【プロローグ】
――――永き刻であった。それは永劫とさえ言えるであろう停滞であった。
刻は来た。待ち侘び、枯れ果てるほどに退屈であり、贅肉に超えた家畜どもが跋扈する醜き刻は間もなく終わるだろう。
世界は再編される! 我が手により、再びあの美しき時代が舞い戻る!!
嗚呼、しかしその為には区切りを付けねばならぬ。紙と紙の折り目のように、決して戻せぬ境界線を引かねばならぬ。ただ一本の、然れど一筋の確固たる線を! 世界を隔てる絶対の線を!!
今宵は最後の月夜! 訪れよ世界、壊れよ世界、甦れ世界! 我こそは、我こそがーーー……。
これは、永きに渡る歴史の中で、剣閃を鍛え続けてきた勇者と東の四天王。
反逆なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼等のーーー……。
「スライム神教は最早、世界に通じる宗教となった」
「あ、あぁ……」
「あの美しく蒼きボディの素晴らしさが世界中に知れ渡り、数多の人々が救いと真実をもたらした……。世界は答えに到達したのだ……」
「う、うん」
「運命の真理、魂の鼓動、生命の意味……。全てがそこにある……。スライムこそ世界の全てだったのだ……」
「……なぁ、貴殿。あの、たまにはスライム以外のことも」
「我がスライム神話経典も遂に終章へ差し掛かった。今頃、帝国のスライム神教本部の秘密地下が我が経典の密縮本で埋まっていることだろう。いや、帝国の地面はスライム神教経典で創られていると言っても過言ではない……」
「いや、だから」
「スライムの真理は何処から来て何処へ行くのか……? 全ての人間は産まれながらにスライムを欲し、スライムの為に生き、生きるためにスライムたれ……。この世に真理は存在しない……、存在するのはスライムのみ……」
「…………」
「スライムこそ真理……、魂こそスライム……! スライムとは即」
ドスッ。
「……わ、私は悪くない。フォールが、浮気するフォールが、浮気するフォールが!!」
純情の物語である!!
【プロローグ】
「グ、グワーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
魔王、爆発四散! さらば暁に死す!!
「今晩はこの辺りで野営するとしよう」
『氷河の城』を出て数日。彼等は遂に、『広き平原』に到っていた。
夜空に拡がる星々が眩しいほどの、月光の風に揺れる草原だ。『凍土の山』と『氷河の城』を抜ければこの辺りの気温は穏やかなもので、火山の噴煙も南国の熱風も砂漠の凍てつく風も雪地の白い氷もない。ただ、緩やかに生きる草々とか弱き獣達があるばかり。
平和である。山より大きな怪鳥も深淵の怪魚も島ほどの怪獣もいない。悪しき野望を抱いた者達も、邪悪に満たされた魔族達も、試練架する怪物達も、いない。ただただ静かな、魔王が爆発しただけの平和な夜だ。
「…………シャ」
「言うなルヴィリア。何も、言うな」
もはや日常風景である。
「しかし、ふむ。少し食料が足りんな。丁度リゼラも爆発したことだし、再生用の量が欲しい。ロー、そこの肉塊を連れて森で果物でも取ってこい。獣がいれば獣でも構わん。適当に食えるモノで良い……、いや、果物辺りがベストだな。頼めるか?」
「解っター! フォールはどうするんダー?」
「飯の準備をしておく。シャルナとルヴィリアは手伝いだ。……飯を取って来るのは貴様が一番早いからな、行ってこい」
