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「いやー、凄いトコだよね。この地底都市。あの子もよくもまぁこんなトコ作ったもんだよ」
「それより妾抜いてくれない? 下半身の感覚無くなってきたんじゃが」
「下半身で抜け!? リゼラちゃんったら大胆だなぁ!!」
「シャルナ、覇龍」
「はい今助けます」
『凍土の山』より落下した一行は残骸の雪に埋もれながら、風邪によるフォールの気絶というアクシデントはあったものの、どうにか体勢を立て直すことができていた。
それにしても全く、この地底都市はルヴィリアの言葉通り凄まじい場所である。先ほど落下中に街の様子を目撃しなかったルヴィリアやリゼラも、街の端も端、壁面の側からその様子を見ただけでも異端さが手に取るように解る。
街の外界離れした独特の、近未来感を思わせる泥で造られた建築物やそれらを覆い隠すように漂う微かな靄霧もそうだが、何より辺りを徘徊するゴーレムがその要因であろう。地上を徘徊する幾つかの個体や空中を浮遊する個体、様々あるが、それにしても数が多すぎる。
「うーむ、あ奴め。召喚魔法は奴めの得意とするところではあったが、ここまでやるとは……」
「いやホントに、前々から理想国家とか何とか言ってたけどまさか地底都市なんて造るとはねぇ。あの引き籠もりもここまで来れば褒めるしかないよね、もう……」
「ただの堕落だろう、奴のアレは! 毎度毎度、会議でもぐーたらうーだら……!! 居眠り率もサボり率もリゼラ様に比肩するほどだぞ!!」
「いや妾は側近に代理出席させてたからセーフじゃろ」
「余裕でアウトですね」
「グルルルル……! ロー、アイツ嫌い!! 嫌味!! 毎回ボソボソ喋って嫌い!!」
「はいはいどーどー。あの子の目的はどうにせよ、取り敢えずここから脱出する以前にフォール君が休めるところを探すとしよう。流石に風邪の彼を放置するのは気が引けるし、僕が必死の思いで取ってきた雪毛草もリゼラちゃんが食べちゃったしねぇ……」
「割と不味かったで、ァッ、やめて覇龍剣やめて! おいやべーぞもうこれ断罪ロシアンルーレットじゃねーか!! やめッ、アブッ、アブッ! アーーーーッッ!!」
どう考えても自業自得である。
「まっ、気は引けるしフォール君は嫌がるだろうけど取り敢えずあの子にコンタクトを取るとしようか。外に出るのは嫌だろうけど、まさか僕達が中に入るとは思わなかったしサ。迎えに来るんじゃなく向かいに行く、ならあの子でもセーフでしょ。……ところで中に入るってエロく」
「ぬ、ぐ……! 結局は奴に頼ることになるのか……!! よりにもよってあの堕落の象徴に……!!」
「なぁリゼラ様が二つになったんだけどこれってくっつくのかー?」
「ちょっとそっちの右半身取ってくんない? おう右半身こっちカモン」
「無視はやめよう? ねぇ無視はやめよう!?」
と言う訳で魔族やめてる魔王様と仕方なく動く四天王一行は気絶した勇者を連れて、何処に居るかは解らないが少なくともこの地底都市にはいるであろう『最硬』の場所を目指すことになる。
この空間がどんな場所かはまだその異常性以外は何も解らないが、支配者であろう最後、いやある意味では最初の四天王『最硬』と連絡を取れるというのは明らかな強みであろう。いや強さって言うか、別の意味で強いけれどもこの面子。
だが得てして問題は真っ直ぐに進まないものである。と言うか進んだことがない。少なくとも最大の要因が気絶している今でも、残念ながら運命の驚異は道というものを歪め曲げるものでありーーー……。
「き、君たち、大丈夫か!? 早くこっちに来るんだ!!」
移動を開始しようとしていたリゼラ達に、突如としてやたらとハキハキした叫び声がとどく。
いったい何事かと振り返った皆の視界に映ったのは物陰に隠れながらハンドポーズで合図を送る、全身真っ赤なタイツに身を包みながらサングラスと奇妙なシンボルが特徴的な変人、もとい変態の姿だった。
「……何も見なかった。OK?」
