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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
陰謀の地底都市(後)
382/421

【プロローグ】


【プロローグ】


「何なのだあの個体はァッ!!」


 ラングマンが射撃した瞬間、覚醒兵隊型ゴーレムはその弾丸を的確に塞ぎ、背後の覚醒空中型より収束されていた光が解き放たれた。それが砲撃の類いだと理解するよりも前に、彼等は蜘蛛の子を散らすように爆散させられる。

 爆炎に吹き飛ばされ、塵芥のように空を舞う面々。刹那に巻き起こったその惨劇を完全に理解できる者は少なかった。いや唯一、適応できたのはフォールただ一人だったと言っても良い。

 彼は即座に左右を飛んでいたレッドを、そして自身と縄で繋がれた面々を掴むと眼前へと投擲、自身もまた窓硝子を突き破って建築物の中へと飛び降りた。そしてそのまま全員を引き摺りながらさらに向かい側の建築物へ跳躍ーーー……、するほど体力はない。彼は一つ目の建物に二人ごと飛び込んだ時点で既に体力は尽き果て、その場にどさりと昏倒した。


「説明すると……、長くなる……。その前に少し気絶させてくれ……」


「スナック感覚で気絶するんじゃない!! 貴様には奴等が何なのか、そしてあの霧に消えた男が何なのか説明する義務がある!! 何だ、奴は! いいや、何なのだ貴様は!! どうしてあの怪物を知っている!? 貴様はいったい……!!」


「質問が多いな……。だが、俺に説明できる一言は『覚醒の実(エデン)』に尽きる……。つまるところ、あの二体のゴーレムは他の個体より異常に強力ということだ……。戦闘、ないし接触すべきではない……。少なくともレッドの火魔術でも打倒することは不可能だろう……」


「馬鹿な、無罪証明できない男を信用しろと……!?」


「だが有罪証明もできない。悪魔の証明、というやつだな……。しかし敢えて弁明するのならば、()は俺にとっても障害たり得ているというだけのことだ。そして奴の正体も、たった今理解できたというだけのこと……。端的に言えば俺も被害者、ということだな。コホッ」


「貴様と言う男は、本当に……! まさか自分が勇者だとでも言いたいつもりか!? 先程のように、また嘯くつもりか!! 人はその盲信を蛮勇と呼ぶのだ!!」


「いや、割とマジな方面で勇者なんだが」


「貴様のような勇者がいるかァッッッ!!」


 非常に残念ながら現実はいつも残酷なものである。


「やめるんだ、ラングマン……。彼の言っていることは真実だ……! 目がそう語っている!!」


「この泥のように濁り果てた目がか!?」


「馬鹿を言えどんな湖より透き通った美しい瞳だろうが」


「水底に触れてはいけない危険生物が眠っているタイプの湖だろうが貴様は!? ネッシーか? ナッシーか!? えぇ!? 何だ答えてみろ!!」


「スラッシー伝説ならあるぞ。古き時代、未だ世界が構築される前の話だ。人魔の争いにより穢れ果ててしまった湖に一体のスライムが舞い降り……」


 などと言い合っている彼等の言葉を押し潰すように、建築物の窓を覚醒兵隊型の巨大な腕が突き破った。

 さらに建物を上下に引き裂くように両腕が押し込まれ、建築物全体がめきりめきりと激震と共にひしゃげていく。


「スライムは瞬く間にスライム的な龍の姿になると天へ上り、こう仰った。『争いをやめよ。美しき湖は我が体のように水晶であるべきだ』と……。人々と魔物はその美しさに見惚れ潤い、争いをやめるべくスライム神様へ祈りを捧げ……」


「まだ続けるのかその話!? いや待て、そもそもスライム的な龍とは何だスライム的な龍とは!! どう考えてもキメラだろうそれ!!」


「落ち着きたまえ諸君……! 今はそれよりも逃げることだ!! 見ろ、ダンディ、ジェニファー夫妻が気絶してしまった!! このままでは彼等が危険だ!!」


「おい、今の内だ。縄切れ、縄」


「おい貴様の刀剣を貸せ刀剣を。俺のナイフでは駄目だ」


「速攻見捨てようとするんじゃない! 実は仲良いだろう君達!?」


 類は友を呼ぶ。良い言葉ですね。


「フォォオオーーーール君!」


 と必死に縄を切るべく悪戦苦闘していた二人だが、突如として傷だらけのレッドがフォールの肩に強く手を置いた。

 いやもう置いたっていうか叩いたっていうか握り潰してるっていうか、フォールの身長が二ミリぐらい下がるほど強く置かれたわけなんですけども。


「大丈夫だ!! 俺は君を信じる!! ラングマンも心の底では君を信じている!! 気絶している夫妻もそうだ!! 信頼は何にも勝る宝だよフォール君! つまり我々はこの世のどんなものよりも価値ある関係を築けているということだ!!」


「近い近い顔が近い」


「それを思えばどんな困難だろうと俺達が負ける道理はないと思わないかな!? うん解っているとも! 確かに君の眼差しは虚ろだが、その奥にある情熱をしっかり見抜いているぞ俺は!! さぁ共に征こう、君の闇になど負けてはいけない!! 君の為すべきことをするんだ!! 俺はその為ならばどんな事でも協力しよう!! こんな危機的状況だからこそ!! 俺達が救済の架け橋になるんだ!!!」


「解った、解ったから静かにしてくれ。頭が痛……」


「解ってくれたかありがとう! じゃあ行こうじゃないか大丈夫か俺が背負うか!? なぁに遠慮することはない俺達は誇り高き信頼で繋がっているのだからこの絆は何者にも絶てないさ任せろ俺に掛かればこんな困難なんて今すぐにでも打ち壊してみせよう!! さぁ俺の手を握るんだフォール君、一緒にこの闇を打ち破ろう!! さぁ! さぁ!! さぁ!!!」