「うにゃー! 後でいっぱいわしゃわしゃしろよ!!」
「あぁ、良いだろう」
彼の了承を聞くなり、ローは満面の笑みで目の前の森の中へと奔りだしていく。
その際に魔王を忘れていったり、連れに戻って来てそのまま引き摺り倒して行ったり魔王の肉塊がすり下ろされたりしたけれど気にしないで欲しい。平和な草原はきっとアレな痕も包み込んでくれることでしょう。
「……ローちゃんは、うん、行ったね。じゃあ僕達は僕達で話を進めようか」
「あぁ、来たる決戦の時についてーーー……」
「えっ」
「「えっ」」
エプロン姿で準備万端。本日の夕飯はちょっぴり豪華なディナーです。
「……あぁ、うむ。どうぞ?」
「エプロン姿で決戦会議する勇者なんて聞いたことねーよ!? え、待って? 何の為にローちゃん達征かせたの!? 話が進まないからとか初代魔王カルデアの話するからとかそういう考慮じゃなかったの!? マジで晩飯用意するだけぇ!?」
「馬鹿を言え俺だって空気ぐらいは読む」
「だったらまずはそのサラダ油を置くんだ貴で……、肉を用意するな肉を!!」
「料理を用意しながらでも話はできる。それに今晩は少し、手間を掛けたい。……で? 貴様等も大体内容は理解出来ているようだが」
焚き火に鍋と油を晒しながら、フォールは坦々と話を進めていく。
鍋には肉を入れる前にまず僅かな香辛料と木の実を砕いて炙り、香りを出す。燻った木の実の殻は丁寧に取り除き、油が軽く泡立つ頃まで熱してから肉を入れる。火力は弱火で、できるだけじっくりと火を通すことが重要だ。
今日の肉はグルヴ牛。脂が厚いので表面を炙らずに熱すると丁度良く火が通る。じっくり火を通してから表面を炙った方がよく味が染みるのである。
「あ、あぁ……。初代魔王カルデアのことさ。きっとあの森を抜ければ、いや、もしかしたら明日の朝にでも仕掛けて来るかも知れない。それについて対策を練っておきたいと思ってね」
「ふむ、成る程」
「初代魔王カルデアがどれだけの力を持っているかは解らない。肉体の無い霊体……、と言ってもゴースト種なんかとは全く異なる存在だろうし、余りに予測が付かないんだ。物理攻撃無効、なんてのも充分有り得ると考えた方が良いんじゃないかな」
「それは厄介だな……。しかし貴殿の魔眼ならばどうにかなるのではないか? 貴殿の魔眼ならば幽体だろうと霊体だろうと干渉することができるだろう?」
「出来なくはない……、と思うけどかなり可能性は低いだろうね。初代魔王は遙か古代の怪物にして魔族の始祖だぜ? 僕の魔眼は様々な魔族の血が混ざったことによる、まぁ極論で言えば一種の先祖返りみたいなモンさ。様々な魔族の頂点にして原点たる初代魔王に効果があると楽観するのは危険過ぎる。そもそも魔力抵抗で無効化されるだろうしね」
「本当に、理外の話だな……。フォール、貴殿はどう思う?」
「厄介だろうな。奴は女神の秘宝により俺が封印される度に秘宝へ封印されて別れていた魂を集め、甦った。全ての封印が為された以上、奴はほぼ万全の状態にあると考えた方が良い」
「成る程ね、確かに厄介だ」
「あぁ、これではどうしたものか……」
「「…………」」
「……よし、そろそろ塩胡椒を」
「「聞いてないんですけどそんな話ィッ!?」」
「話せば俺の封印を意地でも止めただろう。おい、塩胡椒を取れ」
スライム>自分の危機>世界の危機。当然だネ!
