【3】
【3】
「はっ!? 私は何を……!」
さて、気を取り直してあふたーたいむ。
ショック療法よろしく顔面に数十発近い初級魔法を打ち込まれたシャルナは、ようやく正気を取り戻していた。
ちなみに功労者リゼラは魔力消耗で瀕死、諸悪の根源フォールは念願の同士消滅に舌打ちという、誰も幸せにならない結末である。
「確かフォールのアイ・ラブ・スライム講義を三時間ほど聴き続けた辺りから記憶が……」
「あぁ、あの呪詛を聞いたのか……。無理もないな……」
「呪詛とは何だ貴様」
「いやどう考えても洗脳系の呪詛じゃろ」
「そうだぞ貴殿! よくも私をあんな目に……! スライム信徒の風上にも置けないな!!」
「御主まだちょっと洗脳残ってんじゃねーか!!」
「やはりスライム神は万物を見ておられる……」
「うるせぇこのクソ勇者!! 新興宗教の布教にウチの四天王巻き込まないでくれる!?」
と、そんな調子でショック療法再び。
取り敢えずの治療はリゼラが枯れかけるほどの初級魔法と、フォールの首に『スライム禁止』の看板を引っ提げさせることで片付いた。
いや未だにシャルナがチラチラとスライムくん人形を見ていたり、フォールが軽く殺気を放っている辺り何も解決していないような気がするが、そこはそれ、もう勘弁してください。
「ともあれ、だ。リゼラも来たことだし、これからの予定について話しておく」
「その前に部屋割りについて意義あるんじゃが!!」
「……何だ、子供部屋が欲しかったんじゃないのか」
「どういう理論で!?」
年頃の子はねー、もうねー、直ぐ欲しがるからぁ~。
「取り敢えず、考えるべき事項は俺の封印だろう。シャルナの覇龍剣……、だったか。それが封印アイテムであると解った以上、決行しない理由はない」
「……封、印? 何の話だ?」
きょとんと首を傾げるシャルナ。
フォールは無表情のまま驚いたように言葉を詰まらせ、リゼラに横目で視線を向ける。
「説明してなかったのか」
「……必要ないかなって」
「私は魔王リゼラ様が勇者フォールを屈服させ、各地の緩みきった魔族達を叩き直す旅を行っている、と……」
「おい」
「…………………………嘘じゃないもん」
「はい。私もフォールも、リゼラ様が嘘つきだなんて思ってません。リゼラ様は魔族の主ですから!」
「嘘だがな」
ガスッガスッガスッ。
「何をする、蹴るな」
「フォールのバカ! もう知らない!!」
「相変わらず騒がしい奴だ。モロコシでも喰っておけ」
リゼラの口に突っ込まれる、夜食用のトウモロコシ。
齧歯類よろしく貪る彼女は満足げに一言。
「赦す」
「そうか」
相変わらず安上がりな魔王である。
ともあれ、フォールは軽くザックリとだが事実を説明していった。
『消失の一日』事件のこと、自身が弱くなりたい理由のこと、『魔王城』でのこと、『死の荒野』、『沈黙の森』でのことも、全て。
「……ご先祖様」
「泣くなシャルナ! 夢が壊れたのは御主だけではない!!」
「何だ、邪龍が先祖なのか」
「シャルナは龍族の末裔じゃからな。まぁ、今は龍人の魔族じゃが」
「ふむ、成る程……」
「……しかし、何だ。ご先祖様のことと言い、リゼラ様のことと言い、とても信じられないな」
ぽつりと零した感想は、フォールにとって実に予想通りなものだった。
リゼラも不満そうに妾とて信じたくない、と息を零す始末。
「信じずとも、事実について議論する気はない。だが、封印の理由は解っただろう」
「ど、どうして、そこまで……。勇者、なのに……」
フォールはまたしても紙袋からトウモロコシを取り出し、シャルナへと突き付けた。
