【プロローグ】
――――勇者、勇ましき者よ。聖なる女神より加護を与えられ賜うし者よ。
貴方が訪れしその高き山には、伝説の殻鎧、脚装に続く天兜が眠っています。
巨大なる悪であるあの者と戦うに、その力は決して欠かすことができないものです。
しかしその兜を手に入れることにもまた、試練が立ちはだかります。かつて神鳥と崇められしその巨大なる姿に、貴方は畏怖するでしょうか、それとも立ち向かうのでしょうか。
勇ましき者よ。どうか、その心に恐れと怯えがあらぬようーーー……。
これは、永きに渡る歴史の中で、雌雄を決し続けてきた勇者と魔王。
奇異なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼等のーーー……。
「しかし魔道駆輪の乗車人数が増えたせいで荷物の置き場所がなくなったな」
「いや御主のスライム祭壇を除ければ良いんじゃないか」
「ふむ、まぁ待て。こういうのは図に起こして整理すれば意外と埋まるものだ」
スラスラスラ。
「どうだ? 日用品、回復アイテム、食料、スライム祭壇、運転席、諸々……。そして二人分の席だ」
「一人分足りんのじゃが」
「…………」
「…………」
「…………屋根、だな」
「殺す気かオイ」
激動の物語である!!
【プロローグ】
「…………」
「いい加減に機嫌を直したらどうだ。リゼラ」
土色な、幾つも連なる中級の山岳を進む魔道駆輪。そこに彼等の姿はあった。
桜色の頬を膨らませながら深めの帽子で表情を隠し、そっぽを向く魔王リゼラと、運転席で呆れたように眉根を顰める勇者フォール。
そしてーーー……、地獄のファンシー部屋で一生懸命何かを磨く、四天王シャルナの姿は。
「……四天王イベントは四回しかないって言ったじゃん」
「言ったな」
「それ妾のいないトコで終わらせる? フツー……」
「何だ、俺が封印されたのだから構わんだろう」
「そーゆーことじゃなくてだなぁ……」
ぷっくりほっぺたは膨らんだままで。
どうにもこの魔王、腹を出したままぐーすか寝ていた割には、自分の知らないところで弱体化とその後の戦闘が終わり、さらにはシャルナが仲間になるイベントを勝手に終わらされたのが気に食わないらしい。
朝になって気付けば半泣き半裸のシャルナと頬に赤紅葉を作った男が帰ってきて、当然の勘違いから大喧嘩に発展したことも、まぁ、要因の一つではあるだろう。その誤解を解くのに数時間要したのは別のお話だけれど。
「ご、ご覧下さいリゼラ様! リゼラ様のご機嫌を直していただくべく、この不肖シャルナ、木彫りの角で角磨きの鍛錬をして参りました!!」
と、ファンシー部屋から出て来たシャルナが自慢げに木彫りの角を掲げた。
大半が勇者のせいとは言え、自分も彼女の不機嫌に荷担したのは事実。ならばせめてもの償いに、魔王リゼラの日課であり、何よりも大切な角磨きで機嫌を直して貰おうという魂胆だろう。
「このように、懇切丁寧にリゼラ様の角を磨くことによってですね! 是非とも謝罪と」
グシャッ。
「あっ……」
「……角、潰れとるんじゃが」
粉砕、玉砕、大喝采。
いや喝采はないけれども。むしろ大顰蹙だけども。
「兎も角、そう腐ることもあるまい。どうせ残り三回もあるのだ」
「三回しかだ! バカモノ!! あーあ、こりゃ妾赦さぬぞぉ~! 不機嫌だぞぉ~!!」
魔道駆輪の手摺りにもたれ掛かったまま、口先を尖らせるリゼラ。
流石の彼女も今回ばかりは怒り収まらずぷんぷん状態らしい。威厳ある魔王様はご立腹で、シャルナがどんなに謝罪しようとこちらを向こうともしない。
やがてはシャルナも謝罪の言葉が尽きたのか、声にならない呻きと共に勇者の方へと体を寄せていった。
「ゆ、勇者フォール。どうにかできないか? リゼラ様が不機嫌で、その……」