「そもそもカルデアを倒した初代勇者に加護を与えた女神がそのカルデア自身とグルだったんだ。ならば女神を封じる秘宝だか何だか知らんがインチキ臭いとどうして気付かない? ……だからアレイスターはその秘宝を使って初代魔王を封印したんだ。まぁ、当時の奴等もこの事は知らなかったそうだが」
「待っ、ちょ、おま、はぁ!?」
「そうだよ君はそういう奴だよ重大な事実もクソもない……! まず自分の中にある価値観さ……!! 絶対優先の順位がおかしいんだよくそったれ!! じゃあ何? 僕達は世界を救うどころか世界を滅ぼす旅してたってことかい!?」
「別に世界を救うとか救わないとか、そんな話は元からしていまい。……おい、水をくれ。野菜を洗う」
「「スライムぷにぷにかぁ……!!」」
「そういう事だ。……む、ヘタが切れん」
シャルナとルヴィリアは苦しそうに唸りながら、しかし何処か納得するように頭を抱えていた。
――――そうだろう、嗚呼、そうだろう。この男はそういう男だ。世界の常識とか価値観とか微塵もなく、何よりもまず自分の価値観を優先する。即ち、スライムこそを最優先とする! 初めから何も変わっちゃいない!! この男はいつだって、何処だってスライムだ!!
その為には世界の平穏だろうが邪悪なる野望だろうがーーー……、知ったことではない! スライム、スライムスライムスライム!! 何よりもまず、スライム!! それこそがこのスラキチ勇者だ!!
「……今更だな。うん、もう今更だ。頭が痛くなるぐらい今更だ」
「と言うか実際痛い……。やっぱコイツ勇者より初代魔王の身代だよ……。邪悪さだけは似たり寄ったりだよ……」
「知らない内に世界滅亡の片棒を担がされていたぐらいで喚くな。それよりヘタを斬ってくれ、俺ではもう斬れん」
フォールに堅野菜を投げ渡されて、泣く泣くヘタを覇龍剣で刈り取るシャルナ。
邪悪なる勇者の秘密が明かされているこの今に、何がどう悲しくて野菜のヘタ取りなんかしなくちゃいけないのか? 夕飯の為である。
「……うん、もう君の隠してたそれに関してはこの際どうにもならないから置いておくとしよう。重要なのは初代魔王カルデアの問題だ。奴をどうするかが重要さ。それはそうと君一発殴って良いかな」
「後にしろ、手元が狂う。その対カルデアに関しては考えがあるのだがーーー……、あぁ、シャルナ。野菜のヘタは斬れたか」
「え? あ、あぁ。斬れたが……」
手渡された野菜を眺めつつ、彼は手早く切り口から皮を剥いで中身を鍋へと放り込む。
肉はじゅうじゅうと音を立てながら脂を撥ねさせながら、香ばしい香りを立ちこめさせていく。穏やかな平原に白き煙が立ち上り、まるで一筋の光のように。
「……見ての通り、俺はもう堅野菜のヘタをまな板なしに斬ることさえできん。幾度の封印により俺の力は、ただの村人程度のものになった。走る速度は遅く、剣撃も技術のみのものだ。アゼスとの戦いが、俺にとって事実上の決戦だったわけだ」
「そ、それは……、そうかも知れないが……」
「だから、初代魔王カルデアは貴様等に任せようと思う」
じゅう、と野菜が脂の中に撥ねて。
「俺の戦力では足手纏い以外の何ものでもないし……、貴様等も知っての通り俺の体は限界が近くまともに戦える状態にはない。それに何より奴の目的が俺自身である以上、無駄に俺が前に出ればそれだけ戦略の幅も狭まろうというものだ。ならばいっそのこと貴様等に一任した方がまだマシだろう」
「「…………」」
「何だ、不服か」
「……い、いや、そうではなく。何と言うべきか、その」
「君が僕達に頼るってのが、意外で……」
フォールはふと、きょとんとした表情を浮かべる。
いや表情はやっぱり無表情なのだが、いつもその無表情を見ている二人からすれば、やっぱりそれは彼にしては珍しい驚きの表情だと言うことが解った。
