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「ここが『星空の街』か」
その日の夕暮れ頃、彼等は『星空の街』を訪れていた。雪原に立ち並ぶ小さな街である。
地図の端っこに名前だけ載るような街ではあるものの、この街が『星空の』と呼ばれるには理由がある。北国の寒さは空を凍てつかせ雲を流さず、晴れた日には満天の星空を照らすことからそう呼ばれているのである。特にこの地理と季節の条件が相まって、運が良ければ空を舞う満点の星々を見ることができるんだとか。
ちなみに何故か、とある時期より見える星の数が減少したという報告があるが、些細な問題だろう。
「き、貴殿ッ……! 流石にそろそろ魔道駆輪を引くのは疲れたのだが……!!」
「ヌギャー! もうやだぁあああああ!! 疲れたぁああああああああ!!」
「何じゃこの程度で情けない。働け脳筋ども! 体力以外に使い道ないんじゃからせっせと動けオラァ!!」
「おいロー、謀反だ謀反。謀反するぞ」
「賛成だナー」
「何か最近御主らスナック感覚で謀反してない? 魔王なんですけど? 妾魔王なんですけど!?」
残念ながらポンコツ魔王に忠義の価値はない。
と、そんな事を話している間に、ふとシャルナが街の騒がしさに気付く。小さな田舎町程度の場所には似合わない、何とも賑やかな喧騒だ。
道行く老父に聞けば、どうやらこの街にサーカス団がやってきているんだとか。『星降り』の季節に合わせて街も賑やかになっている、とのこと。
「『星降り』……、ですか?」
「あぁ、この季節にね……。あるんじゃよ。一年に一夜、いつもの流れ星よりももっと多く、空を埋め尽くすほどの流星群が見られる『星降り』じゃ。その『星降り』が起こるとされる七日間はこの小さな田舎町が賑やかになる唯一の季節じゃな……」
「そうであったか……。何処の街にも賑やかになる日はあるものだな」
「ほっほっほ、賑やかなのは良いことじゃ。……それにね、面白い話があるんじゃよ。この街に小高い丘があるじゃろ? あそこの大木が見える丘じゃ。これは街の古い言い伝えなのじゃが、あの大木の下で流星を見ながら愛を誓い合った男女は永遠の幸せを約束される『星の丘』伝説というのがある。……ま、若いモンは信じとらんから、最近は誰もやらんがね」
ほっほっほ、と気楽に笑う老人の隣で、シャルナはルヴィリアへと目を見張る。
彼女の浮かべる悪しき顔色を見る辺り、どうやら確信犯らしい。
「まぁ、他にも『星の贈り物』と言って、毎年この季節に街の外れへ木の実や種などが積み上げられる、とも言われておる。いったい誰がそんな事をやっているのかは謎なんじゃが……」
「成る程……。しかし老父よ、流星や伝え話も結構だが、この街に魔道駆輪を預けられるような場所はないか? 宿も探しているのだが」
「ほっほっほ、若い人にはつまらん話だったかな? 宿ならば、街の外れに小さな宿があるぞい。魔道駆輪については、うぅむ、よう解らんなぁ」
「……了解した。感謝する」
「いやはや……、この時期は色々と賑わって外からの人間も来るからのう。もしかしたら魔道駆輪について知っている者もいるやも知れん。探して見てはどうか? 何より小さな街ではあるが出店も少しだけ出ておる。見回って退屈するわけでもなし、街を回るのも楽しいぞ。外から来て貰った人には、金を落としていって貰わんとのぅ。ほっほっほ」
相変わらず気楽な笑いを零す老人に別れを告げつつ、彼等は街へと入っていく。
街は見るからに田舎町と言う具合ではあったものの、老人の言う通り『星降り』の季節に備えた露店が幾つか見て取れた。やはり規模で言えば帝国どころか『花の街』にも劣るのだが、それでも田舎街なりに特別な季節であろうことが見て取れる。
彼等はそんな街の、雪かきの山が左右に並んだ舗装道を奇異の目を受けつつ進んでいく。