金色の果実が、彼女の蒼翠に揺れる。その果てにある真紅もーーー……、また。
「己が欲望に従い、願望に溺れ、切望に藻掻く。如何なる時であれ如何なる日であれ、俺はそれに尽くす。その為の俺だ、その為の人だ。義務だ正義感だに下るには、人の生涯は儚すぎる」
その言葉に、シャルナの鼓動が一つ、高まって。
「つまり、そういうわけだ」
「偉そうなこと言っても所詮はスライムじゃろーが」
「……バレたか」
シャルナの眼前から黄金が翻り、フォールの口元へと飛び込んでいった。
かりかりかり。甘い、瑞々しく弾ける果肉。
それ故かーーー……、彼の頬が少しだけ、緩んでいる気がして。
「……まぁ、必要だと言っても、急ぐような事ではない。まず、明日は剣の修理と買い出しだ。ついでにおたまやフライパンも修理してもらおう。その後、この宿でもう一泊してから修理し終わった魔道駆輪で出発する形になる」
「はい、フォール! 質問があるぞ!!」
「何だ」
「その間、絶対暇なんでお小遣いもらって街散策するのはアリか!!」
「迷子になるのが目に見えているので禁止だ。貴様も買い物に着いてこい」
「ちくしょぉおおおおーーーーーっ!!!」
「心配せずとも大人しくしておけば100ルグぐらいの小遣いはやろう」
「えっ、マジで!」
「それで良いのですかリゼラ様! 駄菓子ぐらいしか買えませんよ!!」
「駄菓子が……買える…………!?」
「リゼラ様? リゼラ様!?」
威厳、という言葉をご存じだろうか。
それは遠く果てしないもので、けれど誰も彼もが近くに持っているものでもある。
そう、威厳とは我々の心の中にあるのだ。魔王リゼラ、彼女の威厳も、またーーー……。
「だってシャルナ? やっと平穏だぞ? 日常だぞ? 今までこのクソ野郎から離れたくとも離れられず野宿にサバイバルに馬車馬生活ぞ? お小遣いだぞ!?」
「ご苦労はお察ししますがこの程度で喜ぶのはやめてください! 仮にも魔族の長でしょう!?」
「で、でもぉ……」
「駄菓子ぐらいなら私が買ってきますから!」
「しゃ、シャルナ……。何という忠臣……! う、うぅっ、御主のような配下を持てて妾は嬉し」
「……駄菓子ぐらいなら、俺も作れる」
「だからどうして貴殿は張り合……、作れる!?」
「ぷっちんプリンまでなら楽勝だ」
「もうホント御主の無駄スキル何なの? 裁縫と言い料理と言い建築と言い……」
「無駄ではない。貴様……、リアルお菓子の家に住んでみたいとは思わないのか?」
「リアル……お菓子の……、家…………?」
彼女はベットの上で膝から崩れ、涙を流す。
幼き頃、諦めた夢がそこにあった。自身には出来ないことだと、側近にそれリアルでやったら暴動待った無しですよと言われ、諦めた夢が、そこにあった。
「勇者フォール…!」
その夢が、叶うなら。
「……………………………」
自分は。
「お菓子の家を建てたいです……」
勇者にも魂を売ろうと、決めたのだ。
「いや決めないでくださいよ!?」
「お菓子の家のためなら魔王なんざ辞めてやらァアアアーーーーッッ!!!」
「リゼラ様それ言っちゃ駄目ぇええーーーーっ!!」
「……まぁ、今の持ち金では作れんがな」
と、言い争いつつも夜は更けていく。
明日のために予定をまとめたり、夜食パーティーをしたり、当然ながら部屋の交換をしたりしながら、ゆっくりと。
『爆炎の火山』から照る薄紅色の光と、夜天より降り注ぐ淡白い光と、幾千の星々から喝采のような光を、受けながら。新たに歩み始めたその街の初めての夜は、とても、ゆっくりとーーー……。




