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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
氷河の城(前)
399/421

【3】


【3】


「……さて、ここが次のステージか」


 魔王死亡から数分後、フォールは次なるステージを訪れていた。

 先刻のあの頭がおかしくなるような、と言うか実際おかしかった楽園と荒野のような異常地帯ではなく、ごく普通の小高い丘のようだった。気候も穏やかで草原の草々がなびき、丘の上に一本立った小さな木とその隣の木造の民家が目立つ、平和と名付けられた絵画に描かれるような、長閑な景色である。


「何じゃここ?」「御伽噺にでも出て来そうじゃのう」「さっきの花畑とは違うのか」「見るからに平原じゃな」「おいあの家の外に畑があるぞ」「え、マジ?」「じゃがいもと人参じゃ!」「喰おうぜ!」「いや待て、家の裏に薪が置いてあるぞ」「何者か住んでおるのか!」「警戒しろ!」「警戒じゃ!」「警戒せねば!」「「「家の中にもっと美味いモノがあるかも知れぬ!!」」」


 フォールの足元でぎゃあぎゃあ喚く、数十体近い魔王がいなければ、だが。


「……いい加減に戻れないのか、それは」


「御主のせいじゃろーが!」「爆発で分裂しちまったからのう」「分裂からただで戻れるわけねーじゃろうが!」「腹減った」「オラ飯寄越せ飯」「なぁこの草喰えぬかのう」「さっさと畑荒らそうぜ!」「だからその前に家の中の飯じゃろーが!」「素材よりまず調理させて喰うんだよ!」「グルメ志向! グルメ志向!!」「おい、あの木に果実がなっておるぞ」「何かブランコもある」「果物とか野菜より肉喰いてぇんじゃが」


「まぁ……、うむ。普通は爆発したら死ぬものだと思うのだが、まさかミニマム分裂するとはな」


「「「「「「テメェやっぱり殺すつもりだったんじゃねーか!!」」」」」」


「事故だ」


 事件です。


「それよりこの空間だ……、貴様はどう思う」


「妾に聞くな」「どうせ幻影空間じゃろ」「しかしさっきとは全く異なるのう」「基本ルヴィリアの創り出した夢世界とは方向性が違う」「複数の種類があるってことはアゼスの創り出したモノではないじゃろうな」「つまり何か? さっきの空間は妾の夢だったと?」「他人の夢を媒体にした幻影魔法か。考えたのう」「と言うかこれルヴィリアのパクリじゃね?」「まぁ他人を媒介にして最後は悪夢で憑き殺すつもりじゃろアレ」「パクリだ」「パクリじゃな」「やーいパクリ四天王ぇぼぶっ」「妾が死んだ!」「妾ぁあああーーーーー!!」


「全般的にうるさい……。つまりこの空間にも先程の貴様のように誰かがいる、ということだな? と言うよりはこの空間自体がその誰かの夢ということになるが」


「「「「「だいたいあってる」」」」」


「同じ顔が何十個もあるのはまだ良いが、貴様の顔という辺り頭痛が酷くなるな……。それより、ふむ。当然、その誰か(・・)はあの家にいると考えるべきだろう。夢の世界ステージと言うぐらいだ、貴様の世界と同じく願望を具現化したような世界だろう……。誰だと思う?」


「「「「「シャルナ」」」」」


「だろうな」


 選定と言うより消去法なのだが、先程の喰っちゃ寝願望が具現化したような世界ならリゼラのものと判断できる。残り三人にしてもルヴィリアならばもっとろくでもない世界だろうし、ローのように野生一辺倒な風ニモ思えない。

 ならば残るのはシャルナしかいないだろう。彼女ならば、まぁ、こんな平和な世界をイメージするのも納得できる。


「さて、乗り込むとするか。この世界にどんな願望と悪夢が待ち構えているかは知らんがな」


「飯じゃ!」「飯だ飯だ!!」「よっしゃ畑の収穫していこうぜ!」「木の果実も取っちまえ!」「おい妾が野菜つまみ食いしておるぞ!!」「何じゃと? 吊せ吊せ!!」「これより裁判を開廷する!!」「嫌じゃー! 妾は無罪じゃー!!」「はい死刑! 野菜を取り上げて妾に献上しろ!!」「ふざけるな裁判長ー! 越権行為だー!!」「妾にこそ献上すべきじゃろ!!」「妾じゃ妾じゃ!!」「暴動だー! 暴動を起こせー!!」「反逆だー!!」