「……俺こいつ嫌い」


「奇遇だな、俺もだ」


 二人が同意し合っている間にも、彼等のいる階層は段々と拡がっていく。

 体感の問題ではない。物理的に、覚醒兵隊型の豪腕により天井と地面が無理やり押し広げられているのだ。目の前にあるあの豪腕がこの建物を根刮ぎにするのも時間の問題だろう。

 いや、或いはその前に砲撃が通るだけの隙間ができればそこから覚醒空中型の砲撃が飛んでくるかも知れない。先の一撃を真正面から受けようものなら全滅は免れないだろう。


「……チッ。フォール、貴様の言うことを信じるわけじゃないが、確かにあのゴーレム共の異常性と驚異だけは嘘じゃないらしい。今だけは手を組んでやることにしてやろう。……尤も、裏切りが解ればいつだってこの銃が貴様の頭を撃ち抜けることを忘れないことだな」


「それぐらい気を張ってくれていた方がこちらとしても助かるがな……、ケホッ、コホッ。あぁ、悪いが走れそうにない。また担いで貰うことになりそうだ」


「あぁ任せたまえ! 君だけと言わずダンディ、ジェニファー夫妻も俺が背負ってみせようじゃあないか!!」


「頼めるか、ラングマン」


「頑張れ」


「クソが」


 やっぱり割と仲の良い二人。なおこの直後フォールは地獄の淵でも睨むかのような表情でレッドに運ばれることになる。ただただうるせぇ。

 しかし事態は馬鹿をやっているほど安穏としたものではない。彼等が建築物の出口から脱出した瞬間、三階層あるそれは一瞬で蒸発し、爆散したのだ。恐らく砲撃が通るだけの隙間が開いた瞬間に覚醒空中型が一撃を撃ち込んだのだろう。予想通りの形とは言え、その威力は予想以上だ。

 彼等は溶けて爆ぜ飛んだ建築物の残骸を受けながら、再び中央へ続く通路を疾走していく。


「熱い」


「大丈夫かフォックスオオオオオールくゥン!! 火傷が酷くなる前に薬を塗らなければいけない!! あぁだが立ち止まることもできない!! 赦してくれ君の痛みをどうにかしてあげられない自分の無力が恨めしい!! すまない! あぁすまない!!」


「暑苦しい」


「我慢しろ! それにしても何と言う威力だ。あんなもの、今まで見たことがない……! 真正面から渡り合うなど全く冗談ではないな!! フォール、貴様ならあの怪物の対処法ぐらい知っているんだろう!? さっさと教えろ! 弱点は何だ!!」


「弱点か……。弱点はないな……」

 

「ない? ないだと!? ふざけるな! 『死の荒野』にいるという滅亡の番人『破壊獣ゴレムリア』にさえ聖水や聖光という弱点があるのだぞ!? 生物が生物である以上、必ず弱点があるはずだ!」


「だが奴等は創造物だ……、ケホ、コホッ。兵器と言い換えても良い。兵器には都合の良い弱点など存在しない。存在するのは創造物故の欠落か、或いは機能故の矛盾だけだ。その点で言えばあの覚醒の実(エデン)を取り込んだゴーレムは無敵と言って良いだろう。本来のゴーレムにある唯一の弱点を見事に克服している……」


「うぅ、確かに俺のファイヤーパンチでは全く効果がなかった! いや、ファイヤーキックならば或いは……!?」


「無駄だ、やめておけ……。奴の幾重にも重なった防壁はコアを完全に防衛している」


「ならば逃げるしかないとでも言うつもりか!? 敵地の真っ直中をあんな化け物から、このお荷物共を背負ってか!! 無謀に過ぎる! これではあの小娘リゼラを回収する暇もないではないか!! レッドがいるとは言え、ゴーレムの脅威が消えたわけでもないのだぞ!!」


「だろうな……。逃げ回るのにも限界がある。何よりあの覚醒した兵隊型と空中型の連携相手では、例え要塞の奥深くに隠れていたとしても先程の建物のように説かされるのがオチだ」


 事実、彼の言葉を証明するように溶け落ちた残骸を、濛々と吹き上がる黒煙を斬り裂いて覚醒兵隊型と覚醒空中型が現れた。

 空中には爆炎と蒸気が混ざり合ったことでかなり濃密な黒煙が吹き荒んでおり、出現した覚醒ゴーレム達はその煙に覆われる。どうかあの黒蒸気により視界を覆ってくれていないかとフォール達は願うが、しかし覚醒ゴーレムは数秒の停止の後、左右を見渡す動作を見せると、再び迷うことなく彼等に向かって疾駆する。

 他のゴーレムに比べ、その疾駆はもはや人間の全力疾走の速度に近い。


「何と言う速度なんだ! 他のゴーレムの倍近いじゃないか!! あぁ、このままでは追いつかれてしまう!!」


「……今、余白ラグがあったな」


「クソッ、どうにか……! おいフォール、何だ!? 今何か言ったか!! 覚醒した兵隊型と空中型の足音で聞こえん!!」


余白ラグがあったと言ったんだ。建物を突き破って出て来た瞬間、こちらを察知するまで数秒の余白があった上に左右を見渡す動作まで行っていた。まるで速度どころか動作まで人間らしいな」


「確かに貴様よりは余ほど人間らしいが、それがどうしたと言うんだ! 索敵程度、野生の獣だって行う!!」


「阿呆め、奴等は獣ではないし人間でもない。創造物だ。少し高性能な剣や銃のような道具過ぎん……。それが人間らしい動作をしたということは何か意味があるということだ。少なくともあの濃霧の中から俺達を見つけたのには何か、絡繰りがあるに違いない」


