【プロローグ2】
【プロローグ2】
「……ろ、……きろ。起きろ、シャルナ」
「ん、む……」
肌に伝う冷たい感触。いや、温かい感触。
凍てつくように冷える背中と燃えるように熱い胸元の感触は目覚めたばかりの彼女を混乱させる。しかし、それ以上に目覚めたばかりで靄掛かる頭を掻き乱すものがある。
それは、肌と肌が密着し、あと数ミリで唇が触れ合うかという距離にあるフォールの無表情だった。
「…………?」
どうやら自分は洞窟の奥地で振動に掻き乱された後、雪崩れに押し潰されて奥地も奥地、フォールと箱詰めならぬ雪詰め状態になっているらしい、とシャルナは理解する。
その雪詰めの、空間とも呼べないほど狭い二人分だけの空間は酷く薄暗い。然れどここまで密着していれば嫌でも表情が見て取れようものだ。そして運悪くと言うべきか、彼女の頭の靄が晴れてへ真っ先に甦ったのは先刻の淫堕なる行為の数々で。
となれば当然、彼女が平穏を保てるはずがなく。
「待て、動くな。動くなよ……。どうやらかなり不安定な場所にいるらしい。下手に足掻けば崖下か、或いは渓谷の狭間か。真っ逆さまになるだろう」
「ひゃ、ひゃう……、ぁぴゃあ……」
「全く、先まであれ程のことをやっておいて貴様……」
「あ、あれは、違う! いや違わないが!! そうではなくてだなぁ!?」
叫びと共に振動する雪の檻。二人は一瞬で息を止め、全身を硬直させる。
揺れはどうにか収まったようだが音から察するに何かが落下したらしい。やはりこの下は崖か、峡谷の狭間か。どちらにせよ二人が落下するに充分な距離があるのに間違いはあるまい。
「……だってぇ。素肌でぇ。そ、そうすれば貴殿も、ちょっと、あのぅ」
「…………まぁ、先程ので汗を掻いて雪で一気に冷やされたせいか、少し楽になった。その点だけは感謝しておこう」
「ほ、本当か!? じゃあ」
「その点だけは、だからな」
「あぅ……」
思わず萎縮したシャルナだが、萎縮しても視線を逸らしても視界に入るのはやはり彼の顔。身悶えれば身悶える程に彼と肌を擦り付け合ってしまうと言うのだから、先程よりも遙かに恥ずかしい。なまじ背中が冷たい雪のせいで頭が沸騰することもないし、嫌に冷静なままだ。
――――このままでは恥ずかしさに精神が嬲り殺されてしまう。何とか、何とか話題を変えなければ!
「ふぉ、フォール! どうすればここを脱出できるかな!!」
「取り敢えず貴様が叫ぶのをやめれば落ちることはない」
「ひゃい……」
即撃沈である。
「全く、貴様の優柔不断癖はそのまま慎重さを表す長所だから捨て置いたものを……。つい夢中になると我を忘れる癖ばかりはどうにかしておくべきだったな。俺の幼児化と言い、今回のことと言い。普段から抑制ばかりしているからそうなるのだ」
「き、貴殿は抑制しなさすぎじゃないかっ! スライムとか、主にスライムとか……!!」
「長所を抑制する必要が?」
「どう考えても短所通り超えて悪癖だろう……!」
なお世界を滅ぼす威力を持つ模様。
「悪癖とは何だ、悪癖とは。今までの俺を支えてきたのはスライム神様の加護があってこそでだな」
「いや災害しかもたらされた覚えはないが!? 特に先日のスライムハザードなど、アレのせいでどれだけ苦労したことか……!」
「確かにスライム神様の教えは高尚過ぎるあまり暴走することも多々あるが、それは万物に言えることだ。包丁も使い方を誤れば凶器だが、正しく使えば美味い料理に欠かせない道具となる」
「貴殿は使い方を誤りすぎて凶器と言うより狂気だろう……! そもそも貴殿は口を開けばスライムばかり……!! 右を見ても左を見てもスライムスライムスライムスライムスライム…………!! いつも、どんな時でもっ……! 毎回毎回…………!!」