「一匹残して残りは畑に埋めるか……」


 たぶんその方が世界的に平和になるので是非そうして欲しい。

 兎も角、丘の上に登って小さな民家へやってきたフォールとミニマム魔王たち。民家の中には人影があり、恐らく誰かいるのだろう、とんとんとんと規則的にまな板を叩く音が聞こえてくる。昼食の準備をしているのかシチューの甘く蕩ける香りも一緒だ。

 足元で『シチューだ』とか『喰い尽くせ』とか騒いでいるミニマム魔王は放っておくとして、フォールは取り敢えず扉に手を掛けて開いてみる、とーーー……。


「あ、フォール! 帰ってきたのか!」


 エプロン姿のシャルナが、お出迎えしてくれた。


「今日もご苦労様だったな。ほら、ご飯用意してるから手を洗ってこい。まだ貴殿ほど美味くはできないが……、あ、い、いや、あ、あなたほど、ではないが? なんて、えへへ……」


 突き刺さるミニマム達の視線。真顔で硬直するフォール。


「そ、それよりお腹も減っているだろう? 早くシチューを作らないとな! あと少しでできるからな! 今日はルッブル鳥の胸肉を使ってみたんだ。少し生臭いだろうが、味は抜群だぞ!」


「……そうか。灰汁抜きと塩染めはしたか?」


「もちろんだ!」


「なら良い……」


 るんるん気分で満面の微笑みを浮かべながら、彼女はエプロンを翻してキッチンに戻っていく。

 そんな様子へ言及することなく、と言うかできずに、フォールとリゼラ達は取り敢えず席に着いた。いやミニマム達は席に着いたっていうか食卓の上に群がっているのだが、取り敢えず着いた。


「「「「「……何か古い友人の家に行ったら当時のポエム帳見つけた気分じゃわ」」」」」


「解りにくい例えをするんじゃない……。どうやらこの空間はシャルナの世界ステージという認識で間違いなさそうだな」


「見るからに幸せな家庭ってヤツじゃの」「しかも新婚夫婦っぽい」「妻がシャルナで夫がフォール」「悪鬼の巣穴の間違いじゃね?」「どっちが悪でどっちが鬼じゃ?」「「「両方フォール」」」


「埋めるぞミニマムども。……しかし、貴様の世界に比べれば随分平和だな。頭のおかしい光景も頭のおかしい生物もいない。いるのは頭のおかしい魔王どもだけだ」


「「「「「お前にだけは言われたかないわ!!」」」」


 どっちもどっちと言う話は兎も角、彼等の座す食卓周りは、と言うよりこの家自体が外から見た通り何の変哲もない民家だった。

 家の中は豪華な装飾などなく質素寄りではあるものの、温かい、初めて見るのに懐かしさすら感じるような空間だった。きっと箪笥の上や窓の近くに飾られた家族の似顔絵や何処か古びたスライム人形の数々がそうさせるのだろう。

 幾ら夢の仮初めとは言え、まさか『最強』の四天王と悪逆非道の勇者が共に過ごす家とは思えない。


「さて、ここからどうするか……。料理を待っても良いのだが、できればさっさと解決したいのだがな。シャルナにも正気を取り戻させねばなるまい」


「……なぁ、その前に一つ良いか?」「うむ、確認しておきたいのじゃが」「いやある意味確認したくないけども」「しかし聞いておかねばなぁ」


「何がだ」


「「「「「いや、子供は?」」」」」


「………………」


 それを聞くか、と言わんばかりに苦々しく表情を歪めるフォール。

 しかし無理もあるまい。この家の中の光景を見ていてもそうだし、外にある木にぶら下がったブランコの事なども考えれば当然気になろうというものだ。元より邪龍の末裔の魔族とは言っても人間と子供が成せないわけではないし、初代魔王の身代であり人間と魔族の中間たるフォールならば尚更だ。と言うか、まぁ、辺りに転がる子供が遊ぶような人形や剣の玩具などからして、それを想起するのは当然とも言えよう。例えリゼラでなくとも考えつくし、何より苦々しい表情をするフォール自身、その表情が答えと直結しているようなものだ。


