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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
神鳥の羽を求めて
70/421

【2】


【2】


「いやぁ、助かりました。本当にありがとうございます」


 清廉な顔付きの男は深々と頭を下げた。

 銀髪長身長脚、嫌になるほど清々しい男はその名をガルス・ヴォルフと名乗った。

 彼はとある研究者の雇われ兼、助手として冒険者をしており、この辺りの地形や生態を調査しているのだという。

 今回もその仕事の一環で調査を行っていたのだが、道中でモンスターに襲われてしまい、貴重な資料や装備を奪われた上に喰い殺されそうになったので、命辛々逃げた挙げ句、いつの間にか気絶してしまったところをフォール達に拾われたらしい。

 起き上がった時は自分のことや、この場所のことさえうろ覚えだったのだから、余ほど恐ろしい思いをしたのだろう。


「まさかラグラバード達に襲われるとは思いませんでした。彼等はモンスターの中でも知能が高いですから……」


「ラグラバード……、有翼モンスターか。有翼種でも獰猛な奴等で、かなりの巨体らしいな。特に巨大な個体だと、人里を襲って人間や家畜を連れ去ってしまうともいうが……。奴等は縄張り意識が強いことで有名だ」


「お詳しいですね。その通り、彼等はバード種の中でも特に光り物なんかを好みますから、恐らく僕のペンや鞄の金具に目を付けたのでしょう。光り物を好むモンスターは多いですからね……、迂闊でした。先生にもよく、お前は大事なところで馬鹿を見ると言われていて……」


「ふむ、災難だったな」


「えぇ、僕の不注意でもあるのですが……。バード種やゴブリン種、スライム種などの調査に光り物は厳禁なのに……」


 瞬間、フォールの肩が跳ね上がり、リゼラとシャルナはしまったと言わんばかりに顔を押さえ込んだ。


「スライム種も、調べるのか」


「え? え、えぇ、はい。スライム種だけでなく、モンスター全域を……。僕の雇い主に当たる先生が、それに関することを研究していて」


「スライム種は何処まで調べた」


「……な、南域生息の波乗りスライムまでです」


「波乗りスライムかあの個体は素晴らしいな知っているぞ知っているとも何せサーファーの間ではマスコットキャラクターとして知られ何よりその可愛さの中にある格好良さは他のスライム種の中でも特筆すべきものがあるからな彼等は幼き頃より海辺で生息していた普通のスライムだったが食料となる微生物や塵や苔を求めて海に適応するもくらげスライムのような特殊個体ではなく何と波を乗りこなすという方法で食料獲得に走ったという話は有名だ嗚呼彼等の昔話でサーファー達がよく話す波乗りスライムで学ぶサーフボードの乗り方など俺もよく知っている軟体だからこそシフトウェイトの仕方をスライムに学ぶという素晴らしい心持ちだな感心するぞ全く関心だまた彼等は波乗りスライムと共に波に乗っている絵画を見たことがあるがアレはとても素晴らしかったこれ以上ないと言うほどのいやいかん話が逸れたなそうだな南域生息となれば他にも砂浜の貝殻スライムなど有名じゃないか特定のシェルモンスターの死骸の貝殻に蹲る種族で銀色の真珠スライムを見つければその者は一生幸せだというジンクスが」


「な、なるほど、はい、はい?」


「……あーあ、地雷踏んだの。妾は知らぬぞ」


「耳を塞ぎましょう、リゼラ様。洗脳されるのはあの男だけで充ぶ」


「南域生息のスライムで特に有名なのは確かに波乗りスライムですがいややはり僕としてはフルーツスライムを推したいですね知ってますかフルーツスライム実は一部マニアの間で有名で果実色の体色をしているんですが何と彼等は果実の樹液を吸って生きているんですよだから軟体で半液形の体色もそれに染まるとされています特にヤシの実に収まって抜けられなくなったフルーツスライムを見たことがあるんですがピコピコ触覚を動かしていて本当に可愛くてですねそれに彼等に様々な果汁を与えて体内で混合させ排出された樹液の味がミックスジュースになることをご存じですかいや排泄物だなんて言って嫌われますけどアレはスライムの唾液や汗のような体液だと僕は思うんですよ排泄物なんてとんでもないしそれを言えば牛の乳だって排泄物じゃないですかだから僕は実際に飲んでみたんですがこれがまた中々甘くてですね」


