【2】
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「へぇ、そんな事がねぇ」
「お姉様ぁ♡ もっと、もっとくらはぁい……♡」
「はいはい。後で……、ね?」
「あはぁんっ♡」
「むしろこちらが何があったか聞きたいんだが」
「ルヴィリア君! ピンクの座が空いてるのだが、どうだね!?」
「ピンクなのは頭だけだ。やめておけ」
建築物の影で何十分ぶりやら、ようやく腰を落ち着けた一行。ただし平穏には未だ程遠く、イエローが持って来たポーションや傷薬で各々の傷を手当てする程度だ。
それでもようやくの安寧である。薄暗く、蒸気すら漂う何とも不気味な細路地だが、今ここは彼等にとってやっとこさ一息つける場所なのだ。まぁ、何名かにとっては色々な意味で安堵には程遠いわけだったりするのだけれど。
「いやしかし、まさか君達があの覚醒の実を喰らったゴーレムを打倒するとはね。流石の僕もこれは予想外だったぜ。やるじゃないか」
「……ふん、またやれと言われても二度と御免だし、できる気もしないがな」
ラングマンはイエローの手を借りることなく手前でテキパキと傷口に包帯を巻き付けつつ、いやみったらしく言葉を零す。
「それより気に掛かるのは貴様だ。何だ? さっきの火力は。あのゴーレム共を一瞬で灼き尽くし、炎の翼で飛翔してみせるなど、最上級冒険者、いや、帝国十聖騎士レベルだぞ。……俺がかつて肩を並べた『戦場の死神』と呼ばれた傭兵メタルでもあんな攻撃を食らえば一溜まりもないだろう」
「ソウダトヨカッタンダケドネ……」
「何か言ったか? ……まぁ良い。兎に角、だ。貴様等の素性を明かしてもらおう。もうこうなった以上、核地雷については兎に角言わないがそれでも貴様等の素性を明かしてもらうだけの権利はこちらにあると思うのだがな?」
「……えーっと」
ルヴィリアは気まずそうに視線を逸らし、言い淀む。
当然だ。まさか自分が魔族四天王の一人で、いやまぁ元だが、他の二人は現役な上に魔王までいるとかどう言い訳しろと言うのか。しかもそこで気絶している男に到っては勇者である。
これまでの事を説明するには半日あっても足りないし、そもそも信じて貰えるわけがない。と言うかルヴィリア自身、自分なら絶対信じず半笑いで二メートルほど距離を取る自信があるほどだ。
「はーはっはっは! まぁ良いではないかラングマン!! 我々は彼女のお陰で助かったわけだし、フォール君の助言なくしてはあの危機は乗り越えられなかった!! 例え彼等が何物だろうと我々は今助け合うべき仲間だ!! だろう!?」
「……いや、だがな」
「そう嫌味を言うものではないさ! 彼女のお陰でイエローも無事だったと言うし、この調子ならばブラックもきっと無事に違いない!! 様々な問題はここを出た後でもどうにかなる!! 今大切なのはこの地底都市から脱出することだ!! その為には熱い友情さえあれば難しい問題ではないのだから!! はーっはっはっはっはっは!!」
「まぁ……、うむ……」
怪我人とは思えないほどうるさい声と溌剌とした様子にルヴィリアは苦笑を零しつつも、内心ガッツポーズを決めていた。
何故だか知らないがレッドが良い具合にラングマンの抑え役に回っている。これならば或いは、と。
「いや、ここは説明しておこう……」
「む!? フォール君!! 目覚めたのかね!?」
「あぁ。ここまで来れば隠し通すのも不義理というものだ……」
「……ふん、面白い。では聞かせてもらおう。貴様等の真実とやらを!!」
フォールは風邪に気怠い瞼を見開き、語り出す。
この世界に隠されし、恐るべき真実をーーー……!
