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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
最強の四天王(後)
54/421

【10】


【10】


 さて、類は友を呼んで全員集合したわけだが。

 この状況に誰よりも焦っていた男がいた。そう、誰であろう、カネダである。


「あァ? 誰だテメェ等」


「そういう貴様等こそ何者だ? どうしてリゼラと行動を共にしている?」


 マズい。マズい。ひっじょーーーにマズい。

 会ってはならない奴等が出会ってしまった。最悪の奴等が出会ってしまった。

 どうする? やっと、こんな奥地まで来られたのに此所で戦いになったりしたら、全部台無しだ。いや、そもそも暴れ回られて落盤、生き埋めなんてことにもなりかねない。

 消すーーー……、か? 幸い目の前はマグマだ。どちらかを事故的な感じで突き落としてしまえば争いになることもない。

 仕方ない。知識欲求の為には如何なる犠牲も仕方ない。取り敢えず落としてもイマイチ心の痛まないメタル辺りをだな。


「俺はフォールだ。貴様は?」


「ホール? おぉ、ホールか。俺ぁメタルだ。よろしくな」


 馬鹿で良かった。命拾いしたな、メタル。


「んで、そこの筋肉野郎は?」


「や、野郎とは何だ! 私はっ……!!」


「あぁ、名をシャルナという。……まぁ、付き添いのようなものでな。先ほど毒を食らったので吸い出していたところだ」


「お、おぉ、てっきり御主がそっちの趣味に目覚めたのかと……」


「……だから俺にそちらの趣味はないと言って。いや、貴様には言ってなかったか。ともあれリゼラよ、無事なようで何よりだ」


「殺しかけた奴がよく言う……!!」


「……すまないとは思っている」


 と、再開に言葉を交わしつつ。

 彼等は取り敢えずの事情を説明し、互いにダンジョンでの出来事を擦り合わせていく。

 その際にモンスターの存在だとか出入り口の場所だとかで多少話は食い違ったものの、トラップの種類、進んできた方向、スライムの有無、道具の残数、装備、スライムの有無、変わった出来事、スライムの有無、このダンジョンで得た情報、スライムはいなかったか、スライムの有無、本当にいなかった? 本当に? 一匹ぐらいいなかったか? いない? そう……、と言った具合に情報を照らし合わせた。


「……という具合だが、どうだろうか」


「うーむ、ホール(・・・)の言う通りなら俺達はやっぱり最深部前にいると思う。正面出口については解らないけど、それらしい物はなかったしなぁ」


「そうか……」


「と言うかホールよォ、テメェまずその服どうにかしろや。何で焼け焦げた服を腰に巻いてんだよ」


「うむ、遊泳を試みたら燃えてしまってな。どうにか肉だけは守ったが……」


 フォールが掲げた鍋には見事に下準備された肉が入っていた。

 まず服よりも肉を守る辺りどうなんだ御主とリゼラ。いやそもそも遊泳って何だよとカネダ。


「そうだ……、貴様等アポリブ種を持っていないか? この遺跡……、いやダンジョンだったか。此所に入ってきてから何も食べてなくてな」


「いや、流石にない……。解毒薬ならあるけど、使う?」


「ふむ、有り難い。シャルナ、使わせて貰え」


「あ、あぁ、すまない……」


「悪いなカネダ、助かる」


「いや……、良いんだけど……、なぁ」


「何?」


「……俺、憶えてない?」


 何のことだと首を捻るフォール。

 いや良いんですけどね? 都合も良いんですけどね? 本当にちょっとキャラを考え直した方が良い気がしてきた。取り敢えず眉毛濃くして名前に数字入れたりしてみようかしら。ぐすん。


