【5】
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「う、うぅん……」
どのぐらい気絶していたのだろう。
魔王リゼラは呻きながら、未だ眩む自身の頭を抱えて起き上がった。
何だ、いったい何が起こった? 待て、頭が痛い。落ち着け、何が起こったかを思い出せ、えっと、そうだ、えー、あれだ。あのバカ勇者だ。あのアホ勇者だ。アイツのせいで大変なことになったのだ。
「ぐ、ぐぐぅっ……!」
必要だとか何だとか言って人を操縦桿に結びつけやがって。しかもそのまま魔道駆輪を投げやがった。あの野郎、魔王を何だと思ってるんだ。
「お、憶えておれよ、あのクソ勇者めぇっ……!!」
「誰がクソだ」
気付けば、自身の隣にはいつも通り操縦桿を握り、魔道駆輪を運転する勇者フォールの姿があった。さらに過ぎ去る紅蓮の岩肌の景色も。
いつの間にやら、山を下っているらしい。凄まじい速度で過ぎ去る光景ばかりが彼女の視界をまた眩ませる。
まぁ、それが光景のせいかと問われれば、頷きかねるところではあるのだが。
「…………」
嗚呼、やはり駄目だったか。この男が此所にいるのが何よりの証明だ。
シャルナなら、彼女の剣技なら、この男を倒すことができると思っていた。あの研鑽された剣閃は物理のみに限れば自身さえ上回っていたというのに。
だが、仕方ない。奴めがどんな末路を辿ったかは解らないが、せめて、墓ぐらいは作ってやりたかっーーー……。
「…………」
「…………」
「…………えぇ」
振り返った彼女の視界に映ったのは膝を抱えて蹲る筋肉だった。
鍛え上げられ岩石のように引き締められた腕や、横から覗いてもミッチリくっきりと割れた腹筋。本来ならば威圧感溢れるそれらが、何故だかカラメルのかかったプリンよりも柔らかく見える。と言うか、小さく見える。
何だろう、とっても解る。悲しみってここまで魔族を小さくするんだね。
「……いや、勇者、何してんの。何で連れてきてんの?」
「何か問題があるのか?」
「問題っていうかさ……」
てっきり、この男なら殺しはせずとも肉の方を優先して彼女は放置するかと思っていたが。
しかし事実、こうして連れてきている。筋肉ダルマがファンシーな装飾の中で膝を抱えてる光景とはカオス極まれりといったところだが、確かに連れてきている。
何だ、何が目的なのだ? まさか彼女も人質にするつもりか。封印魔具の場所を聞き出すために人質にしたのか。
有り得る。と言うかむしろ間違いない。この男め、肉だ何だと言っていたくせに周到な奴め。
「ふん、相変わらず気に喰わぬ奴ーーー……」
「見ろ、これを」
勇者が掲げたのは漆銀の大剣だった。
見覚えがある。と言うか、あって当然だ。
それは東の四天王を代々務める龍族が受け継いできたという、覇龍剣なのだから。一太刀で山を斬り二太刀で大地を裂き、三太刀で斬れぬものはないと言われている、最強の剣なのだから。
成る程、自分の剣が折れたからこれを使おうと、そういう。
「肉叩きに最適だとは思わないか」
「やめろよ? 御主絶対やめろよ!?」
罰当たりとかそういう次元じゃない。
「それがどんだけ神聖視されてるか知ってるのか御主!? 魔族で言うトコの聖剣みたいなモンだぞ!!」
「だがこの重量と言い厚みと言い、まるで肉叩き専用の……」
「そもそも剣は肉叩きの道具じゃなかろう!? 肉叩き使えや!!」
「あるモノは使う主義」
「それもう聞いたァッ!!」
この男を知るにはスライムキチとだけ知っていれば良いと言ったが、訂正しよう。
そうじゃない、この男は一途なだけだ。頭がおかしいレベルで一途なだけだ。
周囲の迷惑や自分のことなど考えもしない。ただ目的の為ならどんな無茶でもやってみせる、トンデモ野郎なのだ。
「…………」
「……な、何じゃ?」
「……今、スライムの鳴き声が聞こえたような」
「おいバカやめろ操縦桿切るなよ? 切、やめ、構えるな構えるな振り抜くなぁああーーーーッッ!!!」
さらに訂正。スライムが最優先だそうです。