「「「OK」」」
まぁ、そうなるな。
「急げ! 早く来るんだ!! ゴーレムが来るぞ!!」
「さて、問題はここからどうやって『最硬』の奴に会うかじゃが……。どうすっかな。奴釣るにはどうしたら良いかな。おい誰かエロゲー持ってない? ホモのやつ」
「メタル連れてきたら釣れるんじゃないの。メタ×フォーで」
「やめろルヴィリア殺すぞ。……どのみち、奴は相当な好みがあろうと何が何でも動かない女ですからね。肉体ばかりか精神まで腐り果てている奴ですから」
「筋肉馬鹿に同意だナー! こっちから探すしかないと思うゾー?」
「きーみぃーたぁーちぃー!! 人の話を聞いているのか!? 早く来るんだ!! このままではゴーレムに見付かってしまうぞ!! 安心しろ、こちらには食料も飲み水もある! 我々は味方なんだ!!」
「行くか」
「リゼラちゃんまず食べ物に釣られるのをやめよう。こういう時は落ち着いて状況を把握することが大事だぜ。……おいお前! 女の子はいるか!!」
「え? い、いるけど……」
「大丈夫だ、取り敢えず安全っぽい」
「貴殿も人のこと言えないからな……」
兎にも角にも、どうやら悪意は無さそうだ。いや見た目だけは悪意通り越して醜さしかないのだが、そこは言っていても始まらない。
一行は全身赤タイツ野郎を警戒しつつも恐る恐る近付いていき、同じく物陰へと姿を隠す。するとその数秒後ほどに、彼女達が落下した地点にあの浮遊するゴーレムがやってきて、雪の山を強烈なライトで照らし着けた。どうやら落下物、つまり雪の山を捜索しているようだ。
「ふぅ……、危なかったな。あと少し遅れていれば空中型に見付かっていただろう……」
「……あー、貴殿? 今のはいったい?」
「そうか、君達は上から落ちてきたからまだ知らないんだな……。アレはこの地底都市を守護するゴーレムだ。あの空中型の他にも歩行型や兵隊型、兵器型と言った様々なゴーレムがいる。一体にでも見付かれば戦闘タイプが直ぐさま集まってきてあっという間に捕まってしまうんだ……。その戦闘力は俺と他の仲間達が束になってようやく敵う程で……」
「間違いねぇぜってーあ奴じゃわ」
「リゼラ様、しっ!」
アナザータイプは浪漫。
「……おっと、自己紹介が遅れたね! 俺はレッド。ギルド登録の冒険者だ。こっちはブラック」
「……よろしく」
「「「うォおごぶッ!?」」」
どうやら物陰の暗闇に紛れて解らなかったが、もう一人いたようだ。
余りに存在感がなかった、と言うか隣の全身赤タイツことレッドの存在感がありすぎて影に融け込んでいた全身黒タイツこと、ブラックの存在が解らなかった。
なお、彼の出現にリゼラ達は思わず跳ね上がるが、互いが互いの口を防ぐことでどうにかゴーレムに発見されずに済んだようだ。
しかし全身赤タイツと全身黒タイツのサングラス&エンブレム野郎共とはこれまた、何とも個性的な連中である。と言うか個性的過ぎる。
「君達の名前は……、む? 仲間が気絶しているな」
「あ、あぁ……。僕はルヴィリア、こっちがシャルナちゃんとローちゃんで、この子がリゼラちゃん。そして気絶している彼はフォール君だ。ちょっと風邪でね、さっきの落下による衝撃でまた気絶しちゃったのさ」
「成る程、それは大変だ。ブラック、彼をイエローのところまで運ぼう。イエローなら薬草を持っていたはずだ」
「……解った」
そう言うとブラックなる大男はフォールを抱き抱え、軽々しく路地裏を進んでいく。
突然の出来事で唖然としたままのシャルナ達にレッドは苦笑混じり、いや全身赤タイツなので表情は解らないが、恐らく苦笑の表情を浮かべて着いてこい、とハンドポーズを送って見せているのだろう。
『移動がてらに説明するよ』と付け足している辺り、たぶん。
「まず何処から説明したものか……。取り敢えずここが何処かは解るかい?」
「ち、地底都市だろう? 先ほど落ちてくる時に見た」