「絡繰りだと!? 今更、奴等の機能を探ったところで何になる!!」


「活路を見いだせる」


 ――――あの濃煙だ。人間同様、視界があるのならば自分達の姿は見えなかっただろう。

 いや、そもそも兵器に視界で識別するほど高性能な機能などあるわけがない。あるとすれば、不魂の軍(ソロモン)のように生命力、一種の魔力活動で判断する方法ぐらいなものだが、あのゴーレムにそれほど高性能な能力があるとは思えない。少なくとも奴等にも自然魔力(マナ)が充満した空間や宿る障害物、草木や岩の壁などだが、それらに遮られていれば視認されにくいという弱点はあった。

 だが奴等にはそれがない。魔力の類いで視認しているのだとすれば戦闘能力のあるものから優先して襲うなどという器用なことはできない虐殺兵器と化していただろうし、そもそも元はただのゴーレムだ。


「…………ふむ」


 ゴーレムとは元来、魔道士の護衛や手伝いのような単純作業しかできないと文献で目にしたことがある。常に命令されるなら兎も角、行動を覚えさせるのなら使用者以外ないし数名の登録者以外を殴るような物理攻撃、物体を一定ルートで運搬するなどの単純作業しか覚えられないのだ、と。

 これ等のゴーレムは四天王『最硬』という魔族の最高峰が創り出したからこそここまで高性能であり、さらに覚醒の実(エデン)を取り込んだからこその戦闘力。しかし本質はやはりただのゴーレムでーーー……。


「……本質? そうか、本質だ。不魂の軍(ソロモン)覚醒の実(エデン)により覚醒したとは言え、本質は何ら不魂の軍(ソロモン)と変わらなかった。ならばゴーレムも例外ではないはずだ」


「ソロモン? 何だその、ソロモンというのは!!」


「こちらの話だ。だが希望の光はあるようだな……。ラングマン、ゴーレムのコアが火魔術で破壊できることは解った。しかし奴等に関してもう少し情報が欲しい。覚醒ではない、ただのゴーレムはどうやって対象を視認する? ただの視界ではないはずだ」


「視界……? 解るか、そんなもの!! だが奴等に近付けば発見されたのは確かだし、壁越しや遠距離ならば発見されなかったのは事実だ!!」


「泥の壁……、ケホッ。自然魔力マナが宿るには充分だ。だが本当にそうか? ならば黒煙でこちらを一瞬見失ったことの説明が、魔力のその可能性は極端に……。コホッ、コホッ」


「大丈夫かねフォォオオオオオルくゥウウウウウウウウウウウン!! やはり風邪による熱がぁああああああああああああああああああああああああ!?」


「黙れうるさい……。クソ、どうしてこんな暑苦しい奴めが……」


 不意に、フォールは気が付いた。レッドの酷くやかましい声のせいで凄まじい頭痛を感じながら、気が付いた。

 一つだけーーー……、見落としていたではないか。そうだ、生物としての能力を創造物の機関で充分に発揮させようとしたから無理があったのだ。不魂の軍(ソロモン)のように虐殺兵器では対象の判断ができないと考えたから、無理があったのだ。

 そうではない。生物としての能力を創造物の機関に当てはめることはできる。その効果を極端に低下させた模造物程度のレベル、つまりその効果を創造(・・)すれば、それもまた創造物だ。

 対象を細かく判断できない虐殺兵器でも良い。予め段階的に、ゴーレムへ判断基準を登録できる程度は可能だ。ならば仲間も何も関係なく、もっと別の判断基準を持たせれば良いのだ。そうすれば細かい判断は必要ない。


「いや、待て。暑苦しい? 熱だと?」


 それ等を可能にする方法は、ただ一つーーー……。


熱探知ピット機関か……!」


「何? 熱探知!? どういう事だいフォール君!! まさか君と俺とで熱比べか!? 良かろうこの肉体に燃え盛るバーニンソウッで君のバーニンヘゥッをレッツバァアアアニィイイイイイイイイイイイイイイーーーーーーンッッ!!!」


「黙れ馬鹿! 何だ、熱探知ピット機関だと!? 爬虫類モンスターが多く持つアレか!?」


「そうだ。奴等も覚醒の実(エデン)により飛躍的に能力を向上させているとは言え、元は所詮ゴーレム……。ならば機関の本質は変わらないはず。ではそもそもゴーレムはどうやって俺達を、そして戦闘可能な対象を判断しているか? それが熱探知ピット機関だ」


「むぅ……、つまりその、ぴっと、何たらとはどんなものなんだい!?」


「だから黙れと……! えぇい、熱探知ピット機関はつまり熱によって得物を視る(・・)機能だ! 熱いとか冷たいとか、そういった温度の違いによって対象を判断する!! どの様に見えているかは解らないが、そういった機関が爬虫類モンスターが多く所有していることを帝国のイトウだかイトーだかいう研究者が発見したのだ!!」


「そうだ。そしてその機関がゴーレムには備わっている。レッドのあの威力でゴーレムのコアが破壊されたのは属性相性の問題だと思っていたが、それ以上にコアが探知する熱が上限を上回ったせいだった、というワケだな……」


「ふん、この馬鹿がそこまでの威力を出すとは思っていなかったさ! 本当だからな!!」


「ちょっと寂しいぞラングマン!」


「そして奴等が戦闘可能対象を判断している理由だが、これも同じく熱探知ピット機関によるものだ。戦闘可能とはつまり移動、ないし行動していること。そうすれば体温が上昇し、奴等の視界には動かない者や気絶した者と違ってハッキリ映る。それを狙っていたわけだな」


「そうか、だから俺達が泥の壁や遠方に逃げていた時もコイツ等は感知できなかったのか……! 泥は熱を遮断し、遠方は蒸気の熱に紛れて見えない!!」


「先の黒煙も同じ理由だ。一瞬、高熱の煙が煙幕代わりになったのだろう。……この事からも奴等は高温、中温、低温で対象を見分けていると推測できる。ゴーレムは岩だ。体温などないから仲間だと判別できる。だからゴーレム程度の機能でも細かい識別が可能なのだろうし、その為の障害は例えこの地底都市だろうと破壊して追跡してきた」


