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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
――――
391/421

【2】


【2】


「あらどっこいしょォオオオオオオオーーーーーッッッ!!!」


「「「ヌギャッ!?」」」


 ゴブリン住処にダイナミックエントリー。

 魔王様と智将、いざ降☆臨である。


「なはははははは!! 僕とローちゃんが手分けして東と西で街を浚えば発見など楽勝よ楽勝!! 古坑道なぞに隠れて逃げられると思ったか馬鹿め!! 今回テメェ等みてーなモブに裂けるページがあると思うなよォ!! さっさと花火返せこのカスゥ!! なははははははは!!!」


「ブ、武器ダ! 武器ヲ取レェ!! 変態ガ来タゾォ!!」


「うるせぇ誰が変態だエロ同人専用モブみてーな見た目しやがって! こちとらお前等みたいなのに構ってる暇ないんだよ!!」


 純愛応援型変態ルヴィリアの目的と本気度合いからして、確かにエロ同人専用モブことゴブリンに割く時間はない。そう、彼女のチート権能に掛かれば高々花火玉の一つや二つの探索にページ数を割くまでもない。あっと言う間に速攻解決というわけだ。

 しかし彼女は見誤っていた。誤算していた。敢えて言うならばローとボボンボの獣人組を組ませて手分けするべきではなかった。この場に、最悪の要因を連れてくるべきではなかったのだ!


「さぁ覚悟しろよこのエロ同人専用モブども!! 白状させるまでもない、僕の魔眼で花火玉をごぶっ!?」


「……フッフッフ」


 そう、魔王である。


「ば、馬鹿な、これは麻酔針……! リゼラちゃん、いったいどういう……」


「解らぬか? 解るまい……。妾こそ運命の反逆者よ。御主がこの旅の終わりに恋ボケしようが何だろうが知ったことではないが、妾にも達せねばならない目的がある……。ククク、フハハハハハハ!! 一回で良いからあのクソ勇者に逆襲したい!!」


「いやもうオチ解ってんだから無駄なんじゃ」


「黙らっしゃい!!」


 プシュッ! トスッ!!


「ごぶっ……」


「フハハハハ! 正義は滅びた!! さぁエロ同人専用モブ共よ、妾に従い運命に反逆せよ!! 愚かなる恋ボケスウィーツ(笑)してるあのクソ勇者を倒すことこそ妾たち魔族の本懐!! 花火玉などという小賢しいマネをする暇があるなら勇者を教会送りにすることを考えろ!! 上げるのは挙式じゃなく葬式よォ!!」


 突如、魔王と智将の仲間割れにざわつくゴブリン達。

 無理もあるまい。自分達どころかこの坑道に蔓延るカビよりもゲスい魔王様を前にしては幾らエロ同人専用モブことゴブリン達も困惑せざるを得ない。しかしその困惑すら塗りつぶし纏め上げ、魔王軍を創り上げてしまうのがこのポンコツの無駄なカリスマ性というものである!


「やるぞォオーーーッッ!! 勇者を殺せェーーーーーーーーーッッ!!!」


「「「オオオォオォォォオオオオオオオオーーーーーーーーッッッッ!!!」」」


 街中で起こる祭りとは裏腹に、その狭い坑道で決起する悪しき試み。

 蛮族大結集のこの大騒動、果たして終わりは何処へ、向かう先は何処へ向かうのか! 魔王は爆発オチを回避できるのか!?

 猛れ魔王、吼えろ魔王、走れ魔王! 今こそ運命を変えるためにーーー……!!


