【エピローグ/プロローグ(2)】
【エピローグ/プロローグ(2)】
「…………」
魔道駆輪が急停止した。
車輪は岩や土を巻き込みながらバギィンッと堅固な金属音をがなり立て、車体も真っ二つに砕け折れるのではないかと思うほど跳ね上がって。
と言うか、ほぼ直角に、車体の先端と屋根に突き刺さった樹木で止まったようなものだ。
それこそ車体落下の衝撃だけで、魔王リゼラがファンシー部屋から飛び出て山道の崖から落ち掛けたほどである。
「助けろ勇者ぁああああああああああああああああああああああ!!」
「……待て、何だここは」
「勇者あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
勇者フォール。彼の視線の先にあったのは洞窟だった。
いや、ただの洞窟ではない。奥から吹々く風と言い、入り口から続く階段と言い、明らかに何かの遺跡らしきものだ。底は闇で見えないが、随分深くまで続いているように思える。
それだけなら、フォールも特には気にしなかっただろう。しかし彼の瞳を縫い止めたのは、その遺跡自体ではない。
むしろ遺跡の、階段だった。
「……火山灰を被っていない」
入り口の色合いが僅かに違う。階段もそうだ。
つい先日、勇者フォールによる『爆炎の火山』噴火があり、周辺全域に火山灰が降り注いだであろうにも関わらず、この遺跡らしき場所には火山灰の跡がないのだ。と言うことはつまり、少なくとも噴火時は隠されて居た場所、ということになる。
それに、階段を作る石の色も周辺の赤黒い土に比べて随分綺麗なものだ。中から吹々く風も、何処かカビ臭く感じる。
「…………」
フォールはそのまま階段を指先でなぞりつつ、思案しているのか、その場で固まってしまった。
『爆炎の火山』ではかつて遺跡が出土し、その探掘が麓の街の主産業だったこともあったはずだ。
ならば、これはその遺跡か? 先日の噴火の衝撃で落石が起こり、入り口を塞いでいた岩が転がり落ちた、と? だとすれば、この遺跡はーーー……。
「あのホントすいません今までのこと謝るんでお願いです助けてください靴舐めますから肩揉みますから何でもしますからお願いしますお願いしますお願いします勇者フォール様ぁあああああああああああああああああ!!!」
まぁ、そんな彼の後ろで軽く人生最大のピンチを迎えている魔王もいるわけだが。
「ね、ちょ、聞いてっ……、おま、勇者、おまぁあああああああああああああああああああああ!!!」
ヤバい。本気でヤバい。あの野郎、思案モードに入りやがった。こっちの声なんか聞こえていない。
落ちる。このままだと、落ちる。崖下に、落ちる。こんなところ落ちたら、本当に、死ぬ。
深夜の暗さもあって底が見えない。いや、自分の脚さえ薄ぼんやり滲むほどだ。それ程に、深いのか。
「て、転落死など……! この魔王がっ……!!」
勇者に負けるわけでも、邪龍に潰されるわけでも、正体不明の化け物に殺されるわけでもなく、転落死。
し、死ねるか。こんな、こんな死に方ができるか。妾が、この、妾がーーー……!
