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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
――――
392/421

【3】


【3】


「オラァアアアーーーー!! ここだぁあああああああああああああ!!」


 さて、魔王率いるゴブリンソルジャー達が決死の勇者暗殺計画を進行している頃、坑道の壁面が轟音と共に壁面が破壊され、凄まじい粉塵と凍てついた坑道柱の残骸が舞い散った。

 そこから現れたのは獣らしく吼え猛るローと、その背後から恐る恐るついてくるボボンボ。そう、彼等はチート権能のルヴィリアより一足遅く、獣の嗅覚が鋭過ぎたせいで地下のガス溜まりに苦戦したものの、このゴブリン達の住処になった坑道を発見したのである。


「こ、ここか!? 本当にこの場所に花火玉があるのか!?」


「知らねー! だけどここにゴブリン達の臭いがあるはずだし間違いネー!! 何か嗅ぎ慣れた臭いもあるけど、きっとそうだ!!」


「か、嗅ぎ慣れた臭い……? お、おい、それってあのルヴィリアとリゼラとかいう二人じゃないだろうな? マズいぞ、二人が先に来ててこんなに静かなワケがない! もしかしたらゴブリン達に捕まったのかも!! 何かエロ同人的なアレな目に遭ってるのかも!!」


「と思ってた時期が僕にもありました……」


 やたらと沈んだ声に振り返った二人の前にいたのは、ゴブリン達に手厚く介抱を受けている変態の姿だった。

 しかし何故だろう。魔王による傷が治療され使い古された坑道とは思えないほど綺麗な場所で安置されていると言うのに、その表情は酷く暗いと言うか、闇というか、暗黒というか。


「フ、フフフ……、君達に解るかい……? リゼラちゃんに裏切られて気絶させられゴブリンに捕まり……、『エロいことするんだろうエロ同人みたいに!』って連呼してたら『子供ノ教育ニ悪イノデ止メテクダサイ』とか『年頃ノ娘ガソンナ事ヲ言ウモノジャナイ』とか『モット自分ヲ大切ニシタ方ガ良イデスヨ』的な感じに苦笑いされた僕の気持ちが……。フ、フフフ、エロ同人みたいにエロかったのは僕の煩悩というわけさ……」


「ただの自業自得だゾ」


「しょぼーん……」


「いやそれどころじゃないだろうお前達! 裏切った? あの子が!? じゃ、じゃあ大惨事じゃないか!! こんな土壇場で裏切るなんていったい何を企んでるんだか……! お、お前達もどうしてそんな平然としてられるんだよ!?」


「いやそんな裏切り程度で…………。あ、裏切るってヤバい行為だっけ!?」


「あまりに毎回裏切られ過ぎて慣れてるからナー」


 慣れって怖い。


「くそ! この調子じゃ、まさか花火玉も……」


「あ、それは大丈夫。実は花火玉自体はここにあるんだ」


「なにぃ!?」


 何でもルヴィリアの通訳曰く、ゴブリン達は毎年こっそりこの『星降り』の七日間を楽しむために街へ潜入していたらしいのだが、今年から参加した数匹の子供達が興味本位でサーカス団の裏手に置かれていた花火玉を持って来てしまったんだとか。

 流石にこれにはこっそり祭りを楽しんでいたゴブリン達も大慌てで、どう返そうかと話し合っていた矢先にリゼラとルヴィリア達が現れたらしい。群れの数匹を煽動して連れて行ったリゼラは兎も角、ルヴィリアを手厚く介抱して花火玉を返して貰おうとしていたら、丁度ローとボボンボもこの下水道に到着したというわけだ。


「彼等も今回の一件はとても反省してるみたいでね。エロ同人専用モブなんて偏見を持ってたけど、話してみると結構気の良い奴等だぜ? ほら、『星の贈り物』って話があったじゃないか。アレも彼等が祭りを楽しませてくれた御礼に毎年こっそり届けていたそうなんだ」


「し、信じられない話だな。まさかそんな事情があったとは……」


「解る、解るゾー。子供はちょっと目を離したら変なモノ食べたり変なモノ持ってきたり変な影響受けたりするからナー」


「うん、リゼラちゃんとフォール君とシャルナちゃんだねそれ。……ともあれ、そういうワケなんだボボンボ。悪いけど彼等を赦してやっちゃくれないかい? 子供のやったことだし、彼等も反省してる。それに今年の贈り物は多めにするってさ」


