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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
凍土の風
373/421

【2】


【2】


「ぬぐ、こほっ……」


 所変わって洞窟奥地。入り口で燃え盛る焚き火の熱風が煽り返し、凍土の洞窟とは思えないほどそこそこ温かい空間にフォールは放り捨てられていた。毛布簀巻きで縛り上げられたまま、である。

 気温的に快適な空間ではあるものの、やはり簀巻き状態ということ、真っ暗で数センチ先も満足に見えない暗闇、さらには体調と先刻の粘液も相まって中々過酷な状態だ。いや過酷な理由は最後のそれが大半を占めていると言っても良いだろう。

 何せ今まで体調不良どころか細菌すら寄せ付けない体をしていた上に食生活も拘ってきたこの男だ。風邪とは言え、病気そのものが初めて邂逅する存在なのである。

 あとルヴィリアは殺す。絶対殺す。


「くっ……、厄災の人形(パンドラ)だか何だか知らんが、この体でも発病するとはな……。体温の上昇、発汗による一部低下……、腹痛と、節々の痛み……、身体機能の不全……」


 フォールは芋虫のようにぬるりと這うが、やはり力なくぱたりと倒れてしまう。

 呼吸が続かず、むしろ切迫したように肺胞が萎縮する。こんな状態でまともに動くのは不可能だろう。メッチャぬるぬるするし。


「こフッ、かハッ……。くそ、こんな事なら街で解熱剤を買っておけば良かったな。体調不良とは無縁の面子ばかりだから油断していた……。今度からは俺の体調不良も考慮にいれなければならないとなると、薬品の出費が増えるか……」


 フォールの脳裏で揺れ動くのは今後の予定だとか明日の朝食をどうするかだとか魔道駆輪のさらなる修復をどうするか、だとか。そんな事ばかり。

 さっさと寝れば良いものをそんな事ばかり考えてしまうのは風邪のせいだろうか。いいや、きっと不安になっているだけなのだろう。だから、下らないことを考える。

 『厄災の人形(パンドラ)』ーーー……、自身に与えられた運命の正体と、そしてこれから訪れるであろう未来のことを。


「ぷにぷにの感触を何処まで感じ取れるか……?」


 本当に下らないことをこの野郎。


「触覚や視覚は問題ないが、嗅覚、聴覚……、味覚」


 味覚はマズい。いやそういう意味ではなくマズい。

 本当に、兎角この男にとってはやはりスライムらしい。何よりスライムらしい。どう足掻いてもスライムらしい。と言うかスライムじゃなかった事がない。

 風邪というのは体調不良も相まって不安を思い浮かべてしまうものだが、この男の不安というのは、何と言うか。


「スライムむにゃむにゃ……」


 方向性っていうか、頭がおかしい。


「む……、いかんな。意識を失っては体が冷える。いいや、この気温ならば問題ないか? しかし焚き火が絶えればそのまま凍死という可能性も……。奴等ならばうっかりで消しかねないからな……。むしろうっかり放置されかねん……」


 流石にそれはないと思いたいが、彼のスラキチ具合同様に彼女達のブッ飛び具合も中々なものだ。

 『このまま凍土に永久封印しようとか言ってるんじゃないだろうな?』とフォールは眉根を顰め、何としても生き延びて奴等を一人一人暗殺しようと心に決めるわけだが、その予想は見事に裏切られるわけになる。

 ある意味、最悪の形で。


「……む?」


 はらり。フォールを防寒具ごと簀巻きにしていた縄が解け、彼の手足は自由になった。

 流石に今の彼が引き千切ったわけでも、かと言って勝手に抜けたわけでもない。この滑り具合ならそれもできそうだが、そんな体力は彼にはない。誰かがそれを解いたのだ。

 精々シャルナかルヴィリア辺りだろうと首を傾げた彼だが、その視界に映るのは闇にボヤける褐色の肌ばかり。


「あぁ、シャルナか。助かっ……」


 肌、ばかり。


「…………」


 嫌な予感がした。そして、それは的中した。


「にゃふふふ……、ペロペロ」


 ローのざらざらとした舌が頬を伝う。そんな感触に反応するまでもなく、フォールのぬめる四肢を彼女の四肢が抱き締めた。と言うか、拘束した。

 その感触は、義手の堅さは兎も角として爪先から太股、腹部の淡く柔らかな肌、そして淡雪のようにしっとりと指先へ伝わってくる。いや、指先を舐めるように吸い付く肌が何を意味するのかは確認するまでもあるまい。