「……さて、どうしたものか」


「ど、どうしたって貴殿……」


 で、一方。そんな魔王の陰謀など知る由もないフォールとシャルナの両名は街の中心、何処の誰かも解らないような銅像が建つ場所で立ち尽くしていた。楼台の温かな光が照らす夜の街中である。

 シャルナの耳先まで真っ赤になって縮こまった様子は兎も角、フォールの何とまぁ間抜けた表情か。いや表情こそいつも通りの無表情なのだが、普段からやることやること山積みな生活を送ってきたせいで、自由に意味なき行動を取るということに慣れていないのだ。仕事を取り上げられた主婦が一日中ぼぅっとしているようなモノである。

 なおその頭に『星空の街』特性ライトやファッションサングラス、ライトコーデが装着されていることを追記しておこう。


「どうにも、イマイチ何をして良いものか……」


「いや貴殿けっこう楽しんでると思うんだが」


「そうか? うぅむ、この街にはスライムくん人形がないからな……。いや、そもそも北国は街が少ないせいでスライムくん人形があまりない。北国にはスライムも多く居るというのに、さらに言えば至高にして究極のブルースライムがいる『始まりの街』まであるというのに、やはり田舎だけあって普及率の問題がだな……。星飴、食べるか?」


「あ……、あぁ、いただこう……。ん、甘い……、うん……」


「……何だ、上の空だな。シャルナ、貴様は何処か向かいたい場所などはないのか? 魔道駆輪を引いてきた疲れが残っているようならこのまま宿に向かっても構わんが」


「え、あ、あぁ、うむ。魔道駆輪を引いてきたのなら、馬鹿虎娘も一緒だったし言うほど疲れては……。あ、せ、折角サーカス団が来ているようだし、見てみるのはどうかな? なんて、ははは……」


「そうだな。サーカスというのは俺も見たことがない。行くとしよう」


「え、あ、ほ、ホントに行くのか!?」


「何だ、行きたいから言ったんじゃないのか」


「え、いや、あの、う、うん……」


 訂正しよう。主夫というか、あの狂乱集団の保護者二名が隔離されるとこうなるというワケだ。

 普段は面倒を見なければ我先にと走り出す馬鹿共がいないせいで、逆にどちらもどちらかを引っ張ることがなく、今のように些細な提案がなければ動きもしない始末。尤も、普段の騒ぎようを考えるとこれぐらい静かな方が休養にもなろうというものだが。

 ただし、シャルナはどうもそんな休養を取るほど安穏とした心持ちではないようで。


「…………」


 ――――どうしてこの男はこんなに平然としていられる? 先日のあの洞窟の一件があったのに、何の警戒も何の注意もなく、いつも通りの無表情でいられる?

 私はもう頭が茹だって仕方ないと言うのに! 二人きりにされた途端から心臓の鼓動が何倍も早くなって仕方ないと言うのに!! 彼の手を繋ぐどころか、顔を見ることさえ困難だと言うのに!! 一帯どうしてこの男はこんなに平然としていられるのだ!? まさか先日のことをもう忘れたと? いいやそれは有り得ない! 幾ら地底都市の一件で有耶無耶になったとは言え、ローとの共犯だったとは言え、そんなに容易く流してくれるようなコトではないはずだ!!

 ならば、何か考えがあって? 考えがあってのことなのか? いいやそうに決まっている! この男のことだ、きっと考えがあって何も言わないのだ!! そしてその考えはろくなことじゃない!! 意趣返し? そう、きっと意趣返しだ! いや待て、アレの意趣返しとはどういう事だ? アレを返すんだから、つまり、それは、きっと。


「む? 見ろシャルナ、サーカス団のところに魔道駆輪が止まって……」


「や、やめろォ! 駄目だこんな外でェ!! せめて宿で、せめて宿でぇ!!」


「お前は何の話をしているんだ?」


 色ボケ四天王ここに極まれり。


「頼むフォール! や、やるなら人目に付かないところで! 頼むから、謝るから、外は、外は駄目だ!! お願いだから二人っきりのところで頼む!! そ、外は駄目だ! い、いきなりは駄目だぁあ!! こういうのは段階を踏んでからぁ!!」


「お前が何を喚いているかは知らんが……、まぁ良い。しかし何だ、サーカスというもの、ただの見世物集団化と思っていたが中々に面白い。見ろ、あちらの籠に入っているのは『地平の砂漠』にのみ生息するアドレラ・タイガーの亜種だ。奴を餌で操るのか? あの大玉は何だ? 乗るのか? 天井にぶら下がったブランコと言い、赤白模様のテントと言い、目を引く赤や緑、黄や桃の装飾と言い、滑稽な化粧の連中と言い、クク、中々どうして面白いではないか」