「にしてもアレだ。こうしてリゼラも合流できたワケだし、そろそろ外に出るとしようぜ。こっちの目的の地脈も見つけた事だしよォ」


「む、そうじゃな。これ以上奥に進んで危険を冒すこともあるまい。次はどんな場所に飛ばされるやも知れぬしな」


「あぁ……、これ以上足手纏いになるわけにもいかないしな……」


 危険なダンジョン冒険もこれで終わりを迎えるだろう。

 目的を達成し、それぞれの友情を深め合い、皆がまた一歩成長することができた。

 そう、この冒険は大切な思い出となるのだ。それぞれの心の中で、色褪せることのない一生の思い出にーーー……。


「「NO」」


 させてたまるか。


「んッンー! まだ脱出するにはちょっと早いんじゃないかなァ!! もうちょっと奥に進んでみない? もうちょっと、あとちょっと、先っちょ、先っちょだけ!!」


「カネダの意見に賛成だ。まだ我々は目的を果たしていない。いや、例え果たしたとしてもその先へという野心が必要ではないか? ただ与えられたラインで満足せずそこから先は自己の成長の為と歩んでいくのが成功の秘訣ではないだろうか?」


「わぁホールくん良いこと言うーーー!!」


「いや御主それっぽいこと言ってもスライムに会いたいだけじゃろ」


「その為に生きているからな」


 勇者とはいったい。


「わ、妾は反対じゃぞ! これ以上命を賭けられるか!!」


「俺もだなァ。こんな退屈なトコいてもしかたねぇしよォー」


「そ、そう言わずにさ! あと少しだぜ!! どうせなら最後まで、なっ?」


「……わ、私は、フォールに賛成だ」


「そう言わずにさぁ! 頼っ……、え?」


 意外にも賛成の意見を述べたのはシャルナだった。

 しかしつい先程まで引き返す側だった彼女がどうして急に意見を変えたのか。

 彼女は何処となく気弱そうに、しかし確固たる光を双眸に灯しながら、その理由を述べる。


「そ、その、まぁ、私は彼には助けられた……、し、彼が行くなら、私も行って良いと、思うのだが……」


「なっ、シャルナ! 御主どういうつもりだ!? この男に絆されたか!!」


「ち、違うそうじゃない! ただ、貸し借りは好かないタチでっ……」


「ンだよぉ劣勢かぁ? ま、行くならテメェ等だけで行けば良いじゃねェの。俺とリゼラはさっさと帰」


「メタル」


 これだけは使いたくなかったが仕方ない、とカネダ。

 彼は一息溜めて、力強い眼光と共に一言。


「最深部にはメッチャ強いモンスターいるぞ」


「よっしゃ行くかァッッ!!!」


 消え入るような声でたぶんと付け足したが、メタルは既に聞いていなかった。

 これで四対一。残されたリゼラは後退り、ウッと喉を詰める。

 完全アウェーだ。これでは反対するだけ無駄だろう。と言うか明らかに野郎共の目の色が違う。これ以上反対したら、いったいどうなるかーーー……。


「……わ、解った」


「「よっしゃァアーーーイッ!!」」


 ハイタッチで歓喜するカネダとメタル。

 フォールも小さくガッツポーズし、顔を真っ赤にして俯くシャルナの背中を押すように叩き上げた。


「さー、そうと決まれば早速レッツゴーだ! 奥の部屋に行くとしよ」


「着いたぞ」


「ぞゥルンッ!!」


 徒歩三秒。思わずズッ転けたカネダはそのまま部屋の中に転がり込んだ。

 どうやらフォール達が来た方角とカネダ達が来た方角、とはまた別。三叉路の残り一本が最後の部屋への道だったらしい。まぁ、道というか入り口だが。

 しかもその部屋、確かに広いと言えば広いのだが、内装が酷く中途半端なのだ。石畳は天井と壁まできちんと張られてないし、中央の台座以外これといったものがない。

 そこは最深部と言うには、中枢と述べるには、ゴールと称すには、余りに貧相で、手抜き感あふれる一室だった。


「……なぁにこれ」


「で、カネダ。メッチャ強いモンスターどこ?」


「で、カネダ。スライムは何処だ」


「すまない、まさかこんな……、いや待てスライムがいるとは言ってないよ?」


 しかし、それにしたって幾ら何でも無残すぎる。

 何だ、この馬鹿にしたような一室は。隠し扉があるのか? それともルートを間違った? いやいや、有り得ない。隠し扉があるようには見えないし、ここに来るまではほぼ一本道だった。分かれ道だってちゃんと調べてきた。最深部はここだ、中枢は、ゴールはここだ。終わりはここだ。


「そんな、馬鹿なっ……!」


 カネダは焦燥に駆られ、一室の中央にある台座まで走り駆け寄った。皆も戸惑いながら、彼へ付いて行く。

 カネダが飛びついた台座の上にあったのは棺、のようだ。いいや、棺にしては小さいし、細長すぎる。と言うか、この棺らしきものも装飾が中途半端な気がすーーー……。

 中途、半端?