 そればかりか、困惑する彼の脇腹に褐色の指が伝わり、その耳元へ艶めかしい吐息を吹きかけた。緩やかに、湿った防寒具を脱がしながら。


「……おい、説明しろ」


「い、いや、その……、争うぐらいなら平等に分配というか……」


「そこではない」


「ぅ……、す、素肌で温め合うのが、一番と聞いた事があるんだ。あの、だから……」


 防寒具を胸元までたくし上げられたフォールの体に、前後から柔らか、くはないが妖艶な感触が伝っていく。それは素肌の、衣服を脱ぎ捨てた彼女達による肉毛布であった。下着一枚ない皮膚を彼の体へと押し当て、湿りぬめる肌へ滑らせていくのだ。

 冷たい汗の伝う肌とは裏腹に、彼女達の吐息は、先端は、次第に熱く愁いを帯びていく。肌の産毛を揺らす雫が汗なのか、それとも皮膚の潤いなのかさえもう解らない。まるで肌と肌が解け合い、そのまま癒着してしまうようにさえ思えてしまう。このまま一つになって、溶けてしまうかのように。


「私とローであれば……、その、体力的にも充分で風邪が移る心配もないし、貴殿を温めるには、良いと……」


 そんな言葉に肯定するかのように、ローはフォールの胸板へ鼻先をくっつけ、甘えるようにぐりぐりと顔を押しつける。シャルナもまた、負けじとフォールの髪先へ唇を近付け、耳裏へ唇を近付けた。

 流石にローほど積極的ではないが、少しだけ、耳をはむりと。唇でその耳たぶへ吸い付くように。


「……で、あればこの行為に意味を見いだせないが」


「た、対価は、あっても良いと……、お、思う……」


「なるのか? これが」


「…………にゃ、にゃる」


 鋼鉄の義手がフォールの指を持ち上げ、自身の胸にぬめりと共に滑らせる。そしてその感触を確かめるように、指先をはむりと甘く噛み立てた。シャルナはもう片方の手と手を重ねて、その手首にあるミサンガを愛おしく押しつけるように指を絡め合った。

 そして、彼の髪から薫る淡い香りをめいっぱい吸い込んで、愛おしく、ただ愛おしく表情を蕩けさせる。


「ん、ふっ……、ぁ……♡」


 悶え燻る呼吸と、蕩け合う肌。凍土の吹雪さえ忘れてしまうほど熱い唇の感触。

 暗闇の中だからこそ、肌で、唇で、掌で、相手を感じ取れる。その瞳にいつもの姿が映らないからこそ、混じり合う汗一滴、雫一滴でさえも全身を震え立たせるように愛おしい。

 普段であればこんなに近付くことなどできないだろう、こんなに触れ合うことなどできないだろう。だが、この暗闇の中ならば、この暗闇の中だからこそーーー……。


「はふっ、にゃあぁ……、にゃあ……♡」


 ローは舌先でフォールの首筋に伝う汗を舐めとり、彼の半身に脚を絡ませて、二つの小振りながらも吸い付くように淡い、けれど硬い丘を滑らせた。

 大型犬が飼い主を自分のものだと主張するように、自分の匂いを、自分のモノである証を、全身に塗り込んでいく。舌で、脚で、腕で、胸で、股で、自分の匂いを何処までも擦り付けていく。野生の獣よりも凶暴に、けれど愛するように、甘い声をあげながら彼の腕を大切に抱き抱える。時として牙を研ぐように強く、時に吸い付くように優しく、全身をぬめりに滑らせながら。


「…………」


 そんな、茹だるように甘い蜜に濡らされながらも、フォールは動かずにいた。と言うより動けずにいた。

 両手両脚を彼女達にがっちりと捕まえられた上に、明らかに正気を失ったこの二人である。下手に動けば逆に彼女達を逆上させかねないと言うか、そもそも正気でも逃れられる気がしない。

 こんな体調で二人から逃れるのは、それこそ無謀というものだろう。


「さて、どうしたものか……」


 ――――リゼラかルヴィリアに救援を、いや、ルヴィリアはこのまま面白がって放置するか魔眼を使って俺と入れ替わろうとするだろう。リゼラに到っては恐らく俺がいないのを良いことに食料を食い尽くしている頃合いだ。と言うかたぶん既に喰い尽くしている。

 さて、この時点でもう希望は潰えたわけだが、どうしようか。思い出されるものと言えばあの半魔族の島でのことだが、いや、あの時もここまでピンチではなかった。せめて体調が万全であればコイツ等をどうにかできたものを、こうなっては手の施しようがない。と言うかその手も動かせない。