「……別に、今見つける必要などはあるまい。重要なのはシャルナだ」


「もしかしたら子供が何かの鍵かも知れんじゃろーが!」「そうでなくともヒントにはなる」「情報を集めておいて損はないとかいつも言うとるじゃろ」「単純に気になる」「ご飯まだぁ?」


「余計なものは気にするなと言っている。おいシャルナ、飯はまだか」


「はいはーいっ! 今できるからなー!!」


「あ、逃げたぞコイツ」「へたれめ」「所詮は勇者か」「意気地なし」「ご飯きたぁ?」


 やいのやいのと魔王に文句を言われつつも、苦々しい表情でひたすら無視し続ける勇者。珍しく優勢に立てた魔王は文句を言い続けるも、その手にマッチが持ち出された辺りで黙るハメになったのは言うまでもない。

 さて、それはそうとフォールが急かした甲斐もあってか、意外と早く料理は運ばれてきた。彼等の予想通り美味しそうなシチューで、中にはごろごろとたくさんの野菜が入っている。

 魔王の興味もその料理の方に移ったようでフォールの眉根にあった苦々しさも多少は抜けた、かに思われたがーーー……。


「それじゃあ、あの子達を呼んで来るからフォールはお皿によそい分けておいてくれ!」


 その一言と差し出された四枚のお皿を前に、さらなる苦々しさを含むのであった。


「まさかの兄弟」「いや姉妹かも知れんぞ」「一太郎二姫の可能性も」「三兄弟か三姉妹か……」「シチューうめぇ」


「……シャルナ、その、何だ。子供達はまだ眠っているのだろう? 起きてからでも良くないか?」


「あ、逃げるつもりじゃぞコイツ!」「オラ黙らせろ黙らせろ!!」「かかれーっ!!」「よっしゃナイスじゃ妾! 剣を抜かせるな! マッチを燃やさせるな!!」「隠し味のピコの実が絶妙」


「ちぃっ! このクズ共が!! やはり貴様は先の世界で成仏させておくべきだった!!」


「ほらほら、喧嘩するんじゃない。フォール、子供達なら眠っているんじゃなくて上の部屋で遊んでいるんじゃないかな? 私が呼んで来るから、貴殿はそちらを頼むよ」


「やべぇ、所帯感でてる」「人妻シャルナか……」「筋肉の塊が慈愛の塊になっておるぞ」「こりゃフォールが苦手なタイプじゃな」「チーズも入ってる!」


 フォールとミニマムが争っている間にも落ち着いた足取りで二階へと昇っていくシャルナ。子供達を呼ぶ声は優しさと愛情に溢れており、まさか彼女からこんな初々しい声が出るものかと魔王達は驚愕する。

 しかし洒落になっていないのがこの勇者だ。毎度毎度、如何なる状況にも適応するくせに帝国後のペットのことと言い、『花の街』のエレナの結婚と言い、今回と言い、微妙なところは弱いこの男。まぁ、夢の世界で夫というポジションに置かれるだけならまだしも、その子供達を見るともなれば思うところもあるというものだろう。

 しかし、抗えない。かつての彼ならまだしも食料と興味と勇者への復讐を前にした魔王パワーには如何に勇者であれど抗えない!


