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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
氷河の城(後)
401/421

【プロローグ(2)】


 これは、永きに渡る歴史の中で、雌雄を決し続けてきた勇者と魔王。

 奇異なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼等のーーー……。


「そう言えば最近、貴様の人外芸も多彩になってきたな……」


「妾、元から魔王なんですけど……?」


「……訂正、理外芸だな。分裂したり割れたりくっついたり、粘土より柔軟なんじゃないか」


「御主テメェ人を引き裂いてもくっつく化け物みたいに言いやがって! 大変なんだぞメッチャ痛いし!!」


「まぁそれはそうだろうが……」


「そもそも妾は誇り高く誉れ高く崇め高き魔王なのだぞ!? 理外の頂点にいるのは当然だが、さも悪い意味で化け物扱いしおってからに! 化け物は化け物でも凄い化け物なんじゃぞ妾は! 一々分裂とか分身とか好き好んでしてるわけじゃねぇっつーの!!」


「「「マオー!」」」


「ほら妾小隊もそう言ってる! お菓子奪取ご苦労!!」


「そういうところだぞ。……ちなみに菓子盗みは夕飯抜きの刑だが」


「「「「やだぁあああああああああああああああああーーーーーーーー!!!」」」」


 激動の物語である!!



【プロローグ(2)】


「ホンットふざけんなよあの勇者ぁああああああああああああああーーーーーーッッッ!!!」


 絶叫響き渡る街の中央、ピンク色のルヴィリア像。見るからに卑猥なその像の頂点には、簀巻きにされた像と全く同じ顔の者がいた。いや像の得意げなそれとは違って絶叫塗れ涙塗れの見るに堪えない表情なのだが、姿形だけは全く同じ彼女の姿があった。

 ただ吊されているだけなら、ここまで狼狽えることはあるまい。勇者への恨み言を吐くのはいつもの事だとしてもここまで取り乱すことはあるまい。

 彼女目掛けて軍隊蟻のように登ってくる女達の姿さえなければ、泣き叫ぶ理由など、あるはずもなかったのだ。


「はよ! はよリゼラちゃん叩き落として!! 来られたら終わる!! 来られたら終わる!! 僕が色々と終わる!! 簀巻きにされても動けるバイタリティはリゼラちゃんだけなのぉ! 助けてぇ!!」


「えぇいどうして妾がこんな亡者の群れ共を相手にせねばならんのだ!? 御主もう突っ込めよ! 御主になら御褒美じゃろーが!!」


「過ぎた御褒美は拷問だよぅ! 欲しいものは欲しいだけ欲しいから欲しいモノなんだぁ!!」


 現在の状況をどう説明したものか迷うところだが、端的に言えば像の上に吊されたルヴィリアとそれを目掛けて群がる大量の女性達、そしてそんな女性を必死に叩き落としてルヴィリアを守る魔王様という何ともカオスな光景、と説明すべきだろうか。

 どうしてこんな事になっているのかと言えばクソ勇者の一言で片付くワケだけれども、如何せんこの場にその勇者の姿はない。ついでにこの状況を打破できるであろうシャルナの姿もない。

 つまり、最悪のピンチである。


「ルヴィリア様ぁ! またあの夢のような時間をくださぁ~い♡」


「ルヴィリア様! 私、あの時からずっと貴方のことが忘れられなくて!!」


「ルヴィリア様! 好きです!! 貴方の貴方が好きです!! さぁ、今すぐ私と一晩を共に!!」


「やだぁ! またあんなの味わったらホントに駄目になっちゃうのほぉ!! リゼラちゃん助けて! はよ登ってくる子叩き落として!! このままじゃ僕ホントに駄目になっちゃうぅ!!」