「……実は俺達はスライム星からやってきたスライム星人なのだ。スライム神様のお告げによりこの世の困った人々を救うべくスライム教信者達と共に世界の災厄を止めるべく日夜鍛錬に鍛錬を重ねたスライム・エリートに護衛され、この星に訪れるであろう厄災について調査している、というわけだ。……ちなみに俺はスライム・リーダー。そいつがスライム・変態だ」
「成る程! 我々冒険戦隊と同じような……、む、どうして皆して真顔のまま四メートルほど離れていくのだね!?」
そりゃそうなるわ。
「……ともあれ、どうやら危機は脱したようだな。貴様とも合流できたのは僥倖だ。スライム・変態」
「控えめに言ってはよ死ね」
「すまない、この星の空気に当てられて混乱しているようだ」
「どう考えても混乱しているのは貴様なんだが。……解った、もう良い。深くは聞かん。貴様等は核地雷だけ返してくれれば誰だろうがもう何でも良い。こちらから提示する条件はそれだけだ。解ったか、スライム・リーダー、スライム・変態」
「お前何でそこだけ採用するんだよこの殺し屋野郎!!」
「冗談だ」
明らかに確信犯である。
「まぁまぁ、それより今大切なのはあの少女をどうやって回収して、どうやって脱出するか、よ! 結果的にではあったけれど私達の戦いが陽動になって、目的地の中央モニュメント辺りは見張りも少なくなっているはずだわ! 核地雷を爆発させて脱出するなら今の内よ! ねぇ、犬!!」
「ジェニファー様の仰る通りです……」
「え、この夫婦何があったの」
「聞くな、話すだけ頭が痛くなる……。何はともあれまずはリゼラとかいう小娘を回収することだな。しかし奴のいた場所からは酷く離れてしまった。幾らその変態がいるとは言え、先程の強力な個体、覚醒ゴーレムだが、奴等が現れないとも限らん。先程のような奇跡は二度も三度も起こらないぞ」
「……そこだな。ルヴィリア、貴様アレの足止めは何処までやれる?」
「いやぁ、流石に見てないから何とも言えないけど……。話に聞く限りだと倒すのは難しくないね。たぶん可能だ。だけどそれはあくまで一体や二体だけの話であって、五体以上来られるとかなり厄介になる。それにゴーレムだって兵隊型と空中型ばかりじゃないんだろう?」
「その通りだ! 重武装の兵器型や獣のような猛獣型、透明化できる迷彩型に地面を掘削するドリル型がいてだね!!」
「待って待って多い多い! 君達よくそんな多彩な奴ら相手に一ヶ月生き延びたね!?」
「……実際のところ空中型と兵隊型以外は浪漫と言うか、何と言うか、まともに機能してないからな。作ったは良いが使い所がないという、まるで趣味に金を費やすまでは良いものの組み立てたり消費する暇がなく置物と化す趣向品のような、術者の趣味が丸見えな奴等だ。正直、労働役の歩行型と見張りの兵隊型、偵察の空中型以外は見る機会すら殆どなかったほどだ」
ルヴィリアは『これ絶対飽きて都市の片隅に放り捨てられてるな』という言葉をそっと飲み込んだ。
「……流れを切るようで何だが、その変態がそこまで使えるならば他の二人はどうなんだ。あの褐色大男と獣人の娘がいただろう」
「いやあの子女の子だからね? 本人の前で絶対言わないでね!?」
「あの二人に関しては別の任務を伝えてある。上手くいけば俺達が抱えている問題の大半を解決できるが、まぁ、奴等ならば一定の成果を上げるにせよ時間はかかるだろう。こちらの使える手駒はこの変態だけと考えた方が良い」
「何なんだよ二人して変態変態って! 僕は健全純白清純レディだっつーの!! ねぇイエローちゃんおっぱい揉ませて!!」
「あ、駄目ですお姉様♡ 皆が見て、あぁんっ♡」
「いやぁ女の子同士が絡み合う姿は見てて癒」
「犬」
「はい」
「この馬鹿共は放っておくとして、では最優先は小娘と核地雷の回収で異論ないな? そこの馬鹿が握り締めて止まないスイッチはもうどうにでもして引き剥がすしかない。さもなくばあと……、一時間半ほどか。で、小娘の核地雷が自動爆発するからな」
「そう言えば忘れていたが時間制限もあるのだったな……」
「貴様の手からスイッチが離れれば全て解決するのだが……?」
「いや……、無理……。スライム……、駄目……。スライム……、心の友……。スライム星人……、スライムない……、死ぬ……」
「控えめに言ってはよ死ね」
デジャヴ。
「ともあれ、それでやっていくしかあるまい。リゼラが落下した地点は俺達が来た方向から逆算すれば問題ないが、先程の戦いでゴーレムが集まってきているであろうことも考えてルートは別を採った方が良さそうだ。可能なら隠密行動を取りたいところだが……」
「俺とルヴィリア君でゴーレムを破壊するわけにはいかないかな!? なぁにこの程度の怪我など大したことはないさ!! イエローが手当してくれたしね!!」