「へ、へぁ……」


 相変わらずの無表情だが、しかし珍しくスライム以外のことで歓心深く頷くフォール。

 確かに今まで幾つかの街で祭りを見て来たが、こう、人を楽しませることを専門にする集団を見るのは初めてだ。別の意味で言えば十聖騎士(クロス・ナイト)や反王族集団相手に虐殺を楽しんだりはしたけれど、それとこれとは話が別である。


「行くぞ、シャルナ。存外に暇は潰せそうだ」


「あ、あぁ、そうだな! う、うむ!!」


 何はともあれシャルナからすればあの話に触れてくれなければもう何でも良い状態である。尤も、元よりフォールがそれを気にしているかどうかと言われてみれば定かではないのだけれど。

 さて、そんな二人がサーカス団に近付いてみると何やらこれが随分騒がしい様子。どうやらそれが街の賑やかさや客入りの華やかさではなく内輪の、何か良くない騒ぎであることはフォールとシャルナも直感することができた。流石に何度も面倒毎に直面していればそういう完成も鍛えられるというものだ。

 巻き込まれる前に逃げるかとフォールも口に出そうとしたが、残念ながらそれを逃がさないのが世の常というもので。


「あ、アンタ達! ウチの副団長を見なかったか!?」


「「見てない」」


「解答が早い!! 違う、そうじゃなくてせめて容姿ぐらい聞い」


「「知らない」」


「早押しクイズじゃないんだぞ!!」


 10点満点です。


「『火吹き』のボボンボさんだよ! 彼が劇の公演直前になって何処かへ姿を眩ませたんだ!! そんな事をする人じゃないのに、あぁ、どうしてこんな事が!! あの人の火吹き芸はそれはもう素晴らしいもので、劇団でも目玉となる種目なのに……!!」


「……ボボンボ? はて、何処かで聞いた名前だな」


「有名だからな! それよりアンタ達、見たところ旅人だろう!? 力もありそうだし、かなりやり手なんじゃないか!? どうだろう、もし避ければ俺たち一座を助けると思って夜の公演に協力してくれないか!? 御礼はするから!!」


「礼はすると言われてもな……。ふぉ、フォール、どうしようか?」


「ふむ、そうだな……。まぁ、良いんじゃないか。ルヴィリアが聞けば文句を言いそうなところではあるが、どうせ行き先にも困っていたところだ。金が稼げるならばそれこそ都合も良い」


「本当か!? あぁ、ありがたい、何と言うことだ。本当に御礼を言うよ!! これもスライム神様のお導きのお陰だな!!」


「……何? 貴様、スライム神様教徒か」


「え? あ、あぁ、そうだが……」


 フォールは無言のまま握手を交わし、親愛の抱擁と『スライム神に感謝を(スラメン)』の儀式を交わし出す。果ては謝礼など要らないからなどと聖人じみたことまで言い出したので流石にシャルナも止めはしたが、どうやらスライム神教の毒牙は着実に世界へ回り出しているようだ。

 だが、まぁ、理由は兎も角としてもやっていることは人助け。シャルナもこれならばと彼に協力してこのサーカス団を助けることになった、が、そんな彼等の前にサーカス団テントからギンギラギンにさり気なくもない、何と言うか、星空より遙かに星空してる凄まじい派手さの、人類さえ超越したかのような怪物が出現する。


「……夜空に輝く(パリピー)わ・た・し(ぴーぽー)☆」


「「濃い……」」


 濃い。


「だ、団長! どうされたんですか!? こんな裏手まで来て! そろそろ公演開始時間だって言うのに!!」


「ンフゥ~……。ボボンボちゃんがいないっていうから探しに来たンのよォ。あの子はまた勝手に武闘会なんかに参加しちゃったのかしらァンフゥ……。後で熱ゥいオ☆シ☆オ☆キが必要ねェ~。それより……、そのンボォーイとガァンンルゥはどうしたのかしらァハァ……? 運命の牢獄に迷い込んだ仔猫キティちゃん達?」