「便宜上はそう呼んでいるが、実際にここがどんなところかは不明なんだ。……話すと少し長くなるんだけど、ここが発見されたのは先月のことだ。俺たち『冒険戦隊』は本来帝国のアストラ・タートル討伐作戦に参加するために北部の田舎から出て来たんだけど、アストラ・タートルはあの伝説の傭兵メタルと十聖騎士や帝国兵士によって先に倒されてしまってね。出掛けたは良いが無駄足になったか、と思っていたらこの地底都市の調査依頼が飛び込んで来たものだから、ここにやってきた、というワケさ」
「……なぁ、『冒険戦隊』って何じゃ?」
「フッ……、それを聞くかい?」
レッドとブラックは突如として横に並び、各々の天地を示すポーズを取る。
明らかに二人の間に数名分の隙間がある辺りもうこの時点で不完全さが目立つのだが、そんな事などお構いなしにヒーローショーは開幕する。
「「天に光あり地に影あるならば! いざ駆け付け迅速解決!! 北の大地に名を轟かせ、雪すら溶かす熱血の魂!! 我等、『冒険戦隊』ーーー……、ここに見参ッ!!」」
「吼える拳は岩をも砕く! 漢気生き様燃えろ魂ィ!! ――――レッド!」
「漆黒の闇に降り立つ悪魔の化身! 影に沈む邪悪を操る!! ――――ブラック!」
「「以下略! 我等が現れたからには如何なる困難も万事解決!! ペットの散歩から迷子捜し、悪人退治までお任せ……、あれっ!!」」
「「「「………………」」」」
ここで一つ解説しておこう。
歴代魔王と歴代勇者による戦いが冷戦化したことでそれ等の文化が縮小化している事は有名である。
しかしそれと裏腹に人界魔界、双方の抑止力たる彼等が活躍しないことで起きる様々な小競り合いを解決すべく、便利屋よろしく冒険者業は活性化しているのが現状だ。
一時期は『浪漫に生きろ!』なんてアイキャッチで大ブームになった冒険者業。実際に宝や遺跡、希少モンスターの素材や高級鉱石でも掘り当てれば一生遊んで暮らせるのであながち間違いではないものの、そんな浪漫に人が集まるのはいつの時代も道理である。
よって起こるのは供給過多の人材飽和。メタルやカネダと言った超一流の冒険者か、ガルスのように固定の依頼者を持たない者はこうしてイメージキャラクターを作ったりイロモノ家業で印象づけたりと、顧客確保に必死なのが現状である。世知辛いネ。
「スッゲー! カッケー!!」
まぁ、ローには大受けだったので一部人気はあるらしい。
「フッフッフ……、当然さ。今は、ちょっと金銭的な問題と人間関係的なアレでブルーとピンクがいないが、全員揃えば中々のモノだぞ?」
「貴殿等のキャラ的にその問題は闇に葬り去るべきだと思うぞ」
「メチャクチャどろっどろじゃん……」
「さらに拘りとして各々の本名までチームカラーで改名しているからね! これでもう完璧さ!! 俺の本名はレッド・ファイヤー! イエローはイエロー・サンダー!! ブラックは黒田権蔵!!」
「おいこれイジメじゃろ」
「色々と根本から間違ってるんだよなぁ」
なお、命名は本人の趣味だそうです。
「おっと、話が逸れたね。俺達はこうして遺跡調査をすることになったわけなんだが……、見ての通りあのゴーレム達による監視が酷くてね。今は外へ戻るにも戻れない、それどころか自由に動くことすらままならない状況なんだ。もう一ヶ月近くここに閉じ込められているよ」
「あー、成る程。だから飲み水と食料とかさっき……。いやでもその口振りからして他にもいるんじゃない? 閉じ込められた面子がさ」
「あぁ、ご名答だ。俺達の他に冒険者パーティーが2組ほど……。彼等もこの遺跡の調査依頼を受けた人達でね。ゴーレムの襲撃を受けていたところを君達と同じように保護したんだ。ふぅ、日課の二人一組での見回りが功を奏したってところかな!」
「な、成る程……。要するに貴殿等はとある依頼からこの遺跡へ来たは良いものの、ゴーレムの監視により脱出することができず他の遭難者達と拠点を築いているということだな」
シャルナは状況を整理しつつ、つついとルヴィリアの隣へ近寄っていく。
――――ここはどうすべきだろうか、と。そう問い掛けるために。