「これもう御主の自業自得だし妾逃げて良い? 明らかに妾被害者だしもう逃げて良い?」


「やめてぇ! 泣くよ? ホントに泣くよ!? 僕のマジ泣き見せてやろうかオラァ!! 軽く半年は引き摺るぞコノヤロー!!」


「えぇい鬱陶しい奴め! そもそもこの状況を巻き起こしたあのクソ勇者は何処に行った!? 妾達を囮にしやがったくせに安全確保は自己責任じゃと!? あの野郎ぜってぇ赦さねぇ!! ブラック真っ直中じゃないか!!」


「ブラック通り越して拷問ですけどねこれぇ!!」


「あの勇者自体がブラック通り越して漆黒の闇だからな!? と言うか御主も御主じゃ! 魔眼使えや魔眼!! 折角のチート権能をここで使わずしていつ使うのだ!? この鬱陶しい女共をさっさと追い払え!!」


「空間の保持だけでメチャクチャ使ってたのに、さっきフォール君にまた使わされてもうスッカラカンだよぅ!! ちくしょう何だよ搾り取られるなら外道クソ野郎じゃなくて可愛い女の子に搾り取られたかったよぅ!!」


「え、マジ? おーい下の女ども! ルヴィリアが搾り取られたいってー!!」


「「「わぁーい!!」」」


「そっちはとっくにスッカラカンだからやめてぇ! もう搾り取れないのぉ!!」


 色々と最低すぎる会話だが事実として二人は途轍もない危機にあった。

 銅像に吊された二人に群がる、まるで飢えた獣の檻に肉を一枚だけ放り込んだかのような惨状は、像から落下すればどうなるかを明確に物語る。乾涸らびるだけならルヴィリアも経験済みだが、その枯渇から快復する間もなく永遠搾られ続けるなれば流石に彼女も御免だろう。

 しかし、このままではそうなってしまう。一度肉の味を覚えた猛獣ともなれば二度目に慈悲など存在しない。ただ、欲望のままに貪り尽くすだけだ。

 少なくともルヴィリアの知るこの世界のテーマになったゲームはそういう世界である。主人公が如何に彼女達の被害に遭わず脱出できるかというものでーーー……。まぁ、三人以上に囲まれればゲームオーバー必至というゲームで百人以上に囲まれたらどうなるかなど、それこそ言うまでもあるまい、ということだ。


「おいコラ痴将! この場をどうにかする案ぐらい出せ!! 御主の専売特許じゃろうが!!」


「やめてよその呼び方マジで通例になりそうで怖いからぁ!! とは言っても、こんな状況からの脱出なんて不可能だ! せめて誰かが囮になって注意を引き付けてくれれば話は別なんだけど」


 魔王様、満面の笑みで縄に牙を突き立てる。


「やめろやテメェこの魔王! ちょっとは部下を救おうとは思わないのかい!?」


「うるせぇ御主辞職予定じゃろーが!! 安心して死んでこい葬儀代だけは出してやるわウェヘヘヘヘヘ!!」


「魔族はホワイト企業って触れ込みは何処に行ったんだぁ! 助けて側近ちゃん君がいないとこの魔王ただのクズだよぉ!! 解った、取引しよう取引! ここで僕を見捨てなかったらリゼラちゃんのペットになってあげるから! ね!? 三食昼寝付き夜のお散歩と色々なお世話を是非ともお願いしま」


「ちょっと頭冷やしてこい」


「やめてェ落ちるゥ!! やめて魔王様ぁ!! お願いだからホントやめてぇ!! ちょっと落ちたいなって思ってる自分が出て来てるからホント待ってェ!!」


 いっそのこと落とした方が早いんじゃないかと思うところだが、ここで彼女達のピンチにとある人物が駆け付ける。

 そう、リゼラとルヴィリアを囮に何処かへ消えていた勇者である。彼が像辺りを見渡せる建物の屋根に堂々と参上したのだ!