「「濃い……」」


「それが、彼等も今日の公演を手伝ってくれるというんですよ! ボボンボさんの穴を埋めてくれるから丁度良いと思って……」


「お黙りっ!」


 ペチン、と団員の手を叩く団長のデコレ済みの黄金扇子。

 『濃い……』と零す面子を他所に団長はまた濃厚なステップで一人舞台を開催する。


「ン良ィことォ……? あンちィし達は老人から赤子まで楽しませなきゃいけない運命ヂィスティニーを背負っているのンよォ。それをトーシロッに任せるなんて正気かしンらァ……?」


「も、申し訳ありません団長……。し、しかし彼等もやる気を持ってくれていますし、道具を使えば何とか……」


「……ンフゥ~。そうかしらぁ? まぁ、こっちの細いコはアレだけど、こっちの筋肉のコは良い体してるわねェン? これなら、まぁ、何とかなるでしょンォ~? もしかして表の魔道駆輪の持ち主かしらァンハァ。それにこっちのンボォイィも、まァ、何か持ってる感じはするわねェェ~」


 ねっとりと胸板を撫でる指先に、フォールとシャルナは真顔のまま背筋を凍てつかせる。

 ひたすら濃い団長はそんな二人に背を向けると、やたらと腰をくねりながら再びテントの中へと爪先を向けた。


「ンまァ、ンァなた達が参加するのは良いけどォ……。あちし達の役目は誰かを楽しませることにあるのよホォ……? そこだけは忘れないようにン、ねェイ」


 果てなく濃厚な人物だったが、まぁ、言っている内容は正しく人々を楽しませる道化集団の長と言ったところか。先刻から永遠真顔のフォールとシャルナもその信条にだけは感心する。参加するからには全力で役割に徹しなければ、と。

 しかし、そんな決意を胸に真顔な二人を影から狙う、邪悪なる眼差しを向ける者達の姿もまた、あった。団長が消えたテントの影から入れ違いにその姿を現す、六つの眼差しがーーー……。


「クックック……、呑気なものよ。今から自分達がどうなるかも知らずになァ……」


「リゼラ様、奴等がその勇者でございますか!?」


「馬鹿者ォ! 妾のことはビック・ボスと呼べ!! 御主達のような出来損ないゴブリンを率いてゴブリン・ソルジャーまで統率してやったのは誰だと思っておる!? このビック・ボスであるぞ!!」


「「「「「イ、イエッサー! ビック・ボス!!」」」」」


 そう、誰であろう運命へ抗う魔王様ことリゼラ、もといビック・ボスと五人のゴブリンソルジャー達である。

 彼等はこの『星空の街』の夕暮れの闇に紛れながらあの忌まわしい勇者を打倒すべく、選りすぐりのエリートとして暗殺部隊を結束したのである!

 そう、彼等こそは必殺のゴブリン部隊!! ナイフを自在に操るゴブリン・ファースト! 射撃の腕ならゴブリン一のゴブリン・セカンド! どんな困難も度胸で乗り切るゴブリン・サード! ゴブリン界の怪力野郎ゴブリン・フォース! 先日妻と娘に『お父さん加齢臭が』と言われたゴブリン・フィフス!! そして全てを滑る悪の親玉ビック・ボス!!

 彼等に掛かれば暗殺できない勇者などいない! そう、彼等こそ『星空の街』最強部隊なのだ!!


「よォし、奴等め予想通りサーカスのテントに入りおったわ……! フフフ、初々しいスゥイーツ(笑)アベックのやることなぞ妾にはお見通しよ!!」


「ビック・ボス。アベックは古いのでは……」


「と言うか何でそんなにカップルの行動に詳しいんですか」


「フッフッフ、今でこそ幼いこの体のせいでそういう感情も湧かぬが、全盛期の頃はもうそろそろ今期やベェっつーのに妾が美人過ぎて相手がおらず日々若くて高収入でイケメンで優しくて家庭優先で妾に働かせなくて金の管理も妾にさせてくれて週二回は良い感じのレストランに連れて行ってくれる相手を落とす方法を側近と模索しまくったからのう……! ククク、妾に掛かればそこら辺の雑魚など小指で弾け飛ぶレベルよ!!」


