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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
旅路の始まり
416/421

【4】


【4】


「クカカカカカハハハハハハハハハハァアアアアアアーーーーッッ!!!」


 絶叫。剣閃一撃で大地が斬り裂かれ、カルデアによる領域が分断される。

 それは規格外などという次元ではなかった。深淵による浸蝕が意味を成さず、如何なる攻撃も傷すら付けられず、全魔力を込めた砲撃さえも高が片腕で打ち払われ、亡者による猛攻は咆吼のみで消滅する。

 カルデアは一瞬、いやそれは有り得ないと頭で理解しつつも幻術か幻覚を疑っていた。それしか、縋るモノがなかったのだ。

 当然であろう。つい先刻まで当代最強達を相手に圧倒していた戦闘力がまるで赤子扱いだ。いや、赤子以下だ! 常に空間を巻き戻すことで魔力は一瞬で全快しているし自身の能力も領域を展開してから加速度的に全盛期へ近付きつつあるが、それでもその力すら意味を成さない。如何なる攻撃、如何なる魔道、如何なる策略をも意味がない!


「何だ……、何なのだ……! 何のだ貴様はァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 絶叫と共に振り抜かれる深淵の刃。しかし、それすらもメタルの剣閃が打ち砕く。

 その剣閃は、ただでさえ絶望の底にいるカルデアへ、さらに絶望を叩き付けた。かつて自身が敗れたその存在が纏っていた聖なる力全てを込めた蒼銀の刃は、既に絶望の果てで崩壊しかけている彼の自我を打ち砕くには充分過ぎたのだ。

 ――――負ける? 我が、こんな人間に? 贅肉だと嘲笑った程度の存在に、負ける?

 有り得ない。そんな、そんな事が有り得て良いわけがない。だって、そうだろう。これは人間だ。

 聖なる血脈も聖なる加護も何もない。運命の因果ですら端役者だったはずの人間だ。高が人間に、どうして自分が敗北する? 贅肉のように不要なこの存在に、どうして自分が敗北などを思わなければならない?

 これは、偽物だ。これが偽物だ。これこそ偽物でなければ、いったい、何が偽物だと言うのか。


「クカ、クカカカ……」


 空を舞う烈火の旋風。斬撃の余波のみで領域すら灼き尽くす狂気の灼炎に、カルデアの背筋が寒気立つ。


「クカカカカカッ」


 虚空舞い時空の亀裂すら砕く男の、眼孔。

 その双眸に、純然たる恐怖を覚えたのだ。


「待ち侘びたぜこの時をォオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!」


 瞬間、蒼銀の斬撃はカルデアの片腕を吹き飛ばした。

 否、どころか天空に、その果ての曇天に、さらに果ての虚空さえも斬り抜いた。次元の深淵が、カルデア自身ではなく彼の腕を彼方へ飲み込んだのだ。

 無論、腕は再生する。刹那の度に巻き戻る時間は常に全快のカルデアという概念をこの世に君臨させるが、しかし、カルデアはこの時点で片腕の異常を感じずにはいられなかった。再生したと言うのに魔力が微塵も感じられないという異常を、そして間もなく跡形もなく崩れて永遠に再生しなくなった腕という異常を、そこに己を殺しきる力があるという異常を、感じずにはいられなかった。


「ふざけるな……。人間が、人間だぞ!! 人間だぞ貴様は!! どうして人間がこの我に立ち向かえる!? この我と撃ち合える!! そんな、そんなモノが存在していて良いわけがない!!」


 隻腕となった腕から放たれる幾億の亡者。然れどそれ等さえもただ一度の斬撃で斬り伏せられる。いいや、叩き潰されると言った方が正しいか。

 ならばと展開した魔方陣による砲撃さえも回避や防御すらなく真正面から受けられて霧散し、天より三十六対の剣を落とせば乱雑に腕でも振るうかのような剣閃で空の彼方へと弾き飛ばされ、邪龍再臨による咆吼すら同じく咆吼によって掻き消される。

 どころか、辺りを浸蝕する亡者の崩壊でさえも『深き森』に聳え立つゴーレムの壁と一帯に君臨する攻城兵器群により砕き尽くされ、燃やし尽くされる始末。

 全てが、的確に潰されていく。一手放てば五手潰され、百手放てば千手潰される。力という単純なカタチで圧倒していたはずのカルデアは既に追い込まれていた。どうしようもなく、同じ力というカタチで追い込まれていた。


