【エピローグA】
【エピローグA】
「「「…………」」」
魔道駆輪の側で焚き火を起こし、服を乾かす三人組。
彼等の中心には一つの鍋があった。フォールがマグマへダイブしようとも守り抜いた、鍋が。
皆はそれぞれ肉を摘み上げ、口の中へと放り込む。そしてもむもむと、噛み締めながら。
「「「美味い……」」」
後にしゃぶしゃぶと呼ばれる料理を、味わっていた。
「まさか茹でるとは盲点だったな……」
「下味がついているだけでここまで美味いとは……」
「勇者、おいもう一枚よこせ! 妾が食らってやろうぞ!」
「一人一枚だ。諦めろ」
と、言いつつ彼の手にある肉は二枚。
元々はフォールとリゼラで二枚ずつだったのだ。一枚余るのは当然である。
「…………あるじゃん」
「……鍋を守ったのも、肉を作ったのも、俺だ」
「あるじゃん」
「一枚ぐらい……」
「あるじゃん!!」
「ま、まぁまぁ、少女よ。私のを一枚あげるから……」
「そーじゃない!! この男が妾より喰うってのが気に入らぬのだ!!」
ぎゃあぎゃあと喚きつつ肉に食らい付く魔王リゼラと、無表情のまま高速で肉を守る勇者フォール。
魔王城以来、本気の決戦がそこにはあった。
「……フフ」
と、そんな光景を眺めて微笑んだシャルナ。
彼女は視線を自身の胸元へ落とし、少しだけ瞼を伏せた。
今なら、この男性のような体も、鍛錬に捧げた人生も、悪くないと思える。彼等の御陰で意味あるものだと、ただ強さばかりを求めるのではなく、もっと大切なものがあるのだと思えるようになった。
そういう意味では、この勇者フォールと魔王騙る少女リゼラにも感謝しなければなるまい。彼等の御陰で、私はまた先へと進めるのだから。
「チッ……」
「あ、盗られたのか?」
「……執念だった」
フォールの目の前では何処の獣かと思うほど、リゼラが肉にかぶりついていた。
魔王の威厳? そんなものはとっくにありませんとも。
「……フォールよ、貴殿には礼を言わねばならないな」
残った肉を囓るフォールに、シャルナは囁いた。
「何をだ」
「いや……、強さという妄執に取り憑かれた私を解放してくれたことについて、だ。貴殿に敗北することで、私は先代から受け継いだこの剣と自己への責務に押し潰されなくて済んだのだと思う。先代には不出来な次代で申し訳ないが、それでも私は」
「あぁ、その事だがな。貴様の先代とやらは疾うに貴様を認めていたと思うぞ」
「……は、はぇっ?」
思わず出てしまった間抜けな声に、彼女は頬を染めて俯いた。
勇者フォールはそんな彼女に構うことなく、相変わらずの平然さで坦々と説明を続けて行く。
「あのダンジョン……、台座だな。途中であったが、刻まれていた紋章は貴様の衣にある龍紋と同じだった。そして人を納めるに狭く、長いあの形は……、その剣を収める為のものだったのだろう」
「ま、待ってくれ! では何か!? あの場所は、剣を封じるためにあったとでも……」
「そうなのだろうな。貴様の先代は遺跡の類いに関わっていたのだろう? それこそ、あのダンジョンのことだったのではないか」
彼は、一口だけ水を仰いで。
「本来ならば、それを受け継ぐ際に……、或いは貴様が受け継ぐに値しないと定められた際に封じるはずだった。……だが、その為のダンジョンが完成するより前に、貴様の強さが認めざるを得ない領域に達してしまった。だからダンジョンの建築を途中でやめ、完成間際にも関わらず隠蔽したのではないか。その結果として出来上がったのが」
「封じる物のない、試練としてのダンジョン……」
彼女は腰を落として、その場にへたり込んだ。
疾うに、認められていたのだ。『最強』に相応しい者になれていたのだ。
ただそれでも自身を追い詰め、鍛錬を続けていたのは自分だ。自分は知らず知らずの内に、器量を超えた『最強』を目指して、自滅しようとしていたのかーーー……。
「……は、ははっ」
思わず笑いが零れてきた。
何だ、そういうことか。知ってしまえばどうという事はない、それだけの事だ。
先代が自分にそれを伝えなかったのはきっと、鍛錬を続けさせるためだろう。認めたと言ってしまえばきっと怠けるだろうから、と。
あの人らしい、遺言だ。
「おっ、何じゃ。大団円な感じ?」
肉を食い終わったリゼラが、彼等の間にひょっこりと顔を出した。
そんな彼女を見下しながら、フォールは呆れ返るように、一言。
「……しかし貴様、今回は驚くほど役立たずだったな」
「んなっ!? 何を言うか御主!! 妾がいなかったらメタル達との合流で拗れておったのだぞ!!」
「……その程度だろう」
「鼻で笑った? 鼻で笑ったか御主!! なーんじゃ今回もスライムに会えなかったくせに!!」
「それを言うか貴様」
「はーん! 当初の目的も果たせぬ御主が何を言お……うと……」
そう言えば。
「……あれ? 御主、弱体化は?」
「弱……体…………化…………?」
「忘れとるじゃないか!! シャルナから女神を封じるため代々受け継がれてきた兵器のことを聞き出すために拉致ったんじゃろ!?」
「いや、別に肉叩き棒が欲しかっただけで……」
「だから罰当たりやめろや!? 代々受け継がれていた覇龍剣を、そんな……」
「……代々、受け継がれてきた?」
「え? うん、代々……」
「「……あっ」」
答えはいつだって、意外と近くにあるものだ。
ただ気付かないだけかも知れないけれど、前ではなくて、隣に、もしかすると後ろに。
時には立ち止まって自分を見つめ直す時間も必要かも知れない。
――――貴方にはありますか? そんな、大切な時間がーーー……。
「いや何か良い感じに収めようとしとるけど今回コイツ肉のために四天王ボコッて拉致ってその後ダンジョンではしゃぎ回ってただけじゃからな!?」
「余計なことを言うな。ちんちくりんめ」
「御主それを言うかぁああああああああああああああああああああーーーーーーっっっ!!!」
残った肉目掛けて飛び掛かるリゼラ、鍋を構え応戦するフォール。
そんな二人を見て、涙を浮かべながら大笑いするシャルナ。
ただ彼等の楽しげな声だけが、温泉流れる火山の山道へと、響き渡っていた。
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