【7】
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「エロ同人かッ!!」
「何が!?」
奇妙な電波を受信した魔王こと、リゼラ。
転移魔法のトラップによりフォール達と離ればなれになってしまった彼女は、偶然にもこのダンジョンを探索していた男達と行動を共にしていた。
その男達とは言うまでもなくカネダとメタルである。二人は急に叫んでは固まった少女を遠目に眺めつつ、ひそひそと言葉を交わし合う。
「おいカネダ。本当に大丈夫かよ、このガキ……。魔族だしよぉ……」
「知らない顔じゃないから大丈夫……、だと思う……、たぶん。何でか俺のこと憶えてないけど」
「キャラ薄いんじゃないのォ?」
「濃いよ!? カウボーイハット被ってガンマン風な渋い感じに咥え煙草の金髪って結構濃いよ!?」
「薄い薄い。どーせならよォ、帽子で目元隠して髭生やしたり片手に銃仕込んだり暗号で依頼受けたりするぐらいやれよぉ。あと腕六本に増やしたり女の子武器にしたり赤色のマント着たり……」
「嫌だよキャラ迷走しまくってんじゃねーか! そこまで言うならお前がやれよ!?」
「嫌に決まってんじゃん」
「テメェこの野郎!!」
などと言い合いながらも、カネダは隣の馬鹿より、この少女ーーー……、リゼラのことを気に掛けていた。
心配という意味よりも警戒という意味で、だ。魔族だから? こんな姿の割に尊大だから? 急に何処からともなく現れたから?
違う、そんな事ではない。問題は、彼女と一緒に居るはずのあの男について。このダンジョンに自分達より先に入り、トラップを作動させたであろう男について、である。
「……何だよ、急に黙って」
「いや……」
名前を何と言ったか。そう、確かフォールだ。彼はフォールと名乗ったはずだ。
フォールーーー……、あの邪龍を倒したかも知れない男。そしてこの馬鹿ことメタルが追い求める男。
別に彼を危険視してるわけじゃない。鋭い男だとは思っていたが、これと言って危ないトコがあるわけじゃないし、かなり冷静でキレる男だった。話し合えば意志は通じるはずだ。
だが問題はこちらにある。この馬鹿にある。メタルに、ある。
「あーあ、暇だよなぁ。あんなガキ出てくンなら化け物みてェな魔族とかよォ」
そう、この男、ダンジョンに入ってから飢えに飢えているのだ。
モンスターは想像以上に弱いし、トラップだって自分が解除しまう。
なのでコレと言ったスリルがないから、こんな事まで言い出す始末。
もしここで『御主が探し求めている男なら遺跡の中にいるぞ?』なんて言われてたりしたら、この馬鹿は間違いなく大喜びで走り出すに違いない。
そんな事になったらトラップ無視で駆け抜けて死ぬかも知れないし、いやそれは良いんだが、こっちが巻き添えをくらったりする可能性もある。
そして、何より、ダンジョンの目玉ともなる超大掛かりなトラップを無駄撃ちさせたりするかも知れないのだ。ダンジョン爆発とか、封印モンスター召喚とか、構造変化とか。
ダメだダメだ。それだけは絶対ダメだ。解除失敗ならまだしも無駄撃ち? 赦すわけがない! それを解除するのは自分の役目だ! 他の誰かになんか譲るものか!