「人間……! 貴様等は、人間だろうが……!!」


 塵芥、愚物、下衆。どのように呼ぼうと、カルデアにとって現世の人間世界の贅肉に過ぎない。

 ――――かつて自身が見た美しき時代に、こんな贅肉は無かった。安穏などといいう堕落に酔いしれ、来るべき逆境に挑むこともせず、ただ幸福のみを享受することなど決してなかった。人間は、弱者という存在は己に震え、崇め讃え、絶望したはずだ! それがまた、己の糧になったはずだ!!

 だと言うのにこれは何だ? どうして絶望しない? どうして、恐れない!!


「恐れよ! 我を崇めよ!! 絶望の権化と、生きる死神と!! どうして崇めない、どうして絶望しない!!」


 カルデアの絶叫を駆り立てるように深淵より放たれる巨獣、巨魚、巨鳥。

 獣の爪は豪快に、大山一つ踏み潰す巨大さでメタルへと迫り行くが、その頭蓋はごく当然として一閃により斬り伏せられた。魚の牙は壮快に、大地一つ噛み砕く巨大さでカネダへと迫り行くが、その眉間はごく当然として攻城兵器群による爆撃砲撃で撃ち貫かれた。鳥の翼は雄快に、大雲一つ吹き消す巨大さでガルスへと迫り行くが、その眉間は当然として重装型及び特殊型による圧倒で砕き飛ばされた。


「人間だろう、貴様等は! 運命にすら選ばれず、炉端の雑草でしかない人間だろう……、貴様等は!!」


 臓腹より溢れ出る亡者の腕が、幾億という腕が深淵の刃を持ってメタルを全方位から斬り伏せた。一切の余白なく、純白の花弁に山のような鉄雨を被せるように、埋め尽くしたのだ。しかし悲しきかな、純白の花弁であればその漆黒に引き裂かれ埋もれていたことだろう。

 だがカルデアが埋めたのは美しく咲き誇る純白の花弁などではない。蒼き銀色の輝きの元、万物を斬り裂く狂気の象徴なのだ。


「人、間…………」


 斬撃の烈風が、鉄雨は尽く散り果て、根元から引き削がれた。

 最早、容赦だとか躊躇だとかいう次元ではない。相手を打倒だとか殲滅だとかいう次元でもない。

 カルデアに残された選択肢はただ、如何にして時間を稼ぎ、その狂気を自身に近付けさせないかという一手だけだった。


「人間だろうが貴様等はぁああああああああああああああああああああああああ!!!」


「うるせェ笑って殺し合えァッ!! 俺のケジメの為に死ねェエエエエエエエエエエエッッッッ!!!」


 しかしその一手をも粉砕する、拳。一撃はカルデアを大地に叩き落とし、彼の領域ごと辺り一帯を陥没させたのだ。

 亡者の群れと死の大地はその一撃によって砕け散り、カルデア自身も潰れた果物のように粉砕される。いや、それも数秒となく再生するのだが、もし今の一撃が魔剣による一撃だったのなら、或いは決着すら有り得たかも知れない。

 自身の体躯が大地に沈み、跳ね上がる奇妙な浮遊感という刹那。カルデアはその刹那で走馬燈のように、余りにスローモーションな世界を見ていた。

 品性の欠片もない傍若無人の戦略兵器により亡者を穿ち尽くす男。ゴーレムの軍勢を指揮し『深き森』の境界線を死守する男。そして己の頭上で刀剣を振りかぶり、狂気すら超越した笑みを浮かべる、男。

 たった、三人だ。いや、実質一人と言い換えて良い。たった一人の男が、正しき運命の端役者だった男がーーー……、正しき運命では死に絶えていたはずの男共が、今、カルデアを追い詰めているのである。


「有り得ない……」


 こんな事が、と。


「有り得るわけがない……」


 ――――決戦だった。そうだ、これは決戦のはずだ。

 血骸を削り魂を掲げ、戦い抜く決戦のはずだ。偽りの運命を斬り捨て輝かしき時代へ到るための儀式だったはずだ。

 そして私が『厄災の人形(パンドラ)』という肉を得て世界の運命を正す。そんな、戦いだったはずだ。

 だと言うのに、何だこれは? 何なのだこれは? どうして敗北しかけている? 他ならぬ我自身が、どうして汚らわしい大地を舐めている?