「なぁこれ絶対売れ残るタイプだよな」


「ウチの妻の友達がこんな感じで今も独身だって言ってた」


「やめとこうセカンド、フィフス……。人には人の考えがあるものだ……」


 ゴブリンに諭される哀れな魔王様。いつか彼女にも白馬の王子様が現れることでしょう。たぶん。

 まぁその王子様の身包み剥いで売り払った後に馬刺しやるのが今の魔王様なんですけども。


「しかしビック・ボス、テントの中に入ったは良いですがどうするおつもりです? やるにしても人目がありますし」


「阿呆め、人目があるからやりやすいのよ! 少し耳を貸せ、まずは妾が手本を見せてやろうぞ!!」


 斯くしてゴブリン暗殺部隊は天幕の影へと姿を消す。まさかの初っ端からビック・ボス手ずからという試練を、果たしてフォールとシャルナは乗り越えることができるのだろうかーーー……?

 しかし二人はまさかそんな悪意が迫っていることなど知らずに、テントの裏手から団員専用の控え室へと足を踏み入れていた。控え室とは言っても野外ステージと天幕で区切られているだけの裏手で、そこに様々な道具がこれでもかと言うほど雑多に並べられている。

 恐らく手品に使うであろうリングとか、何やらよく解らない箱とか、見るからに仕掛けのあるアイテムなどの数々だ。成る程、これは観客に華やぐ表舞台では見れない景色だろう。

 とは言っても、恐らく副団長不在のせいだろうが、慌ただしく奔り回る者達のせいでどうにも裏手特有の静けさというのは感じられない。むしろ言うならば裏手よりも修羅場、だろうか。


「随分忙しそうだな。こんなところで素人が入り込める余地などあるのか」


「あぁ、何も難しいことをやってくれってワケじゃないんだ、同士。ここら辺にある道具を色々使えば素人でもそれらしくやれるからね。流石にプロほどの技術を求めるわけじゃないから、場繋ぎぐらいの間隔で充分さ」


「ほう、やはりこれ等は手品用の道具か。…………道具があるのか?」


「ははは、そりゃ手品だって魔法や魔術のような魔道を使わない限り摩訶不思議なことは起きないからね! まぁそもそも手品界じゃ魔道のインチキは厳禁だから、そりゃ種も仕掛けもあるってワケさ!」


「そうか……、まぁ、そうだな……。そうなるな……」


 勇者ちょっとしょんぼり。


「そ、それより団員殿! こんなに道具があっては、いったいどれを選べば良いのやら……」


「ん? あぁそうだね、素人でも使いやすいのと言えばどれになるかな……?」


 サーカス団の団員がフォールとシャルナでも使えるようなお手軽手品の品を選ぶべく様々な道具を見回し、二人もその視線の後を追う。

 そう、この瞬間を魔王様は見逃さなかった。フォールとシャルナの注意が何処か一方向へ向いた時こそ、ビック・ボスの暗殺タイミングである。彼女は何やら道具のところに積み重なったボックスからゆらりと顔を覗かせ、その万物を噛み砕く鋭利な牙を勇者へとーーー……。


「あ、そうそう! これ何てどうだい? こうやって使うんだけどね」


 団員、魔王様の入ったボックスを施錠。


「ほら、まずここを施錠してしっかり固定するだろう? その後はこのチェインソーでこうやってボックスを縦に両断するんだ!」


 ガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!


「一見逃げられない様に見えるかも知れないけど、両断する前に中の人は下の仕掛け床から脱出するっていうトリックがあってね! 使わないと真っ二つだから気を付けるんだよ! ハハハハハハハハ☆」


 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリギャアアガリガリガリガリ!!!!


「ふぅ……、こんなところさ!!」


「……何か今、聞き覚えのある悲鳴が聞こえたような」


「いや? 気のせいじゃないか」


 さらば魔王、暁に死す。


「それで、どうだい? これなら簡単と思うけど……」


「あぁ、すまない。別のにしてもらえないか? シャルナの体ではボックスに入らないし、かと言って俺が入ってシャルナが斬る係になっては脱出する暇もなく両断されそうだ」


「そうかい? じゃあ仕方ないな。次はこっちのを見てみよう」


 団員の指示に従って二人がその場を離れた直後、ゴブリンソルジャー達が大慌てでボックスへと駆け付け、施錠を破壊して救出を試みる。


「ビック・ボス! ビック・ボス!! 大丈夫ですか、生きてますか!!」


「フッ、騒ぐな……。この程度で妾がくたばるわけがあるまい」


「「「「「お、おぉ!」」」」」


 ガチャッ。


「妾はこの通り無事じゃ。なぁ、右半身」


「その通りじゃな左半身」


「ビック・ボスがハーフ・ボスにぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


 何で死んでないんだろうこの魔王。


「とまぁ今のは失敗してしまったが御主達もあんな感じで暗殺に挑めば良い。いつかきっとヤれる」


「その前に俺達が死にそうですビック・ボス! いやハーフ・ボス!! どうして貴方は生きてるんですか!?」


「え……、何じゃろ? 気合い?」


「わかるぅ~」


「「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA☆」」


「おいヤバいぞ! 前から大分ヤバかったが両断されたことでボスの知能指数が2分の1になってる!! まるで意味の無いパリピの会話のようだ!!」


「ちくしょうボスがこんな状態になったと言うのに俺達はどうしたら良いんだ! 元から具体的なことは全く口にしないボスだったけども!!」


「あぁ、ボス! 何とお労しいことに!! 俺達に人間語をマスターさせて装備まで調えさせた上で『え、これが地方の装備なの? いやこういうトコに金使えよ何ケチッ……、え、これ最高級? この地方の? マジ?』的な感じで顔を引き攣らせていたけれど!!」


「『なぁ何か買い食いしてきて良い? いや計画の前の景気づけっていうか、ほらお腹がね?』とか言いつつ俺達の金で屋台を喰い尽くそうとしたボスだけど!!」


「『ゴブリンをエロ同人専用モブとか言って悪かったな……。ごく一部のファンタジーじゃ序盤の雑魚として人気だもんな……。スライムには全体的に負けてるけど……』とか言ってたボスだったけど!!」


「「「「「ちくしょう存在価値あんまり無かったじゃねぇか!!」」」」」


 その場の勢いとカリスマだけで誤魔化すのがリゼラ流である。


「くっ、だがこんな人でも俺達の目を覚まさせてくれた御方だ……! 『奪うのならばコソ泥のように影に隠れず表舞台から堂々簒奪せよ』!! あの言葉に俺達は目を覚ましたんだ!! セカンド、サード、フォース、フィフス、そうだろう! 俺達はもう薄汚いゴブリンじゃない、誇り高きゴブリンソルジャーのはずなんだ!!」


「「「「ファースト……」」」」


「ほえーすっげー」


「……あの、ハーフ・ボス(右)? ハーフ・ボス(左)はどちらへ?」


「何か腹減ったからってどっか行ったけど」


「こんな人でも俺達の目を覚まさせてくれた御方なんだァッッッ!!!」


「やめようファースト! これ以上は精神と血圧に悪い!!」


 だが待って欲しい。あの魔王に関わった時点でこうなることは当然御結果ではないだろうか。

 魔王の誘惑に乗って心が壊れる的なアレは歴代万物摂理各地定番そのものである。なお高血圧&腹痛のダブルコンボで物理的に壊しに来る魔王はリゼラが史上初だが気にしないで欲しい。


「や、やるぞォオオーーーーーッッ!!」


「「「「オォオオオーーーーーーーーッッ!!」」」」


 まぁ、それが結果的に結束へ繋がったのだから良しとしよう。

 しかしゴブリン達は知らない。既に最大とも言えるミスを犯していることを。リゼラという指針を失った時点でこの計画は失敗だということを理解していなかったことを。今から暗殺を試みるその相手が、恐らく勇者史上最悪の暗殺者であることをーーー……。



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