「うーん……。『最硬』のあの子に出会っても休憩は兎も角、ぶっちゃけ治療は難しいだろうねぇい。ならここはイエローちゃん、だっけ? が治療してくれるみたいだし、言葉に甘えるとしよう。そもそもあの子が面倒事を引き受ける可能性自体低いし、この地底都市のゴーレム監視だってどうせ『面倒だから』の理由で自動的に設定してるだけだ。彼等が危惧しているほど危険はないんじゃないかな」
「……そうだな。うむ、そうしよう。それにしてもまさか冒険者達と共に行動することになるとはなぁ」
「にゅふふふ、僕は女の子がいるなら万事オッケーだけどねぇい♪ ま、どのみち行かなくてもリゼラちゃんが食料目的で強襲すると思うけど……」
「全くだな……」
確かに、フォールを治療できるなら直ぐにでもそうするべきだ。
ポーションや魔眼では回復させられない上に雪毛草がリゼラの腹に収まってしまったい以上、そのイエローとやらが持っている薬草を頼るのが最も手っ取り早く安全だ。フォールの体調を考えても取り急ぎそうした方が良いだろう。
もし何かあったとしても所詮は田舎町の中級冒険者達。四天王相手ではどうなるわけもないし、そもそもまさか彼等も自分達が敵対しているのが斯の魔族四天王で、自分達が助けたのもまた魔族四天王と勇者達、極めつけには魔王様だとも思うまい。
「そろそろ拠点だ。この辺りは見張りの数も少なくてね、我々が忍ぶにも打って付けなのさ」
と、そんな事を言っている内にも彼等は冒険者達の拠点へと到着する。
建物の見た目自体は他のモノと変わらないものの、窓はボロ板などで打ち付けられており外から覗くことはできないが、彼等が近付くとぱたんと扉が開いた辺り何処からか監視はしているらしい。
さらにブラックが扉にノックし『山』の問いに『川』という合い言葉を口にする辺りは流石に冒険者達が拠点としているだけのことはある。なお気絶しているはずの勇者が『スライム……』と答えたことを追記、するべきではなかった気がする。
「帰って来たか。……何だ? そいつ等は」
「新たな遭難者さ! どうやら上の『凍土の山』から落ちてきたようでね。さっき保護してきたところだ!」
「食料も飲み水も残り少ないと言うのに、正義のヒーローは呑気なことだ……。こちらはそれどころではないと言うのにな」
「むっ! 何かあったのかい?」
「……さっさと入れ。ゴーレム達に見付かるぞ。その事について話し合おうとしていたところだ」
いやみったらしく彼等を出迎えたのは、如何にも歴戦の戦士感が溢れ出る眼帯の男だった。
否、戦士と言うよりは傭兵に近い。何らかのモンスターの材料で作られたであろう軽甲防具や、如何にもなナイフの収まった鞘を見るに、まるで野戦部隊のようだ。
レッドの話では自分達の他に2組ほど遭難者がいると言う話だったし、彼もまた『冒険戦隊』と同じくこの地底都市に遭難した一人なのだろう。成る程、見た目的にこの拠点の厳重さは彼の仕業なのかもしれない。
「紹介しよう。彼はラングマン・アンダース。俺達とは少し毛色が違うが、彼も同じく冒険者の一人だ。東部で活躍してきた男で、あの『死の大地』における『邪龍戦線事件』では伝説の傭兵メタルと肩を並べて戦ったんだとか!」
「…………ウン、ソウダネ」
「あぁ、リゼラ様がとても遠い目に!!」
「そらそーなるわ」
邪龍に潰されたり邪龍で突撃したりとろくな思い出がねぇ。
「……建前は戦士だの傭兵だの言われているが、実際は殺し屋でな。金さえ払ってもらえるなら邪魔者は幾らでも消してやろう」
「あはは、ご覧の通り素直じゃないんだが彼のお陰で今まで何度も危機を乗り越れたんだ! ……今も何か起こっているようだが、皆で力を合わせれば乗り越えられないことはない!! どんな困難だって勇気と熱意で解決できるものさ!! よし、頑張ろう!!」
「…………すまない。レッドはこの通り脳筋だ。だがラングマンは信用できると私も保障しよう」
「お前も大変だナー」
と言いつつも拠点へ入った彼等を出迎えたのは先程のラングマンを含め、二人の男女と全身黄色タイツの女性の4人だった。全身黄色タイツは言わずもがな『冒険戦隊』のイエローであろうが、それとはまた別に気に掛かるのが二人の男女だ。レッドの言葉通りならばラングマンが一組、そして男女がもう一組と言ったところか。