 ボボンボは申し訳なさそうに頭を下げるゴブリン達を前に、うぅむと大きく鼻から息を吸い込むと、深く吐き出した。


「ま、花火玉を外に放り出してた俺も悪いし……、何より子供を楽しませるのがサーカス団の役目ってモンよ! それにルヴィリア達のお陰でこんなに早く解決できたんだ。そのアンタからのお願いとあっちゃ断るワケにはいかねぇなぁ。仕方ねぇ、こりゃ今年はアンタ達にも綺麗な花火を見てもらうしかねぇぜ!」


 得意げにニカッと笑むボボンボに、ゴブリン達も安堵と歓喜の歓声をあげる。

 斯くしてゴブリン達による花火玉騒動は一件落着、驚きのスピード解決を迎えることになった。未だリゼラとゴブリンソルジャーという問題もあれど、どうせフォールが標的という辺りろくな結末は迎えないだろうし、何より今からならルヴィリアとローで阻止することも充分可能だ。

 そう、全ては決着したのである。この下らない一事の騒動も、間もなく全て円満にーーー……。


「いやぁ危なかったぜ。万が一にでもこの坑道で子供が衝撃を与えて爆発なんかさせた暁にゃ地下のガスに引火して街全体どころかこの辺り一帯が爆ぜ飛ぶところだったからな! いや良かった良かった!! ……ところでその花火玉は何処にあるんだ?」


「え? そこに」


「…………」


 ハーフ・ボス(左)、参上。


「花火玉って、美味いのかな……」


「「誰かあの馬鹿を止めろォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーッッッ!!!」」


 魔王、逃亡。四天王率いる獣人&ゴブリン部隊、疾走。

 残念ながら魔王が参加した時点でやっぱりろくな事になりゃしねぇ。走れ変態、走れロー、走れボボンボ、走れゴブリン達! 魔王の牙が花火玉を起爆させるその前に!! その爆発が坑道のガスに引火してこの街が吹っ飛ぶ、その前に!!


「……何か、今、阿呆共の声が聞こえた気がしたが」


「え? いや……。何だか今日は空耳が多い日だな……」


 それはそうと視点は戻ってスウィーツ共。彼等は先刻の通り、サーカスのテントの中で団員による手品に使う道具の説明を受けていた。しかし素人でもそれっぽく見せられるとは言え何とも特徴的なこの二人だ。イマイチ、これと言うほどピンと来るものがないご様子。公演時間も迫っているというのに、未だ何を演じるかが決まらない。

 そしてそんな二人の優柔不断さに付け込むが如く、彼等の背後から悪しき六つの影が迫っていた。そう、ハーフ・ボス(右)率いるゴブリンソルジャー部隊だ。


「クックック、油断しきってやがるぜアイツら……」


「しかしどうするんだ、セカンド。真正面から行っても倒せそうにないぞ」


「なぁに、任せろ! 折角こんなに色々な道具があるんだ。利用しない手はないぜ!!」


 自慢げに鼻を鳴らすなりゴブリン・ファーストは天幕の淵を這って道具の影へと身を隠す。

 そう、彼が身を隠したのは大量の人形が押し込められた籠の中。一見するとデフォルメされた獣人だったりよく解らないキャラクターだったりな人形ばかりの籠も、小柄なゴブリンからすれば絶好の隠れ場所だ。

 つまり彼はその影から、得意の狙撃で勇者の命を狙おうという算段なのである!


「クックック、お前達は気付く間もなくこの俺の弓矢によって倒れることに」


「うーん。あ、じゃあ同士、これなんてどうだい! ナイフの的当てなんだけど!!」


 ゴブリン・セカンド、輸出。


「え」


「こんな風に人形を張り付けてね、頭にリンゴを乗せるだろう? さぁ、ナイフを投げてみるんだ!」


「え、えっと、こういう感じか?」


 カッドスッ!!