「ならばあの怪物共が建物を的確に破壊できたのは、まさか……!?」


「覚醒したゴーレムは他の個体より破壊力、及び移動力や防御力と全体的に強化されている。熱探知(ピット)機関も例外ではないだろう。だがその能力と確実性を求める行動プログラミング故に俺達へ逃げる隙を与えた。……つまるところ、奴等は結構マヌケということだ」


「ふむ! よし!! 解らん!!!」


「この馬鹿のようにか」


「この馬鹿のようにだ」


 悲しきかな、その通りである。

 それはさておき、フォールの予測は見事に的中している。ゴーレムは熱探知ピット機関を備えることで対象の戦闘能力、つまり体調状態であるが、これを判断し優先的に攻撃するよう設定されているのだ。他にも仲間の判別や地形の把握もこれによって行われていると言って良い。

 つまりゴーレムは『熱』という単純明快な現象を根幹の判断基準に置くことで複雑な機関を一切必要とせず、こうして膨大なる戦闘能力と解析能力をシンプルにまとめあげている、ということだ。

 そしてそれは、如何に覚醒の実(エデン)の効能を受けていようとも、覚醒した二体とて変わることではない。


「よし、何はともあれ原理は解明できた……! フォール、これからどうするつもりだ!? どうやってあの化け物二体を倒す!?」


「あぁ……、それはやはりレッドが要になるだろう。レッドの火炎魔術で何かぶわーってやってがーってやってぶわわーってあれでふわー……」


「おいどうしたフォール? フォール!?」


「風邪がぶり返してきた……。ふわって。後はもうアレをコレしてソレをドーしてアーしてウーすればほにゃらら……」


「巫山戯るな貴様ァ! ここで、貴様こんなところで正気を失うつもりかぁ!! いや初めから正気ではなかったがここで気絶など赦されると思うなよ!? 対策、せめて対策を言え! 対策さえ言えば幾らでも気絶しろ!! 何なら死んでも構わん!! フォール、対策を、はよ、対策を!!」


「スライムわっしょい」


「貴様アァッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!」


「止すんだ、ラングマン……。彼は頑張った……。もう、眠らせてやろう……」


「ここでコイツが眠ったら俺達が永眠することになるんだよこの脳筋熱血馬鹿がァッッッ!!」


 残念ながら被害は連鎖するものである。

 一つの連鎖なのか、それとも二つの連鎖なのか。或いは三つ四つの連鎖なのか。それが何度にせよ、連鎖している内が幸福なのだと彼等は知ることになる。

 そう、刹那、ラングマンの視界の隅に閃光が眩いたのだ。それが何であるかなど、振り返るまでもない。しかし彼は振り返らねばならない。解りきった絶望を、振り返って、確認しなければならない。

 収束。空中型の砲門に閃光が集まり、兵隊型の背後から、それが、撃ち放たれようとしている絶望を。


「射程にーーー……」


 或いは、反応すべきではなかっただろう。

 結果的に言えば彼等は砲撃を回避した。ラングマンが反応することで、彼の言葉でレッドもまた速度を上げたのだ。無意識の内に一歩分か二歩分か、ほんの少しだけ、僅かに、速度を上げたのだ。その速度は彼等に砲撃を回避させるだけの余白を生むことになる。

 衝撃と、灼熱と、溶解と。爆音に跳ね返されて小洒落のように転がった彼等はそのまま直線の通路を跳ね飛んだ。二回、三回、視界が暗転と閃光を繰り返し、気付けば、彼等は皮肉にも爆風のクッションによりほぼ無傷で着地することができた。

 或いは、してしまった。どろどろに溶け落ちた地面を目の当たりにしながら、依然として迫り来る怪物達を前に、無傷のまま、その現実を認識できるままーーー……、着地してしまった。


「……こんな、事が」


 ぐつぐつと、煮えたぎったシチューの様に湯立つ地面。

 蒸気はそのまま彼等の頬を焦がし、天に浮かぶ蒸煙の雲に溶け落ちていく。


「有り得て、良いものか……」


 解っていた。ラングマン自身が嫌というほど理解していた。

 銃も火炎も効果のない、それでいて一撃必殺の怪物だ。幾らフォールがそれ等の原理を見抜いたとは言え、対応策なくしては脅威そのものが消え失せたわけではない。今眼前に拡がる光景のように絶対的な力の差がある。それは絶望的とさえ言い換えても良い。

 希望一つさえ存在しない、余りに絶望的で、絶対的な、力の差がーーー……。


「……どうやら、我々がいない間に大変なことになっていたようだな」


 ――――だが、希望はいつだって潰えないものである。


「任せたまえ! どんな危機だって僕にかかれば取るに足らない試練なのさ!!」


「えぇ、その通りよ。家庭の危機に比べればこんなのなんて子供のお遊びだわ!」


「「そう、私たち夫婦にかかればね!!」」


「レッド、炎だ。炎を寄越せ。縄を焼き切る! 炎だ!!」


「落ち着きたまえラングマン君! 君の思いが通じたんだ!!」


「できれば永眠の方が通じて欲しかったんだがなコイツ等には!!」


 希望もクソもねぇや。


「HAHAHAHA! 良いのかねラングマン君! 僕とジェニファーをそんな扱いしてしまって!!」


「全くねダンディ! 希望の種はいつだってポケットにあるものだわ!!」


「確か実弾が懐に」


「実は君達に隠していたことがあるんだ! というか言っても聞いて貰えなかっただけなんだけどね!! 僕とジェニファーのラブラブ魔法には発動条件がある!! それはね、互いのソウルの声を聞くことなんだ!!」