「良いか、シャルナ、そもそもスライムと言うのはだな……」
「いいやもう結構だ! 貴殿の説教など聞くものか!! 貴殿はいつもそうだ!! 大事な時にスライムしか言わず他のことに目を向けようとはしないじゃないか!! ちょっとぐらい他の、スライム以外のことにも目を向けたらどうだ!? えぇ!?」
「大声で怒鳴るな。距離を考えろ、距離を」
「いいや考えない! さっきのことだってそうだ!! 貴殿のスライム好きを否定するつもりはないが、も、もっと他に見るべきものがあるんじゃないか!? 確かに私の優柔不断さや夢中になると周りが見えなくなる一途すぎるところも問題だろう! だがそれは貴殿にだって言えることのはずだ! 私からブレーキを取り除いてアクセルべた踏みなのが貴殿の悪癖なんじゃないか!?」
「おい、待て。だから大声は雪が崩れると……」
「一度で良いから止まれ! 止まって横を見ろ!! ま、前ばかり見るのが悪いとは言わないが!! 横を見たって良いだろう!! わ、私は貴殿の前に出られるほど立派な存在であるとは思っていないさ! だが、だがっ……、貴殿の後ろにいるほど甘い考えでこの思いを抱いているわけでもない!! 私はっ……、も、もっと、貴殿に横を見て欲しい!! 隣にいる者の姿を見て欲しいッ!!」
「まず横を見るのは貴様だ。雪が、雪が崩れ……」
「私はっ……! 貴殿の横にいるんだ!! いいや、いたいんだ!! 今だけじゃない、この旅の間だけでもない!! 貴殿とずっと……! き、貴殿はもうすぐ目的を達成するだろう! この大地を超えた先、『最硬』を倒し最後の封印を終えるだろう!! そして目的を達成した後……、私達の旅は終わりを迎えるだろう! だ、だが、私はそこで終わりたくない! 私はずっと貴殿の隣にいたいんだ!!」
「シャルーーー……」
「確かに私は胸はないし、筋肉や身長だってまるで大男のようだ! 女っぽさだって微塵もない! オシャレも流行りも、よっ、夜伽も全く解らない! 私にあるのは剣だけだ!! ずっとそうして生きてきたから……、そ、それ以外のものは何も知らない! けれど、きっと、いいや必ずこれから知っていく! もっと、私の知らないことを知っていく!! だから、私を隣に置いて欲しい!! 私は貴殿の隣で、そうしていたい!!」
ぎゅっと目を瞑って、瞼を涙で潤しながらーーー……、雪さえ溶かすほどの情熱を唇に乗せて。
「私は貴殿が好きだ! 愛している!! ……ずっと、貴殿と共にいたいっ!!」
彼女は、その心に燃え盛ってきた思いを打ち明けた。
「…………」
全てを吐き出した唇が、一気に冷めていく。雪よりも冷たく、氷よりも透明に、熱を失っていく。
未だ激しく胸を打ち鳴らす鼓動が白い吐息となり、失われた熱を追い求めるようにフォールの頬を湿らせた。ほんの数ミリ、もたれ掛かれば触れ合いそうな距離。背中を押す雪は綿のように柔らかく体を仰け反らせればきっとほろりと崩れてしまうだろうが、今の彼女にとってはまるで氷塊のように頑強であり、重圧であった。いいや、そうあって欲しい、と言うべきだろうか。
この背中にある氷が重いのなら、少しだけ、ほんの少しだけーーー……、体を倒しても。
「……フォー、ル」
雪の結晶が溶けるように、緩やかに。けれど、確かに二人の距離は近付いていく。
誰も見ていない、二人だけの空間。雪原の最中、何処かも解らない薄氷の中で、ゆっくりと、その唇は。
「わひゃあっ!?」
触れ合うことなく、一気に遠ざかる。
「き、ぁ、き、貴殿っ!? 何処を触って、ぁっ……、あっ……」
逆転一発。このままシャルナのペースで進行するかと思えばまさかの一転攻勢である。
シャルナは身悶えながら真っ赤になった顔を別の意味で紅潮させ、彼の頬に長い髪を擦り付けながら甘い吐息を零す。
