【3】
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「ほー、ここか」
メタルとカネダは火山の山道、から少し離れた斜面にいた。
腰に命綱を巻き付け、ドワーフ達の支えで浮いている状態である。そうしなければ反り返った崖の斜面にある亀裂を間近で目視する事などできないだろう。
また、崖下までの距離は見下ろすことさえ戸惑われるほどのものであり、落下すれば獣やモンスターが葬式から埋葬までご丁寧に終わらせてくれるであろうことは明らかだった。
「作業をしていた者達が偶然発見した。恐らくは遺跡の通路……、だろう。壁面が先日の噴火による衝撃で崩壊したらしい。何度か中に侵入したがトラップやモンスターに行く手を阻まれてろくに調べられなかったのだ」
他のドワーフ達と同じく上から覗き込む族長の声を耳にしながら、カネダはその亀裂を舐め回すように観察する。
「成る程ね……。この遺跡、発見済みってことはないのか?」
「有り得ない、人間達にも確認は取った。ここまで大規模なものを発見した記録は記されていないそうだ」
「クカカッ、良いねェ良いねェ! カネダよぉ、細かいことは気にせずさっさと入ろうぜ。お前盗賊なんだろ? こういう遺跡には詳しいんじゃねェの?」
「まぁ、心得はあるが……。族長さん! つまり、俺達はこの遺跡の中から『地脈』を見つけてくりゃ良いんだな!?」
「そうだ。溶岩や地下水などが流れる地脈のある場所付近には鉱石の類いが生成されやすい。火山内部に深く喰い込んでいる遺跡なら、必ず何処かに地脈が通っているはずだ。諸君等にはそれを見つけてきてほしい」
「よし、なる……」
ほどね、と。続く言葉が出ることはなかった。
それも、ぶら下がる彼等の前へ馬車に積んであったはずの装備と、基本的な採掘道具。そして火を灯していない細い松明が三本ほどがロープに吊されて投げ込まれたからだ。
ただそれだけならば気が利くじゃないかとでも言っておけば良かっただろう。しかし、続くようにロープが四、五本ほど垂れてきて。
「よし、お前達はそこでもう少し待て。ドワーフ達を数人ほど寄越す。金髪の……、カネダ、だったか。お前は周囲にトラップがないか確認しておけ」
族長の声が、とどいた。
しかしその言葉を否定して掻き消すように、カネダは荷物を手繰り寄せながら叫んだ。
「おい待て! 俺は反対だぞ。絶対に駄目だ!!」
「……何だと?」
「大人数でぞろぞろ遺跡探掘なんざ反対だって言ってるんだ! その分トラップに引っ掛かりやすくなって、移動が面倒になる。それにアンタ、遺跡探掘の心得はあるのか!? 手伝いなんて体で足手纏いを寄越されてもこっちは迷惑なだけだぞ!!」
「だ、だが、地脈の場所を……」
「トラップには毒があるモンだって珍しくないんだ! 一人の手当ならまだしも、二人も三人もやってられるか! それに、どんなに連れて行ったって俺がいなきゃトラップの解除はできないし、メタルがいなきゃモンスターも倒せない! 地脈が遺跡の中を通ってるなら必ず構造に特徴がでてくる! 俺ならそれを見抜けるから、案内役は必要ない!!」
声を張り上げて主張するカネダ。プロは俺だ、安全の為にも指示には従って貰う、と。
流石に族長やドワーフ達も反対するわけにはいかず、今にも飛び降りようと命綱を腰に巻き付けた同胞達を渋々後退させるより他なかった。
「……解った。任せよう。我々は暫くこの場所に留まる! 最低でも三日の間はいつでも呼びかけに応えて引き上げられるようにしておくから、地脈を見つけたら呼んでくれ!」
「あぁ、頼りにしてるよ! 報酬の馬と食料、あとドワーフ特性の道具!! こっちの用意も忘れないでくれよ!!」
「あぁ、勿論だ!」
その言葉に親指を立てたカネダは荷物を亀裂から遺跡の中へと放り込む。そして自分もまた、亀裂に飛び込んで易々と遺跡へ着地した。
後を追うようにメタルも着地したが、彼は嫌らしい笑みを浮かべながら、一言。
「案内役がどうとかいうの、嘘だろ?」
「当たり前じゃん」
さらり。
「堅ッ苦しい見張りなんて要らないんでね。……ま、足手纏いはマジな話さ。あんな短い上に太い足でズカズカ歩かれたんじゃ、どんな仕掛けに引っ掛かるか解ったモンじゃない」
「ほほォ? その言い草だと俺は足手纏いじゃないってことになるぜ?」
「ま、お前は使えるし見捨てられるからな。足手纏いじゃなくて使い捨てだ」