「もうっ、ダンディったらそんなストリートボーイみたいなこと言って! 違うわ、ハートよ、ハ・ァー・トっ♡」


「つまり燃え盛る魂!? バーニングソウルか!! 素晴らしい、素晴らしいぞ夫妻!! そうだ、燃え盛るこの情熱こそ何物にも代えがたき宝!! いいや、この世に代えられるものなど何もないのさ!! つまりこの魂は君達と同じであって同じでは」


「やかましい全般的に!! 具体的には何だと言うのだ!?」


「HAHAHAHA! せっかちな男はベッドにも嫌われるものさ! つまり僕と妻のラブラブ魔法は互いの愛情次第で威力が増減するということさ!! 新婚当初のラブラブ具合の時なんて岩山一つ消し飛ばす威力があったほどさ!!」


「つまり今は砂山も吹っ飛ばせないということよ」


「え」


「おぉ、何と言うことだ! そんな情熱的な魔法だったとは!! 素晴らしい、我がチームの『超必殺戦隊砲』にも是非採用したい!! だがこれは幸運じゃないか、ラングマン!! 彼等の威力が何処まであるか解らないが、もしかしたら最大威力ならあの怪物の、覚醒ゴーレムだったかな!? あの二体も吹き飛ばせるんじゃないか!?」


「砂山も吹き飛ばせない威力でか……? くそっ、解決策にもならないじゃないか……」


 ――――やはり、絶望的だ。バカが目覚めたせいでさらに絶望的だ。

 フォールが起きていればまだ計画も練れただろう。怪物が一体だけならばまだ活路も見いだせただろう。怪物共の背後から数十体近いゴーレムさえ迫ってきていなければ逃走もできただろう。

 だが、それも最早不可能だ。特性を見いだしたからと言って、それがこちらの速度を上げてくれるわけでも空を飛ばせてくれるわけでもない。魔力を跳ね上げてくれるわけでも奴等を真正面から打ち壊す力をくれるわけでもない。

 せめてフォールが風邪でなければ、この男が計画を言い残しておけば、まだ、まだ、まだーーー……!!


「これでは、もうーーー……!」


「よし、俺が囮になろう!」


 不意に、レッドの言葉でラングマンは言葉を失った。

 彼はそんな様子になど構わず、彼へひょいとフォールを押しつける。


「何だかよく解らないが、つまり奴等は温度の高さで危険度を判断しているのだね? ならば高ければ高いほど注意を引くはず! うむ、これはやはり俺が出るしかあるまい!! 我がバーニングアーマーを発動すればきっと注意を引けるはずだ!! その隙に夫妻のラブラブ砲を放てば良い!!」


「……馬鹿を言え、その無い脳味噌で考えろ。貴様があの連中に突っ込んで何ができる? ついさっき返り討ちにされたばかりだろうが。それにこのクソ共のクソなどクソの役にも」


「あぁ、確かに不利だ。不可能かも知れない。だがね、ラングマン! 不可能は諦める理由にはならないのさ!! 如何に絶望的だろうと、如何に絶対的だろうとこの魂に燃え盛る炎がある限り可能性はゼロじゃない!! 例え1%でも賭ける可能性はあるものさ!!」


「これだから脳筋は……! その程度の可能性で動くに足ると」


「足りるさ。充分過ぎるよ」


 ぽつり、と彼は呟いて。


「実はね、ラングマン。これはイエローは知らない、ブラックと俺だけの秘密なんだが、俺は昔結構なワル(・・)でね。口で言い憚れるほどのことは幾つもやった。……俺のいた街はそれはもう小さなところでね、仲間と呼べるほど年の近い奴がいなくて、いつも独りぼっちだった。きっと、あの頃の俺はその寂しさを紛らわせたかったんだと思う。どんな形でも良いから誰かとの繋がりが欲しかったんだ」


「貴様……、何の話を……!」


「フッ、殺し屋の君からすればチンピラのような話だと言うことは解っているさ。だがね、聞いてくれ。……幼い頃の俺は悪ガキなんてものじゃない、ただの悪党だった。危険な罠の張られた祠を根城にして幾つもの悪事を働いた。今から牢獄に繋がれても文句は言えないぐらいに」


 激震が鳴り響く。視線をくれるまでもなく、目の前まで覚醒ゴーレム達が迫ってきているのは明らかだった。

 恐らく、もう間もなく再び空中型の射程内に入るだろう。そうなれば今度は奇跡など存在しない。自分達など一撃で打ち散らされるだろう。


「だが、そんなある日のことだ。俺のところに一人の冒険者がやってきた。いつの間にか街の人々により俺を懲らしめてくれという依頼がギルドに出ていたらしい。当然、チンピラ程度の俺はこてんぱんにやられたさ。抵抗もできなかった」


「何が……、何が言いたい! 貴様の遺言など聞いている暇は!!」


「だが彼との出逢いが俺を変えた」


 真っ赤なタイツとサングラスで隠れた双眸は、ラングマンの瞳には映らない。

 しかし彼の立ち上がる姿が、物言わぬ瞳に燃えたぎる炎が、その衣服のように熱い言葉が、彼の伝えたい意志を炎のような情熱と共に燃え盛らせる。


「始まりは二人組だった。それから三人、五人、今はまた三人に戻ってしまったが……。俺は彼等との時間を決して忘れたりはしないし、否定したりしない。いなくなった二人のことも掛け替えのない仲間だと思っている。そしてそれは、例え一ヶ月だろうと行動を共にした君や、ダンディ、ジェニファー夫妻も同じことだ」


「…………貴様」


「ラングマン。俺はさっき言ったな? この世に代わりになるものなどない、と。それは例えどんなものであろうと失った時間は戻らないし、全く同じものはない、ということだ。……けれど逆に、その良さもまた代わりになるものはない。俺は仲間一人一人に良いところも、悪いところもあると思っている。だからこそ俺は彼等から多くを学ぶんだ。小さな街のチンピラだった俺が、今こうして正義のヒーローになれたように、多くを学び、彼等を尊敬し、また自分も彼等に尊敬されたいと思うからこそ、俺は仲間を大切にする。決して見捨てたりしないのさ」


「馬鹿が……。正義のヒーローが殺し屋を救うつもりか?」


「君の悪いところばかりを見ていても、それは君を見ていることにはならない。……俺は君が根の良い奴だと知っているんだぜ? ラングマン」


 僅かに目を見開き、ラングマンは口端を噤む。


「……ハッ」


 そして噴き出すように、ラングマンは鼻で嘲笑った。

 この状況を? どうしようもない絶望を? 目の前に迫ってきている終焉を? それともレッドの主張を? 彼の無謀を? それに気付かされた自分を?