「……こうなったらもうどちらかを今の内に始末するしか」
「何をだよ……」
何やらブツブツ呟きながら弾倉を確認するカネダから放れつつ、メタルは魔族の少女へと視線を向けた。
まぁ見れば見るほどただのガキだ。魔族を奴隷にする国があると聞いたこともあるが、コイツはそんな身形じゃない。
かと言って戦えそうにも見えないし、呑気な乳臭いガキといった印象しか受けはしない。どうせなら此所の通路を埋め尽くすぐらいムキムキな化け物が出て来てくれた方が余ほど楽しいというのに。
いや、待てよ? コレでも魔族に違いはない。という事はつまり、だ。
「なぁ、オイ。ガキ。……えーっと? 何だっけ? りどら? りばら? えばら?」
「リゼラだ、リゼラ! 全く人間というのは人の名前を覚えぬな!!」
「おー、すまんすまん。んでリゼラよぉ、テメェさ、ヤバい感じの魔族とか知り合いにいねぇの? 拳一つで大地割ったり、とんでもねぇスピードで動いたり、どんな攻撃も弾いちまうような奴はよ」
「え? そのぐらいなら人間の方がやるじゃろ」
「え?」
「えっ」
「えっ」
暫し、沈黙。
「……あ、人間ってそんな事できないんだったか!?」
「いや普通はできねぇよテメェ人間を何だと思ってんだ」
邪龍投げたり森を引っ繰り返したり火山噴火させたりする存在。
いや、待て待て待て。それはあの男だけだ。どう考えても普通の人間はそんな事できるはずがない。自分はアレの異常性に毒されてしまったのだろうーーー……、なんて、言えるはずもなく。
彼女は変わってしまった自身の価値観を、引き攣った半笑いで誤魔化すより他ないのであった。
「そ、それよりもだ! 人間ども、御主等はどうしてこんなところにおる? 目的は何だ?」
「んァ? あー、俺達はよォ。何か地脈見つけるために来たんだよ。鉱石が近くにあるらしいんだけどよォ。知らねェ?」
「む……、知らんな。聞いたこともない」
「駄目かァ。じゃあガキ、テメェは何でこんなトコにいんだよ?」
「あぁ、妾か? 妾はフォ」
「フォッソイ!!」
カネダが壁面を殴り抜けた瞬間、メタルの脇腹を丸太がブチ抜いた。
リゼラの視界から男がスローモーションでフェイドアウトしていく。彼は反応する間もなく吹っ飛ばされ、モノの見事に壁面へとめり込んだ。
そして衝撃音と共に無残にも崩れ落ちた彼に、カネダは慌てて二十年ほど前の少女漫画的なノリで駆け寄っていった。
「ごめーんカネダくんうっかりミスっちゃったテヘペロ~♪ んもうダメだな、反省反省ぷんぷんっ☆」
「カネ……ダ…………テメェ…………!!」
「あるぇるぇ~? 大変だメタルくん怪我しちゃってるぞぉっ! どうしようどうしよう!? あっ☆ こんなところに貴様の口を封じつつ確実に安楽死という名の抹殺を可能とする弾丸が」
「上等だテメェあの街での決着付けたらぼァッ!!!」
「ハッハッハァ!! 吐血するぐらいなら無理しなくても良いんだぞメタルくゥん!! 大丈夫だお前の死因は事故死ってことにしといてやらげるぼぇッ!!?!??」
連鎖的に発動した丸太トラップがカネダの背骨を貫き、顔面から壁面へと突っ込ませる。
彼はそのままズルズルと壁から剥がれ落ち、メタルと同じく重傷になった身で地面を這いずり回るハメになった。
覚悟しろと言いつつ腰痛で悲鳴をあげるカネダ、ブッ殺してやると言いつつ痛みで出しちゃいけない中身をオートマチックリバースするメタル。
それは、何とも醜悪な争いだった。人間の醜さはここまで酷いものなのかと思い知らしめるほど、醜悪な戦いだった。
あとついでに衛生的にも醜悪である。
「何やっとんのじゃ御主ら……」
「は、ははは……、いや何、ちょっと友情の確かめ合いをね……」
「や、やろうぶっころっしゃあああ……」
「野郎ブッ殺しァ言われとるぞ」
「気のせい気のせい……。それより先に進もうか……」
身を張った話題逸らしの代償は重傷と怨嗟。決して安くはない。
しかしこのダンジョンにあるであろう目玉トラップの為なら何のその。その為なら何でもやってやるとも殺ってやるともヤってやりますともサ。
「フ、フヒヒヒヒヒ……、待ってなよトラップちゅぅわぁあん~……」
騒ぐ盗賊魂を必死に隠しながら、いや隠しきれずリゼラとメタルにドン引きされているが、それでも隠しながら。
重傷者二名と魔王はダンジョンの奥へと進んでいく。さらに奥へ、奥へ、奥へと。
時に魔物を倒しながら、時にトラップを解除しながら、時にメタルとカネダが殺し合いながら、時に人間の醜さとは何なのかをリゼラが哲学しながら。
ともあれ、彼等はそんな調子でダンジョンを攻略していった。腐っても伝説の盗賊に最強の傭兵、そして魔王だ。進行速度は常人のそれを遙かに凌駕するものである。
また、その速度に比例して密度も産まれていく。助け合って難関を乗り越え、ぶつかり合って友情を深め、分かち合うことで慈愛に生きるーーー……。
それは、数々の試練を乗り越え、運命を共にする仲間となる物語。
涙なくしては見られない、感動大巨編だった。
なお本編には特に関係ないので全カットである。