 こんな、事がーーー……。


「有り得るわけがないのだぁああああああああああああああああああああああ!!!」


「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオるァアアアアアアアアアアアアッッ!!!」


 そして、拳撃はそのまま陥没した頭蓋を掌握して爆走する。

 螺旋を描きながら深淵の再生すら超越した速度で、深淵そのものを引き剥がしながら引き摺り倒す。まともな戦闘だとか正義ある戦いだとか誇り高き勲章だとか、そんなモノではない。

 真正面から正々堂々一切の容赦なくブチのめす。これは最早、ただそれだけの為の戦いだ。


「うぉわぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 カルデアはその絶叫とは裏腹に、ただ、冷酷な現実という暴虐を認識していた。

 最早、忘却などという事象では説明の付かない圧倒。如何なる手段を用いても、その残酷な現実は自身に確固たる事実のみを突き付ける。

 彼は見ていた。脳裏を過ぎ去る忘却の嵐の中、その果てにある光を見ていた。

 終焉という、創造者にして裁定者たる自身が与えるはずの、余りに残酷な現実をーーー……、否。


「負け、ル?」


 それは、終焉などではない。

 それは、希望だ。他ならぬ、闇の光だ。


「ヒ、ヒャハッ、ひゃははははははははははははははッッッ!!」


 カルデアはその存在に気付いた瞬間に、余裕を取り戻した。

 いいや、余裕を全て失い狂気に陥った果てに、余裕という妄想を得た、というべきか。

 だがこの異貌に掛かってはその妄想すらーーー……、現実にすることができる。


「…………あ?」


 異常を異常で返す。ただそれだけの事だ。

 メタルによる超速攻により引き剥がされたはずの深淵が、再生している。先刻の再生速度すら遙かに上回って、負傷という概念そのものが消滅したかのように、再生している。傷を与えているはずなのにその傷が存在していないという矛盾が、そこにはあった。

 その矛盾が彼の瞳に映った瞬間、既にカルデアはメタルの掌の中にはいなかった。何事もなかったかのように、先程までの圧倒的敗北すら嘘だったと戯けるように、爆心地の中心に立っているのだ。

 メタルに観測すらさせなかった、想像を絶する速度によって。


「は、ハハハハハッッ!!」


 この時点でメタルに訪れた不幸は二つ。

 一つ、カルデアによる空間浸蝕の逆流が完成し、彼が神世の創造者として完成してしまったこと。

 一つ、とある男が自身の運命に決着を着け、己の体の崩壊を迎えてしまったこと。カルデア復活のーーー……、最後のパズルを埋めてしまったこと。

 即ち、霊体の枷を外して崩壊へ向かうはずだったカルデアが、現世の血肉を得て完全体と化してしまったことにある。


「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!」


 彼がもたらした変化を境に、亡者達は消失していく。灼熱に投げ捨てられた氷の欠片が溶けるように、消失していく。先程までの崩壊が嘘だったかのように、平原を浸蝕しつつある領域を残して亡者達は一挙に消え失せたのだ。一体残らず、全て。

 では何処に消え失せたのか? その答えはただ一人、狂乱的に嗤う者にある。


「ようやくゥウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!!」


 全ての亡者の深淵を己の身に纏い、憎悪の怨嗟に飲み込まれていくその異貌に。


「この我がぁあああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 その者を何と例えよう。それは確かに、人間の形をしていた。

 しかし異貌、異なる貌なのだ。人間であるにも関わらずこの世の闇全てを封じ込めたかのような漆黒の体躯は、人間のそれと呼ぶには、余りにかけ離れすぎていた。

 灼炎の光も晴天の兆しも、何もかもを飲み込む深淵。果てなき邪悪の闇が、カルデアすら覆い尽くしたのだ。

 即ちーーー……、君臨。絶望が今、貌を保ってこの世に君臨したのだ。


「初代魔王、カル「うるせェッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」


 まぁ、それを真正面から殴り倒す怪物がいるワケなんですけども。


「………………え? ……ぁ、えっ?」


 カルデアは何が起こったのか理解することができなかった。

 完全体となった彼は如何なる攻撃をも無効化し、触れるだけで相手を虚空の深淵へ消失させることができる存在である。かつて対消滅という物質を何処か異次元へ消失させる現象があったが、それの完全上位互換と言って良い。