「いやぁ、何とも現金な爺さんだったねぇ……。あそこまでサッパリ言われると反論できないぜい……。まっ、『星の丘』や『星の贈り物』なんかの話は面白かったけどネ」
「尤も、俺達には星みたく落とすほどの金も贈り物もないがな。さて、宿に行く前に魔道駆輪を置ける場所を探さねばな……。この街は小さいようだし、宿の側に置けるほどの幅があるかどうか……。金策にしても素材などを何処かで売るか、軽く金儲けなども……」
「ハイそれなんですけどもぉ~」
ぐぃ~っ、と運転席のフォールの首を引っ掴み、ルヴィリアは後部座席へと引き摺っていく。
いったい何をする、と不機嫌そうに尋ねる無表情野郎に対し、ルヴィリアは一言。
「まだ体調完全じゃないくせに早速働こうとするんじゃないよ君は。今日一日は休暇を命じます!」
「……そうは言っても、魔道駆輪はどうする」
「どうせ動かないし、運転手の君がいたって意味ないだろう。それに街の中の舗装された道なら外よりも動かしやすいし、一人いれば引っ張れるさ。金策だって、今の体調の悪い君じゃ詐欺以外何が出来るっていうんだい」
「暗殺」
「やめろ馬鹿。とーにーかーくー! 君は今日休暇です! 宿の手配とかも全部やっておくから、君は街をぶらぶらして休むことっ! 解った!?」
「しかしそうは言うがな……。貴様等に魔道駆輪や金策を任せるというのは不安しか……」
「スライムに体調不良で会って風邪が移ったらどうするんだい!!」
「休む」
「よろしい」
理由がアレだが説得成功。ルヴィリアも段々この男の扱いに慣れてきたようだ。
兎も角として、この街での魔道駆輪駐車や金策、ないし買い出しや今後の旅の準備等と言った雑務からフォールは解任されることとなった。尤も普段から全て担っている彼が抜けることとルヴィリアに任せることの不安から、必要品メモ(※欄外に『必要物以外購入は処刑・なおスライム関連は除く』の誓約アリ)が渡されることになったりはしたのだけれど、些細な問題である。
「じゃ、案内にシャルナちゃんつけるから。ゆっくりしてきてネ」
「ふぇっ」
「……別に案内など不要だが。そもそもシャルナもこの街はよく知らんだろうに」
「言い換えると監視ですぅー。君また勝手なことして騒ぎ起こすんだから、今日一日はシャルナちゃんと一緒に行動すること!! 夜になったらローちゃん使って宿まで案内させるから、適当に街歩いてて良いよ~」
ぽんぽんっと二人を魔道駆輪から追い出すと、ルヴィリアは勇者がいないのを良いことにゲス顔をしている魔王とイマイチ不満そうなローを引き連れて魔道駆輪を引いて街中を進んでいった。
何とも都合良く進められたものだ。フォールもその怪しさに眉根を顰めつつ、シャルナは余りに素早く進んだ事態に顔を真っ赤にしつつ、ただ遠ざかる魔道駆輪の背を眺めて立ち尽くす。二人して、それぞれ別の意味で『やられた』と口に出すのは、さて、何分後のことであろうか。
「……まぁ良い。奴の言う通り体調が完全ではないのは事実だし、ろくでもないことをやればその分仕置きすれば良いだけの話だ。今回は一日休養とするとしよう」
「もうなってるから……! ろくでもないこと……!!」
「……何か言ったか?」
「いや、もう……、なんでもないデス……」
斯くして始まるフォールとシャルナの休日。この『星空の街』で二人はこの夕暮れに、熾烈に渦巻く運命の間にほんの少しだけ、安らぎを得ることとなった。
これより訪れる決戦の前に、少しだけ。幾時も刻み続けられてきた彼等の旅路に、ほんの少しだけ、とある四天王の決着を付けるために、少しだけ。平穏なる街で、平穏なる祭りの時に、平穏なる休息を。
これより始まるのは彼等の旅路ではない。勇者と四天王の物語でもない。フォールとシャルナの、安息なる夜の物語である。
「やべぇよやべぇよ……」
と言うとでも思ったか馬鹿め! 疫病神の名は伊達ではないわ!!