「馬鹿が、やめておけ。脱出前に魔力を使い切るつもりか?」
「ラングマンの言う通りだ。ルヴィリアにもできるだけ魔力を温存させておきたい」
「いやもうできるだけって言うか、雪毛草採取大冒険のせいで僕ほとんどヘトヘトなんですけど……。まぁ確かにそんな脳筋作戦で行けばゴーレムの大軍を引き付けるだけだろうね。オススメはできないかな」
「むぅ! 難しい!!」
うんうんと唸る面子を前に、フォールはそっとルヴィリアに耳打ちした。
貴様の魔眼で熱探知機関を誤魔化せないか、と。しかしその答えはNOである。
「難しいだろうね。誤魔化すこと自体は簡単だけれど、彼等に対する説明が難しいんだ。正直今もレッドのお陰でなぁなぁにしてるけど、魔族って事がバレたら流石に彼等もこっちに着きはしないだろう。むしろ僕達が一連の黒幕だと判断されてもおかしくない」
「駄目か……」
「むしろ黒幕と言えば僕が気に掛かるのは君の……、いや、初代魔王カルデアだ。君と全く同じ姿である以上、そうとしか考えられない。どうして奴がここにいるんだい? 君を倒して体を奪うためか? いや、そもそも現界しているのにまだ体が必要なのか? しかも体が必要なら、何でこんな回りくどいことをする? 直接来れば良いだろうに」
「……さてな、そこは解らん。奴が本当に存在しているのか女神めの幻覚なのか、妖精や精霊のような霊魂的な存在なのか。だが確実なのはこの地底都市に奴がいてゴーレムを利用した以上、『最硬』とやらの繋がりも視野に入れるべきだということだ。そいつは力や権力と言った、絶対的な存在に従うような性格か?」
「え、いやそれはないけど『一生働かなくてもお金貰えてぐーたらできる権利』とかだったら絶対墜ちると思う」
「やはり四天王にまともな奴はいないのか……。だが、貴様の言うとおり回りくどいという点には同意だ。もし『最硬』がカルデアに懐柔されているとしても、俺を倒すならばもっと別のやり方があるだろうに。いやカルデア自身にも言えることだが、やり方が回りくどすぎる」
「だよね。言っちゃ何だが、今の君の状態なんて絶好の機会だろうに。……だとすれば他に目的がある、って事かな? けどいったい、何の目的があるって言うんだろう」
「単純に考えられるところでは兵力の補強だな。カルデアからすれば例え俺の体、つまり『厄災の人形』を奪ったとしても『不魂の軍』『滅亡の帆』『神代の矛』を失った状態だ。『覚醒の実』による覚醒ゴーレムを兵とできるなら充分戦力になる。あの機動力と装甲は驚異だ」
「だけどそれだけじゃ君を放置する理由にはならない。カルデアからすれば一番の目的だろう?」
「そこだ。そこが解らん。兵力以上の目的があるのか? ……或いは、俺などいつでも仕留められるという余裕か。或いは、いいや、それ故に今は俺より優先する何かがあるのか」
フォールとルヴィリアはそこで言葉を打ち切り、互いに深く首を傾げ込む。
しかし幾ら考えても答えの分からない計算式に答え合わせはできないものだ。フォールは問題を早々に『いや』と短く言い切って手を振り払い、問題を打ち切った。
「今はどうやってリゼラを回収するかだ。食い物はあるか」
「まず一番にそれが出て来る辺りがね……。問題はゴーレムの注意をどうやって逸らすか、じゃないかい? 少なくともこの面子でゴーレムと戦いながらなんて、さっき言った通り無謀すぎる。やり方だけなら、まぁ、僕の炎を延焼させて囮にするなんてことも考えたりはしたんだけど……」
「無理だな。この都市が泥でできている以上、持続させるには貴様が燃やし続けなければならないし、射程距離の問題もある。無駄にゴーレムの注意を集め、魔力を浪費するのが関の山だ。そもそも温度で驚異を判定しているとは言え、ただ熱いだけでは標的として判断されるかどうか……」
「あ……、そっか。動いてないと駄目なんだっけ。そりゃただ熱いだけで驚異と判断されるなら摩擦熱とかも含まれるし……。ん? 温度で、動いてないと?」
「何だ、何かあるのか」
「それってもしかしてさーーー……」
ごにょりごにょり。互いに耳打ちし合い、フォールは『成る程』と相づちを撃つ。
ルヴィリアの提案は耳にするだけならば全く馬鹿らしい話だが、この状況においては間違いなく効力のある逆転の発想だった。
そう、何も熱して注意を集める必要はないーーー……。その逆だって可能なのだ、と。
「……おい貴様等、何の話をしている?」
ラングマンがその様子に気付き何事かと問い掛けると、ルヴィリアはあくどい笑みを、そしてフォールはいつもの無表情のまま、一言。
「喜べ。……貴様等のお陰で、活路が開けるぞ」