 ただ接触しただけであらゆる物質を消失させるそれは深淵の刃より強力であり、必然、魔力抵抗も抗魔力も関与しない確実たる現象である。雨が降れば濡れるぐらい、臓腑を躍動させるために呼吸が必要なぐらい、生命が生きているぐらい、必然の現象だ。


「うだうだうだうだうるせェ奴だなァ……」


 だが、その必然を無視する存在がいる。


「『負ける』? 『有り得ない』? ……クカカッ。良い言葉だぜ。テメェの勝利を信じて疑わねェって姿勢だけは認めてやっても良い」


 規格外すら超越し、理外すら乗り越え、その果てすらも斬り捨てた男がいる。


「だがな、テメェの無力も認められねェクズが……、それを信じる権利があるワケぁねェだろう」


 かつて、世界最強を謳い、事実そうだった男がいた。

 しかしそれを井の中の蛙だと知った男がいた。ただ一投げに敗れ、相手の姿を見ることもなく敗北した男がいた。

 ただ一度の泥だったのだろう。膝を屈するまでもない敗北だったのだろう。だが、それを赦せない男がいた。


「敗北すら乗り越えられねェ奴が……」


 だから、その男は立ち上がった。

 目的の為に勝利は必要ない。達するためならば、どんな手段でも執って良い。

 だが勝利を、己の誇りを目的とする為に、ただ真正面から挑み続けた男がいた。闘争と勝利を求め続け、咆吼を叫び続けた男がいた。その剣刃のみで、幾多の試練を乗り越えた男がいた。

 未だ見ぬ輝きを求め、然れどそれ故に己の影に沈んでいく男を知らず、ただ無謀に求め続けた男がいた。


「勝利を得られるワケがねェだろう……!」


 その双眸に灯るのは執念の炎。

 とある勇者が己の求めるモノの為に歩く道を選ばず己の道を創り出したとするのなら、この男はただ前に、如何なる障害物も如何なる試練も乗り越えて、進み続けたのだろう。

 愚直に、ただ一度の敗北を払拭する為に、道を選ぶことすらせず、歩み続けたのだろう。

 己の意志をーーー……、カタチこそ違えど、貫き通したのだろう。


「貴方の負けです。愚かなる王の亡霊よ」


 風に乗って静かに響き渡る言葉。

 その言葉を耳にするカルデアの表情は、最早、かつての創造者の面影もない。


「精神的にも戦闘的にも……、貴方が彼に勝てる要素は一つもありません。いいえ、貴方は初めから誰にだって勝てなかった。今を生きる誰かに、貴方は例え力や能力で勝っていても、勝つことはできないでしょう」


「……馬鹿な。我が、そんな」


「私達は今、貴方を乗り越えて生きている。例えそれが二千年以上前だろうと……、始まりを乗り越えて、今を生きている。その始まりにしがみつき、かつての敗北すら認められない貴方が、過去を求めるだけの貴方が、未来へ歩む僕達に勝てるわけはないんです」


「我は、初代魔王だぞ……。神世の創造者だ……」


「過ぎ去りし刻に何の意味があるのですか。それは確かに積み上げてきた貴方の功績なのでしょう。誇るが良い、カルデアよ。しかし貴方はその先へ歩もうとしなかった。過去の功績を振り掲げ、その時こそが己の頂点だったと認めてしまった。過去を欲するだけの、亡霊と化してしまった。……貴方は、他ならぬかつての貴方に負けたのです」


「我は……、我は……」


「未来へ歩む者達が、果たして過去へ歩もうとしている貴方に負けるでしょうか。既に他ならぬ自分自身に敗北した貴方に……、負けるでしょうか」


「わ、れは……」


「貴方は強い。かつての、混沌の神世にあった貴方であれば、きっと僕達は勝てなかったでしょう。……しかし過去を求め謳うだけの貴方はもう、ただの亡霊だ。生きとし生ける者達の意志という強さには、決して勝てない」