「…………まだ根に持ってンのか」
「何が? ゆーのーなメタル様のせいで巻き込まれたことに対して怨みなんてそんなそんな!」
「やっぱ根に持ってんじゃねーか、くそっ!」
カネダは荷物から装備を取り出して胸元にしまい、メタルは小道具入れから干し肉を取り出して喰い千切った。
そして、二人して一息。
「……よし、それじゃあ奥へ進もう。良いか? 遺跡で怖いのはモンスターより対侵入者のトラップだ。殆どが即死な上に、毒なんかもっとタチが悪い。だからこれに一番気を付けてくれ。俺が先頭を行くからお前は後ろからこいよ」
「おう、モチロンだ。ま、俺の反応速度なら下らない落とし穴みてぇなトラップぐらい避けてみせぇんっ」
意気揚々と一歩目を踏み出した瞬間に落下していく馬鹿。
カネダ、これを渾身の滑り込みキャッチ。ギリギリセーフである。
「お前何やってんの!?」
「ち、ちが……、違う……。勝手にトラップが作動して……」
「はぁ!? ンなわけ……」
カチ、ポチ、ピンッ。
目の前の廊下が爆発したり火を噴いたり魔物を飛び出させたり。
カネダとメタルはそんな光景を、ただ遠い眼差しで眺めていた。
そして、ゆっくりと落とし穴から上がり上がらせつつ、一言。
「「無理」」
死にに行くようなもんです。
「ヤバいってコレ一番ダメなやつだって絶対ダメだって!!」
「どういう事だ……? 触れてもいないのにトラップが作動してんじゃねーか。もしかしてお前、チェックミスった?」
「違うの! これ殲滅型なの!! 侵入者全部ブッ殺すために連動しまくるタイプなの!! つまり誰かがもうトラップを作動させちまったの!!」
「……何でそんなメンドーな形式に」
「解らないのか!? ダンジョンなんだよ、ここは!!」
遺跡は遺跡だ。だが、ただの遺跡ではない。
――――ダンジョン。遺跡のように何かを埋葬、或いは奉るのではなく、何かを封じる為に造られた場所。宝であれ、凶悪な何かであれ、それが異様な存在であるのに違いはない。絶対に、何としても、この世に出してはいけないものを封じる場所なのだ。
それに伴い、所詮は遺体や遺品などを埋葬するような遺跡の防衛機構とはレベルが違う。侵入者を拒むのではなく、殺すために存在するダンジョンというものは。
「遺跡とはワケが違う! ダンジョンは魔族が造り出したものが殆どで、基本的に禁じられた宝だとか、魔族でも手に余るモンスターだとかを封じる場所なんだ! こんな軽装備で入るにゃ危険過ぎる!! そんなの、お前、そんなのって……ッ!!」
「……マジかよ。やべぇじゃん。俺だって迂闊に入らねぇぞ。そんなトコ」
となれば、明らかに装備が不足している。
傷を癒すポーションなんて一つもないし、応急処置用の傷薬だって数えるほどしかない。身一つのメタルと違って、様々な道具を駆使するカネダなら尚更だろう。
こうなってしまっては仕方ない。一度戻って、装備を調えーーー……。
「最ッッッッッッッ高に燃えるじゃん!?」
「……えっ」
「ダンジョンだぜダンジョン! 大体のトコは勇者以外入れなかったりトンでもねぇ門番がいたりするのに、ここはノーガードだ! いや、違うな壁が開いたのか!! ハーハッハッハッハッハ!! 最高だぜ、最高だ!! こんなの盗賊魂が騒がないワケがねぇ!! ダンジョン、ダンジョン! 遺跡なんか目じゃないぞ、ダンジョンだ!! どんなお宝が、どんなトラップが待ってんだ、えぇ!? 俺達はダンジョンに入れたんだ!! ダンジョンに!! イーヒッヒ、ヒッ、ハッハッハーヒッヒッハハハハハ!!!」
カネダは狂喜乱舞が如く跳ね上がり、何かヤバい薬でもキメてるんじゃないかと思えるほどはしゃぎ回る。飛んでくるナイフだとか矢だとか、消えた床とか落ちた天井の中を走り回るので見ている方も気が気ではない。
流石のメタルもアイツやべぇなと顔を引き攣らせる始末であった。
「と、取り敢えず戻るんだろ? だったら……」
「戻るわけねーじゃん! このまま直行だよ直行!! 縛りプレイ良いねェ最高だねェ滾るねェ!! ハァーハッハッハッハ!! 連動してるってことは既に誰かが入ってるってことだしな先を越されるワケにゃいかねぇよなアハハハハハハハ!!!」
「……割とヤバい奴だな、お前」
今更である。
『馬鹿+馬鹿=類は友を呼ぶ』。この方程式が自分に当て嵌まっていることを、彼はまだ知らない。