「……別に、今までも貴様等の力を頼ったことはあったと思うが」
「そ、それはそうだが、貴殿が私達に全てを任せるということは初めてではないか? 今まで確かに貴殿に場を任されたことはあったが、しかし、それはあくまで貴殿の計画の内だった……。こんな風に、全てを任せると言われたのは、その、初めてだ」
「そうだったか? ……そうだったか。まぁ、俺の戦いは先も言ったがアゼスとの戦いで終わっている。この場所を使っての戦法も、思いつかないわけではないが、しかし、小手先は奴には通じまい。そういう点からもルヴィリアの方がまだ可能性がある」
「ま、まぁ、確かにそうだろうけどさぁ……。ホント君ってサッパリしてるよね。もうちょっと葛藤とか、いや、あるワケないか……」
「何だ? あるにはあるぞ。ブルースライムを撫でるにはまず上から撫でるか下から撫でるかという葛藤が」
その葛藤、カットで。
「まぁ……、それにしても問題はリゼラだな。貴様等やローのように独自の答えを持つのならば良いだろうが、奴も如何に自己の強い性格とは言え同等に魔王としての矜持があるし、奴自身も初代魔王に陶酔している。それに魔族からすれば魔族三人衆のように初代魔王に味方する方が正しい方向性というものだ」
「リゼラ様か……。確かにあの方からすれば貴殿は敵だが……」
「うん、ローちゃんやシャルナちゃんみたく解りやすいと苦労しな、おっと覇龍剣はしまうんだ。……まぁ、やっぱり一回きちんと話し合ってリゼラちゃんの意見も聞いた方が良いと僕は思」
「その前に処分するしか……」
「「平和的方向でお願いします」」
「それは奴の選択肢次第だな」
緑葉野菜をカットする包丁の切れ味が微妙に上がった気がする。殺意はその数倍高い気がする。
ルヴィリアとシャルナはこの時点で直感していた。――――『あ、これ魔王が二人死ぬ』と。
「尤も……、奴自身の選択肢は残しておいたつもりだが」
「選択肢、というと……」
「見慣れすぎて忘れたか? そも奴の姿は俺自身が封印したものだぞ。当然、その封印を抑え込むだけの力が俺にはもうない。つまり……、奴は戻ろうと思えばいつでもあの姿に戻れるということだ。全盛期の、『地平の砂漠』で魅せたあの姿にな。あの時のように俺自身を封印する必要も、もうない」
「あ、あぁ、そうか、そう言えばそうだったな……。リゼラ様も御選択なさる時が近」
「ごはんいっぱい食べれるから小さい体のままとか言い出しそうなんだけど」
「………………」
「……………………」
「………………………………否定は、できん」
事実はいつだって悲しいものである。
「だが、それも奴の選択だと言うのなら拒絶はしない。初代魔王に味方して俺に殺されるか俺達に味方して俺に始末されるかの違いだ。……最終決戦目前、最後の飯ぐらい美味いものを喰わせてやるだけ慈悲があるな、俺も」
「あぁ、今日の夕飯やたらと豪華なのってそういう……。でも間違いなく君に慈悲はねぇよ……。あるのは殺意だけだよ……」
「貴殿、一応リゼラ様も、まぁ人質という建前ではあったがこの旅でところどころ活躍されたことはあったし、あのお方のお陰で乗り越えられた困難もあったのだからそのような扱いは……。もうちょっと、せめて、三分割ぐらいで……」
「……確かに、貴様の言うことも一理ある。奴のクズさと小物さと不死身さは、極一部、それこそ砂粒よりも小さなモノだが、いや砂粒を研磨し尽くして残った僅かな、それすらも定かではないが、いや恐らく残ると思われる、残る可能性があるかも知れない残ったかも知れないそもそもそれが存在していたのかどうか怪しいし無というものが存在するのかどうか怪しい次元の、如何に確実性があるかどうかという、もしかしたら砂粒なんてこの世には存在しないんじゃないかというほど僅かな」
「結論でお願いします……」