「ま、待ってくれ。確かに……、ぁっ♡ さ、先程のことは謝る! 謝るから、ぁ、んっ……。だめだっ……! い、今は駄目だ! だろう!? こんな答えの返し方っ、ぁ、だから、ぁっ、ぁっ……♡」
先刻のお返しだと言わんばかりに、指先が彼女の背筋や胸、脇腹、へそと言った急所を攻め立てていく。動くに動けないシャルナがそれを振り払えるはずもなく、いや、例え動けたとしてもまさぐるように蠢く手練手管から逃れることは容易ではないだろう。
何より今、フォールの顔が目の前にある状況でそうされては、例え『最強』を掲げる武人とて動くに動けるものではない。
「ふぉ、フォール、今はっ……、だめだと……♡ ぁ、あっ……♡ す、すまなっ、すまない! 謝る! 謝って、あ、ぁっ、謝っているじゃないか! ぅぁ、ぃっ、いっ……♡ す、すまなっ、ぁ、ご、ごめんなさい! ごめっ、……んぅっ♡」
幾ら彼女が謝罪しても止まらない猛攻。真っ直ぐな真紅はいつも通りの無表情で彼女を見つめている。
先ほど抜け落ちたはずの熱は見る見る内に彼女の全身を蕩かせて、冷たい雪の感触さえも背筋を撫でる舌のように淡い快感を全身へと染み渡らせる。
黒と白ーーー……、褐色の肌に伝う快楽は雫となりて、甘い吐息を愛悦へと沈ませる。
「ふぉ、フォール、ぁっ……。んっ……、ふっ、ぅっ……♡」
「……シャルナ」
蕩け落ちた瞳が真紅と交わり、柔らかく、然れど熱い唇は彼へと近付いていく。
熱く、雪さえも溶かす戯れに愛の雫がしたたり落ちて、二人の唇は白銀の中で、ゆっくりと蕩け合いながらーーー……。
「さっきから何を悶えているのだ、貴様は」
「え」
「ニャッハァアアアーーーーーーッ! ロー復活だぁあああーーーーーーー!! 抜け駆けは赦さないぞこの筋肉馬にゃむっ!?」
「どう、い、むっ!?」
フォールとシャルナの間に滑り込んできた馬鹿虎娘、まさかのファインセーブ。
いや何処ぞの変態によるローション、もとい失敗ポーションによるぬめりが悪かったのか、それとも単純に運が悪かったのか。たぶん後者なのだろうけれど、今回ばかりは流石に色々と悪すぎた。
具体的にどうなったかと言うと、唇を近付けたシャルナとフォールの間にローが滑り込んだのだから、当然と言うべきか必然と言うべきか、身代わりのチューと言うべきか。
「きッ……、貴様ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
「うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
そして始まる大乱闘。閉所で拳撃脚撃噛み付き頭突き何でもありのデスマッチ。
純然たる殺意の元に理性蒸発の馬鹿二人は互いに憤怒をぶつけ合う。全く醜い上にこれ以上ないほど不毛な戦いだが両者一切引くことはなく、確実に相手を抹殺、もとい今の記憶を消し去るまで拳を止めることはない。
まぁファーストキッスの相手が宿敵という辺り気持ちは解らなくもないが、その真後ろにいるのがフォールで、彼女達の戦いの余波をモロに浴びているのも彼という辺りは、つまり。
「やめろ馬鹿共」
「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」
勇者式頭部破壊型仲裁、発動。
まぁ、そうなるよね。
「先程から暴れるなと何度言えば……。そんなに落ちたいのか貴様等」
「「だって! だってコイツが!! だってぇ!!」」
「やかましい。双方自業自得だ。下らん一事の状況に流されるからそういう事になる。常に状況を冷静に把握することこそ重要な……。重要……、重…………」
「……ふぉ、フォール?」
「質問なのだがーーー……」
「え?」
ぐらり。