「ん? 何じゃあの獣人。チンケな格好で辺りを探り周りおって。変質者か」
「ローちゃん一人に魔道駆輪引かせてる僕達も相当だと思うけど……。あり? アレって確か、『火吹き』のボボンボじゃないかな。ホラ、『花の街』の武闘会にいた獣人さ」
「ンなモン覚えとるか! おい、そこの……、えー、ボボンボとか言うたか!? 何をしておる!」
「あ、あぁ、アンタ……、そうか、『花の街』の! やべぇんだよ、助けてくれよぉ!! 大変なことになったんだよぉ!!」
「何じゃ何じゃ、落ち着いて話すが良い」
「そ、それが……、ゴブリンいるだろ? あの雑魚モンスターのくせに悪知恵働く奴等さ!! アイツ等に今日打ち上げるはずの特大花火を奪われちまったんだよぉ!! 何でもこの辺りで悪さしてたゴブリン共を止める手立てがなくて増長させちまって、ついに人の物まで盗み出した矢先のことで……」
「ほーん、大変じゃのう。頑張れ」
「『ほーん』じゃないぜ!? もし花火がこの街に撃ち込まれたら大変なことになる!!」
「言うてもアレじゃろ? 打ち上げ花火じゃろ? 街中でちょっと綺麗な花が咲く程度ではないか。雪景色ばかりで飽きておったところじゃ。ちょっとぐらい華やかな方が愉しめるというものじゃわ」
「流星群を模した超大玉だから街吹っ飛ぶと思う……」
「人間のその飽くなき爆発物への情熱なんなの?」
爆発は浪漫。浪漫です。
「何であのアホ共の核地雷と言い御主の花火と言いそんな高火力にするんじゃァ!! 控えめという言葉を知らんのかアホがぁ!!」
「魔王城の財政難原因No.1だったリゼラちゃんが言っても説得力ないよね」
「愚者は己の過ちを振り返らず他人に毒を吐く。振り返れば賢者、毒を吐かねば勇者になれるとも知らずにナー」
「仕方ねぇだろウチのサーカス団の目玉なんだからぁ! 頼むよアンタ達も見つけるの手伝ってくれ!! もしゴブリン達に撃ち込まれたりしたら祭りが中止になるどころか街全体が大変なことになる!! アンタ達もただじゃ済まない! 頼むよぉ御礼するからぁ!!」
「嫌じゃだってもうオチ見えてるもん! 爆発物って時点で知ってるもん!! 妾が今まで何回その被害に遭ったと思っとんのじゃこの獣人テメェオラァ!!!」
「いやこれは協力しないとマズいわ待ってマジでマズい僕の努力全部無駄になるアレだわやってやるぜよっしゃ協力しようボボンボ君なぁに『花の街』で闘技場脱出を試みた仲じゃないかハッハッハッハッハッハ!! 僕の魔眼を舐めるなよ下級ゴブリン共がァッ!!」
「裏切りやがったな変態この野郎!! ちくしょう御主などニッチな同人誌のエロネタみたいなことになってしまえ!! ロー、御主だけは妾の味方じゃよな!? なっ、忠義あるもんな!! なァくそォッ!! 養豚場の豚を見るような目だァ!! 妾に味方はいないのかクソがぁ!!」
安寧の裏で巻き起こる、残酷な現実の物語。
斯くしてスウィーツ(笑)二人組の平和を守るべく奔走する智将とその愉快な仲間達。もうどう考えても平穏で終わるワケがないこの騒動の行き着く果ては、さて何処になるのやら。もとい、魔王達に微塵でも平穏が訪れることはあるのだろうか?
それだけは絶対にないが今日も始まる騒がしい夕暮れ時。頑張れ魔王、走れ智将、あくびをするな最速! 彼女達の逝く末はどっちだ!!