「……ゴホンッ。まぁつまり、確かに評価できる部分はそれぐらいある。だが考えてもみろ。果たして奴の功績と裏切り、どちらの回数が上だ?」
「「…………………………………………………………………………こ、こうせき」」
「優しい嘘は誰も救えないのだぞ」
そりゃ今までの勇者抹殺ミスの回数や裏切り、保身などの回数を考えれば自ずと答えは出て来るというものである。
やっぱり魔王は死ぬしかないらしい。さらば魔王、きっとあの世でも元気にやることでしょう。
「……ええい、話が逸れた。あの阿呆の選択など知ったことか。一人で決められないほど未熟な阿呆か、奴が」
「君も何かと言ってリゼラちゃん信用して、アッ何でもないですやめて睨まないで待って勘弁して君のガチ睨み魔眼並みの威嚇能力あるからやめてやめてホント勘弁してアッアッアッうぅおぅううス、すら、スライムぅううああああ……」
「落ち着けルヴィリア気をしっかり持て! 奴のスライム波動に飲まれるな!!」
「ふん、リゼラもリゼラだが貴様等も大概だな。これならまだローの方が余ほど利口……、でもないか」
肉から吹き立つ脂を救って様子を見つつ、彼は鍋に蓋を被せて新たにサラダの調理へと取り掛かった。
鍋はこのまま置いておいて肉に脂と肉汁を出させつつ、後々作るデミグラスソースに加えるらしい。香辛料を予め加えたのは肉の生臭さを消すのと、脂のくどさを抑えるためなんだとか。
「ステーキとサラダと他に何品か……、リゼラとローが持って来るモノをデザートに考えても、あと一品は欲しいな。おい、シャルナ、そこの瓶を取ってくれ。いっそのことだ、今日はそれも使ってしまおう」
「え? あぁ、この瓶……、あっ、米じゃないか。まだあったんだな?」
「『凍土の山』で食料を根刮ぎ食い尽くされたからな、『星空の街』で少し高かったが他の食材同様に購入しておいたんだ。そのお陰で家計簿の数字が……、いや、やめておこう。考えるだけ頭が痛くなってくる……。あの書はスライム神教の魔書に指定しておいてやろうか……」
「やめなよ全国の主婦が異教徒化しちゃうだろ……。けどまぁ、別に良いんじゃないかい? この旅が終われば家計簿を覗くことも頭を悩まされることもなくなるんだ。あの『深き森』を超えれば全部ーーー……、なーんて……」
不意に、その言葉に詰まったルヴィリアと同じく、米の入った瓶を掴むシャルナの腕も動きを止める。
――――それは、当然にあるものだ。何事にも始まりがあれば終わりがあるように、この旅にだって終わりはある。そんなこと、この北の大地に入ってからずっと解っていたことじゃないか。フォールが目的を達成すればこの旅は終わるのだ。
だが、いざそれを前にすると、何故だろう。少しーーー……、寂しく思える。
「今更、何を当然のことを言っているのだ貴様等は」
しかし、そんなシャルナの手からフォールは瓶を奪い取って。
「そんなもの、所詮一つの区切りに過ぎん。始まりがあれば終わりがあるのなら、終わりがあるのなら始まりもあるということだ。過ぎる過去に憂いを持つな。来たる未来に希望を持て。……過去は取り戻しがつかないが、未来なら変えられる。違うか?」
「フォール……」
「良いこと言ってる風だけど君が『希望』って言うと詐欺にしか聞こえないよね……」
包丁、一閃。ルヴィリア、回避。
「……勘の良い奴だ」
「やっぱコイツ勇者じゃねぇよちくしょう! ただの悪魔だ!! 魔族より悪魔だ!! こんな外道生かしておく方がよっぽど危険だぜオイ!! あと一歩で棺桶行きだったよ僕ぅ!?」
「いや今のは貴殿が悪いような……。思っていても口にしては、いや何でもない」
「……忘れるなよ。アゼス戦で使わなかった毒はまだ俺の懐の中にあるんだからな」
シャルナとルヴィリアはさっと口を噤む。この男ならマジでやりかねない。
