【6】
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「ふっふぃ~! 疲れたぁ!!」
夕暮れ時、町が火山の灯火と暁の彩りに混ざる頃。
リゼラは宿に戻るなり、一番に自室のベットへと飛び込んだ。
昼に掃除してくれたお陰で部屋はピカピカだし毛布はモフモフだし言うことなしである。毛布だけに。
「…………ぐふふ」
「ど、どうしたんですかリゼラ様……」
「いんやぁ? 今日は思いの外平和だったなと思っただけのことだぁ」
「……平和なんですか?」
「だって死にかけてないし……」
「本当に苦労なさったんですね……」
二人して涙がほろり。
しかし、これでこの街での日程はお終いだ。買い物は終わり、剣の修理も完了した。何ということはない、温かい日常だった。非日常な、日常だった。
明日の朝には魔道駆輪の修理が完了する。そうすればフォールとリゼラは覇龍剣を手にこの街を去るだろう。次の目的地を目指すことだろう。
「…………」
シャルナは俯き、またしても複雑な表情を零す。
――――そこに自分はいないけれど、と。
「シャルナ?」
「……いえ、何でもありません。今日は楽しかったですね」
「はっ、平和であれ、楽しくなどあるものか! 結局また勇者に振り回されたわ!!」
「でも、帽子買って貰ったじゃないですか」
「まぁ……、それは、そうだけどもぅ」
いじけるように、自身の隣に転がった帽子を抱き寄せるリゼラ。
今日一日、木漏れ日と爽風に当てられた帽子からは自身の匂いがした。嗅ぎ慣れた髪の匂いがした。
けれど、それとは別にーーー……、木漏れ日の温かさに混じった、知っている温かさも。
「……ふんっ」
不機嫌そうに鼻を鳴らして、またベットに潜り込む。
シャルナはそんな彼女を眺めて、ほんの少し口端を緩めて。
「かなり早いですが、そろそろ眠りませんか。お疲れでは?」
「……む、そうじゃな。一日中歩いてへとへとよのぅ」
「フフ、夕飯を食べたばかりですが、今日ぐらいは良いでしょう。明日は出発の日ですから、疲れを残すわけにもいきません」
「うむ、然り。ふぁあ……、明日は角磨きを……、頼……、むにゃ」
「……では灯りを消しますね。私も心なしか疲れまして」
シャルナはランプの中の蝋燭を一息で吹き消した。
部屋の中は薄紅色に染まる。暗がりの中で、火山の焔か、夕暮れの暁か、最果ての彩か。その色を、何と例えるべきだろう。
リゼラはそれに染まるでもなく、灯りが消えた瞬間にぐがぁと間抜けな寝息を立てて、安眠の中へと沈んでいった。幼児の体ながらに一日中歩き回り、はしゃぎ回ったのだ。その上、馬鹿のせいで叫びまくったのだ。随分疲れていたのだろう。
――――自分がいたから、でもあるのか。シャルナはそう考え、また微笑みを見せる。この嬉しさは、本当は得なかったものだ。鍛錬のみを続けていた自分なら、決して得ることができなかったものだ。
だけど、今はーーー……、強くなる意味が解った気がする。一つの道ばかりではない、その道を進んだ先にある岐路で足踏みするばかりではなくなったように思う。進む理由が、解ったように思う。
「……貴方達のお陰です、リゼラ様」
彼女は覇龍剣を枕元に置き、荷物を纏めて立ち上がった。
――――だからこそ、貴方達にしんみりとした気持ちを与えたくない。いつものように気丈でいて欲しい。ただ今日一日の思い出を忘れない為に、色褪せさせない為に、私はここを去る。
あの勇者フォールのことだ、全てを察してくれるだろう。ならばそれで良い。彼ならば、きっと。
だから、私はこのまま、彼等に別れを告げることなくーーー……。
「シャルナ、夜遊びに行くぞ」
「…………」
何故だろう、目が死んでいくのが実感できる。
どうして彼はこう、背中を押してくれるくせに、いざ覚悟を決めた時に限って外してくるのだろう。
天然か? 天然なのか?
「初めての夜遊びだ。……心躍るな」
天然だった。
「……フォール、こう言うのは心苦しいが、空気を読んで欲しいんだ」
「夜遊び」
「今は、何というか、こう、真面目なところと言うか」
「夜遊び……」
「その……」
「……夜遊び」
「……行くか」
「よし」
それはもう嬉しそうな無表情であったという。若干怖い。