「当たっちゃった……」


「はっはっは、そういう事もある」


「「「「セカンドォオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーッッッ!!!」」」」


 ――――俺さ、この戦いが終わったら隣のゴブ美ちゃんに告白しようと思うんだ。

 え? あの子好きな子がいるっぽい? おいおい、その程度で諦めてどうするんだよ。駄目で元々ってワケじゃないけどさ、男ならそれでも戦いたい時があるじゃないか。あの子、何の獣が好きかな? 俺、こういうのしか取り柄ないからさ。せめてあの子が喜ぶ獣の牙をプレゼントしたいんだーーー……。


「くっ、セカンド……! どうしてこんな事に……!!」


「やめろ、フォース! セカンドの死を嘆くな!! アイツは俺達に希望を与えてくれたんだ!!」


「なぁアイツの頭に乗ったリンゴ喰いたいんじゃが」


「ちょっとボス黙っててくれます!? 普通は頭にナイフが刺さったら死ぬんですよ!!」


「え? マジ? 最近のゴブリン貧弱過ぎじゃね?」


「両断されて生きてる魔王の方が屈強すぎるんですけど!?」


 なお演技用のナイフなので気絶程度で済んでいる模様。


「す、すまない。覇龍剣ならばまだしも、こうも軽いナイフだと……」


「なぁに初めてはそういうものさ! ナイフを投げる機会なんて日常には全然ないからね」


「えっ」


「貴殿、言いにくいが貴殿は相当特殊な部類だ……」


「えっ」


「まぁ、まだまだ道具は色々あるしそう焦ることもないさ。次はこっちのリングなんてどうだい?」


 団員がフォールとシャルナに見せたのは何やら鋼鉄で汲まれた、大体直系一メートルほどのリングだった。それが地面の支え棒で立っており、一見すると奇妙なオブジェに見えなくもない。

 しかし、そんなオブジェのリングと支え棒の間に奇妙な穴があるのをフォールは発見した。すると団員がその穴に何やら液体を注ぎ込み始める。


「くっ……、奴等め、また何か始めたな……!!」


「フッフッフ、落ち着けファース……。ここは俺の出番だぜ」


「「「さ、サード!」」」


「セカンドは良い奴だった……。俺はアイツの勇気、嫌いじゃなかったぜ。だがセカンドには度胸が足りなかった! 世の中、勇気だけじゃやっていけねぇことだってある。ここは俺がその勇気と度胸の差ってものを見せてやろうじゃないの!!」


「「「さ、サード兄貴!!」」」


「フッフッフ、見てな。俺があのリングを飛び越えて奴等に真正面からぶつかってきてやっから……、よ☆」


 サード兄貴の生き様に、誰もが羨望の眼差しを向ける。彼こそクールにしてハードボイルド、ダンディに決めるゴブリンの中のゴブリンーーー……、ゴブリン・サードなのだ!!


「ハッ……、見せてやるぜ。これがゴブリンの生き様よォッ!!」


 カチッ。ゴゥッ!!


「ほう、こうやって中に油を通して火を灯すのか」


「そうなんだ。ここによく訓練された猛獣を走らせて潜り抜けさせるってワケさ!」


 ゴブリンの中のゴブリン、サード兄貴を地獄の入り口のように牙を剥いて轟々と燃え盛るリングが満面の笑みで待ち構えていた。彼はその微笑みに答えるが如くにこやかに微笑んで踵を返す、が、そこには羨望に瞳を輝かせる仲間達の姿があった。

 『兄貴の生き様見せてくださいよ!』と言わんばかりの、仲間達の輝かしい笑顔があった。


「まぁ、失敗するとマジックじゃなくて焼き肉ができちゃうからね! 飛び込むのは細心の注意を払わないと!!」


「成る程……。ところで同士、何か香ばしい匂いがするのだが気のせいか?」


「え? 気のせいじゃないかなぁ」


 ――――お前、ゴブ美さんに振られたんだって?