なんて考えている内にも、フォールは米を炊くと、その間に何やら調味料と卵を和えて器に流し込んだりと晩餐への準備を進めていく。まぁ、彼の手際が良すぎてシャルナもルヴィリアも先程からそうしているように調味料を持って来るぐらいしか役割がないワケだが。
さて、それはそうとルヴィリアは不意に開いた僅かな隙間を埋めるように、わざとらしく思いついたフウを装って無理やり話を紡いできた。
「あぁ、そうだ。未来と言えば君たち子供の名前は決めたの?」
覇龍剣、一閃。ルヴィリア、直撃。
「…………貴殿、今、何か聞いたか?」
「いや? 調理に夢中で子供の名前をどうするかしか聞こえなかった」
「バッチリ聞いてるじゃないかクソァッ! 生かしておけないのは貴殿の方だこの変態め!! 今すぐこの覇龍剣のサビにしてくれる!! この平原の草木に栄養として吸い尽くされるが良い!! きっと醜い花が咲くだろう!!」
「だって仕方ないじゃんしょうがないじゃあん! 今まで後押しに苦労してきた僕なんだからそれぐらいの権利はあっても良いじゃないかぁ!! 『星空の街』で大団円ハッピーラブラブエンドを迎えたんだろ君達ィ!! と言うかもう直撃しててHP1しか残ってないんだけど! 瀕死なんだけど!!」
「言い方を謹め変態がァ!! 確かにその点は感謝しているがそれとこれとは話が別だ!! その根性で残ったラストゲージも私が粉砕して」
「ところで彼のネーミングセンスを思い出して欲しいんだけど」
「貴殿、やはりこういうのは事前の話し合いが大切だと思うんだ」
「素晴らしい掌返しだな。その調子でこのフライパンの生地も焼いておけ」
ちなみに歴代のネーミングはスラ太郎、スラ子、スラ美、太郎である。
「そもそもどうして来たる決戦について話し合っているというのにそんな話が出て来る? ただでさえリゼラの話で内容が逸れたのだ。方向性を戻せ」
「いやいや、シャルナちゃんにとってはこれも充分決戦だぜ? それに対カルデアに関する策略ならこの智将の頭の中で絶賛思考中さ。そもそも僕達に一任したのは君だろう? つまり方向性を決める権利は僕達にある!」
「それは計画の話であって話題の話ではない。論点をすり替えるな刻むぞ」
「やっぱり殺意しかないじゃないか……」
「第一、その内容であればこの戦いが終わってから幾らでもすると言ったはずだ。シャルナからの告白の返事もな」
「………………」
「な、何だ! そんな目で見るなルヴィリア!! 違うもん! いや、ちょ、『まだ答えも貰ってないのに気が早いんじゃないか』みたいな目で見るなァ! ヤメロォ!! ちが、違うぞ! 違うもん!! 外堀から埋めようとか思ってないもん!!」
「フォール君、君さ、百歩譲ってローちゃんまではセーフかもだけど、他の女に現抜かしたりするなよ……。絶対刺されるぜコレ……」
「家に帰って背中を見せたらドスリか……」
たぶん一番ヤベェ四天王だと思います。
何はともあれ、そんな話をしている彼等の元から上がる煙もあるというもの。和やかに、けれど賑やかに刺す刺さないの夕食会議は段々と夜の帳を深めていく。空に浮かぶ星々はまるでその様へ微笑む、いや明らかに微笑める内容じゃないのだが、取り敢えず雲一つない様子で微笑んでいた。
これは刹那の安息。やがて途切れ、来たるであろう決戦に向けて、最後の微睡み。彼等を照らす星々のように明るく彩々に輝く、僅かな時間。白きか黒きか雲がかかり、全てを塗り潰してしまうまでの、嗚呼、数えるまでもない時間なのだろう。
しかしこの刹那だけはーーー……、本の少しの間だけは彼等にもきっと、安寧が与えられることに違いない。
「ところで子供は野球チームか? サッカーチームか? 何ならフットボールでも良いのだが? だが!!」
「……フォール君、君けっこう早死にしそうだね」
「不穏しかない……」
たぶん、きっと、メイビー。




