ。急くな」
「…………あ、あぁ」
これを、食べている場合ではない。
けれどそれ以外に出来ることはないのだ。彼の言う通りまずは飯を食べて力を付けなければならない。解っている、解っているのに。
それでも彼女の姿が頭から離れない。あの時、掴めなかった手が噛みついた瞬間に歯を弾き返す弾力とそこから豪雨のように溢れ出す肉汁、酸味の利いたペルッカの果汁が肉汁をさらに挽き立て、弾力を貫けばカリカリの炒め魚が出迎える。魚介の爽やかな風味がまた口の中に拡がり、肉汁と合わさって透き通るような嵐を見せた。一口で嵐海の波に飲まれてしまうかのようだ。いや、その航海を乗り越えて初めて出会える黄金の秘宝が輝きを放っていて気付けば貪らずにはいられないほどに、その洒落た名前とは正反対に、暴力的で野蛮的な味わいーーー……。
「美味いだろう」
「…………美味いデス」
まずはご飯。これ大事。