 おいおい、元気だせよ! そんな事もあるさ!! なぁに、今日はゴブ子さんのトコに飲みに行こうぜ! 果実酒、お前も好きだっただろ? 気にするなよ。男ってのはな、こういう時に慰めときゃ自分の時にも慰めてもらえるモンなのさ。

 さぁ、酒を飲みに行こうぜ! 今日は俺の驕りだからなーーー……。


「ア゛ァァア゛ア゛ヂィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


「「「さ、サード兄貴ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイーーーーーーッッ!!!」」」


 それは、男の生き様だった。

 ゴブリンの中のゴブリン、ここに散る。


「あ、兄貴! そんな、兄貴まで死んじまうなんて……!!」


「水ゥウウウウウウウウウウウウウウ! 水ゥウウウァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


「バカヤロウ、泣くんじゃねぇ! 兄貴が俺達に残してくれたモンを無駄にするつもりか!!」


「消化ァアアアアアアアアアアアアアツゥウウウウウウウイイイイイイイアアアアアアッッッ!!!」


「「ファースト……!!」」


「セカンド、そしてサード兄貴……、二人の犠牲を無駄にするワケにはいかないんだよ!!」


「はよ消化しェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


「焼き林檎うめぇ」


 漏れなく大惨事である。


「しかし、ふむ。何も自分達で見せる必要はないと言うのは良い発想の転換だ。もう少しで何か閃きそうなのだがな……。やはり、こう、何だろうな……。ぼやぁっと、頭の中にはあるにはあるんだが……。こう、何だ……、蒼くて丸い……」


「うん、スライムだなそれ」


 悩みつつもあと一歩でサーカスの出し物が思いつきそう、という辺りまで来ているもののやはりフォールとシャルナの頭にはイマイチこれというものが浮かばないご様子。そんな彼等の背後では既に二名の死傷者と一名の不死者が出たりしているのだが、まさか彼等がそんな事を知る由があるはずもなく。

 しかしこのゴブリン決死隊、もといゴブリンソルジャー部隊、こんなところで諦めるほど柔な覚悟はしていない。既に犠牲になったセカンドとサード、そして犠牲になったのに犠牲になってない魔王様のためにも必ずあの勇者だけは暗殺しなくてはならない!


「仕方ない……、ここは俺達がいこう」


「ふぉ、フォース! フィフス!!」


「戦力ノ、逐次投入、愚策……。おで、ちからデ、あいつ等倒ス……。ダケド、ちから、危険……。隙、生ム……。ダカラ、ふぉーすノさぽーとデ、おでノちから、ひゃくぱーせんと発揮、スル……。せかんど、さーど、ヤリ方ハ悪くクナカッタ……。あいつ等ニ気付カレテナイノハ明ラカナあどばんてーじ……。おでトふぃふすガ挟ミ撃チニスレバ不意打チノ効力ハ二倍ドコロカ三倍ニモ四倍ニモナル……」


「クックック、ゴブリン一の知恵者たる俺と怪力持ちの彼が協力すれば恐れることはないさ……。つまり我々がこう、がっ! といってバッとグォッすればベキンッなんだからな!!」


「そうか……、取り敢えず知恵者の称号はフォースに譲った方が良いな……」


「さぁ行くぞフォース! 今こそ俺達のアレを、あの、ほら、パワーを見せる時だ!!」


「任セロ……、おで、人間、倒ス。最小ノ犠牲デ争イヲ終ワラセル、戦争ノ理想……」


 この瞬間、ゴブリンソルジャー最終兵器とも言える二人が始動する。

 力と知識のフォース、加齢臭のフィフスーーー……。二人の結束とコンビネーションの前には如何にフォールとて無事では済まないだろう。如何に今まで運良くソルジャー達の襲撃を回避できたとは言え、これ以上の幸運は有り得ない!

 今こそ年貢の納め時!! さらばフォール、勇者の運命は邪悪なる意志によって潰えるのだ!!


「……ハーフ・ボス(右)。やれると思います?」


「焼き林檎は皮のカリカリがうまい」


「何でこんな人の口車に乗っちゃったんだろう……」


 気持ちは解る。


「さて、同士。そろそろ公演時間だし、団長にドヤされる前に道具を決めて欲しいんだが……。やっぱりまだ閃きは降りてこないかい?」


「うぅむ、もうちょっと、こう降りてきているんだ……。素晴らしきフォルム、純蒼のボディ、美しき感触……」


「うん、だからスライムだなそれ」


「あと一歩……、あと一歩で考えつきそうなんだが……」


「ふむ、ならこれなんてどうだい? 南方から伝わった人間大砲なんだが……」


 団員が見せたのは辺りの大砲よりも一回り大きな大砲だった。何でもこれに人間を入れて撃ち出すんだとか。シャルナはもうその時点で嫌な予感しかしないと口端を噤むが、フォールはそれを見るなり何かを思いついたようで、ふむふむと唸りながら試案を進めていく。