「わ…………れ……は…………」


 眼前に、闇が拡がっていく。己の深淵よりも深く、恐ろしく、果てしない闇が。

 その闇の正体をカルデアは知らない。いいや、知っている。知っているはずなのだ。

 かつて、あの時、初代勇者に敗れた刻からずっとーーー……、彼は知っていたはずなのだ。


「嫌だ……。い、嫌だ……!」


 然れど、それを認めるということはつまり、己の敗北を意味する。

 ただ過去への執念のみで生き残っていたその存在の消失を、この世からの忘却を意味する。


「嫌だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 カルデアは走った。怪物の君臨する草原でもなく、ゴーレムの物壁聳える『深き森』でもなく、全く関係のない方向へ走り抜けた。彼の中に存在する硝子よりも脆い、然れど決して壊れるはずのなかった何かが、音を立てて崩れ去ったのだ。

 そして、その崩壊した者の走り抜ける先には攻城兵器を展開した一人の男。異様な力も持ち合わせない、間違いなく天賦の部類でありながらも、普遍の粋から決してはみ出ることの無い男だった。

 恐らくカルデアも本能的にその弱者を察知していたのだろう。この場であの怪物は勿論のこと、『深き森』一帯に物壁を敷くほどのゴーレム部隊を相手にするよりもこの男ならば突破出来るだろう、と。試練への勝利でもなく目的の達成でもなく、逃亡だけならば成し遂げられるだろう、と。


「…………フー」


 しかし、その男は、カネダはその場から微動だにしなかった。

 ただ黒手袋のような何かを嵌めて、静かに連結された兵器のトリガーに指を掛ける。煙草を一本、口にくわえて灯火を点す暇さえあった。


「良いぜ……、来いよ。人間の強さってモンを見せてやる」


 展開、攻城兵器群。

 自立型砲撃兵器八門、主砲二十五門、副砲百六十門、魔道砲三百門、多角砲五百七十門、機関銃千二百門、次元干渉障壁三甲、物理障壁三十甲、魔道障壁六十甲!! 及び最終兵器一門!! ありとあらゆる技術の粋を掛け合わせ、ミツルギ商会の手によって彼の全財産と引き替えに用意された、単身対城を想定され創り出された、最強の個人兵器!!

 その名をーーー……、『鋼鉄の審判(ジャッジメント)』!!


「そこを退けぇえええええええええええええええッッ!! 人間ンンンンンンンンンンンン!!!」


 カルデアより溢れ出る憎悪の濁流。深淵の刃を構えた亡者達の軍勢は、何処かカルデア自身を彷彿とさせる。

 然れどその圧倒的物量は今までの比ではない。密度、練度、純度に置いて最大を極める亡者の群れが、たった一人の人間へと襲い掛かる。


「全門ーーー……、解放」


 それに対し、人間が執った手段は砲門全解放という、全火力を持っての迎撃だった。

 先刻まで濁流を足止めしていた時のように出し惜しみはない。激突時間にして僅か数秒という時間のために、彼は大国予算にすら匹敵する砲撃を容赦なく撃ち放ったのである。

 結果、巻き起こるのは爆炎だった。その衝撃一つで『深き森』を守護する陣を敷いていたゴーレム達が吹っ飛ぶほどに、カネダ自身を護る装甲全てが吹き飛ぶほどの、大爆発。衝撃を受けた後方の山々が跡形も無く吹っ飛ぶほどの、比類なき一斉砲撃。

 巻き起こる爆炎は暗雲を塗り潰した上で黒き雲を創り出すほどの黒煙を生み出し、それでもなお止まらず『深き森』の半分近くを焦土と化した。もしゴーレムによる守護が無ければ、恐らく森どころかその先まで全て燃やし尽くされていたことだろう。


「人間風情がぁあああああああああああああああああああああッッッッ!!!」


 しかし、無傷。必然、無敵。

 爆炎を駆け抜け深淵の刃を構えたその創造者を止められる者などこの世の何処にもいない。

 不滅なのだ。如何なる火力、如何なる砲撃、如何なる攻勢によってもその不滅性を打破することはできない。例え唯一カルデアを滅ぼせるメタルの魔剣だろうと、彼を引き裂くことはできてもその不滅性を打破するのは不可能なのだ。