「おいまさかの同類だぞ」


「逃げましょうリゼラ様これ駄目なやつです」


 同類ご登場にフォールは喜々としてガルスなる男とスライム談義を繰り広げた。

 数分、数十分といつまで経っても終わりゃしない。それどころか外の雨さえ勘弁してくれと言わんばかりに勢いを弱め始めたほどである。下手をすれば一日どころか一週間でも語らい続けるかもしれない。

 やがて数時間ほど経過し、びしょ濡れの衣類を脱ぎ捨ててやろうかとリゼラ達が考え始めていた頃、フォールとガルスにはーーー……。


「フッ、流石はガッちゃんだ。話が解る」


「いえ、フォっちの言うことも非常に興味深い。是非ともスライム研究をですね」


 クソ安い友情の誕生が誕生していた。


「男って馬鹿しかいねぇの?」


「馬鹿というかまともじゃないですか、この場合」


「貴様等、馬鹿とは何だ。ガッちゃんを馬鹿にすると赦さんぞ」


「御主は御主で何で妾達より会って数時間の奴の方と仲良くなってんだよ」


「スライムを語り合える者に悪い奴はいないからな」


「……ゆっ、勇者フォール? スライムとは素晴らしいな!」


「やめておけ張り合うなシャルナ! 絶対ろくな事にならんぞ!!」


「よく言った。それでは今から同士シャルナの為に洗の……、アイ・ラブ・スライム講義を開始する」


「それみたことか!! って言うか御主洗脳って言いかけなかった!?」


「気のせいだ」


「ま、まぁまぁ、落ち着いて」


 ガルスは牙向くリゼラと若干テンション暴走気味なフォールを宥めつつ、話題を変えていく。


「それにしても皆さん、魔道駆輪を持ってるって事は旅人ですよね? お子様連れで旅を?」


「な、なぁにがお子様だこの下郎!! 妾は誇り高き魔おぅむぐっ!?」


 リゼラの口を、フォールとシャルナの手が同時に塞ぐ。

 魔王とバラしてどうするのですか、どうして貴様に帽子を買ってやったと思っている、と囁きながら。

 まぁ、その際に勢いが付きすぎてダブルラリアット風の挟撃が彼女に打ち込まれる事になり、リゼラは既に帰らぬ人となってしまって聞こえてなどいないのだが、その辺りは事故ということで片づけておこう。


「……まお?」


「あぁ、気にするな。我々に血縁関係はない」


「そうだぞ。この御方がお子様など、そんな失礼な……こ……と…………」


 ふと、シャルナはある事実に気付く。

 ――――リゼラがお子様ということは、つまり、保護者はフォールだろう。それは解る、解るけれど。待て、つまり、その、子供には父親と母親がいるものだ。フォールは男なのだから父親だろう。じゃあつまり、母親とは誰のことだ? この場にいる、彼に相応しく見える女性とは誰のことだ? いや誰というか、それは、一人しか、いな、い、よう、なーーー……。


「巫山戯るなよこの軟弱者めがァアアアアアアアアアアアアアーーーッッッ!!!」


「え、えぇ……。間違い一つでそこまで怒らなくても……」


「気にするな、いつもの事だ」


「いつもこんな理不尽を!?」


 双角突進がないだけマシだぞ、と付け足しつつ。


「ともあれ、ガッちゃん。今回のことは気の毒に思う。幾ら光り物があったとは言え、ラグラバードに襲われるとは……」


「え、えぇまぁ、それを持って彼等の縄張りに入った僕も悪かったんですけどね。彼等の獰猛さを失念していました……」


「縄張りか。奴等の巣は巨大な樹木の天辺に作られるというが……」


「そうですね、彼等の大きさに耐えられる樹木……、ハイエリアの樹というんですが、その樹の頂上でないと巣は作れませんから。恐らく僕の調査資料が入った荷物もそこにあるんでしょうけれど……、取り戻すのは難しいでしょうね」