 しかしそんな彼等を影から狙う邪悪な眼差しが、二つ。そう、誰であろうフォースとフィフスである。


「ククク、奴等め油断しきっているぜ……。行くぞフォース、あの大砲に身を隠すんだ!!」


「待テ……。せかんどトさーどノ犠牲無駄ニシテハイケナイ……。コレふらぐ言ウ……。アノ大砲入レバ俺タチ撃チ出サレル。命ナイ……。好機ハ待チテ来ルモノデハナイガ期ヲ見テ得ルモノ……。奴等ノ決定的ナ瞬間ヲ狙ワナイトおで達、勝機、ナイ……」


「むむ、ではどうするつもりかね!?」


「奴等、舞台、出ル……。舞台、観衆ノ注目、集マル……。奴等ノ注意モソレニ向ク……。ソレ、狙ウ……」


「よし、名案だな! そこを、こう、ガッ! してバッ!! してドーンすれば良いわけだな!! 採用しよう!!」


 既にこの時点で不安しかない面子だが、フォースの落ち着き具合が上手く作用して如何にもな作戦は立てられているようだ。これならばファーストが思っているほど悲惨な結果にはならないのかも知れない。

 しかし運命とは得てして奇異に悲惨なもので右も左も思い通りにならないのが世の常というヤツである。具体的には奇異に悲惨は悲惨でも、右でも左でもなくて下なのだが、まさかゴブリン達もそんな事は知る由もあるまい。

 自分達の下、物理的な地層の中を奔り回る自爆特攻食欲魔王(左)が存在することなどーーー……。


「調味料が欲しい……」


「ちくしょう何だあの速さは! 半身だけで走ってるはずなのに全く追いつけねぇ!!」


「リゼラちゃんの食欲に掛ける情熱を舐めるな! 美味しいモノの為なら世界さえ滅ぼす魔王だぞ!! しかも半身になって脳味噌が半分しかないせいでやたらと速い上に思い切りが良い!! ちくしょう、せめてこんな場所でなけりゃローちゃんの全力で取っ捕まえてやるのに!!」


「走ったら火花散って坑道のガス溜まりに引火しちまうからナー……」


「しかもよりによって僕もこのデブも炎使いと来たモンだ! リゼラちゃんは目の前の花火玉おやつに夢中でこっち見向きもしないし……! あぁもうどうしろって言うんだ!! このままじゃ彼女が調味料見つけて花火玉に牙を掛けるまで時間の問題だぜ!?」


「おい待てデブとは何だデブとは! 俺は走れるデブだ!! ガタイが良いと言えガタイが良いと!!」


「ガタイが良いとかぽっちゃりとかは所詮デブの言い訳であって周囲が気を遣ってフォローしているのを良いことに調子に乗っているとそのフォローでも庇いきれないような体型になって三十代とかになって体調に異変が出る前に専門の服屋に行かなくちゃいけなくなったり食費の問題とかで確実に数年以内に首を絞めることになるんだゾ、デブ」


「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


「ボボンボが死んだ!! ローちゃんマジレスは駄目だってマジレスはァ!!」


「あとマジレスついでに言っとくけどお前の変態癖はもう諦めたけど夜中に抜け出してゴソゴソしてんのみんな知ってるからナ」


「ぐあああああああああああああああああああぁぁぁ…………、いやそれは興奮するわ。逆に」


「そういうとこだゾ」


 明らかに別方向の戦いを繰り広げている彼等だが、いや、問題は前方を疾駆しつつ花火玉の調味料を精査する魔王様である。左半身のみで全力疾走しつつ花火玉だけは断固として離さない高速食欲の権化。最早誰にも止めることはできないだろう。

 しかし止めなければならない。ルヴィリア達が彼女を見す見す逃せば、待ち構えているのはこの街どころか周囲の山々まで吹っ飛ばす大爆発だ。まさか二回連続でこの地方の地図を書き換えるなどという大惨事を起こすわけにはいかない!

 今は一刻も早くあの暴食魔王から花火玉を取り上げなければなるまい!!