 故に、無敵。カネダの砲門は確かにカルデアを捉えていた。その亡者達を灼き尽くし、深淵の刃すら弾き返した。だが、カルデアには届かない。その深淵の衣に、触れることすらーーー……。


「人間は日々進化してる。力がないから、知恵を磨き、失敗と成功を繰り返して、それでもなお、歩み続ける。果ての見えない道を、何度転ぼうと、何度膝を折ろうと、それでもただ歩き続けてきた」


 触れることすら、できないのなら。


「お前の生きてた時代がどうかは知らないさ。だが……」


 カネダの構えていた砲撃が、全て切断解除される。白煙の蒸気を噴き上げながら、魔力回路を剥き出しにして、外装を投げ捨てる。

 そして最終兵器とも呼べるその砲門をーーー……、巨大な拳のカタチに創り上げられたその兵器の照準を、自身の眼前まで迫った刃へと、定めて。


現世いまの一撃は、お前にとどくんだよ」


 カルデアの剣閃は止まらない。例え如何なる兵器だろうとその衣を貫通することはできないからだ。

 しかし、彼に文字通り叩き付けられた現実は被弾の二文字。突如、視界が暗転したかと思えば彼の飛翔はそのまま落下へと成り果てていた。大地に叩き付けられ、その巨大な鉄塊が彼方へ消え去るのを、ただ、唖然と見つめていた。

 ――――何が、起こったのか? 自分が攻撃を食らうわけがない。例え亡者は焼き尽くせても、この衣を人間の技術が、兵器風情が貫けるわけがない。例えどんな砲弾だろうと、貫けるはずが、ないのだ。この不滅の体を覆う深淵の衣に、触れられるワケがない。


「……な、ぜ」


 彼は知らないだろう。いいや、知る訳がないだろう。

 その兵器が、『鋼鉄の審判(ジャッジメント)』の受け渡しが行われたのが、小さな街であったことなど。

 そしてその街で急遽ガルスの提案の元、カネダ自身の手によって一つの秘密兵器が組み込まれたことなど。ただ一発だけ、遊戯旅団の保管していたその拳を借り受けたことなど。

 女神の秘宝たる覇龍剣と同じく、その衣を貫ける魔族五大兵器が一つ『滅亡の帆(ノア)』を元に構築された兵器の一部を、受け継いでいたことなど。

 とある勇者達の旅路を支え続けてきた、一代の魔道駆輪の拳が組み込まれたことなどーーー……。


「な、ぜだ……」


 その一撃自体はカルデアの体を砕きはした。しかし、砕いただけだ。不滅性を消滅させられたわけではない。

 だが、それで良いのだ。逃亡する鼠を追い立てられれば、それだけで良い。狩人の目の前に差し出すことができたのなら、それだけで。


「さァ……、決着を着けようぜ」


 自身の背後に佇む狂気を見た時、カルデアの自我は完全に崩壊した。

 いや、まだだ。まだ彼の自我は崩壊していない。自身への傲慢とも呼べる執念だけが、執拗に彼の自我を保たせていた。発狂し、それでもなお崩れぬ自我として己の中に押し留めていたのだ。

 その正体は不滅性にある。そうだ、彼は滅されることは決してない。例え魔剣であろうが、その魂を破壊することは何人にも叶わない。

 確かにかつてカルデアは初代勇者に敗れ、その魂を封印されるに到った。だがそれは封印だ。消失ではなく、封印。女神の秘宝により彼の魂は幾つかに分けられて封じ込められただけ。決して、消滅ではない。


「……ヒ、ハハ、ヒッ、ハハハ! 良いさ、良いだろう」


 血走った眼で笑う、カルデア。


「確かに敗北だ……! あ、あぁ、貴様の言うとおり認めてやろうではないか!! だがこれは一時的な敗北だ!! 撤退だ!! 我はやがてこの世に復活する!! 次は千年か、二千年か! 例え三千だろうと四千だろうと五千だろうと、必ず復活する!!」


 言葉では敗北と言えど、その唇は楽観に湿っていた。

 だが事実、彼の言う通りだ。不滅である以上、いつの時代か、必ず目的は達成される。それがどのような時代、どのような時刻、どのような時元かは定かではないが、必ず達成される。