「残念だがな。……しかし、どうしてまたラグラバードの縄張りに? 調査にしても、もっと安全な方法はあっただろう」


「えぇ、その通りなんですが、やはり物事は間近で観察したくて……。新たな生態の確認も取りたかったですからね」


「新たな生態か。どんなものなのだ?」


「光り物が好き、縄張り意識が強いなどの特徴に加えて……、山岳地帯のラグラバードは食料保存の習性がある、と。この辺りは気候が変わりやすく、彼等の住処まで高低差がありますからね。それにラグラバードの生息する樹木地帯は獣などの食料を掻っ攫う個体もいますから、こうやって山岳の高いところに食料を貯蓄する習性が生まれたーーー……、と言うのが先生の仮説でした。事実、その通りだったんですが、それを証明する為の資料が……」


「奴等に奪われてしまった、と」


「……その通りです」


 ガルスは肩を落としながら頷いた。

 彼からすれば資料は苦労して掻き集めた情報と、汗水流した努力の結晶のようなものだ。それが無残にも奪われたとなれば、彼の無念は計り知れるものではない。

 そして、その事は他の誰でもない、彼自身が一番痛感している。ガルスは落とした肩を強張らせ、喉を詰まらせながらフォールへと真っ直ぐな視線を向けた。


「あ、あの、フォっち……、いえ、フォールさん! お願いがあります!! どうか、僕の調査資料を取り戻すために協力していただけませんか!? 勿論お礼はします! 今は持ち合わせがありませんが……、先生と僕のいる帝国まで来ていただければ!」


「……ふむ」


 フォールは瞼を伏せながら、唸るように喉を鳴らした。

 そして、鞘から刃を引き抜くように、一言。


「ガルス……、貴様には是非とも協力したいが、こちらにも目的はある。協力することは」


「あの資料の中にはスライムに関する資料もあるんです!」


「武器を持て。鳥狩りだ」


 今日の夕飯は焼き鳥だだとか、タレと塩ならどちらが良いだとか、親子丼でもいいぞだとか、そういう問題じゃない。

 大体予想できていたが、本当にやったこの男。

 旅? 冒険? 衣類乾燥? うるせぇそんな事よりスライムだ。


「ま、待て勇者フォール! 駄目だ、赦さないぞ!!」


 と、ここでめくるめく夢の世界から帰還したシャルナが必死のインターセプト。


「貴様、旅だ肉だ何だという理由で私との初戦を省略したにも関わらず、スライムの為になら協力するとはどういう」


「スライムの為に決まっているだろう」


 しかし勇者フォールこれをブッ飛ばす。

 スラキチ状態の彼を止められるものなど存在しない。


「きょ、協力してくれるんですか! ありがとうございます!!」


「何、我々の仲ではないか。そう気にするな」


 などと言っている内にも、どうやら協力契約が締結されたらしい。

 ――――冗談ではない。いや、彼は勇者なのだから人助けもするだろう。それが正しい形だ、解っているとも。だが、そうじゃない、そうじゃないはずだ。彼はそんな男ではないはずだ。

