【プロローグ】
――――永き刻であった。それは永劫とさえ言えるであろう停滞であった。
万人には万人の答えが存在する。それは同じモノも異なるモノもあり、或いは万人以上の答えが存在するのだろう。幾ら綺麗事を並べ立てようと偽善者ぶろうと、その真実だけはいつの世も変わることはない。
理由など如何に下らないものでも構わない。如何に下卑ていようが崇高だろうが大差はない。重要なのはそれを掲げる者が殉ずるに値すると信じているかどうかだ。
愚物よ。貴様は、果たして、何のために運命すらも敵に回すのかーーー……。
これは、永きに渡る歴史の中で、頭脳を魅せ続けてきた南の四天王と西の四天王。
相反なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼女達のーーー……。
「ローちゃん、機械類に触るのは禁止です」
「何でダー?」
「何でもこーもないよ!? 君のせいで危うく死にかけたんだからね!?」
「事故は起こるサー」
「事故って言うか事件ね!? 駄目です駄目ですオシオキです!! じゃあまずは手始めにパンツ脱ごうか! ね!? ほら脱ごう!! 脱いで僕に渡そう!! ね、ねっ!? 今すぐ、さぁ! さぁ!!」
「履いてない」
「え」
「履いてない」
「……えっ!?」
愚昧の物語である!!
【プロローグ】
からからから、ぷすんっ。ぼす、ぼふふっ、ぼしゅっ。ぷぴーっ。
「「「「…………」」」」
ころ、ころろろっ。がらーっ。
「……駄目、だな」
『凍土の山』もとい『凍土の平原』の中道。積雪残る山道の最中で、魔道駆輪は黒い煙と奇妙な音を噴き上げながら停車した。
運転席でぼそりと呟いたフォールはそのまま車を降りて工具箱を取り出しつつ、全員に野宿の準備をするように伝える。しかし時刻は未だ日中で、昼前も良いところだ。今から野宿の準備をしても食料が不足しているわけでも洗濯物が溜まっているわけでもなし、時間を持て余すことは明白だろう。
しかし、全員がそれに従った。移動手段たる魔道駆輪がこの有り様では、進むこともままならないからだ。
「やはり、駄目か」
「レッド達と別れた後、無理やりにでも走らせてきたからな。兵器形態のせいで消耗も激しかった……。無理もあるまい。残る海中、空中、地中形態を見せられなかったのは残念だがここが限界だ」
「御主のその技術力何なの?」
「初代魔王の知識を使っただけだ。記憶は断片ばかりだったが、素材が良かったからな。せめてもう少し時間があれば、どうにかなったと思うが……」
フォールは地図を拡げ、道程を確認する。
赤や黒で幾つも書き連ねられた順路には大体の所要時間、及び徒歩での移動時間も記されている。当然ながら魔道駆輪で移動するよりも遙かに時間が掛かり、さらに道中の危険度も大きく変化するし、何より魔道駆輪をここに置いていかなければならない。その中身も、必然に。
フォールのことだ。スライム人形は当然持って行くだろうが、それにしても他の食料や手荷物も置いていくことになるのは酷く痛手だ。
「残りの旅路を考えれば野宿道具さえあれば良い。野生の獣さえ狩って喰えば何とかなるしな。調味料の控えもある。……しかし、うむ。魔道駆輪をこんな山中に捨て置くというのも、な」
「そうは言うが、魔道駆輪を押しながら残りの道程を進むわけにもいくまい。騙し騙し走るのも、もう無理なんじゃろ?」
「そうだな……。もう数百メートルか、あと一回『ザ・滅亡の帆』になれれば良い方だ。やはりフォーメーションΔまで用意する前に補強部分を強化しておけば良かったか……。ドリルは浪漫……」
「待って? ホント御主のその技術力何なの? 勇者じゃないよね? ねぇ!?」
それが勇者クオリティ。などと言うのは良いが、実際のところ問題は何も片付いていない。
既に『凍土の平原』の端も端、雪原の雪も途切れて大地の土色や緑草が見えているような場所ではあるのだが、それでも夜になれば吹雪になるかも知れないし、こうも開けた山道だと野営で過ごすのは難しい。カマクラを作るという手段がないわけでもない、が。
その前に、彼等の後ろから地図をなぞる指先が一つ。
「ここに街がある。『星空の街』って呼ばれてる小さな街さ。昔は探掘なんかで栄えてて、坑道も通った結構大きな街だったんだけど、今はもう鉱石も取り尽くして綺麗な星空で有名な落ち着いた田舎街になってるらしいぜ? ここに魔道駆輪を預けて、これからの道程のために荷物を買い込めば良い」
「……ルヴィリア、しかしこちらの方角は」