「……待てよ」


 どうしてこのダンジョンは人々やドワーフに発見されなかった? そして隠されていた?

 もしかして、違うんじゃないか。魔族はこのダンジョンを守っていたわけでは、隠していたわけではないんじゃないか。

 このダンジョンは石畳などの状態からして数十年から百年ほど前に造られたものと推測できる。その頃なら人々の遺跡探掘産業が盛んだった頃だし、記録にも残っているはずだ。しかしドワーフの族長は人々の記録にこんなダンジョンはなかった、と言っていた。

 だから自分も、ここはまだ発見されていない遺跡ダンジョンだと思っていた。けれど、それは違うんじゃないか。


「まさか……!」


 人々やドワーフはこのダンジョンを見つけたけれど、踏み入らなかったのだとしたら? 危険だから、ではなく、踏み入る価値がなかったのだとしたら?

 記録に残す価値さえ、無かったのだとしたらーーー……?

 

「おいカネダ、どうした? モンスターは?」


「……お前等、聞きたいんだが」


「何だ?」


「物を隠す時は……、どんな時だ……?」


 カネダの問いに、皆が視線を見合わせる。

 そして、適当に思いついた事を、ぽつぽつと。


「そりゃ……、見つけられたくないから隠すんだろ?」


「そうじゃな。後で独り占めする時とか」


「犬か貴様は。……隠蔽、だな。その証拠を隠し通す為のものだ」


「他には……、子供などが、よくやるように、何かを壊したら隠してしまうな。怒られたり責められたくないから、そうする時もあると思う」


「…………それだよ」


 カネダは、棺らしきものを、握り潰すほど強く掴んで。


「ここは造りかけで放置されたダンジョンだッ…………!!」


 最悪の結論に、到った。


「はぁ!? 何だそれ!!」


「俺に聞くな、俺も知るかッ! だ、だが、どんな理由かは解らないが、このダンジョンは造りかけで……、最後の最後に放置されたんだよ!! こんなモン最悪の結末じゃねーか!! ご丁寧に途中までのトラップ造りまくってたくせに、何で最後の最後で止めたんだよ!?」