 明確に何と言えば良いかは解らないけれど、でも、その、何というか、違う気がする。


「り、リゼラ様! リゼラ様も何とか言っ……」


 シャルナの押し詰まった声が、枯れ尽きて。


「それで、ガルスよ。ラグラバードを探すのは良いが、アテはあるのか? まさか空を飛び回る奴等を捕まえるわけではあるまい」


「えぇ、その点は大丈夫です。先ほど彼等は山岳地帯に食料を保存する習性があると言ったでしょう? それを利用するんですよ」


「なるほど、保存する場所で待ち構えるわけだな。それで、その場所は何処だ?」


「はい、山岳地帯に存在する横穴などですね!」


「……横穴? ここのような、か?」


「えっ?」


「えっ?」


 彼等の髪先を、豪風が掻き回した。

 シャルナの叫び声が、フォールとガルスの視線を引き付ける。彼女にではなく、その先へ。

 洞窟を覆い羽ばたく紅蓮と黄金の羽、旋風に揺れる鈴生りの翼、獲物を前に舌なめずる唯牙が如き嘴、醜く歪んだ翡翠の眼。

 ――――そして、魔道駆輪の側で気絶していた少女を掴む、巨大な脚。


「リ、ぜ、ら様ぁあああああああああああああああああっっっ!?!!?」


 シャルナの叫びと共に、フォールが疾駆する。

 その手には剣が一振り。およそその場の誰よりも速く彼は疾走し、その巨鳥へと飛び掛かったのだ。


「クァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」


 しかし、一歩、及ばず。

 巨鳥の豪風による羽ばたきで彼は僅かに、本当に数瞬ほど怯んでしまったのだ。

 つい数日前までならば軽々しく超えたであろう豪風を受けて、ほんの僅かに、指先が擦るほどに、間に合わなかったのである。


「舐めるな」


 だが、その程度では止まらない。

 既に飛翔の余波で後方へ跳ね上がった巨鳥へ、彼は全力で剣を投擲した。

 距離にして数十メートル。高度にして現在地より数メートル。剣は旋風など物ともすることなく、またフォールの疾駆による速度を加えて、一直線に巨鳥の頭蓋へと突き刺さった。

 天高く、爆雨乱れる曇天にまで轟く咆吼ーーー……。巨鳥はその美しくも恐ろしい羽を翻すことなく、無残にも落下して逝った。


「よくやった、フォール!!」


 追随して、シャルナが走り出す。

 山岳地帯の斜面だ、落下すれば無事では済まないだろう。

 しかしシャルナが落下することはない。その疾駆が、巨鳥の落下より先にリゼラを受け止めるからだ。

 故に、何も問題はない。彼女の強靱な筋力が大地を蹴り、岩を弾き、空中で彼女を受け止めるのだから。何も問題はない。

 ――――はずだった。


「……な」


 確かにリゼラは受け止められた。

 彼女が落下することはなかったし、シャルナが疾駆を止めることも跳躍を失敗することもなかった。完璧に、リゼラを受け止められるはずだった。

 だったのに、それは現れてしまったのだ。

 曇天に渦を作るほどの嵐風を巻き起こすーーー……、巨鳥を遙かに超えた、山一つ覆うほどの怪鳥は。


「なんッ…………!?」


 怪鳥は落下する同胞の足からリゼラを嘴で摘み上げ、飛翔する。

 一度の羽ばたきで周囲の草木は砕け散り、雫の飛沫が地より刺さり上がる雨が如く舞い爆ぜた。曇天にできた渦までもがその余波に巻き込まれ、無理やり殻を引き剥がされた雛子が如く絶叫の陽光を漏らす。

 斯の光景には一種の畏怖さえあった。両翼で山さえ覆う怪鳥が羽ばたき、天候さえ変えてしまう異様な光景には。全ての飛沫を吹き飛ばし、太陽と共に空へ二つの翡翠石を浮かべる光景には。

 誰もが絶句するほどの畏怖が、あったのだ。


「…………」


 ただ、その光景の中でもフォールの双眸は見逃していなかった。

 曇天の狭間から流れ落ちる日差しに啼く煌めきを。リゼラの胸元で輝きを放つペンダントを。

 ――――怪鳥が、ラグラバードが好む、光り物のことを。


「……ラグラ、バード」


 飛び去る怪影を眺めながら、フォールは小さく呟いた。

 その双眸と表情は、相変わらず刃が如き冷静さだった。色はなく、感情はなく、そして変化もない。

 ただ、あるとするならばーーー……、変わらぬ刃の刀身に流れる、一筋の鮮血。その双眸に淀む、紅色だけだった。



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