 いいや、違うーーー……。いつしかフォールに頼り切り、諦めそうになっていた自分を、だ。


「利用するモノは全て利用する……。敵も味方も状況も……。必ず任務は遂行し、決して陽の光は当たらない闇に潜み続け、ベッドの上で死ぬことさえままならぬ裏家業……。それが殺し屋というものだ……」


「ら、ラングマン? どうしたのだね!?」


「自分が無様だっただけさ……。この世界では人を信じた奴から死ぬ……。自身の生と相手の死を確実に定めることだけがこの世界のルール。ク、クハハッ、そうだ、何を血迷っていたのだ俺は。まるで一介のお姫様(ヒロイン)気取りのつもりか? 何より優先するのは俺の生存だと言うのに……!」


 彼はレッドにフォールを押しつけ返すと、弾倉から麻酔弾を投げ捨てて実弾を装填していく。

 一発、一発、確実に。後方、自身の心臓の鼓動よりも大きく躍動する地鳴りを感じながら、冷静に。


「ふん、ならばコイツの計画も何もかも利用してやる……。フォールの残した情報さえもな!! レッド、ダンディ、ジェニファー、俺の命令に従え! あの怪物に一泡吹かせてやる!!」


「あら、砂山も壊せない低威力の砲撃が訳に立つのかしら? それならまだ彼の主砲の方が役立つわよ!」


「生々しい下ネタをブチ込んでくるな! ……別に破壊だけが打倒の方法じゃない。他にもやり様はある!」


 坦々と、その口から伝えられる計画。その一言一言を耳にする度に、夫妻の表情は青ざめていく。反対にレッドの表情は燃え盛るほど熱くなっていくが、いや、困難であればあるほど魂の輝きが増すとか言ってる男の表情が明るくなっていくのは、むしろマイナスでしかない。

 しかしこの状況が既に絶望というマイナスだ。ならば掛け合わせてしまえばそれはプラスになる。


「……じ、自殺行為だ」


「他人に殺される殺し屋があるか。殺すのは俺だ、俺達だ」


 その計画に必要なのは絶対的な速度でも、空を飛ぶ翼でも、膨大な魔力でもない。奴等を真正面から打ち砕く暴力でもない。

 ただ命知らずな阿呆さえいれば、どうにかなる。いいやーーー……、どうにかする!


「走れ阿呆共! 死ねばそれまで、生きればこれからだ!!」


 絶叫、そして彼はフォールの腰元から剣を引き抜いて縄を無理やり切り離すと、姿勢を戻して一気に走り出す。強大なる怪物二体に向かって、全力で。

 無謀だ。この計画は全く持って無謀だ。成功率と失敗率は半々どころではないし、失敗する可能性の方が遙かに高い。いいや、むしろ失敗して当然とさえ言えよう。これはそういう計画だ。これから始めるのはそういう行為だ。そんな事は計画を聞いた時点で皆が理解している。

 しかしやらないければならない。生き残る為には今、何としても、ここで!!


「ハハハハハッ! 解る、解るぞラングマン! それこそ熱血! それこそ情熱!! それこそ友情!! 誉れ高く誇り高く燃え盛る魂の鼓動!! 騎士のように高潔である必要はない、野獣のように獰猛である必要もない!! 己が己らしく走れるのならば!! それこそが何物にも代えられぬ誇りである!!」


「あぁ、ダンディ恐ろしいわ! けれどやるしかないのね!! いざとなれば思い切りが大切よ!! 離婚調停の書類に押すハンコのように!!」


「今は君が何より恐ろしいよジェニファー」


「計画開始だァアアッッッッ!!」


 疾駆。走り出していたラングマンは真正面から、燃え盛る地面を超えて二体の怪物と対峙する。

 空中型は突如として目の前に現れた対象に砲撃を行わず、兵隊型が彼の前へと立ち塞がった。確実に殲滅する為、まずは兵隊型が盾となって相手を塞ぎ、空中型が確実に一撃を決める連携である。無論、ラングマンにそれを防ぐ手立ても、妨害する手立てもない。


「ハ、ハハハハハハッッ!!」


 だがこれは彼の予想通りである。先の建築物で兵隊型が腕を突っ込んで中を荒さなかったのはあくまで自身の役目である砲撃の通る隙間を開くため。つまり一撃必殺の補助に徹するためだ。

 ならばこの一瞬も自身の豪腕で潰せば終わりである相手を確実に仕留めるため、また補助に入ると予測したのである。ならばここからがーーー……、賭けになる。


「所詮は傀儡だな! 高性能故に、無駄に頭が回る故に、こうして無駄な行動を取る!!」


 瞬間、レッドは泥の天に向かって弾丸を撃ち放った。

 そう、彼には防ぐ手立ても妨害する手立てもない。だが、弾丸を撃ち放つことならできる。ただ、実弾を一発ーーー……、撃ち放つだけならば。

 二体の覚醒ゴーレムの視線をそれに、最も熱量を持った弾丸に、一瞬だけ、集めることだけならば!


