【エピローグ2/2】
【エピローグ2/2】
「いややっぱりワケが解らない!!」
彼女は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
――――おかしい、どう考えてもおかしい。
だって良い感じに戦っていたじゃないか。あのまま好敵手同士、互いを認め合って握手して終わりとか、そういう感じだったじゃないか。
貴殿の旅路に祝福あれとかいう感じで名シーン的なアレがアレでアレでアレになってアレであれ?
「……何だ、急に叫んで」
フォールは蒼翠の髪をわしゃわしゃと泡立てながら、問う。
「……な、なんで、その、わたしたちは、おんしぇんに?」
「何でも何も、貴様が気絶したから温泉に連れて来たのだ。火山灰だの煤だの泥だので汚れたまま宿に帰るわけにはいかないだろう」
「あ、ぅ……」
そうだ、そうだった。
彼との激戦、決着の要因は一瞬の判断だったのだ。
自身が剣技で彼の剣を弾いた瞬間、フォールは即座に剣を諦め、拳撃に切り替えた。その判断の差が、勝敗を分けたのだ。
最後の一撃ーーー……、それは覇龍剣を振り抜いた自身の脇腹に穿たれた、彼の一撃。もしあの時、左腕を挟み込んでおかなければ気絶では済まなかっただろう。一撃は、それ程までに強力だった。
いや、それは良い。自分はその一撃で負けた、あの時よりは接戦できたが、やはり叶わなかった。それは構わない。後悔はないし、むしろこれから頑張っていこうとも思える。彼等がいなくなった後も鍛錬を続ける意味を持てるのだとも思える。
それは良い。良い、のだが。
「何故……!!」
――――どうして今、この男と混浴しているのだ?
「しかし貴様、随分と長い髪をしているのだな。ここまで伸ばすものか?」
最早、髪を掻き分けるフォールの言葉は彼女の耳に届いていない。
ただ爆発寸前の心臓と、熟れ過ぎた果実のように真っ赤になった頬の熱さと、彼の指先が撫でる髪の感触ばかりがシャルナを支配していた。
混浴だぞ、混浴。男女が一緒に入るお風呂。と言うか今もこうしてフォールに後ろから髪を洗われているのだ。素っ裸で。全裸で。真っ裸で。
呼吸が荒くなっているのが解る。噴き出る汗が湯気によるものではないのが解る。彼に髪を撫でられる度、全身が小さくなっていくのが解る。筋肉に覆われたこの体が、まるで華奢娘のように震えているのが解る。解って、しまう。
「シャルナ」
――――そんな、爆弾が。
「俺達と共に来い」
静かに爆発する。
「……え」
「対等な存在が欲しい。貴様が来てくれるなら、俺は是非とも歓迎しよう。……恐らく、あの魔王もな」
彼の表情は見えないけれど、もう充分だった。
その言葉を、待ち望んでいたのだろう。自分は、その言葉を願っていたのだろう。
彼等が羨ましかった。今日という何ということはない一日が本当に楽しかった。だからこそ、その言葉が欲しかった。
「……私で、良いのか」
「貴様だから良いんだ」
爆発したはずなのに、心臓はまたどくんと鼓動を刻む。
この男は、本当に、不器よーーー……。
「む?」
「ぃひぁっ!?」
カリッ。フォールの指先が、シャルナの髪に埋まった龍角を引っ掻いた。
それは小さな突起で、折りたたんだ小指ほどしかない。感触も、まぁ、鶏卵のようなものだ。触りようによっては瘤だと思ってもおかしくはない。
然り、フォールもそれを瘤だと思ったのだろう。不思議なザラつきを何気なく撫でたり、軽く掻いたり、優しく押してみたりと、興味本位で色々と弄ってみた。
その度にシャルナが甘く蕩けた声を抑えているとも知らず。
「……先程の戦いで頭を打ったのか。済まないことをしたな」
「ん、ぁっ……」
「ともあれ、シャルナ。貴様の剣技は見事だった」
「だ、めっ……、ふぉ、ぉる……ぅ」
「着いて来るかどうかは貴様の判断に委ねよう。だが、俺個人としては是非とも……」
「だ、め、だって、ばぁっ、あっ、ぁ……」
カリッ。
「んぁっ♡」
びくんッ、と彼女の体が跳ね上がった。
流石のフォールも驚いたのだろう。彼の指先は髪から離れて泡を撒き散らし、自身の胸元にへにゃりともたれ掛かってくるシャルナを思わず受け止めた。
何が起きたか一瞬理解できなかったらしく、しばらくの硬直。そして呆れのため息と共に彼女を起こそうとした、が。
「ふぉー……、りゅ……」
シャルナは蕩けた顔で、彼の名を呟いた。
――――靄の掛かった意識が、茹で上がってしまったようだ。
鍛え慣れた自分の体だというのに、感覚がない。動かしている意志などないのに、動いてしまう。彼の頬へ手を伸ばしてしまう。何故かも解らず、触れようとしてしまう。
ただ触れたいと思った。その頬に触れて、温かさを感じたいと思った。それだけで、自分の体は自分自身、信じられないほど素直に、動いてしまっーーー……。
「男が妙な声を出すな。気色悪い」
「……はぇっ?」
頬に触れようとした指先が、止まる。
そして、その言葉を切っ掛けとして、シャルナの脳内に確信という電撃が走った。
『俺にそんな趣味はない』、『部屋割り』、『シャルナに荷物持ち』、『対等な存在』。
『あんなだから友達がいない』ーーー……。
「……ふ」
「何?」
「ふざけるなぁあああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっ!!!!!」
全力で振り抜いた拳は、フォールを温泉までブッ飛ばす。
水柱が高く跳ね上がり、衝撃音が火山全体に呼応する。巻き上がった飛沫は蒸気になって、白雲の中へ溶けていく。その様はまるで、水色の噴火だった。
「胸か胸だなやっぱり胸かくそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
降り注ぐ水滴に打たれながら、シャルナは慟哭する。
その叫びはゴリーーー……、もとい、獣が如く、衝撃音さえ軽く塗り潰して山々を貫いた。
無論、背後で水面に浮かぶ男にも、また。
「…………女だったのか」
聞かれたらもう一発ブッ放されそうな事を呟きながら、彼は夜空に瞼を閉じる。
星の残滓が深淵に光を落とすようだ。頬から伝う痺れと、指先の揺らめきが心地良い。
――――痛みだ。これは、痛みなのだ。骨肉が痛みとなって、自身の頬から、痺れる程度のものをくれる。嗚呼、何と美しいのだろう。何と心躍るものなのだろう。初めて味わうこの感触は、何と、何と、何と。
「…………クク」
彼は少しだけ、笑った。無表情ではなく、平然とでもなく、ただ微かに、頬を緩ませて。
その笑みの理由を知る者は誰もいない。フォール本人でさえも、知らないのだろう。
ただ、心地良かった。無知の領域に足を踏み入れることが、この上なく面白かった。無邪気なほどに、新たな何かを、人として欠けていた何かを、取り戻せるようで、それはとても、楽しくて。
「空が、綺麗だな」
薄く瞼を開き、自身の全力の斬撃が斬り裂いた火山を眺めながら、、独り囁いた。
願わくば、嗚呼、それが赦されるというのならば、あの星に手を伸ばそう。
決してとどくことはないと思っていた、あの星々に、この呪われた手をーーー……。
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