【3】
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「ふんすふんすっ、ふんすー……」
フォール達がゴーレムにより機器的な状況に追い込まれている一方、シャルナとローは中央地から少し逸れた場所ーーー……、恐らくこの地底都市の主こと『最硬』の根城に近いであろう場所にいた。
あろう、というのは当然彼女達がこの地底都市の構造を知らないからであり、それでも進めているのは偏に、今こうして地面に鼻を擦り付けながら四つん這いで進んでいる虎娘ことローのお陰である。彼女の嗅覚は、優しめに言って特徴的な『最硬』の体臭を追うことができ、そうして根城までの道程を導き出しているのだ。
「どうだ、ロー。貴殿の鼻だけが頼りなんだが……」
「臭いは続いてるナー。アイツ、お前より臭いから解りやすいゾー」
「く、臭くないっ! 私は臭くない!!」
「自分の臭いは自分で解らないからなー。でもアイツは自分でも解ってるぐらい臭いから一発だナ。……他にはフォールの臭いがちょっとするぐらいカナ」
「何でこんなところでフォールの臭いがするんだ……。い、いや、ま、まぁ、私達の体から臭っている、のかも、知れないが……、う、うん……」
照れくさそうに頬を掻くシャルナに構うことなく、いや呆れのため息を零しはしたが、ローはそのまま臭いを嗅いで通路の奥へと進んでいく。
彼女達の行進は隠密的なそれではない。周囲にゴーレムの影はないので隠れる理由もないということだ。
何故ないのか、と言えばフォール達の騒動に徴集されているからではなく、既にここら辺り一帯のゴーレムは全て彼女達によって殲滅されたから、というのが主な理由になる。
本来はフォールの言葉通り騒ぎを起こしてゴーレムを引き付けるはずだったものの、まさかここまで脆弱とは思わなかったとはシャルナ談。
「『最硬』の奴め、本当に無精な奴だ。ルヴィリアほどではないが、知能と才能はあるんだがな……」
「群れではなー、あんなぐーたらはお荷物って言うんだぞー! ローが魔王なら真っ先にクビにしてるからなー!!」
「どうどう、奴も奴で一応仕事はしてるんだから……。それより仕事と言えば我々も役目を果たさねばなるまい。早く奴を見つけてこの騒ぎを止めなければな」
シャルナは急かすように一歩前へ行くが、不意に彼女の前へ霧靄から人影が現れる。
二人は瞬時に戦闘態勢に入り、それぞれ覇龍剣と義手を構えた。その影が行動を起こし次第、仕留められるようにーーー……。
「待ってくれ……、敵意はない……」
だが、暗闇から現れたのはゴーレムや不審者ではなく、見知った顔の大男だった。
そう、誰であろうブラックである。彼は言葉通りに両手を開きながらやってきたが、その足取りは酷く覚束ない。いや、それどころか霧靄から一歩こちらへ進む度に全身へのダメージが見て取れた。
明らかに激戦を繰り広げてきたような、そんな傷痕だ。
「き、貴殿! いったい何があった!?」
「落ち着いてくれ……、見た目ほど酷くはない……。何せただ巻き込まれただけだからな……」
「巻き込まれたって何にダー?」
「その前に状況を説明しよう……。いや、すまない、やはり座らせてくれ……。見た目ほどではないとは言え、奴から距離を取るのに体力を使ってしまった……」
ブラックは壁に背を沿わせてずるりと腰を落ち着けると、大きく息を吐き出した。
どうにか整えてはいるが傷の具合もあって本当はかなり息も乱れているのだろう。彼のように落ち着いた性分でなければもっと派手に痛がっていたに違いない。
「まず……、ラングマンがお前達を狙って飛び出し、それに続いてダンディ、ジェニファーの冒険家夫婦も彼に追随した。しかし俺達、特にレッドはお前達を狙うことに反対している……。よってお前達に危害を加えることはない……、安心して欲しい」
「あ、あぁ、すまない。元はと言えば我々のせいだと言うのに……」
「いや、過ぎたことだ。それに取り返しがつかないわけでもない……。それで話を戻すが、そういうワケでレッドはフォールを、そして俺は君達を、イエローは途中で出会ったルヴィリアを保護している……。安心して欲しい……」
二人はたぶんイエローの方が安心できないと思ったが、静かに口を噤んだ。
「問題はここからだ……。まさか、あんな奴がいるとは思いもしなかった……。あの夫婦の見間違いか何かだと……」
「奴……? ま、待てブラック殿。それはいったい、どんな……」
「口で説明するまでもないさ……。アレを、見ればな」
ブラックは顎で空を差す。その影は、シャルナ達を唖然とさせるに充分過ぎるものであった。
――――霧靄の恐ろしさは何処にある? 蒸気故に噎せ返ることか、何処からともなく漂ってくることか、払えど払えどいつの間にかまた浮き上がっていることか?
否、全く持って否だ。霧靄の恐ろしさは見えないことにある。霧靄そのものではなく、その先にあるナニカを見させないことにある。隠し、沈め、潜ませることにある。
だからこそシャルナとローは息を呑んだ。霧靄の果てなき向こう側、今の今まで存在感すら感じさせなかった、その存在に。僅かな地鳴りと唸り声と共に迫り来る、その存在に。
「我々はもしかしたら……、恐るべき陰謀に立ち会っているのかも知れないな……」