「今だーーー……! やれ、レッド、馬鹿夫婦!!」


「あぁ、任された!!」


「今こそ愛を見せる時! ないもの振り絞るわよ、ダンディ!!」


「え、ない? 嘘だよねジェニファー? ジェニファー!?」


 そして合図と共にレッドの腕に炎が宿り、夫妻の間に極々細い光が収束される。しかしその数百倍はあろうかという極大の砲撃は覚醒空中型が収束しており、例え彼等の一撃がそれぞれ直撃してもその砲撃を止められないことは明らかだった。

 だが、そうではない。ラングマンの狙いは彼等の一撃を当てることではなく、散布(・・)することにある。


「高性能なのだろう、貴様等は……! あぁ、高性能すぎる!! 熱探知(・・・)までもがな!! それは、つまりッ!!」


 瞬間、放たれるは火炎放射。いいやそれは火炎放射などという立派なものではない。

 レッドの炎を夫婦の極弱い砲撃に乗せて撃ち放っただけの花火程度のものだ。しかし、熱探知ピット機関が強化され、より的確に行動を取ることになった覚醒ゴーレム達にとってその火花は目眩ましには充分! 弾丸に気を取られ一瞬でも標的から視線を外した怪物達の視界を真紅の高温で潰すには、充分過ぎる!!


「貴様等は俺の姿が見えていないッ!!」


 砲撃、停止。僅か数秒、いや、一秒にも満たない隙が目眩ましにより生み出される。

 そしてそれだけの隙があるならば、ラングマンがフォールの刀剣を覚醒ゴーレムへ突き刺すには充分だった。その巨大な、彼よりも遙かに大きな膝へ全力で突き刺すには。


「逃げ回るだけかと思ったか? 俺達が……、ただの虫螻にでも見えたか?」


 そして、その突き刺した刀剣の柄に銃口を押し当てる。

 ――――絶望的だ。嗚呼、どうしようもない。これはどうしようもなく絶望的な戦いだ。

 そんな事は自分が誰よりも解っている。後ろの連中も、誰も彼もがよく解っている。どうしたって勝つ見込みなんかない事は解っている。可能性だ何だと誤魔化しても結局は無理だと言うことは、解っている。


「嗚呼、その通りだろう。俺達は全く持って無力だ。腹立たしいが、奴の助言なければ貴様等に立ち向かおうなどとは思いもしなかっただろう」


 だがそれがどうした。やらなければならないのなら、やるだけだ。やらなければ負けるのなら、やるしかないだけだ。


「……だが、立ち向かった。立ち向かうと決めた! この穴蔵は御免だと心に決めた!!」


 この場所から脱出するために、生き残るために、再び地上へ戻るためにーーー……、やるだけだ!!


「傀儡風情に頭を垂れるのは終わりだァアッッッ!!」


 射撃。射撃、射撃、射撃。

 繰り返される弾丸の呼応は刀剣を岩肌へ掘削し、押し込み、押し込み、押し込んでいく。容赦なき連続が刹那に幾度も繰り返され、ただ、その一撃を深く、より深く!!


「貴様が頭を垂れろ! 岩人形ォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」


 それこそが、ラングマンの打ち立てた計画だった。

 連続の攻防による接近と攻撃。起死回生、この絶望的な状況を切り開くための賭け。

 ゴーレムが自重により転倒だけで致命傷になるのは証明済みだった。だがこの覚醒ゴーレムは例えレッドの火炎によりコア熱探知ピット機関を混乱させても装甲の断熱により倒れないことも、また証明済みだった。

 だが、一つ。この覚醒ゴーレムはその機能故に、凄まじい速度や重圧な防壁故に、一つだけ弱点を生む。

 その機能の矛盾(・・・・・)故に、弱点を生む。そう、ゴーレムが人型である以上、転倒だけで破損する重量を持つ以上、それ等を支える足、特に膝への負担は多大なものとなる!

 ならばそこへ刀剣を突き刺し破壊すればどうなるか? 岩と岩の隙間に不純物を叩き込み、振動を与え続ければどうなるか?

 言うまでもない。待つのはーーー……、崩壊である。


「…………な」


 そう。崩壊、のはずだった。


「何……、だと……」


 僅かに、ほんの僅かに、堪え忍ぶ。覚醒兵隊型は倒れない。

 否、そうではない。火炎放射の煙幕から逃れた空中型がその巨躯を支えているのだ。建築物の窓を粉砕するほどの蒸気噴出を行いながら、兵隊型が倒れるのを阻止しているのである。

 ラングマンは連携により接近の隙を見いだした。だが、連携はあくまで双方の攻撃と行動を高めるためにある。彼は連携により活路を見いだし、連携によりその活路を絶たれたのだ。

 そして、確実に、覚醒兵隊型は豪腕を振りかぶり、覚醒空中型は砲撃を収束させ終わり、真正面と右方からの回避不可能、防御不可能の絶対的な攻撃が、彼へとーーー……。


「…………ハッ」


 ――――何処で計算を間違えた? いいや、計算は間違えていない。敢えて言うならば、自分のマヌケさ(・・・・)だけを間違えていた。

 土台、無理な話だったのだ。フォールから与えられた情報だけで組み立てるには余りに無謀な方法だった。奴に任せておけば、奴が目覚めるまで待てば、或いは違う方法もあっただろう。だが、それも怪物の接近速度では、やはり、無理な話だった。


「来てみろ、泥人形」


 つまりは計算通りということである。

 元より、この計画には兵隊型を潰す算段しか立っていない。それの転倒で空中型が巻き込まれれば、などとも考えたが、それが有り得ない希望であることは直ぐに解った。

 だから、これで良い。覚醒兵隊型は倒れるだろう。空中型が幾ら支えようとこの転倒は免れないし、そして倒れて道を塞げば他のゴーレムの追跡も防げる。空中型だけならば、あの馬鹿共が逃げる可能性も見えてくる。少なくともフォールが目覚めれば逃げるだけの作戦を立案するはずだ。