拠点の中は窓をボロ板で塞いでいることもあって薄暗いものの、様々な武器などがきちんと整理されて並べられており、部屋の角には飲み水や食料が詰まっているであろう木箱が置かれていた。外見の未来感とは裏腹に何とも陰鬱ではあるが、まぁ、侵入者達の拠点と言えばこんなモノだろう。
「イエロー、彼を診てくれないか? どうにも風邪らしいんだ」
「えぇ。ブラック、彼をベッドに寝かせてくれないかしら?」
リゼラ達がそんな拠点に感心している間にも、レッドはイエローによりフォールを診療させる。
何ともテキパキとした行動は甚く感心できるが、イエローの一部が強く強調される全身黄色タイツの方に感心している変態は取り敢えず放置しておいて良いと思う。
「さて、彼はイエローに任せておけば問題ないはずだ! イエローは僧侶の家系でね、病の具合には詳しいのさ。まぁブルーとピンクの心の病は治せなかったが……」
「ちょいちょい重いなコイツ」
「それよりラングマン、は先ほど紹介したから残りの二人を紹介しておこう! こちら、ご夫婦冒険家のダンディとジェニファーさんだ!!」
「あぁ、ダンディ! どうしましょう!! また悲歎の運命に翻弄された被害者達が現れてしまったわ!!」
「心配ないさジェニファー! 例えどんな困難だって僕達の愛があれば乗り越えられる!! 彼女達だってきっとラブ&ピースを信じられる人達だよ!! 怖がることはないさ!!」
「その通り! 愛と勇気と正義さえあればこの世のどんな事も乗り越えられる!! 素晴らしいッ!! 正義の心が世界を救うッ!!」
「成る程、まともなのとトチ狂ってるので半々か」
「リゼラ様、しっ!」
なお自分達もトチ狂ってる辺りは計算に含めない模様。
まぁ、何はともあれこの六人、リゼラ達を会わせれば十一人が現在この地底都市に閉じ込められた面々らしい。『冒険戦隊』のレッド、ブラック、イエロー。一匹狼のラングマン。夫婦冒険家のダンディとジェニファー。何とも色んな意味で濃い面子である。
一行は先程の通り自己紹介を終えるも、もうこの時点で彼等とやっていけるか不安で仕方ない状態である。
「……ふん、見たところそこそこ実力はありそうな面子だが、どうだかな」
「ラングマン……。そんな事を言うべきではない。彼等もまたこの地底都市の被害者だ……」
「その通りだな! 困った時こそ助け合いの精神というやつだ!! ……おっと、それよりラングマン、先ほど問題が起こったフウなことを言っていたが、何があったのかね?」
レッドの問いにラングマンは嫌らしく鼻を鳴らすと、ボロ板の一部をナイフの柄で剥いで窓の光を差し込ませる。
そこから見えるのは街の一角、特に中央辺りの光景であり、幾体かのゴーレムが活動している様子だった。数体の、恐らくレッドの言っていた歩行型と兵隊型であろうゴーレムが入り交じって忙しなく動き回り、街の建築に四方八方手を尽くしている様だ。
「ゴーレム達の動きが活発になりつつある……。そろそろ地底都市が完成する兆しだろう。アレだけの数のゴーレムを個別に動かす魔道士のやる事だ。きっと都市が完成し次第、途轍もないことが起こるに違いない」
「うぅむ、何と言うことだ……! 我々が堪え忍んでいた一ヶ月でこんな事が……!! きっとこの都市が完成すれば世界を揺るがすほどの大事件が巻き起こるに違いないな! うん!! 何としても阻止せねばなるまいッ!!」
熱く猛る焔を瞳に宿し、その拳に決意を固めるレッド。
なおその背後で四天王達はコソコソと会議しつつ、一つの結論を導き出していた。
「……あ奴がそんな面倒なことすると思うか?」
「「「ない」」」
当然が如く満場一致である。
「四天王一の面倒くさがり屋が? 絶対ないわー……」
「『動きたくない』というだけで一代独学のままゴーレム魔法をここまで極めた奴だぞ? そんな大層な計画など立てるわけがない……」
「くさい」