「えぇいくそっ、こういう時だけ無駄な結束力を見せおって……! 飯を争え、飯を!」


「いや、飯はもう別の妾達が争ってるから」


「ワギャアアアアーーーッ! クレーーー!!」「アギャギャギャギャーーーーッ! クレェーーーッ!!」「うがぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」「うぎゃーーー! うぎゃーーー!!」「ああああきゃあ~~!」「ぎゃああーー!」


「……蟻や蝿でももう少し品性のある群がり方をするぞ」


 そこが魔王クオリティ。

 しかしそんな事を言っている間にも、二階からは子供達のものであろうパタパタと元気な足音、そして『シャルナの片付けてからにしなさい』と如何にも母親らしい声が聞こえてくる。もう間もなく、いや、数えるほどの時間すらなく子供達が降りてくる。フォールを『パパ!』と元気に呼びながら、降りてくる。

 フォールは最終手段と言わんばかりに全てを抹消せんとマッチへ手を伸ばす、が、そんな彼の危機へ救いの手が差し伸べられる! そう、救いって言うか、趣味の手が!!


「フォール!!」


「……ガッちゃん?」


 そう、誰であろうガルス、いいや、見た目だけはガルスである!

 しかしその表情は何処か淫らというか、艶めかしいというか、いつもの優しげな微笑みの中に妖艶さを感じさせる。体付きも何処となくしなやかで腰元から続く細いラインが引き締まった臀部を強調するようだった。

 その、見た目こそはガルスなのだが恐らく別人なのだろう、男はフォールを見ると輝くような微笑みを浮かべて、群がる魔王を押しのけ彼へと抱き付いた。


「フォール! 探したんだ!! あぁ、良かった。君が誘拐されてからいったいどれほどの年月が経っていたか……」


「……おい待て、誘拐? 何の話だ?」


「覚えてないのかい? 君は誘拐されたんだ! 僕達で旅をしようという時に……」


 その、瞬間。

 フォールとリゼラ達は、直感的にその殺気へ振り向いた。背筋が凍てつくような何かに振り向かずにはいられなかった。

 そして、そこにはいたのだ。二階への階段の影からこちらを見つめるーーー……、包丁を片手にしたシャルナの姿が。


「「ヒェッ……」」


 ぎしり、ぎしり、ぎしり。銀色に輝く刃と共に、彼女が階段を降りてくる。

 尋常ではない殺意を孕んだ眼と共に、ただ。


「ついに……、嗅ぎ付けてきたか……。泥棒猫め……。やはりあの時、確実に仕留めておくべきだった……。前々から怪しいと思っていたんだ……。貴様に私の夫は渡さない……」


「それはこちらの台詞です! 僕にとってフォールは他の誰よりも大切な人なんだ……。僕達は悪しき鬼女から救いに来たんだ!!」


「達……、達だと? まさか、貴様!」


 シャルナの予想通りだった。突如として家の一階部分が爆発して開け、辺りの草原に神々しい光を照らし出す。そう、フォールを救い出すべく集まった、その者達の姿を!!


「よう、相棒。お前のハートを俺の銃弾で撃ち抜きに来たぜ」

 ――――かつて肩を並べた旧き相棒にして悪友カネダ(25歳・A型・好きなもの『銃と弾丸と主人公』)


「よォ。俺とお前の戦いに決着は着かなかったが……、愛の決着だけは、着けに来たぜ」

 ――――ライバルでありフォールを求め続けた野生児男メタル(25歳・AB型・好きなもの『喧嘩と闘争と主人公』)


「僕の思い……、昔からずっと変わってません。この心だけは!」

 ――――人夫でありながら主人公に思いを寄せ続ける一途な帝国の王子エレナ(14歳・O型・好きなもの『平和と民々の幸せと主人公』)


「あの時の恩を……、返す時が来たようですね」

 ――――激闘の果てに友情を結んだ慈愛の騎士カイン(27歳・AB型・好きなもの『決闘と忠義と主人公』)


「今度はこの剣……、お前の為に振るうぜ! 仔猫ちゃん!!」

 ――――帝国で刃を交わしその実力を認め合ったクール系騎士ソル(18歳・B型・好きなもの『剣術と弟と主人公』)


「兄さんにばっか良い格好はさせないよ。僕もいるからね!」

 ――――帝国で策謀に敗するもその計算高さを認め合ったキュート系騎士ルナ(12歳・B型・好きなもの『魔術と女装と兄と主人公』)