 もういっそのこと諦めてしまおうか。適当に眠っていれば終わっている気がしないでもない。と言うよりはここからの脱出策を考えるのが面倒くさーーー……。


「…………んっ♡」


 い、などと言ってるわけにはいかなくなった。


「ふぉーりゅ……」


 気付けば、自身の下半身にずしりと重い塊が乗っている。それは馬乗りになったシャルナだと気付くのに、そう時間は要らなかった。

 流石にこれは後々面倒だと、か細い体力を振り絞って振り払おうとしたがシャルナから解放された腕までも、と言うか上半身そのものをローが覆っていることに気付く。

 防寒具の簀巻きから解放されたかと思えば、肉布団で左右から簀巻きにされてしまったわけだ。


「貴殿が……、貴殿が悪いんだからな……。私はずっと……、き、貴殿のために……」


「待て……、やめろ。貴様は正気を失っている。後日のことを考えろ……。覇龍剣を振り回されて死ぬのはリゼラだぞ……」


 魔王とばっちり。


「だ、大丈夫だ。その前にフォールの覇龍剣を振り回すから……」


「今ので四天王の尊厳は完全に消え去ったぞ」


「う、うぅ、うるさいっ!」


 シャルナの指先はフォールの残った防寒具に掛けられ、恐る恐るその拘束を解いていく。

 いやその豪腕の前では恐る恐るが既に剥ぎ取りに近いのだが、自身のモノなのか彼のモノなのか解らない、噎せ返るような体臭が彼女に判断力を失わせていた。自分とローと、そしてフォールの獣くさい、理性など取っ払った鼻腔を突く臭いが、暗闇の中での大胆さをさらに加速させているのである。

 蕩け伝う雫も肌を茹だたせる熱も張り裂けそうな鼓動も脳を溶かす臭いも、何もかもが今この淫靡な時を後押しするかのように。


「きっ、貴殿はじっとしていれば良いのだ! 天井のしみ? でも数えておけば終わるのだぞ! 知っているんだからな、私は!!」


「真っ暗で何も見えんのだが」


「じゃ、じゃあ目を閉じていれば良いだろう! うふ、うふふふ……」


 甘く彩られた囁きと共に、一層激しくなっていく鼓動。

 フォールはそれを戒めるように手を伸ばすが、彼の上半身はローの領域だ。獣じみた彼女は全身を激しく擦り付け、肉を貪る獣として激しく彼を求めていく。少なくとも体力のない彼の抗いなど児戯のようにあやす程度には。


「フォール駄目だぞー? こういう時はなー、嫁は大人しくしておくものなんだぞー? ロー物知りだからナー。こーゆーの初めてだけど頑張るからナー……♡」


「この耳年増どもめ……」


 だが耳年増でも蓄えた相手が悪かった。よりにもよってこの二人とは、蓄えさせた相手は後日死罰を与えなければなるまい。主にルヴィリアとか。

 などと朧気に考えている間にも、二人は吐息荒くフォールを手込めにしていく。引き締められた胸板にザラついた舌を這わせ、太股の内側に頬を押しつけて表情を溶かし、卑猥に彼の臭いや肌の感触をぬめり越しに味わっていく。


「い、痛くしないから……。フォール、先っちょだけ、先っちょだけだから、な……?」


「にゅふふ♡ 今だけはコイツとローの体をめいっぱい味わって良いんだゾー……?」


 迫り来る二人の獣に、フォールは大きくため息を吐き捨てて抵抗することを諦めた。

 鼻息荒く滾る彼女達をどうこうすることは不可能だと考えたのだろう。少なくとも餌を前にするどころか爪をかけた獣から肉を取り上げるのは不可能だろう。

 しかしかと言ってこのまま放置しておけば後日面倒なことになるのは必須。主にシャルナとルヴィリア辺りが。


「……こうなっては仕方ない。可能性は低いが、アレ(・・)をやるしか」


 と、フォールが風邪に苛まれた体を無理やり動かし、獣二人がさらに飛び掛かろうとした瞬間だった。


「……む?」


 突如として洞窟が振動。地鳴りのような何かが彼等へと降りかかり、洞窟は右も左も上も下もなく引っかき回されることになる。荷物も何もかもが彼等のいる奥地に雪れ込み、あと序でに焚き火も転がって来て彼等の状態が露わになることになる。全裸の二人と着を引ん剥かれた男が一人の、何ともまぁ淫欲的で怠惰な光景ノクターンが。

 その光景が指し示すのは、つまりーーー……。


「ひ、ぁ」


 そして理性を押し込めていた暗闇が晴れるということはつまり、普段から理性でガッチガチに固めているくせにハッチャけまくった武人へ丸々反動がやってくるわけで。


「あはぶっ」


 彼女は目の前の覇龍剣、もといフォールのフォールを目撃すると共に白目を剥いて鼻血を吹きながら昏倒した。

 下半身の拘束が解かれたことでフォールの両脚はローの細首へ絡みつき、そのまま高速で締め落とす。そして自身もそれで完全に体力を使い果たしーーー……。


「……何が起こったかは解らんが」


 かくん、と首を項垂れさせるのであった。


「助かったのやら、助からなかったのやら……」



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