【4】
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その一室は全く持って銀色だった。貧乏な画家が絵の具一色しか使わずに描いたのであろうと言われれば、何も反論できず頷くしかないほどに銀色だった。鍋も包丁も皿も戸棚も蛇口も壁も床も、何もかもが全く銀色だった。
ただ、敢えて違う色を探すのであれば、銀棚の上に置かれた、魔王の夜食であるプリンぐらいなものか。
いや、あと一つ。部屋の隅っこにある銀色ーーー……、を被った、黒いもの。
僅かに足が見えているが、間違いない、それは側近だ。彼女は大鍋を被って、ここ厨房の端っこに隠れているのである。
「…………」
正直、もう少し隠れるところがあったんじゃないかとは思う。
しかしその必要はない。何故なら彼女は、あの男は魔王を追うと確信していたからだ。
自分なんて捕まえる理由はないし、正直捕まえたって意味はない。その程度のこと、あの愚かな人間でも考えれば解ることだ。だから魔王を追うに決まっている。
「……よし」
彼女はごくりと息を呑む。
いないと解っていても、背中を嫌な汗が伝い、いがいがと荒れた喉を通る唾液に痛みさえ憶える。この短時間にとんでもないストレスを受けたものだ。
「そろそろ、ですかね……」
しかし、それもこれまで。恐らく、勇者はもう魔王を追って階下へ行った頃合いだろう。
何も音が響いてこない辺り、彼女はもう捕まってしまったか、それともまだ巧く隠れているのか。
できれば後者であって欲しい。魔王のためにも、自分が逃げるためにも。
「よっこいしょっと」
脳裏を過ぎる魔王の姿が、今にも目に浮かんでくるようだ。
小さい頃から一緒に過ごし、一緒に遊び、一緒に勉強して、一緒に訓練して、一緒に仕事してーーー……、そうやって過ごしてきた。
懐かしい、この厨房にも何度か忍び込んでおやつをつまみ食いしたっけ。そうそう、今目の前でプリンを食べているこの男のように。そして厨房長に怒られて、夕飯を抜きにされたりして。懐かしい話だ。
嗚呼、魔王様。貴方のことは忘れません。御墓は立派なのを作ってーーー……。
「…………」
「…………」
「……何、してんですか」
「プリンを食べている」
「あぁ……、はい……」
「……良いプリンだな。カラメルの香ばしさが良い。焼いてあるのか?」
「シェフこだわりの逸品です……」
「うむ、道理で……」
「…………」
「…………」
いそいそと大鍋を被り直す側近、スプーンを投擲して大鍋をぶっ飛ばす勇者。
鍋は壁を貫いてロケットよろしく、虚空の彼方へ消えていった。
「…………へ、へぁ」
呆けるように、笑い崩れるように、彼女は足下へ崩れ落ちる。
執事服の股座に染みができ、ちょろろろろと水溜まりができているような気がしたが、そんな事を確認する余裕など、彼女にあるはずもなく。
側近はただ、目の前の男を見上げるように微笑んで。魔王様、貴方との日々は楽しかったです、とーーー……、とどくことのない走馬燈を送るのであった。