彼等の押し込まれた空間が大きく揺れ動き、ドサドサと積雪の崩れる音が鳴り響く。
「……今から風邪がぶり返したので気を失うが、大丈夫だと思うか?」
「思わないです……」
だが残念、運命は非情である。
かくりとフォールの首が落ちた瞬間に辺りの景色も反転、瞬く間に雪と岩の牢獄は崩れ落ち、フォールとシャルナ、ローごと真っ逆さまに急転落下。辺り一面の白銀景色へ気を取られるまでもなく、遙か奈落の底へとーーー……。
「……な」
いや、訂正しよう。落下する彼女達の視界に映ったのは白銀世界ではないし、奈落の底でもない。
それは正しく『地底都市』。浮き世とはかけ離れた建築物の数々と眩く煌めく星々のような灯りが乱舞する大都会。広大な、果てが霞むほどの地底空間に天塔が如き巨城が幾つも連なる様はまるで伝説の古代都市さえも思わせた。
だが、違う。それ等は滅亡の帆のような古代遺物などではない。空を舞う奇妙な怪物も地上を歩む人型の怪物も、右の屋形も左の塔も、何もかもが異世界的だ。
この黎明に輝く赤や黄色の灯りがそれ等を煌めきの元に照らし出している。
「こ、これは、いったいーーー……」
シャルナは気付く。
その地底世界へ落下し続ける自分達の頬を打ち付ける風が、先程の冷風とは打って変わって生温い、人肌程度のものへ変わっていることに。いいや、その風は最早心地よさすら覚えさせる。偏に、とても快適な気温なのだ。
いいや、それだけではない。あの空を舞う奇妙な怪物や地上を歩む人型の怪物も、全てよく見ればーーー……。
「……アレは、まさか」
などと考察している暇はない。彼等を弾く豪風は一瞬経過する毎に数倍の勢いとなって全身を吹き付ける。呼応する景色は瞬く間に旋風を巻き起こし瞼を開くことさえ難しいほどの衝撃で押し潰してくる。
――――と言うか何よりの問題は全裸なことだ! フォールと情事を重ねていたせいで漏れなく全裸!! 眼下に人影らしいものは見えないが、いや、流石にこの格好で豪風に当てられるのは快適な気温だろうと寒い! 寒いものは寒いし何より恥ずかしい!! よりによって全裸!! どうしようもなく全裸オブ全裸!!!
「ろっ、ロー! 何とかしてくれ!! この高さで自由に身動きが取れるのは貴殿ぐらいだ!!」
「にゃー? お前を助ける理由なんかないしー」
「この馬鹿虎娘ッ! フォールだ!! 気絶した……、いいや例え目覚めていたとしても今のフォールではこの高さに耐えられない!! このままでは地面に激突してしまう!!」
「んぶぅ、仕方ないにゃー」
瞬間、ローの脚が空を蹴り抜いたかと思うとフォールとシャルナを抱えて背後の壁面に両脚を叩き付けた。
そのまま勢いを殺して空中で停止、するかと思いきや彼女は何を思ったか一気に壁面を駆け下りていく。先刻の自由落下より遙かに速く、『最速』の名を刻みつけるかのように壁面へ幾度も脚を撃ち込みながら、疾駆、疾駆、疾駆! 音すら置き去りにする瞬速で一挙に眼下の大地を目指して走り抜けていくのだ!
「な、何をする、つもっーーー……!?」
「にゃははははははははははははは! 舌噛むぞぅ!!」
迫り来る地面、頬を裂く旋風! 言葉すら掻き消すほどの躍動!!
シャルナは迫り来る絶望の刹那を前に、走馬燈よりも先ほど自分がやってしまった無茶苦茶な告白を思い出して『もういっそのこと激突してくれれば全て無かったことにできるんじゃないか?』なんて考えていた、が。その予想が当然ながらローによって裏切られることになる。
そう、彼女は地面に直撃するその刹那ーーー……、全力を持って壁面を蹴り飛ばし、大地に降り積もった雪へと頭から滑り込んだのである! そりゃもう見事に頭から、恐らく自分達より先に雪崩れで振り落とされた雪の山へと全力全速のレッツダイブ!!