 かつて初代勇者達がそうできなかったように、また、試練は訪れる。

 つまり彼はこう言っているのだ。『無意味だったな』と。貴様等の奮戦は結局先延ばしでしかなく、やがて必ず訪れる絶望の為の踏み台でしかないのだ、と。


「その頃には貴様の魔剣も消失していよう! いいや、例え受け継がれていたとしてもこのような不意打ちはもう喰らわない!! 必ず、必ずだ!! 必ず我が野望を達成する!! 今度こそ、撤退などという惨めな手は取らないだろう!!」


「…………あー」


「恐れろ人間! 騙れ人間!! 未来に希望があると笑え人間!! その虚勢が我を潤す!! やがて訪れる恐怖に人々を貶める!! さぁ、笑え、笑うのだ!! 貴様の笑みが、未来への恐怖が!! この私の他ならぬ糧となろう!!」


「遺言は、それだけか?」


 至極面倒臭そうに魔剣を振りかぶるメタル。しかしカルデアはそんな挑発にも笑い転げていた。

 ――――さぁ、我が体を砕くが良い! そして再び封印するが良い!! 二度失敗しただけだ、完全なる敗北ではない! これは撤退であり、失敗だ!! それだけのことだ!!

 次の時代、目覚めるのはいつだ? 女神めがまた仕掛けるのはいつのことだ? いいや、いつだろうと構わない! またその時、輝かしき時代を目指せば良い!! その時こそ世界に恐怖を振りまき、絶望を喰らって頂点に成り上がろう! この絶対の深淵を持って世界を掌握しよう!!

 まず手始めに我を侮辱した魔王を滅す! 次に我を無視した勇者を、嘲笑った四天王共を滅す!! 例え関係なかろうと、その称号を持つ者は必ず滅す!! その後はこの人間共の末裔を探し出して、必ず、必ずやーーー……!!


「ちなみになんですけど、こんなモノがありまして」


 と、そんなカルデアの笑い声にするりと横からお邪魔して、何かを摘みあげるカネダ。

 いったい何の悪足掻きかと振り返った彼の目に映るのは、神世の創造者であるにも関わらずカルデアさえ見たことのない魔方陣が描かれた黒手袋と、とても見覚えのある魔方陣が描かれた一つのガラス玉だった。

 そしてその球体に突き付けられた、銃弾だった。


「…………えっ」


「冥土の土産に教えておいてやるよ、カルデア」


「どうして……、貴様が、それ……、を……」


「俺はただの人間だがね、これでも結構名の通った男なんだぜ」


「どうして……、何故…………、いったい……、その……、我の、魂の欠片を……!」


影なく奪う者(ロスト・ハンド)。以後よろしく」


 カルデアの笑みは瞬く間に青ざめ、腹底から響き渡る悲鳴と共に手を伸ばす。

 しかし間に合うわけもなく、ただ無情にもそのガラス玉に向かって、隕鉄が弾かれーーー……。


「まぁ、以後とかないけど」


 見事、魂の欠片は打ち砕かれるのであった。


「あ……、あぁ……、ぁっ……」


 ――――いつだ? いつ、奪われた? どうして、奪われた?

 馬鹿な。アレは我が臓腑にあったはず。奴に接近した時か? 何だあの魔方陣は? 何だあの手袋は? 生命創造魔法の逆転魔法か? 馬鹿な、どうしてそんなモノがある? どうしてそんなモノを人間が持っている? どうして我の臓腑から盗み出せる?

 馬鹿な、有り得ない。有り得ない。有り得るわけがない! 絶対に有り得ない!! 有り得て良いはずがない!!


「……じゃあ、遺言も聞いたことだし」


 蒼銀。断罪の刃は天高く。


「や、やめろ……。やめてくれ……」


「ご要望通り、笑顔で見送ってやるよ」


「やめ、やめるんだ。やめろ! やめろぉ!! やめろぉおお!! 私を笑うなぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 斬撃は、振り下ろされる。

 こうして偽りの運命と、神世からの因縁と、彼等の運命に決着は着けられた。

 世界を巻き込み渦巻いた邪悪な野望は当事者達に看取られることもなく、ただ、運命の反逆者達によって、昨日吹いた風のように流れ消えていくのであったーーー……。



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