「放っておけば良いだろう。その内直る」
「そういうのじゃなくてぇ……」
「……まったく、魔族というのは面倒な奴等ばかりだな」
彼は手元の荷物を探り、その中から干し肉を一枚取り出した。
いつも通りの餌付けである。これをくれてやれば機嫌も直るだろう、と。そういう事なのだろう。
シャルナは喜んで礼を述べながら肉を受け取り、リゼラへどうぞと差し出してみせる。
「…………」
彼女がぴくりと揺れた。
効果あり。これで彼女の機嫌もーーー……。
「……ふんっ!」
駄目だった。
そんなもので、と言わんばかりにリゼラはまたそっぽを向いてしまったのである。
これは深刻だ。とても深刻だ。彼女の不機嫌が過去最高に達してしまったらしい。まさか食べ物でも釣れないとは、打つ手がなくなってしまった。これ以上の献上品となれば何があるだろう。いや、最早、自身の命を持って償うより他ないのではーーー……。
「くっ、魔王リゼラ様、我が身を持って御身の怒りを静めたまえ……!」
「阿呆め、見せ方が違うだろう」
フォールはシャルナの手から干し肉を奪い取ると、それを縦に二等分してしまった。
いったい何をと彼女が叫ぶ間もなく、フォールはそれを重ねてリゼラの目の前にぶら下げる。
――――何だ、また一枚じゃないか。そう言いたげに頬を膨らませたリゼラの前で、サッと重ねていた肉を見せて、一言。
「今回は二枚だ」
「やったぁーーー!!」
「ッ…………!」
シャルナはもう、溢れ出る涙を抑えることができなかった。
――――悔しさと、悲しさと、虚しさと。言いようのない感覚が彼女の中にはあった。貴方が喜ぶのならそれで良い、私はその為ならば何でもしましょう。仕えると決めたのなら、例えこの身朽ち果てようと、全てを捧げると決めました。貴方の為ならばと決めました。
それでは聞いていただきましょう。シャルナで、『忠義節』。
「さて、それよりもだ」
一枚の干し肉貪る馬鹿と涙目に蹲る阿呆に視線をくれることなく、フォール。
彼は操縦桿を指先で叩きながら、流れ行く景色に満足気な無表情を浮かべていた。
「このまま行けば次の街まで何事もなく到着できるだろう。良い天気だしな、そう事は起こるまい」
「あ、知っておるぞ。それフラグじゃ、フラグっていうんじゃ」
「リゼラ様、そんな事どこで憶えられたんですか……」
「側近に教えてもらった」
「側近殿……」
「あっ、そう言えばシャルナよ。魔王城は今どうなっておるのだ? 妾が居らず、騒ぎになっているのではないか?」
「……確かに、側近を影武者として置いて来たは良いが無事に済んでいるかは気に掛かるところだな。どうなんだ、シャルナ」
「え? いや、まぁ、特にこれと言ったことは……」
彼女の言葉にフォールとリゼラは安堵の頷きを見せる、が。
「ただ『我こそは新たなる魔王だ』とか『これより我が時代が来るのだ』と、いつも通りなだけで……」
「ったく、アイツは……」
「良いではないか。下手に演技するよりはらしいものだ」
「だーかーらー! そういう問題じゃなくてだなぁっ!!」
騒ぎ喚き、魔道駆輪。ともあれ平和な旅道中。
山岳特有の褪せた岩々や、雲舞う空を泳ぐ有翼モンスター達。それらが次々に瞳へ映っては消えていく。
平和だ。とても平和だ。先日の街での出来事と言い、今と言い、フォールとリゼラだけの旅道中が嘘だったかのように平和だ。
そう、叶うなら今少し、この平和な光景がーーー……。
「……フ、良い天気」
ドシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!
「「「…………」」」
突然の大豪雨。
山の天気は変わりやすいからね、仕方ないね。
「……帰ったら、側近絶対シメるわ」
「無事で置いておく理由はないな」
八つ当たりで側近の死亡が確定した瞬間である。




