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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
新たなる剣
64/421

【5】


【5】


「…………」


「…………」


 勇者フォールと隻眼のドワーフ。二人は武器屋の奥で、ただ口元と眉間を覆いながら固まっていた。

 初めこそ順調だったのだ。フォールの技術吸収力は目を見張るものがあり、元来の素質もあってかドワーフの鍛冶技術を次々に学び、取り込んでいった。隻眼のドワーフもこれは見事だと感心していた。

 事件が起こったのはフォールがものの一時間程度で基本を極めてからだった。いざ応用に入ろうとした時、その異変は起きたのである。


「……どうして打つもの打つもの、全てスライム型になるんだ?」


「さぁ……?」


 スライム剣、スライムおたま、スライムフライパン。ついでにスライム金槌。

 フォール本人としてはこれ以上ないほどお気に入りにしても良いのだが、如何せん使い勝手が最悪すぎて、とても使えたものではない。

 スライム剣に到っては剣というかほぼ鋼像である。


「……ここに、熱した剣がある。打ってみろ」


「あぁ」


 カンカンカンッ。

 規則正しく、そして力強く。剣を打つとは魂を打ち込むことだと、ある刀匠はいった。

 それは包丁であれ鍋であれ、変わらない。鉄を打つとは己を打つことである。銀の刃を打ち付け、伸ばし、固め、調え、水に浸ける。この一連の行為により、その剣はより強固なスライムになるのだ、とーーー……。


「何故だ」


「……何故だろうな」


 隻眼のドワーフと勇者フォール。彼等は互いに固まったまま、ただ時間だけが過ぎていった。

 ――――何故だろうなと言いたいのはこっちだよと泣きじゃくる店主を背に、勝手に占拠してすいませんねとドワーフ達に謝れる店長を背に、ただ。

 その現象の謎だけが、渦巻くばかりであったーーー……。


「シャルナ、次あっち」


「はい」


 と、そんな馬鹿共に愛想を尽かして別行動中の魔王リゼラと四天王シャルナに視点は移る。

 彼女達は何故か急に刀鍛冶をやり始めたフォールに変わって、街中で日用品や雑貨品を買い込んでいた。歯ブラシだとか雑用紙だとか布地だとか、傷薬だとかポーションだとか。予備も含めてか、勇者から渡されたリストにはいつもより多めの数が記されていた。


「あっ、リゼラ様! あっちの店よりこっちの店の方が安いですよ!」


「おぉ、そうじゃな。ではそっちにするか」


 何と、長閑な光景だろう。

 本来ならば人界を攻め、人々を阿鼻叫喚に貶めていたであろう魔王。その配下であり、幾千の戦士を斬り捨てていたであろう最強の四天王。そんな彼女達が仲良く、和気藹々と買い物をしているのだ。

 嗚呼、魔王城に籠もったままならこんな事にはならなかっただろう。剣を振り続けたままならこんな事にはならなかっただろう。彼と出会って、彼と冒険してーーー……、そして新たな運命へと踏み出すことができた。

 その事を、自分達はきっと、勇者フォールに感謝すべきなのかもしれない。


「ってなるかボケェッ!!」


 叩き付けたメモに書かれていたのはスライムのイラスト、イラスト、イラスト。

 何が『アポリブ種を買い忘れないようにスラ☆』だ、ブッ殺すぞ。無駄に上手い絵描きやがって。


「何が日常だ完全に非日常じゃねぇか麻痺してたわ妾!!」


「私も普通に馴染んでますけど、本来囚われの身ですからね……」


「って言うかもう逃げて良い!? あの馬鹿いないし逃げて良い!?」


「でも逃げたら何されるか解りませんよ……。逃げた瞬間、背後にいる光景が目に浮かびます」


「うわぁ……、有り得るわぁ。何か後ろにいそうだわぁ」


「こんな風にか」


「「そうそうわああああああああああああああああああああああ!!!」」


 スッ転び悲鳴を上げ蹲り慌てふためき走り出す。蜘蛛の子を散らすというか、蜘蛛の子を爆発させたというか。それはもう酷い騒ぎようだった。

 彼女達にただ声を掛けようとしただけなのにここまで怯えられた男こと、フォール。別に悪いことはしていないのに、何故だろう。周囲の視線がとても痛い。


「……そこまで驚くことはないだろう」


「そりゃ驚くわ!? 御主、剣はどうした! 鍛冶は!?」


「いや……、結局、何をどうしてもスライムの形以外にならず、既製品を打ち直してはどうかという話になった辺りで店主から出て行ってくださいと懇願され、詫び代わりに店の看板の傾きを直したらスライム型になったのでもう店をスライム型に改造してきたところだ……」


「スライムの伝道師か何か?」


「スライム神は全てを」


「やかましいわ」


「すまない、勇者フォール。私も勇者語はちょっと……」


 勇者しょんぼり。


「それより、剣だ。直ったぞ」


 さて、それは兎も角、彼が掲げた剣は、折れる前とは比べものにならないほど立派になっていた。

 何処かの町で100ルグぐらいで購入したのかと思える程のものから、立派な名剣へ。

 煌々と輝く銀刃や、軽く、然れど堅く調えられた剣柄。一太刀で鋼鉄さえ断つことさえ可能であろう、素晴らしい剣となっていた。

 それはもう、別物と言っても差し支えのないもので。


「と言うか別物なんじゃないか、それ」


「別物だが?」


 別物でした。


「あの隻眼のドワーフ、どうやらドワーフ族の族長だったそうでな。……とある旅人達に助けられたことがあるそうなのだが、その者達に礼を言うことさえできなかったので、同じ旅人である俺に尽くしてくれたそうだ。……ついでにおたまとフライパンもドワーフ製だぞ」


「凄そう。しかし、その旅人も可哀想じゃなぁ……。礼代わりされてるのがこんな変人とは」


「変人とは何だ。その旅人も変人かも知れないだろう」


「いや貴殿以上の変人はそういないと思うぞ、フォール」


 遠くの草原で変人A&Bがくしゃみした。クシュンッ。


「ともあれ、買い出しは大体済んだようだな。後は軽く買い揃えて昼食でも取るとしよう」


「よし、じゃあさっさと買い物済ませて飯食うぞ、飯! 妾は腹が減った!!」


「……そうだな。何が喰いたい」


「え、まさかの妾セレクトOK!?」


「持ち帰り限定だがな」


「…………饅頭」


「昨日喰った」


「妾は喰ってないんですゥー! 腹いっぱい喰いたいんですゥーーー!!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ合う彼等を眺めながら、シャルナは複雑な表情を零した。

 微笑みと、安堵と、喜びと。そしてほんの少しのーーー……。

 ――――いや、これは違うな、と。自虐気味に苦笑し、微笑みを塗り潰す。

 まだ、砂時計の器に引っ掛かった流砂のように、小さな時が、あるのだから。



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