「この、馬鹿虎娘ぇえええええええええええええええーーーーーーーーーッッッ!!!」
シャルナの悲鳴が響き渡るのが先か、雪山が彼女達を飲み込んで膨れ上がるのが先か。
途轍もない落下衝撃はそのまま雪へ丸々叩き付けられ、そしてーーー……。
「にゃばっはぁーーーっ! たーーーのしーーーー!!」
「ぶっはぁ!?」
見事、着地を成功させたのである。
「何だ? 何なんだ今のは!? どうして壁面を走った!? 走った意味は何だ!?」
「だってその方が楽しいからな!」
「こっの……! 馬鹿虎娘ぇ!! 見ろ、フォールが脚だけ着きだしてこの有り様……、違うリゼラ様だこれ!!」
「そう言えば完全に忘れてたナー……。もっかい埋めとこう」
魔王とばっちり。
「フォール! フォールは何処だ!? えぇいこれでフォールが紅葉降ろしになっていたらその間抜けな尻尾を引っこ抜いてやる!!」
激昂しながらフォールを探すべく、自身も頭から突っ込んだ雪山を掻き分けて進むシャルナ。しかし意外にも彼は直ぐさま見付かることになる。それもほぼ無傷の状態で、だ。
ローは楽しいから、という理由で壁を駆け抜けたが、実際のところ最後の跳躍一つで落下ダメージの実に八割が削減されている。さらに言えば壁面の加速は彼女なりのタイミングを取る方法であり、地面接触の限界値、より水平に跳躍し落下距離を減らすために普段の速度へ合わせる為の加速だった、ということだ。
やり方はシャルナの罵倒通り全く馬鹿らしいものだが、いやしかし、野生の勘というヤツなのかどうかは定かでないものの、こと速度の分野においては称賛せざるを得ないだろう。
ちなみにフォールがほぼ無傷なのは単純にシャルナが下敷きにしていたせいなのだが、まぁ、今の気絶しているからならきっとバレることはないと思う。
「……良い度胸だ、貴様」
駄目でした。
「ま、待て貴殿! 違う!! 事故、事故なんだ!!」
「黙れ……、勇者式虐殺で済むと……。違うこれ魔王だ。埋めておこう」
魔王とばっちり。
「ぬ、ぐっ……。くそっ、一度収まりかけた風邪がまたぶり返してきた。シャルナ、肩を貸せ。どうにも足元がふらついて仕方ない」
「ぇ、ぁ、ふ、服が……」
「俺達が落ちてきているなら荷物も落ちてきているだろう。……ロー」
「あいあいさーなのダー!」
ローは高速で雪山を掻き分け、あっと言う間に彼等が洞窟へ持ち込んだ荷物を見つけてくる。
流石は最速。頭と鼻先、尻尾へ積もった雪は兎も角として、ついでに翡翠の鍋とルヴィリアも見つけてくる辺り獣の嗅覚も中々どうして侮れないものだ。
なおルヴィリアはゴミと思われて一度捨てられたことを追記しておく。四天王とばっちり。
「よし、貴様等はさっさと着替えろ。……それで、シャルナ。ここは何処だ?」
「え、えっと……、私にもよく解らないんだ。落ちてくるときに見えたのは空を飛んだり地上を歩いている怪物、いや、あれはゴーレムか……?」
「ゴーレムだと?」
彼女はフォールの疑問に相づちを打ちつつ、サラシをまき直して手早く龍紋衣に着替えてみせた。それから頭を出す場所が解らずぐるぐるとさまようローの首襟から顔を出させてやり、ようやく一息。全く手間の掛かる馬鹿虎娘である。
――――しかし、確かにここが何処か解らない。先ほど見た景色からしても『地底都市』なんて例えれば楽なものだろうが、いや、そんな例えで終わらせても良いものだろうか。落下中に見えたゴーレム、つまり魔力で動く土人形だが、あんなに数がいた辺りただの地下空間ではないのだろう。
と言うよりそもそも、滅亡の帆だの何だので異様な光景になれてしまっているが、地下にこれだけの空間がある時点でーーー……。