がりっ。
「あ」
指先が滑り落ち、彼女の体は浮遊感に襲われた。
落ちる。このまま、落ち、る。
「掴まれッ!」
だが、崩れゆく華奢腕を掴む豪腕がそこにはあった。
闇に濡れる褐色の肌が掌を掴み、吹っ飛ばすように持ち上げる。それはまるで魔王リゼラが飛空したようにさえ見えた。
浮き上がるその瞳が見詰めたのは必至の形相で手を伸ばす、四天王シャルナの姿。そう、彼女はリゼラの叫びに魔道駆輪から飛び出てきたのである、が。
「……し、まっ」
ガゴッ。砕け割れる音だった。
シャルナの足下が、彼女による重量と衝撃に耐えきれず砕けたのである。
元より噴火の衝撃で亀裂が走っていたのか、それとも脆い性質の岩だったのかは解らない。だが結果として、二人はそのまま崖下の闇へと姿を消していったのだ。
「せめてっ……!!」
シャルナは落下しゆく自身の身に構う素振りさえ見せず、魔王リゼラを魔道駆輪に向かって思いっ切り投げ飛ばした。
せめてこの娘だけは助かれ、と。自分はどうなっても良い。だからせめて、この下級魔族の娘だけは。我が身に残された最後の誇りとして、彼女だけは、と。
「シャルナぁあああああああああああああーーーーーっ!!!」
魔王リゼラの叫びも虚しく、彼女の姿は暗黒に沈んでいった。
伸ばした指先さえも、闇に覆われる。視界全てが、闇に消えていく。
その身が再び落下の風に巻かれてもなお、彼女の姿は見えることなく。
「しゃ、るなっ……!」
彼女の全身がガクンと揺れ、浮遊感を吹っ飛ばした。
勇者フォールだ。彼が落ちてくる魔王リゼラをキャッチしたである。
しかし彼女は礼を述べようとはせず、それどころか考えつく限りの罵詈雑言を勇者へ投げかけた。
「バカ、アホ、カス、マヌケ!! 御主、御主が無茶な運転をしたせいでシャルナが!! シャルナが!!!」
「うむ、そうだな。奴の根性は見上げたものだ」
「何を冷静にっ……!!」
フォールは崖下に手を伸ばすと、野菜でも引っこ抜くような感じで褐色の肉ダルマを持ち上げた。
唖然とする二人。ため息混じりにシャルナを降ろすフォール。吹き抜けていく痛々しい静寂。
まぁ、つまるところ、そう。暗くて見えなかっただけで、崖下までは1メートルもなかったという話だ。
「…………」
「…………」
顔を真っ赤に俯き合う魔族二人。
フォールはそんな彼女達を当然のように無視して、また遺跡の方へと戻っていく。
「シャルナ。貴様、この遺跡を知っているか?」
「……な、何?」
「だから遺跡だ。この遺跡を発見したことはあるのか?」
「い、いや……、この辺りの遺跡など聞いたことはないが……」
「そうか。……ならば聞き間違いではなかったということだな」
彼は魔道駆輪に突き刺さった樹木の一部をへし折り、手芸道具の糸を用いてさっさと松明を作り上げた。
そして迷うことなく遺跡へ一歩を踏み出す、が。
「「待てぇええええええーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!!?」」
当然、制止を受ける。
「……何だ、早くしろ。行くぞ」
「そうではなかろうが! アホか!? アホだ!! 肉の為にここまでやっておいて、遺跡を見つけたらそっちか!?」
「そ、そうだぞ貴殿! 遺跡荒しなど低俗なことをしおって!! 仮にも私を倒した男が、こんなっ……!!」
「阿呆は貴様等だ。よく考えろ、この遺跡は最近まで発見されていなかったのだろう。ならば、いるかも知れないじゃないか」
「「何が!?」」
「絶滅したはずのシルバースライムが、だ」
瞬間、魔王リゼラによるドロップキックが炸裂した。
まぁ、その一撃は勇者に軽々と躱されて、彼女は遺跡の中へ転がっていくことになるわけだが。
「と言う訳で付いてこい。四天王シャルナ」
「どういうわけだ!?」
「仮にもこの山は貴様の根城だろう。連れていけば役に立つやも知れん」
「だから、そういうっ……! き、貴殿の目的は何なのだ!? 急に襲撃をかけてきたり、異様な強さだったり、かと思えばスライムだ何だと言い出したり!! 意味が解らんぞッ!?」
大きく、一息ついて。
勇者は刃が如き眼光を呻らせながら、確固たる意志を持って言い放つ。
「肉は重要だ、弱体は大切だ。だが、そうじゃない。それよりも大切なことがある」
「そ、それはいったい……!?」
「スライムだ」
その瞳に迷いはなかった。できればあって欲しかった。
だけどないんです。だって勇者だもの。
「という訳で行くぞ。レッツスライム」
意気揚々と進んでいく阿呆と、闇底から聞こえる呻き声。
四天王シャルナ。彼女は最早どうして良いか解らず、ただ。
「ま、待てっ……」
その後ろ姿を追うことしか、できなかった。
読んでいただきありがとうございました。
後編に続きます。




