【6】
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誇り、というものがある。
我等は誇りの為に生きるのだと、私は思う。
誇りを持たぬ者は肉塊だ。喋る糞袋だ。生きているのではない、死ぬ為に歩く屍だ。だから私は誇りを持つ。生きる為に、生きているという証の為に誇りを持つ。
それがこのシャルナ・リュウエンの生き様だ。剣技にのみ全てを賭けた、我が生き様だ。
「…………」
だと、言うのに。
「だから肉よかイベントを大事にしろよイベントをォ!!」
「何を言う。飯とて毎日三回しかないイベントだぞ」
「毎日あるなら一回ぐらい良いじゃん!!」
「毎日続けることが健康の秘訣だ」
「嘘つけ御主どうやったって死なねぇだろ病が土下座して首を差し出すわ!!」
こんな、こんな巫山戯た連中に、負けたというのか。
自身の剣技が全く通用しなかった。いや、違う。あの男の剣術は粋の素人だった。幾度となく武器を叩き落とし、首根に刀身を突き付けることはできただろう。
だが、奴はーーー……、あの勇者を名乗るフォールとかいう男は、それ等全てを防いで、いなして、弾いてみせた。まるでノロマな羽虫を指先で潰すように、『おたま』で。
「……私は」
今まで何の為に鍛錬を繰り返してきた? 何の為に技を磨き上げてきた?
鍛錬を怠った日はないはずだ。技を追求しなかった日もないはずだ。
師から授かった剣の素振りを欠かした日も、筋肉トレーニングをしなかった日も、精神統一を忘れた日だって、ないはずだ。毎日を己の強さのためだけに費やしてきたはずだ。
だと言うのに、何故、勝てなかった。退屈だと言わんばかりに弄ばれて、負けた? ここまで圧倒的に、敗北した?
「……ぅ」
求めていたのではないのか、強者を。
強者だ。彼は間違いなく強者だ。手も足も出なかった。遊戯のように圧倒された。
彼は、自分が求め続けてきた強者だ。
――――なのに。
「う、ぅっ……」
違う。自分が求めてきたのはーーー……、拮抗した戦いだったのだ。
強者たろうとしたのではない。強者である自分に酔っていただけなのだ。
自分は、所詮、それだけの、存在。
「う、うぅぅう~……」
ファンシー部屋から聞こえる、褐色筋肉ダルマのすすり泣き。
言い争っていた勇者と魔王も流石にその様子が気になったのか、そちらにちらりと視線をやると、互いに向き合った。
「……どうして泣いているんだ。奴は」
「勇者は人の心が解らない……」
「魔族だろう、貴様等は」
「黙れ鬼畜野郎。あのな、シャルナは四天王の中でも一番真面目な奴で、しかも堅物だったのだ。魔王城まで徒歩で来て徒歩で帰って即鍛錬とかいう筋トレ狂いだったのだ……」
「成る程、つまり歩かせれば良いんだな?」
「うるせぇ。……シャルナはな、己を高める為に日々を過ごしていたのだぞ。会議中でも筋トレしたいのが隠し切れなくてそわそわしてるし、お手洗いにとか言ってちょっと席を外したら指先懸垂で廊下走ってるし、資料捲るの遅いなと思ったら腕に鋼鉄の輪つけてるし……」
「……そうか、そういう事か」
「おぉ、やっと解ったか!」
「あぁ、つまり……」
勇者フォールは運転席からサッと手を伸ばし、通りすがりにあった枯木の大樹を捻り切った。
メルギュグシャッという、もう何と言ったら良いか解らない音と共に車体はがくんと傾き、衝撃で危うく一回転し掛ける。走行中に窓から手を出すのは危険です。
しかし、それでも彼はいつもの無表情で得意げに、と言うか満足げに、その樹木を掲げながら、一言。
「トレーニングがしたい……、と」
魔王は大きく、大きく、とても大きくため息を零し、にこやかに答えた。
「そうだよ」
違います。