「OK今は責任論の追求はやめておこう! 何よりもまず目の前の問題に取り組むべきだ!!」


「ハハハ、そうとも太ったのは俺の責任さ……。だってウチのサーカス団やたらと飯が美味くてフフフ……。そうだとも俺はただのデブさ~……♪ 腹に油貯めてるために太ってるとか言ってるけどこれ実質ただの寝太りりだし……、ウフ、ウフフ……」


「ローちゃん!!!!」


「心のダメージは根深いものだナ」


 マジレス、ダメ、絶対。


「えぇい、落ち着けボボンボ! 考え直すんだ!! デブで何が悪い!! 確かに体臭とか汗とかもう見てて見苦しいし足音もドスドスうるさいし人一倍食うし寝るし食生活なんて目も当てられない惨状だけども!!」


「ここに油とマッチがある」


「待つんだ自殺には早い!! そうじゃなくて、デブにはデブでやれることがあるじゃあないか!! そもそもデブが悪いなんて誰が決めた!? 大切なのは見た目じゃなくて中身だろう! ここで諦めたら君の精神はデブるぞ!! 精神にまで贅肉を付けたらそれはもうただの肉塊だ!! それで良いのかいデブ!! じゃねぇボボンボ!! 君には君にしかできないことがあるはずだ!!」


「お前……! そうか、そうだよな。そうだった! 俺は何を諦めてるんだ!! 俺にしかできないことがあるじゃあないか!! あぁ、その通りだとも!!」


 その瞬間、ボボンボは数十秒先のことなど一切考えない超加速を見せる。

 肉体の脂肪全ての挙動を速度に任せた、全スタミナ消費の全力疾走だ! さらに彼は体幹の安定を放棄し、全力で走り抜ける!! 否、彼はこのまま走ることよりも、その丸い体型を生かして転ぶことを選んだのだ!!


「見せてやるぜ! これがサーカス団副団長ボボンボ様の生き様だァアアアアアーーーーーッッ!!!」


 その姿は正しく戦車!! 丸い肉体が転ぶことで火花を起こすこともない、劇的な加速でリゼラへと凄まじい速度で迫ってそのまま急カーブに対応できず壁に激突し昇天したのである!! ナムアミダブツ!!


「「……まぁ、そうなるな」」


 まぁ、そうなるな。


「駄目だローちゃん、一人脱落した! このままじゃリゼラちゃんに逃げられる!! ちくしょうボボンボ、君の尊い犠牲は忘れないが若干ただの無駄だったぜ!!」


「脱落『した』っていうか『させた』じゃないカ?」


「こうなったらボボンボの無駄を犠牲にしないためにもリゼラちゃんを確実に捕まえるしかない! 食べ物……、はないから何か他にないかな!? 急募、リゼラちゃんが興味を引きそうなもの!!」


「食い物以外にあるのカ?」


「あるわけないじゃないですかやだぁあああああーーーーーーーーー!!!」


 現実って悲しいものなの。


「だーもう!! このままじゃ本当に辺り一帯が吹っ飛びかねないんだぞ!? 誰かあの馬鹿を止めてくれよぅ!! このままじゃ折角フォール君とシャルナちゃんが二人きりになるようお膳立てしたのに無駄になっ……、あ、違うよ!? これは決してローちゃんからフォール君を取り上げようとかそういうワケじゃなくてあくまでスタートラインを整えてあげようという僕の心遣いで」


「フォールはローにゾッコンだから問題ないナ」


「は? 男らしすぎてしゅき。抱いて?」


「埋めて?」


「聞き間違いのレベルじゃな、アッ、待って! その視線の先にいる奴と同じ末路は嫌だから!! 前向いてローちゃん!! 明日を見て!! 希望を見つめて!! やめて後ろのアレは嫌だ! 後ろのアレと同じになるのは嫌だ!! ちくしょう同じなのバストサイズだけじゃね、ァッ、待って埋めようとしないでやめ、やめェエアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーッッ!!!」


 大体こっちも大惨事。

 いったいこの喧騒が何処へ向かうのか、フォールを狙う暗殺者達は無事に帰還することができるのか、食欲に暴走する魔王(右)と(左)はいったいどうなるのか、スウィーツ達は無事にこの夜を乗り切ることができるのか?

 『星空の街』で巻き起こる裏切りと策謀と爆破オチの激動ーーー……、その結末や、如何に!?



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