「『氷河の城』から別方向だって言いたいのかい? けど君の風邪だって完治したわけじゃないし、魔道駆輪のこともある。僕はこの街を目指した方が良いと思うぜ。遠回りした方が近いって時もあるもんさ。今から行けば夜になる前には到着できるぜ」
ルヴィリアの助言に、苦々しく眉根を顰めるフォール。
彼はうんうん唸りながら、その隙を見て食材を盗もうとしたリゼラを抹殺しつつ、道のりを計算する。しかしその前にはもう彼女はシャルナとローの元へ行って準備を中止させていた。まぁ、事実その通り、街へ行くことになるのだから行動は早いということだ。
しかしルヴィリアはそんな片付けを手伝うでもなく、かと言ってフォールに助言するでもなく、さらにリゼラを助けるでもなく、何気ないフウにシャルナの腕を掴んで魔道駆輪の影へと引っ張っていった。ちょっと話があるんだ、と付け足しながら。
「君、フォール君とヤッたろ」
「ぼげほォッッ!!」
噴出、直撃。
なお変態にとっては御褒美なので問題ありません。
「ばっ、きで、何で、貴殿!? ぬはぁっ!? ……はぁぁあーーー!!?!?」
「あのね、僕のチート権能をお忘れかい? 彼の体から君達の痕跡がまぁもやもやと……。ローちゃんはいつも寝床に潜り込んだりしてるから解るけど、君の痕跡が見えるのはハッキリ言って異常事態だ。彼がショタ化してたならまだしも、今の状態で出てるってことはつまり、僕が雪毛草を取りに行ってる間にヤッ……」
「ま、待て! 違う、違うんだ!! そういうんじゃない!!」
「君の恋を応援するとは言ったけど段階飛ばしにも程があるぜ。あはは~……」
「聞けバカッ! い、良いから話を聞いてくれぇ!!」
懺悔のように涙を浮かべながら、シャルナは何があったかを告白していく。
先日のあの地底都市の出来事よりも少し前、『凍土の山』の洞窟で遭難していた時に起こった、あの淫靡なる出来事をーーー……。
「……シャルナちゃん、それ犯罪」
「ち、違うんだぁ! あぁあああぁうぅぅああああああああああああああ!!」
「野生本能に従うローちゃんならまだしもさ……、いやもう多くは言わないけど……。それより君解ってるかい? もう時間ないんだよ?」
「ぇぉろぼぇあうぅあえ……?」
「あぁうん、一回顔拭こうか」
ちーんっ。
「こほんっ……。あのね、解ってる? 僕が今ルートを歪めて来たけれど、『星空の街』が最後のチャンスなんだぜ? アゼスちゃんのいる『氷河の城』を超えれば休息できるような街はもうない。『広き平原』、『深き森』、『盗賊の祠』、『始まりの街』……。いや、初代魔王カルデアのことを考えればもっと短いだろう。僕達に残された安息はもうあの街だけなんだ」
「ぁ、うぅ……」
「特に初代魔王カルデアのことは無視できない問題だ。フォール君はあんな外見と性格と性癖だからサッパリしてやがるし、実際そうなんだけど、相手はそうじゃない。見た目こそ同じでも容赦のない……、いやアイツも容赦ねぇや。まぁどっちにせよ容赦のない戦いになるのは間違いないことなんだ」
――――確かに、ルヴィリアの言う通りだ。
フォールの弱体化もそうだが、何より初代魔王カルデアの問題は目をそらせる事ではない。
先日の地底都市ではどうにか退けることができたが、アレも幸運に幸運が重なってようやく退けられたようなものだ。もし何か一つ失策していれば結果はどうなっていたか解らない。
もちろん、レッドの助言を忘れたわけではないが、看過できない問題であることに代わりはない。
「ほら、眉根が難しい形になってるぜ」
ぺちん、と。シャルナの褐色の額にデコピンが飛ぶ。
当然ながらダメージを受けたのはルヴィリアの方なのだが、それは兎も角。
「笑って、ホラ。笑顔が大事だぜ、笑顔が。確かに男っぽいトコもあるけど、可愛いんだからさ」
「ルヴィリア……」
「決着、つけろよ。こんだけお膳立てしてあげたんだ。君だって伊達に東から一緒に旅してきたわけじゃないだろう? この最後の大地で、最後の街で、君の答えを出すんだ。……永い旅立ったけれど、終わりは来る。だったら君の気持ちにも区切りを付けなきゃね」
「……あぁ、そうだな。その通りだ」
「仮にも僕が惚れた女の子だ。堕とせない男なんかいるわけないよ」
にしし、と笑う彼女の表情に、シャルナは微笑みを返す。
何処か照れくさく、けれど嬉しそうに、親友とも呼べる彼女の励まし通りにーーー……。
「あ、でも避妊はしてね? ゴム貸そうか? フォール君にサイズ合うかな……」
この直後、『凍土の平原』に覇龍剣バッティングによる5000mの新記録が刻まれたのは言うまでもない。あと序でにその変態捜索に数時間、埋葬に半時間、復活に三秒掛かったことも追記しておこう。
自業自得だからね、当然だネ☆