「疑問が……、あったんだよね……」
と、そんな彼女の疑問を遮るようにルヴィリア。
「何だ、生きていたのかルヴィリア。埋めようか?」
「発想がサイコパス過ぎる……。と言うか既に上半身が埋まってるので掘り出してください……」
「掘り出してやれ、シャルナ。……それで疑問とは何だ、ルヴィリア」
「いや、うん。だってそうだろう? フォール君は勇者の運命に逆行することで世界の悲劇を引っ繰り返したわけでしょ? じゃあ逆に、フォール君が普通のルートを歩んでいた場合の運命ってどうなったのかな、って……」
「……成る程、そういう事か」
運命とは得てして一つの木の幹に例えられる。それが誰かの行いや何かの要因で枝分かれし、様々な結末へ辿り着いていくのが運命なのだと人は言う。
フォールは地から空へ進むその線を空から地に向かうことで枝分かれする前に奇しくも最悪への結末に分かれる前の枝を叩き落としてきた。だが、それは何処かーーー……、恐らく『花の街』までの話であり、逆に彼が地から空へ、運命と共に歩み叩き落とすはずだった悲劇の枝はどうなったのか?
答えは簡単だ。叩き落とされなかった。その枝は生長し、葉を着け実を成し、有り得なかった運命という果実を実らせた。
「つまりここは、どういう意図かは解らんが本来俺が完成を阻止するはずの場所だった、ということか」
「可能性だけどネ。少なくともこの真新しさを見るに滅亡の帆のような古代文明じゃないことは確かだし……、というかこのゴーレムを見るに、たぶん」
「『最硬』か」
「……ノーコメント」
「沈黙は肯定とはよく言ったものだな」
成る程、随分解りやすい話だ。
シャルナやローは兎も角、リゼラやルヴィリアがそうであったように魔王と四天王は勇者を倒すために何らかの策を練っていた。恐らくその『最硬』もフォールを倒すために何らかの策略、この地下帝国のことだろうが、それを練っていたに違いない。
本来ならば勇者が激闘の末にそれを阻止したのだろう。しかしその肝心の勇者ことスラキチ野郎が来ない、もとい運命を逆からなぞったことで策略は成就し、この地底都市が完成してしまった、ということだ。
「成る程……、『凍土の山』よりはマシな環境だ。あの雪山で遭難するよりはずっとマシだが、いや…………、ごふっ」
「フォール君? フォール君!? やべぇフォール君が死んだ!!」
「死んでない! 死んでないから!! 風邪がぶり返したんだ!! しっかりしろ貴殿! 花畑に逝くのは早いぞ!?」
「おぉ、スライム神様……。貴方様の御姿が……」
「花畑よりヤベートコに行ってやがるぞコイツ! 雪毛草、あれ? 雪毛草どこ行った!? 雪毛草はぁ!? 僕が死ぬ思いで取ってきた雪毛草はぁっ!?」
「うーんむしゃむしゃもう食べられぬぅ……」
「「こ、この魔王ッ……!!」」
得てして運命とは非情であり、回り回って因果は返って来るものだ。
魔王と四天王達による策略で風邪のダウンからさらに追撃を喰らった勇者、突如として現れた地底都市、そしてその地を跋扈する数多のゴーレムと、これより待ち構える最後の四天王、『最硬』。
数多の困難を乗り越え、ようやく辿り着いた北の大地。その場所でもまだ勇者に降りかかる困難は歯止めを見せることはない。
いや困難の原因八割が仲間のせいとか大体自業自得とかそろそろ刺されるんじゃないかとかは言ってはいけないお年頃。どうなる勇者! どうする勇者!! 風邪で気絶した彼の明日はどっちだ!? 温かくして寝ろ!!
「カネダさんは?」
「死んだんじゃねぇの?」
そして山の麓でも悲惨な事件が一つ。
大丈夫、彼は何処でも元気にやるでしょう。たぶん、きっと、メイビー。