「どうせこの地底都市もろくでもない理由で建築しとるんじゃろうしな……。もうこれ解散して良くない?」
同僚及び上司からこの評価のされよう。いったい最後にして最初の四天王『最硬』とはどのような人物なのか? ろくでもないのは確定として、何処までろくでもないかが問題である。
しかし問題は、彼女の為人を知っているリゼラ達は兎も角として現在進行形で恐るべきゴーレムの大軍により草の根生活を余儀なくされる遭難者、もとい冒険者一行だ。彼等からすれば過酷な凍土の地下で着々と進行していた恐るべき計画に脚を踏み込んだようなものなのだから、その警戒具合も当然と言えよう。
まさかその実体が魔王達曰くの超面倒くさがり屋な四天王によるモノだとは夢にも思うまい。
「まぁ良い、座れ。この狭い部屋に何人も立たれていてはこちらが迷惑だ。珈琲でも淹れるとしよう。話はそれだけではないしな……」
と、そんな彼女達のコソコソ話を遮りラングマンは言葉とは裏腹に優しさなど微塵も感じない口調で座るよう命じる。
リゼラ達もまぁ確かに遭難して落下してと散々だったわけだし、立っていることはあるまいと彼の指示通り、椅子と呼べるほど立派ではない木箱や元は本棚だったのであろう残骸に腰掛けていく。ちなみにその際、シャルナが自重で小さな木箱を粉砕してしまいラングマンの機嫌がさらに悪くなったことを追記しておこう。
「し、失礼……。それで、えぇっと、ラングマン殿? 話というのは……」
「……今さっきゴーレムが活発化していることは話したな? 実はこの周囲でもゴーレムが何体か確認されていてな。周回する兵隊型だけならば珍しくないのだが、空中型も何体か確認されている。ゴーレムめ、地底都市の建設だけに注力していれば良いものをどうやら俺達の動きに感付いたらしい」
「何だって!? それはとんでもないピンチじゃないか!! 一体か二体ならまだ俺達でどうにかなるが、何体もこの拠点に攻め入られたらどうしようもない!! 今は病気の彼もいることだしな!! だろう、イエロー!」
「そうね。動いたら今すぐ危ないってほどの重傷じゃないけれど、熱が引くまで安静にしておいた方が良いのは間違いないわ」
「僕の股間の熱も引かせて欲しぅえぇえええええ! ちくしょう台詞言い切る前に見切ってぐぇええええ!! 離してシャルナちゃん折れる折れる首折れるゥ!!」
「良いぞシャルナ、そのまま折ってしまえ。……んで? バレそうなら拠点を移ってしまえば良いだけの話じゃろ」
「それが……、駄目なんだ……。確かにここ以外にも幾つか見張りの薄い場所はあるが……、食料や飲み水を運ばないといけないし……、その分だけ発見される確立が高くなる……」
「先日なんて僕達が見回っている時に山ほどもある巨大なゴーレムを見たぐらいさ! あぁ怖い、なんて恐ろしいんだろう!! まるで浮気を知った時の君みたいさジェニファー!!」
「あらまぁダンディ! あの女のことをまた口にするなんて反省が足りないようね!! 怒っちゃうわよ!!」
「勘弁してくれよジェニファー! 耳の穴が幾つあっても足りないよ!! HAHAHAHAHAHA☆」
「コイツら放り出した方が話が早いんじゃないかー?」
「やめろ馬鹿虎娘、尊い命だぞ」
「それは構わんが貴様の両腕で二人ほど死にかけて……、まぁ良い。要するに俺が言いたいのはこれの解決に貴様等も協力してもらう、ということだ。飲み水や食料も限りがある。貴様等にただでくれてやるわけにはいかんからな。陽動は先述の基本だろう? ……おい、砂糖は何個だ」
「あ、僕は2個で」
「ダンディ! 貴方は1個と半分だったわね!!」
「その通りさジェニファー! 君も1個と半分だったはずだよ!! 共に分かち合おう!!」
「え、妾? 瓶」
食料と飲み水、そして拠点の代わりに役立て、と。早い話がそういうことだ。
斯くして期待の新人、いや良い意味か悪い意味かで問われれば間違いなく悪い意味の期待を込めて、彼等は珈琲で祝杯を挙げる。ここを脱出するため、ゴーレム達に対抗するため、彼等はこの地底都市で戦線同盟を一杯の珈琲の元に誓い合ったのだ!