「い、いや、そう言われても……」


 最悪の、結末。


「まぁ、取り敢えず出ようぜ。何もないなら仕方ねェじゃねーか。モンスターもいねぇしよ」


「スライムたんにまだ会ってないんだが……」


「御主は良い加減諦めろた方が良いと思うの、妾」


「う、うぅむ……」


 それはーーー……。


「ちくしょぉおお……、戻るしか」


 今から、やってくる。


「……待て、音がする」


 最初に気付いたのはフォールだった。

 そしてシャルナとメタルが、カネダが、リゼラがそれぞれ気付いていく。

 地鳴りのような轟音。それに伴い空間が震動し、立っていられないほどの激震になっていく。

 何がーーー……、と。誰もが事態を把握できない中、カネダが腹の底から叫びをあげた。


「入り口に走れッッッ!!!」


 一瞬、遅い。

 彼の言葉虚しく、重圧な岩石の壁が通路と一室を断絶する。

 さらに後を追って四方の壁に巨大な穴が開き、途轍もない勢いで豪水が放たれた。その勢いは滝水が如くであり、ほんの数秒ほどで彼等の足首へ達する程になっていた。


「しまっ……、クソッ! やられた!!」


「な、こ、これはどういう事じゃ!? カネダ!!」


「造りかけのくせに最後の最後、大トリ目玉のトラップは造ってやがったんだよ!! 本当にここ造った奴はどんな頭してやがんだ!!」


 ざぶンッ。気付けば既に水位は皆の腰元まで達しており、ただ歩くことさえ困難になっていた。

 リゼラに到っては必死に泳がないと双角で息をしなければならなくなってしまう程だ。

 しかし水は止まず、それどころかさらに勢いを増し、水位を上げていく。

 それは容赦のない、殺すための(・・・・・)トラップ。


「ぶぱっぷ!? ふぉ、フォール、おいフォール! 背負え、妾を背負え御主!!」


「……別にそんな事をしなくてもあの壁を撃ち抜けば良いだろう。水も流れ出る」


「ばっ、やめろ! あの壁の先はマグマの部屋だろ!! ここから流れ出た水に流されて、全員マグマに真っ逆さまだよ!!」


「ならば壁か床を撃ち抜く」


「できるかぁっ!! って言うか無理やり壁や床を撃ち抜いたりしたら全員落盤で生き埋めだ!!」


「そうは言うが、カネダ。このままでは天井だ。全員溺死するか、マグマで焼け死ぬかも知れないか、生き埋めか、という選択肢ならば俺は可能性があるものを選ぶ」


「だぁーかぁーらぁー待てって!! まだ方法はある!!」


 既に脚で水を掻き、床から数メートル以上浮き上がったカネダが足下を指差した。

 そこにあるのは、彼が飛びついていた台座。この部屋にある、唯一の物体だった。


「メタル、剣を貸せ!」


「あァ!? どうするつもりだよ!!」


「どんなトラップにだって解除の方法はあるモンだ! ここのトラップ停止装置は恐らく、あの台座の底にある!! 俺が潜って剣で台座を破壊して停止させるから、お前等は待っててくれ!!」