「「「「「「「俺達が、フォールを取り戻す!!」」」」」」」


「おい何か乙女ゲーのキャラ紹介みたいな登場カマし出したぞ」


アゼスだけは殺す……。確実にだ……」


 何かと言って今までで最大のダメージを受けている勇者を守るように、ヒロイン達、もといヒーロー達は人妻シャルナと激突する。

 その戦闘は苛烈を極めた。いや戦い的にはそこまで激しいものではないのだが一々乙女ゲーチックというか、誰かが掠り傷で膝を突けば庇い励まし友情愛情葛藤のドラマが展開されるし各々の思い出モノローグがやたらとうるさいし飛び散る汗飛沫がやたら綺麗な上に全員妙にマツゲが長いし髪サラッサラだし何故か声にエコーは掛かってるし一秒ごとにフォールの目は死んでいくし、ある意味で非常に苛烈だった。

 何と言うか、もう、色々と、苛烈だった。


「ぐあぁっ!!」


「か、カネダ! 大丈夫か!!」


「くっ、駄目だ……! 尻をやられた……!! もう立ち上がれそうにない……」


「そんな、カネダさん!!」


「フッ……、最後に、フォール。お前の顔を見せてくれ……。あの時、お前と出会った時に見せてくれた眼差しを……。その眼差しさえあれば俺は……、何の悔いも無く……」


「カネダァアアアアアアアアアーーーーーーーッッ!!」


 『失われた愛のエチュード』 作詞・作曲カネダ 歌カネダ

 あの日会えた眼差しに~♪ 俺は愛を誓ったのさ~♪(Aメロ)


「ちょっと殺してくる」


「それが良いと思う」


 斯くして巻き起こる勇者による殺戮惨劇地獄絵図。

 ここから先は勇者の名誉的にも画面の汚さ的にも割愛するが、まぁ、辺り一面血の海になる惨状だったということだけは明記しておこう。いやもう本当に。いやもう本当に、色々と。

 なおその結果としてフォールによるエゲつない上に一切の慈悲なき断罪でシャルナが正気を取り戻したり少女漫画チックを消滅させるまで勇者完全闇堕形態になったりしたのだけれど、やっぱりここも割愛しておくとしよう。


「す、すまない貴殿……。まさかこんな事になるとは……」


「構わん。それより金輪際この出来事を口にしてみろ。木に吊したガッちゃんとエレナのようになれると思うなよ。そこらに転がってる肉片とついでに巻き込んだリゼラ共と同じようにしてやるからな」


「あ、あぁ……。と、ところでまだお帰りのチューを、してないんだが……、なーんて……」


「あ゛?」


「ァッ、何でもないデス……」


 誰にでも触れてはいけない逆鱗はあるものである。

 なんてやっている間にも先程の世界と同じく空間に亀裂が走り、次のステージへの扉が現れた。何がクリア条件だったのやらそもそもあの連中のドラマをやりたかっただけなのやら定かではないが、取り敢えずクリアということらしい。


「ふん……」


 ――――シャルナの願望が露わになったり自身の精神的が凄まじいダメージを受けたりミニマム・リゼラの一部が戦いに巻き込まれて消滅したりしたものの、この世界もまた過酷極める試練であった。金輪際一生この世界のことは口に出す事は無いだろうが、嗚呼、とてつもない試練であった。

 取り敢えずアゼスは殺す。一切の躊躇なく、慈悲なく、殺す。


「…………」


 と、アゼスへの殺意を確固たるものにしたフォールだが、不意に彼は背後へ視線を感じて振り返ろうと踵を返した。しかしその体と眼差しが視線の元へ向けられることはない。小高い丘の上にある民家の二階、そこから覗く小さな視線に向けられることはない。

 いつも通りの無表情のまま、些細なことを振り払うように扉へと向き直した彼の双眸が、小さな掌の張り付いた窓硝子へ向けられることはーーー……。


「……留守番ぐらい、できるだろう?」


 まだ(・・)、ないのだろう。



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