「出たな勇者カスゥッ! 助けろ! はよ助けろ!!」


「待ってリゼラちゃんもうちょい下手に出ないと見捨てられるかもだよ!?」


「阿呆め、奴など自分の目的優先なのだから下手に出ようが上手に出ようが大差ないわ! オラはよ助けろスラキチ勇者!! はよしないと化けて出るぞ? 化けて出るぞ!? 解ってんだろうな毎晩だろうと枕元の夜食喰い尽くしてやるからな!!」


「枕元に夜食置いて過ごしてんのはリゼラちゃんくらいじゃないかな……」


 なお夜食は毎回ローに喰われて大喧嘩していることを追記しておこう。

 それはそうと、暴れ狂い助けを求める彼女達に対し、フォールは猛獣共に気付かれないようハンドサインを送ってきた。どうやらリゼラ達に伝えたい何かがあるらしい。


「え、何あのハンドサイン。妾知らんのじゃけど」


「え、僕も知らないよ? 何あれ」


『←・→・A・B』


「「マジで何だアレ……」」


『スライム式コマンドだが……?』


「「解るかそんなモン!!」」


 至極不快そうに舌打ちし、別コマンドによる伝達を試みるフォール。

 最近、スライムの存在が概念に達しつつあるが些細な問題である。


『時間稼ぎご苦労だった。こちらの目的は達することができたので安心して欲しい』


「おぉ、何じゃあ奴やることちゃんとやってるじゃないか」


「何でだろう。それイヤらしい意味にしか聞こえないんだ」


『では続いて貴様等の救出に移ろうと思う。かなり過酷を極めるが貴様等も死なないよう努力しろ』


「今から何やるかはもう考えたくないが、そもそも高速で動き回るアイツが無様過ぎて頭に入って来ないんじゃが」


「やめようよ聞こえたら殺されるぜ」


『そしてリゼラは殺す』


「「聞こえてた……」」


 さらば魔王、暁に死す。


『兎に角、今の状況を端的に伝える。こちらの目的は達したが悪夢を打倒することはできなかった。つまりこの世界からは脱出できない』


「「はぁ!?」」


『なのでルヴィリア、貴様に魔眼を使って無理やり次の世界へ介入してもらう。この世界に保持している空間を破棄すればそれぐらいの魔力は捻り出せるだろう?』


「ザッケンナオラー! 確かに無理すりゃいけるかも知れないけど、そんな事したら僕がどうなるか」


『なお選択権はないものとする』


 フォールが掲げてみせたのは一つの瓶だった。

 薄ピンク色の液体がたっぷり入った、何やら厳重に封印された瓶で、見るからにヤバそうなブツであることが解る。事実、それを眼にした瞬間にルヴィリアの表情は液体とは正反対の真っ青な彩りへと染まっていくのだから。


「え、何あれ」


「……さっき言ってた、僕がフォール君に作って上げた、女の子達に有効な秘密兵器です」


「ほう、何だあ奴め口でとやかく言っておきながらきちんと手段は用意しているのではないか! 何じゃ、麻酔か、睡眠薬か? それで女共の動きを封じてから妾達を救い出すという算段で」


「媚薬です」


「なんて?」


 媚薬です。


「だって仕方ないじゃあん! この世界のテーマ的に麻酔とか睡眠薬とか効果あるかどうか怪しかったんだもぉん!! だったらテーマ通りの薬で動きを封じるのが一番確実だったんだよう! 女の子達の動きを封じる何かを魔眼で生み出さなきゃ今すぐ女共の前に放り込むって脅されて仕方なく! 仕方なく!!」


「本音は?」


「動きを封じるアイテムが媚薬ってエロいじゃん」


 リゼラ、ビーバー顔負けの超速ロープ切断開始。


「やめてぇ! 死んじゃうのほぉ!! ホント死んじゃうのほぉ!!」


「うるせぇこのド変態がァ! 諸悪の根源どう考えても御主じゃねーか!! オラさっさと落ちろ! さっさと落ちて妾の為の生贄となれ!! あんな量の媚薬放り込まれたら下の女共がどうなるか解ったモンじゃねぇわ!!」


「やめてぇ! 罵倒は気持ち良いけど落ちたらマジで堕ちるのぉ!! リゼラちゃんは良いのかい、信じて送り出した四天王があられも無い姿になって人様に見せられないような顔のままWピース決めちゃっても!!」


 ガガガガガガガガガガガガガガガガがガガがガッッ!!