「ところで貴殿等……、脱出するとは言うがこの高さやゴーレムの警戒をどうやって切り抜けるつもりなのだ? 一先ず接近してくるゴーレム達を陽動するというのは解ったが、それでもあくまで一時凌ぎだろう。そう長くは……」
「うん、俺達ももうこんな地底都市の泥でできた空を見るのは飽きてきたところだからね! 実は丁度脱出計画を練っているところだったんだ!!」
「脱出? どうやるのさ」
「……ここを吹っ飛ばす。我々にはその用意がある」
ブラックがぼそりと述べるなり取り出したのは真っ黒な円盤だった。
底面には何やら突起がついており、恐らく設置する類いなのだろうとは解るものの、外見からは本当に真っ黒な円盤以外の感想が湧いて出てこない。
しかしその名前を聞くなり、リゼラ達は円盤の正体を否応なしに知ることになる。
「核地雷だ」
「「「…………核地雷ィ!?」」」
今の内に言っておこう。『これさえなければ』と。
「対アストラ・タートル討伐のために我々の貯金全てを放出して用意した一品モノでね!! その威力はここ一帯を吹き飛ばすに充分なものだ!! 本当はアストラ・タートルに使うはずだったんだが、皆がここを脱出し、尚且つ悪しき魔道士の目論見を破壊できるなら俺は喜んで使おうじゃあないか!!」
「そういう事だ。この核地雷をあの中央地、何やらモニュメントらしきモノが建築されているが、あそこに設置して遠隔から起爆する。そしてその隙に脱出するという寸法だ。……起爆にはスイッチを用いるから、我々が巻き込まれる心配はない」
「だが……、その為にはあのモニュメント近くのゴーレム達をどうにかしなければならない……。この地底都市は中央に向かえば向かうほど蒸気の霧が濃くなって動くのが難しくなる……。だが、爆破の範囲から考えて最も効果が大きいのはあそこなんだ……。だからお前達にも手伝ってもらうことになる……」
「そ、それは、とんでもない計画を立てたものだな……。いや、よくそんなモノを用意したと言うべきか……」
「あぁ、怖いわダンディ! まるでベッドで眠っている私の頭にお月様が落ちてくるような思いよ!!」
「おいおい、ジェニファー。それは全く大丈夫な話じゃないか」
「えぇっ、どうして!?」
「ベッドで眠っているならこの僕が隣にいるから……、サ」
「「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA☆」」
「まずあの二人殺すことから始めるべきじゃね?」
「概ね同意だがやめておけ。相手にするだけ馬鹿らしい」
関わる面子はともあれ、彼等には彼等で脱出する手段があることは意外だったとシャルナは唸りをあげながら、珈琲の苦みに眉根を顰める。
――――まぁ、こちらの面々からしてこの地底都市を守ってやろうなどという心意気を持つ者はいないし、彼等が脱出するというのならそれに乗じて脱出すれば良いだけの話だ。
それに流れだったとは言え、こうしてイエローにはフォールへ薬草を与えてもらっているわけだし、その恩を返すためにも脱出ぐらい手伝ってもバチは当たるまい。そもそもゴーレムの十体や二十体程度どうこうしても、あの『最硬』には微塵もダメージは通らない。
成る程、この地底都市に落ちてしまった時はどうなるかと思ったが、意外と何ともなく脱出できそうなーーー……。
「へー、これどうやって設置するんだ-?」
「ん? あぁ……、これはここの取っ掛かりをくっつけてだな……」