「何が仲間……、何がかけがえのない存在……。それはお前こそだろうが」


 ラングマンは眩い閃光に視界を埋め尽くされながら、煙草を取り出し、マッチに火を灯した。その焔の揺らめきを眺めながら苦みを覚える口端は、嘲るように微笑んでいる。

 己の逝く末と、そして、あんな下らない話に看過された自分を。それを少しでも助けてやろうとした、いいや、この一ヶ月間ずっとそうしていた、自分を、ただーーー……。


「日陰者に陽の光を当てる奴があるか、馬鹿者め」


 だから、これで良い。全くあの馬鹿共に付き合うのは、これで、終わりにーーー……。


「バァアアアアアアアアアニィイイイイイイイイイイイインングゥウウウウウウウウウウッッッッ……!!」


 だが、物事は得てして計画通りに進まないものだ。

 例えばマイナスとマイナスが掛け合わさったのなら、それはプラスになるが、そんな単純計算はいつだって、予想外のところから壊れるものであるように。

 良いものにせよ悪いものにせよーーー……、ただ一つの行動で。


「ブゥウウウウウウウーーーーーーーストォオオオオオオーーーーーーッッッ!!!」


 瞬間、ラングマンのマッチに灯っていた炎が掻き消えた。

 その代わり煙草に灯火が宿ったが、彼がそれを吸い込むことはない。むしろ煙草は驚愕に開かれた口端から零れ、地面にぽとりと落下する。

 当然だろう、彼が決めた覚悟は夫妻のラブラブ砲により発射された男の爆炎で、容易く吹っ飛ばされたのだから。火炎放射ではなくロケット砲のように自分を砲弾としてブッ飛ばす脳筋野郎の一撃によって、刀剣をその拳により全力で撃ち込んだ男によって、そして、たった一撃の拳によって!!


「見たぞラングマン、君の中に燃え盛る魂の叫びを!! ならば救おう、ならば戦おう!! 『冒険戦隊』……、吼える拳は岩をも砕く(・・・・・)! 漢気生き様燃えろ魂ィ!! ――――レッド!! ここに推参ッッッッ!!!」


 夫婦の砲撃を受けた足は、決して無事とは言えない。その衣が焼き切れ、痛ましい素肌が見えている。

 だが男の背中は未だ揺らぎはしない。真紅に燃える情熱は、瓦解しゆく巨体を前にすれども怯えない。

 それこそが男の生き様。それこそが正義の情熱。燃え盛る炎を魂に宿す男の生き様なり!!


「ところでラングマン、ブルーの座が空白なんだが、どうだい?」


「……殺し屋よりは、やり甲斐がありそうだ」


 斯くして、覚醒型ゴーレムは冒険者達の激闘により崩壊する。

 巨体を支えていた空中型はその連携故に瓦解した兵隊型を支えきることができず、自ら建築物へと突っ込んだのだ。鳥にせよ蝶にせよ地面に縛られた空に生きるモノの末路など高が知れている。いや、最早それに剣を振ることも銃を放つこともない。ただ瓦礫の雪崩れだけで充分だった。

 そう、たった四人の冒険者と一人の勇者により、四天王『最硬』による覚醒の実(エデン)を取り込んだ覚醒ゴーレムは打倒されたのである。並の冒険者達と何ら変わらない強さしか持たない彼等によって、魔族最高峰が創り出した凶悪なる兵器はーーー……。


「……で、背後から来る通常のゴーレム共はどうするつもりだ?」


「ハッハッハ! そんなの考えているわけがないだろう!! あと足が燃えちゃったから運んでくれるかな?」


「あ、ダンディも不能よ、不能。離婚だわ」


「それはジェニファー、君が僕の魔力を持っていったからで……、や、やめ、離婚は勘弁……、げぼふっ」


「詰んだ……」


 勝利かと思ったか? 馬鹿め!


「くそッ! 貴様を一瞬でも信頼した俺が馬鹿だった!! どうするんだあの大軍は!! 逃げるか? やるのか? 俺以外まともに動けない連中で!? やると言うのか!? 本気か!?」


「燃え盛る心があれば……、いける!!」


「起きろフォール! フォール!! 起きてくれ!! お前の方がまだマシだった!! 頼む!! 起きてくれ!! もうこの際何でも良いから!! 早く!! はや、はよッッッ!!」


 胸座を掴んで揺すり叩いても風邪で完全ダウンした男は目覚めない。

 しかもその危機を煽るが如く、残骸の向こうから現れる援軍のゴーレム達。その総勢は最早、視界の果て全てを埋め尽くすほどの数であり、下手をすれば百に到るのではないかという数が現れた。

 ラングマンはその景色を見ると共に、白目を剥いて口から出てはいけない魂的なアレを放出する。

 ――――終わった。今度こそ、終わった。もうどうしようもない。捨て身上等の戦いで挑んだからどうにかあの二体を奇跡的に倒せたようなものを、こんな、大軍の数で攻められてはどうしようもない。

 しかもこちらは負傷者と役立たずがそれぞれ二名。自身も弾丸は全て撃ち尽くしてしまった。


「むぅ! ラングマン、これからどうしようかな!! 燃え盛るバーニングソウルが唸りをあげようか!?」


「ダンディ! ダンディしっかりして!! 離婚調停までは生き延びるのよダンディ!!」


「これ生き延びても死ぬやつですよね」


「……ふ、ふはは。終わった。……やはりこんな戦いを挑んだのが、間違、い」


 ラングマンの言葉を遮り、ゴーレムの大軍が一瞬で爆散する。

 縦横無尽、ありとあらゆる種類のゴーレムが一切の例外なく、膨大さえも通り越した炎の嵐によって一瞬で溶け尽くしたのだ。

 呆然とする彼等の前で、絶望は余りに簡単にーーー……。


「あれ? 君たち何してんの?」


 全身黄色タイツの肉奴隷を愛でながら現れた変態によって、解決したのである。


「「「えぇ……」」」



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