【プロローグ】
【プロローグ】
夕暮れ時、太陽が火山の紅蓮と重なる頃。
『爆炎の火山』麓、赤黒い石煉瓦で彩られ、あちこちで温泉の蒸気があがる人とドワーフの街。
そこに、彼女達の姿はあった。幾多の通行人にざわつかれながら、果ては子供に指さえ差されながらーーー……、全力で土下座する四天王とそんな彼女相手に慌てふためく魔王の姿は。
「申し訳ございませんでしたァッッッッッッッッッ!!!」
「や、やめよシャルナ! 通行人が見ておる! 見ておるから!!」
「この未熟者めが貴方様とは知らずして幾たびの無礼! 腹を切って詫びる所存に御座いますッッッ!!!」
「だからやめろって、おま、ちょ、ゆ、ゆうしゃ、ゆうしゃぁあああああああああああああああ!!!」
絶叫響き渡る街中、大剣を腹に突き立てる四天王、引き留めるも筋力が凄すぎて動かせない魔王。軽い惨劇である。
――――無理もない。忠義尽くし尊敬すべき魔王に対し少女呼ばわり、果ては下級魔族とまで言い放ったのだ。時代が時代ならその場で打ち首ハラキリ爆発四散サヨナラグッバイである。
しかしこんな街中で腹を切られては堪らないし、というかそもそも腹を切られても困るし、最強の四天王にこんな下らない勘違いで死なれるのが何より困ると魔王リゼラ。
彼女は希望なのだ。物理のみとは言え自身を上回る剣技を持ち、これから弱体化するであろうあのクソ野郎を倒せるかもしれない、唯一の希望。
なればこそ死なせるわけにはいかない。生きろ、生きるのだ。
――――生き延びるのよ、あんたは『希望』!!
「何をやっている、貴様等」
と、そんな二人の頭を抑え付けて大地にシュート。
ドグシァアア~ーーーッという凄まじい轟音で押し潰され、彼女達の顔面は地面へとめり込んだ。
「魔道駆輪の修理依頼と、簡単な買い物だけ済ませてきた。修理が終わるのは早くても明後日の朝になるそうだ」
彼女達の後ろから現れたフォールはそれだけ伝えると、足下に置いておいた紙袋を持ち直した。
そう、先日の『爆炎の火山』ダンジョンでの一件により、魔道駆輪は見事に故障してしまったのだ。
枯木で屋根を貫かれたり、大量の温水に浸ったことが主な原因だろう。決してその後、山道を下る際に何処ぞの勇者が居眠り運転をやらかして崖下に落ちたせいではない。決して。
「まぁ、どのみちこの街でこれからの食料や日用品をしっかり買い揃えるつもりだったし、都合が良い。しばしの滞在になるだろうな」
「う、むっ……」
どうにか埋まった頭を引き起こし、意識を取り戻すシャルナ。
フォールはそんな彼女の手から瞬く間に覇龍剣を取り上げ、そのまま肩へと担ぎ上げた。
自害など馬鹿な見世物をするぐらいならこれでも喰っておけ、と湯気立つ饅頭を投げつけながら。
「あ、あつっ!?」
「今日から名物になった爆炎饅頭そうだ」
そう言うなり、彼もまた爆炎饅頭とやらを口に放り込む。
厚めの皮を破れば中から肉汁と野菜の甘みが溶け出し、細切れにされた具材が口の中でほろほろと崩れていく。そこに辛みーーー……、唐辛子だろうか。成るほど爆炎という名に嘘はないであろうピリ辛さが野菜の甘みを引き立てる。
一つだけでも随分ずっしりした饅頭だ。おやつと言うよりは主食だな、とフォール。
「どうしてこんな物が……?」
「先日のダンジョンの一件で各地に温泉ができただろう。ドワーフと人間達はあの温泉を名物に一儲けしようと画策しいるそうでな、まず手始めに名物として作られたのがこの饅頭だそうだ」
「しょ、商魂逞しいな……」
恐る恐る食べてみれば、まぁ、確かに美味しいけれど。
でもちょっと辛い。
「それを喰ったらリゼラを起こせ。宿に行くぞ」
「宿?」
「滞在するのだから当たり前だろう。久し振りにまともなベットで眠りたいしな」
と言いつつ二個目の饅頭を口へ放り込むフォール。
そして何処となく満足げに咀嚼。もむもむ。
「…………」
「何だ、もう一個欲しいのか? 良いぞ」
「い、いや、リゼラ様の分はあるのかと……」
彼の咀嚼が、止まった。
「……フォール?」
「饅頭は、四つだ」
「え? いや、だったら」
「肉も、四枚だった」
ごくんっ。
「……まだ根に持っているのか!?」
「シャルナ、さっさと残りの饅頭を食え。さもなくば押し込む」
「何でそう無駄に子供じみているんだ貴殿はぁっ!! ほら貸しなさい私が残り一つ半分こにするから!! それでお相子だ、な!?」
「…………ヤだ」
「勇者なんだから魔王様に譲ってあげなさい! 勇者なんだから!!」
四天王に怒られて、渋々饅頭を差し出す勇者。
シャルナはそれで良いと頷きながら饅頭に指を突き立てて、むしりと二等分する。
まぁ、当然というか必然というか、割れた饅頭は7:3の割合になったわけだが。大体こういうのは上手くいかないものである。
「…………」
「……食べるか」
「だな」
――――四天王シャルナ、決死の謀叛であった。
なんて言ってる内にも段々と動かなくなっていく魔王リゼラ。
果たして彼女の『リゼラ。わらわの名前は………、リゼラです』という呟きを、誰が聞くのだろう。既に公開自決より注目を集めていることに、誰が気付くのだろう。
そして、既に起こっている、いや、起こっていた彼等の擦れ違いを、いったい誰が知るのだろうーーー……。
彼等がそれに気付くのは、もっと後のお話。