「うわぁ一切容赦ねぇこの魔王!!」


 残念ながら当然である。

 彼女達の醜い争いここに極まれり。このままではこの世界に唯一干渉できる魔眼で無理やり脱出するどころか、その持ち主があられも無い姿になって人様に見せられないような顔のままWピース決めちゃうことになるのだが、そうはさせないのが我等の勇者である。

 そう、勇者はルヴィリアを救うべく、決死の覚悟でーーー……。


「「えっ」」


 とかは面倒臭いので、瓶を投擲。


「ちょ、おま」


 ――――パリンッ。

 余りに呆気なく砕け散った瓶は爆煙かと見紛うほど瞬時に辺りへ蔓延した。像どころか街の中央地一帯を覆い尽くし、薄ピンク色の煙が真っピンク極まりない銅像も建物も道も噴水も何もかもを一気に覆い尽くしたのである。


「お゛、ほぉっ……♡」


 そこから始まるのは当然ながら妖艶に淫らな地獄絵図、というワケでもなく、女性達は呻き声を上げてその場に蹲るばかり。

 いや、女性達ばかりかルヴィリアまで簀巻きにされたまま女性とは思えないような呻き声を上げているではないか。なおリゼラは爆煙の衝撃で落下して角を地面に突き刺して逆立ちしたまま気絶しているので安心して欲しい。


「こ、これは、貴殿、いったい……?」


「さぁな。全員が股間を抱えて蹲っている辺りあまり考えたくはない。……が、扉は開いたようだ」


 フォールが指し示すルヴィリア像の太股辺り、いや正確に言えば股間なのだが敢えて太股辺りと言う事にしておいて、そこに見慣れた光の扉とはまた違う、けれど同じ輝きを放つ亀裂が現れていた。

 実際のところルヴィリアの魔眼により作成させた媚薬の一部を彼女に還元することでこの世界から脱出するだけの魔力を与えるのがフォールの目的だったわけだが、脅しまで着けて次世界への道を開かせたのは、たぶん、この世界を彩った変態に対する嫌がらせ以外の何ものでもないのだろう。


「シャルナ、ルヴィリアとそこで死にかけている魔王を回収してこい。この幻想世界の基盤になっているという世界へ進むぞ」


「あ、あぁ。……しかし貴殿、本当に良かったのか? この世界で、何と言うか、その」


「理由あってのことだ。……むしろ、俺に残された手はそれしかない」


 そう言い残すと、彼は迷うことなく光の亀裂へと歩んでいく。足元で股間を押さえたまま人に見せられないような蕩け顔で涎を垂らしながら爪先までピンと張って痙攣する女達にできるだけ触れないよう慎重に、歩んでいく。


「あ、ま、待て貴殿!」


 後を追ってシャルナも急ぎリゼラとルヴィリアを回収、いやルヴィリアは『今触られたら本気で堕ちちゃうからダメ』と拒否したので覇龍剣で引っ張っていくことになったりしたけれど、取り敢えず次の世界へ進んでいった。

 結局、フォールがこの世界で何をしたのか、そしてルヴィリア達を囮にとってまでしたかった事は何なのかは不明である。ただ、彼には必要だった。ルヴィリアとリゼラを囮に女達が群がる数十分が必要だった。

 その僅かな時間がいったい何を意味するのか。そしてこの世界の悪夢を破壊できなかった理由は何なのか。

 これ等の答えが導き出されるのはーーー……、決してそう、遠くない刻の後であろう。



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