「ま、待てカネダとやら! 既に水位は部屋の半分以上……!!」


「誇りがあるんだよ、伝説の盗賊にはな!!」


 彼はメタルから剣をブン取って大きく息を吸い込むと、一気に水中へと潜っていった。

 剣と腕で水を斬り裂いて、ますます増えていく水位に逆らいながら、奥へ、奥へ。藻掻き、掻き分け、奥へ、奥へ。

 やがて肺胞の酸素までも絞り出した頃に、ようやく台座へと到着する。台座に指を掛け、必死に引っ張る、が、びくともしない。

 それでも彼は踏ん張った。肺が爆発するような、眼球が飛び出るような苦痛に耐えながら、台座の隙間を剣で突き叩いていった。

 しかし、台座は動かない、壊れない。どころか、彼の意識は既に消え果てるそうになっていく。

 絶息とはここまで苦しいものか。脳までもが、引っ繰り返る、ような。


「ぼぐっ、ゥッ……!!」


 やがて視界が白く染まりだした頃、剣の鋒が惜しむように台座の中心を引っ掻いて放れ、体は水面へと浮き上がっていく。

 自分が潜った頃より、さらに水位は上がっていた。もう、ダメだ。このままではーーー……、と。

 諦め賭けた瞬間、彼の腕を掴んでメタルはカネダを一気に外へ引っ張り出した。


「ぶゥはッ!!」


 唇を外に出して、肺へ息を。肺胞へ酸素を。

 全身の血流が甦る。四肢が動き、意識がはっきりと冴え渡る。

 一瞬、あと一瞬遅かったら、マズかった。


「す、すまない、メタル……」


「バカ野郎! 俺の剣持って沈むつもりか!!」


「最後の……最後で…………ドジやっ……た責任だ…………よ……。俺が……、解除しなけ……りゃ……」


「言ってる場合か! このドアホ!!」


「お前……に言わ…………れた……か……、ねぇ……な……」


 傍目に見ても、カネダはもう一度潜れる状態ではなかった。

 息を切らし、まともに浮いている状態でさえない。メタルの支えなければそのまま沈んでしまうことだろう。


「もっ、もう天井に指がとどくぞ! このままではっ……!!」


「……私が行く」


 大きく、深呼吸を繰り返しながら、シャルナはそう呟いた。

 絶息の鍛錬なら今まで何度も繰り返してきた。浸水鍛錬や無呼吸での全力疾走鍛錬を、何度も繰り返してきた。

 そして、このダンジョンではそれ以上の苦痛も、味わった。


「だが、シャルナ!!」


「あの男は盗賊の意地があると言ったな。ならば私にも四天王の意地がある」


 そして、ドプンッ、と。

 筋肉の重量もあって、彼女の潜水速度はカネダより速い。しかしそれは逆に酸素の消費量も大きいということだ。

 もし彼女がカネダと同じく、限界まで作業を行ったりしたら、その時は浮き上がってくることさえーーー……。


「…………こ、……脈だ……」


 ふと、カネダが何かを呟いた気がした。

 しかしシャルナがそれを耳にすることはない。その呟きがあった頃にはもう、台座へと到着していたからである。

 頑丈な石だろうが、自身の覇龍剣でなら砕けるはずだ。呼吸が続く限り、貫いてやれば。

 ――――ガァンッガァンッガァンッ! 水中に幾度も反響する衝撃音。台座は欠け砕け、段々と亀裂が拡がっていく。大幅に掘ることさえ、できた。

 だが、遅い。浅い。とても今のペースではその装置を発見できるとは思えない。


「何……故……ッ!?」


 その時、彼女の脇腹に鈍痛が響いた。

 毒ーーー……、だ。フォールが吸い出してくれた毒が、まだ体内に残っていたのだ。

 その後の解毒薬も即効というわけではない。体内にほんの少し残った毒が、自身の一撃一撃を軽いものとしているのである。


「ッ…………!」


 このままでは、駄目だ。間に合わない。

 今から浮上して、もう一度潜るか? いいや、それも駄目だ。その時にはもう水位が天井までとどいてしまう。皆が溺れてしまう。

 だとすれば、そう。残された手段は一つ。

 ――――自分が犠牲になって、このトラップを停止させるだけだ。


「…………っ」


 少し、指先が震えた気がした。

 恐怖しているのか? いや、無理もないか。自分の弱さを自覚した果てが、この末路。

 だが、悪くないと思っている自分もいる。彼等を生かせるのなら、この末路も悪くないと思っている自分も、いる。

 良い結末ではないか。自分の弱さを知ることができ、それを乗り越えようとした。乗り越えようと挑戦できた。自分より強者がいるからこそ、そうしようと思えた。

 それを教えてくれた者達を生かすために、死ぬ。『最強』などという身に余った称号を先代から受け継いだ自分には、良い、結末ーーー……。


「フフ……」


 目の前を、泡沫が過ぎ去っていく。

 まるで今までの思い出のようだ。走馬燈の、ようだ。

 嗚呼、先代。どうか不出来な私をお赦しください。

 貴方の期待には、応えられなか、ったーーー……。


「生き汚くあれと言っただろう」


 その言葉が、彼女の耳に届く。

 ガボンッ。水が抉れて水渦が荒れ狂い、白煙が如き泡沫が巻き起こる。

 その白を超えてきたのはフォールだった。彼はカネダよりも、シャルナよりも凄まじい速度で水中へと飛び込んで来たのである。

 天井を蹴っただけではない。メタルが水上より蹴り落とす力と、彼が水中へ蹴り潜る力を合わせて、二人を超える潜水速度を生み出したのである。


「がぼっ……!!」


 フォール、何故ーーー……。

 そう問い掛けた彼女の瞳に映るのは、フォールの瞳。真紅の眼が、蒼翠の中で、何処かを見ている。

 何処だ? 何処を、見ている? 何を、見てーーー……。


「…………!」


 彼の視線の先にあったのは、カネダが剣で引っ掻いた痕だった。

 砕こうとした場所とは放れた部分に、線が引いてある。そしてそこから、小さな気泡が噴き出ている。

 つまり、この下にはーーー……!


「……ッ」


 彼女は咄嗟にそこへ剣を突き立てた。

 その様に、フォールが微かに笑んだ気がした。大きく拳を振りかぶった彼が、笑んだ気がした。

 そして、勢いのまま拳を握り締め、彼はその一点へーーー……。


「見事だ」


 ――――全力の拳撃を、振り抜いた。



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