「ほー。あ、ホントだ。リゼラ様の頭にくっついた。オモシレー!!」
「お前何やってんの……」
本当に何やってんの。
「目の前に良い感じにあったから……」
「テメェこのアホ虎め!! 目の前に良い感じにあっても妾の頭に核地雷設置しちゃ駄目じゃろうが!? 解る? 解る!? リピートアフタミー! リゼラ様の頭は大事です!!」
「リゼラ様の頭は大事件です?」
「ある意味その通りだわクソッタレェ! 御主来月の給料あると思うなよゴルァ!!」
まぁ、地雷以前に大事件な頭なのはいつもの事だが、まさか虎の子の最終兵器がこんな形で設置されるとは思ってもみなかった。
シャルナとルヴィリアはそんな惨状にさてどうしたものかと慌てふためくが、レッドやラングマンは意外にも落ち着いている様で、呆れながら珈琲を仰ぎ飲む。
「ハッハッハ、大丈夫さ。核地雷がそんなホイホイ設置し切りじゃまともに使えないだろう? もちろん解除もできるから安心して欲しい!」
「マジか!? 妾の頭切り離さなくて良いの!? よしシャルナ覇龍剣しまえ!!」
「迷いなく大剣を取り出す貴様等が恐ろしいな……。この核地雷はスイッチで起動ができるが、設置解除もスイッチで行える。流石にスイッチを無くすとなれば俺達も慌てたが、ミス設置程度なら何ら問題ない。いや、逆にスイッチを無くしても設置から三時間後には自動爆破するから言うほど慌てることでもないのだがな……」
「な、なぁーんだ。ビックリしちゃったじゃないか……。それでそのスイッチは何処にあるんだい?」
「あぁ、ブラックが持っているはずだが」
「持っている……。無くさないよう目印のスライム人形のキーホルダーもつけておいたからな……。この通りポケットに……」
ぽん、と懐を漁った全身黒タイツの手に慣れたはずの感触はない。
どころかスライムの単語が出た時点で四天王及び魔王の視線は気絶したまま風邪の治療を受ける男の手へと、つい先刻までブラックに負ぶられていた男へと向けられていた。明らかに、こう、何か握っている男の手に。
「シャルナ、ワンモア覇龍剣」
「落ち着いてくださいリゼラ様! 切断はマズいです!!」
「そ、そうだよ! これぐらい取り上げれば……、うわ何だコイツ堅ってぇ!?」
「いやいやそんなまさか……、何だこの堅さ!? 人間の握力じゃないぞ!! おい、馬鹿虎娘も手伝え!! 何、え、ちょ、フォールにこれ程の握力が!? クソッ、これもまたスライム狂信の成せる技とでも言うのか!?」
「ヌギャー! 堅ェーーー!!」
押せども引けども開かない勇者の掌。その堅さたるや正しく超鉱石が如く。
と言うかスライム関連をこの男が手にした時点で取り上げるのは確実に不可能と言って良い。例え世界が崩壊する直前だろうと囚われのお姫様が悪の手に堕ちる瞬間であろうとスライムだけは手放さないこの男である。例え気絶していようが、そのスライム狂信が揺らぐことは絶対にない。
つまるところ、まぁ、何というか、要するにーーー……、リゼラの余命三時間である。
「「「………………」」」
「……腕ごと喰えば、なんとか」
斯くして四天王は窓を突き破り、物語は冒頭に戻る。
虎の子核地雷を巡る地底都市の戦い。魔王と裏切りの四天王達の激闘は、果たしてどのような渦中を成すのか? そしてこの地底都市に捕らわれた冒険者達はどうするのか!?
いざ始まる激動の破滅を巡る戦い! この不毛なる死闘の果てに生き残るのは、いったい!?




