【1】
【1】
「……近くに洞窟があって助かったな」
さて、突如の豪雨に見舞われたフォール達は山岳地帯の狭間にあった天然洞窟に足を踏み入れていた。
山岳の斜面にぽっかりと開いた、まるで鼻の穴のような天然洞窟だ。随分奥に続いているらしく、入り口からでは曇天のせいもあり、暗すぎて果てまでは見えない。小石を投げても音さえ反響しないほどだ。
精々解ることと言えば、辺りに獣の食い残しらしきものや獣の頭蓋が転がっていること、そして入り口から奥地に掛けて高さと横幅が狭まっているということぐらい。途中までは魔道駆輪で進めるだろうが、それ以上は徒歩でなければ歩けなくなるような高低だった。
さて、フォール達はそんな洞穴でどうしているのかというと、入り口に魔道駆輪を止めて隔て代わりとし、左右でずぶ濡れになった衣類を絞り上げているところである。
「絶対こっち見るなよフォール! 見たらアレじゃからな、ボッコボコじゃからな!!」
「幾ら貴殿でも覗きは赦さないぞ! 万が一の時は覚悟しておけ!!」
「……無を見るとは、哲学的だな」
魔道駆輪の向こう側から小石が投げられ、こてんとフォールの頭にぶつかった。
彼は髪先を掻きながら軽く首を傾げ、その直後に降ってきた落盤のような大岩を容易く回避する。
ツッコミは限度と節度を守って正しくうんたらかんたら。
「しかし、いかんな。雨宿りで入ったは良いが、服が乾かせない。この湿気では干したとしても乾くまで何時間かかることか」
「それなら妾が初級魔法で乾かしてやろう!」
「構わんが、乾涸らびるぞ」
「そうだぞ貴殿! 火種様をリゼラ代わりにするなど認めないからな!!」
「逆じゃぞオイ」
「こ、これは失礼を……。では、私が振って乾かしましょうか?」
「……千切れるんじゃないか、服が」
「「ではどうしろと言うのだぁーーーっっ!!」」
魔道駆輪の側から飛び出て、声を揃えながら叫ぶリゼラとシャルナ。
フォールは一瞬だけそんな彼女達に視線を向けて、呆れのため息を一つ。
「何か燃やせるものを探してくるしかあるまい。枯れ木でも、そこらの喰い腐しや獣の死骸でも……。いや、これらは匂いが付くな。乾いた苔の方が良い。洞窟は奥まで続いているようだし、探してくればいい」
「なるほど、そこで妾の出番じゃな!」
「いや別に火打ち石はあるが」
「何じゃクソァッ!!」
「ま、まぁまぁ……。しかし、それなら普通に乾くまで待てば良いんじゃないか。一々そんな手間暇かけなくても……」
「俺はそれでも構わんが、風邪を引いても知らんぞ。……それに、いつまでもその格好でいるつもりか?」
彼はそう言うなり、濡れた上着を一度叩いて奥へと歩んでいく。
リゼラとシャルナは互いに見合わせて視線を下げ、肌に張り付いた濡れ布と、湿気で緩んだサラシを見た。
ついでに、肌色と桜色に滲んで垂れていく、円らな雫も。
「…………こ、このっ」
真っ赤な顔でわなわなと震えつつ、拳を握り締める魔王。
――――殺るか? もうこの暗闇に紛れて殺っちまうか? いけるいける、今ならバレないはず。殺れる殺れる。もうこの際、帳消しにするには奴を殺っちまうしかない。まずシャルナに羽交い締めにさせてからドスリとやっちまうか。殺っちまうか。
「シャルナ、こうなったら……」
「はだか……、おんせん……、かんちがい……。うっ、頭が…………」
「シャルナ? シャルナ!?」
トラウマ再発中の模様。
しかし彼女がこんな状態では計画は実行できない。こうなったらもう、暗がりの中であの男のド頭に初級魔法を打ち込んでやるしかーーー……。
などと考えているリゼラだったが、いざ視線を向けてみれば、抹殺対象が直ぐ側で突っ立っているではないか。この男、奥に行くだの探しに行くだの言っておいて、こんなところで何をしているというのだろう。
いやさ、まさか『爆炎の火山』ダンジョンのようにスライムが好みそうな場所とか言いだすのではないか? そしてまたスライムがどうとか言って突っ込むのではないか?
待て待て、冗談じゃない。またこの男のスライムキチのせいで被害になど遭ってたまるものか。
「や、やめろ御主! 余計なものを目に入れるな!! 無視じゃ、無視!! ハウス、勇者ハウス!!」
「……何だ、無視すれば良いのか?」
「当たり前じゃろう! 御主が関わったらろくな事にならんわ!!」
「……仕方あるまい。そこまで言うなら無視しよう」
彼はべろんと垂れ下がるその人物を道端へと放り投げた。
無残にも死骸が如く放り投げられた男は白目を剥いて翻る。その様は無視と言うより、完全に死体遺棄だった。
「さて、枯れ木を探しに奥へ行くか。松明は……、リゼラの初級魔法で構わんか」
「待って。……待って」
「何だ」
「いや御主それ何? 勇者的にどうなの?」
「……ゆう、しゃ?」
「忘れてんじゃねーよ御主勇者だろうがぁ!?」
「あぁ……、そうだったな。枯れ木より死体の方が燃えやすいか」
「シャルナぁああああああああ! 助けてシャルナぁああああああああああ!!」
「ご覧下さいリゼラ様! 衣をサラシで胸に巻き付けたら巨乳っぽいです!!」
「チクショウまともな奴がいねぇ!!」
仲間が増えても心労は減らない。増えたのはツッコミと屍だけだったというオチである。
――――疲労と苦労、彼女の明日はどっちだ!




