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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
凍土の風
372/421

【1(2/2)】


【1(2/2)】


「フォールは?」


「簀巻きにして奥に押し込んできた」


「うむ、よくやった」


 さて、時は戻ってまさかの勇者罹病というハプニングから数十分後。

 家事だ後片付けだと抵抗するフォールを簀巻きにして洞窟の奥に押し込み、リゼラ達はようやく一息ついていた。

 虚ろな目で暴れ狂うあの男を抑えること自体は大して問題ではなかったのだが、途中からスライム呪詛で抵抗しだした辺りで最大戦力を投入するハメになったことを追記しておこう。


「おのれ奴め……、体力を消耗しているとはいえ何たる驚異だ」


「むしろ体力を消耗しているからこそではありますがね……。リゼラ様も気を付けてくださいよ? バッ……、純粋すぎるので風邪を引くことはないとは思いますが」


「まぁリゼラちゃんはバッ……、風邪引くことはないだろうねぇ」


「馬鹿だからナ」


「御主ら全員減給だからなクソ共」


 まぁ事実バッ、少々個性的過ぎる魔王が風邪に罹ることはあるまい。

 シャルナやローにしてもその鍛え上げられた体が病に蝕まれることはないだろうし、かろうじて可能性があるとすればルヴィリアぐらいなものだろうが、彼女も彼女で不死鳥を司る焔を宿す魔眼の持ち主だ。風邪で参ることはないだろう。

 いや全員バッ、ちょっとアレと言えばアレなので風邪とは無縁だと思うけれど。


「うぅむ、しかしあ奴めがいなければ明日の晩飯もデザートも出ないのだぞ……。ここは何とかして治療せねば」


「動機は果てなく不純ですが……、まぁ、その通りですね。ルヴィリア、貴殿の魔眼を使えばどうにかなるのではないか? 万能チート権能の名は伊達ではあるまい」


「いやまぁできなくはないんだけど、アレあくまで自然治癒力を底上げするヤツだからねぇ。つまり自分の体力を消耗して回復するから、今の状態で使うのはオススメできないぜ。催眠で風邪を誤魔化すこともできなくはないんだけど、根本的な解決にはならないだろうね」


「飯作る時だけ回復させれば良くな、いや何でもないですやめろシャルナ覇龍剣を納めろやめろ」


「あ! それダー!! 風邪の時は美味いモノ食べれば治るって聞いたぞ!! りょーりだりょーりー!!」


「料理ぃ? ……あ、でも良い案かも。フォール君夕飯はあんまり進んでなかったし、何か簡単なモノ作っちゃっても良いかもねぇ。風邪の時は何より温かくして栄養を取ることが大切だしさ、確かフォール君秘蔵のお米がまだ残ってたでしょ? おかゆとか良いんじゃないかな。残りの食料は少ないけど、今回は仕方ないってことで」


「う、うむ、そうだな。料理にあまり覚えはないがやるだけやってみるとするか……」


「やるぞー! おーっ!!」


 勇者フォールのため、今回ばかりは遭難を無事に過ごすためにも彼を治癒させなければなるまい。

 そもそもフォールが風邪というだけで相当な珍事なのだが、魔王と四天王達が勇者を治療するというのも何とも大分な珍事であろう。いやはや、或いは遭難者達の互助と考えれば筋は通るかも知れない。

 ともあれ細かい理由は良いのだ! 大切は慣れない料理を頑張るべく立ち上がった彼女達の健気なーーー……。


「…………」


「「「…………」」」


 振り返った彼女達の瞳に映ったのは異様に頬を膨らませた魔王と、骨だけになった熊と空になった食料袋でした。

 ――――遭難、まさかのハードモードである。


「リゼラ様は?」


「簀巻きにして表に捨ててきた」


「よし、よくやった」


 と言う訳でさらに災難化した遭難劇中。まさかの食料ゼロという悲惨な現状に四天王達は頭を抱えていた。一番の食い扶持が抹殺、もとい不慮の事故で雪に埋まってしまったが食料ゼロは遭難において最悪の状況と言わざるを得ない。

 この吹雪が止むかどうかすら判断できない以上いつ脱出できるか解らないし、そもそも食料そのものを調理できる男がダウンしてしまっている現状だ。

 最悪、勇者達の珍妙奇劇旅道中はこのまま凍土の洞窟で氷漬けエンドというバッドルート一直線である。


「くそっ、どうする……。あ、ポーションとかどうだ? 回復ポーションならあっただろう? 魔眼は駄目でもポーションなら!」


「いやー、アレも原理は僕の魔眼による回復と似たようなモンだからねぇ……。どうする? スライム人形持っていけば治るんじゃないかな、もう。確か既に十個以上あったよねアレ」


「一個に付き一回甦りそうだなからな……。分霊箱でも7つだぞ……」


「どうにかなんないのかー? このままじゃ本当に遭難しちまうぞー!!」


「そうなんだー。……んフっ」


「ルヴィリア、出るか?」


「いや待って冗談です違う待ってやめて表はマズい死ぬ死ぬ死ぬンホォらめなのぉ!!!」


「よし、出そう」


 英断である。


「待って冗談だからホントに待って! そ、それよりフォール君の治療を考えよう!! 大切なのはあくまで体力を戻してもらうことだ。こんな気温じゃただ眠ってるだけでは体力は戻りにくいし、けれどその為の食事は魔王災害で無くなっちゃった状態だからね、今は!」


「つまり、手詰まりということか……」


「にゅっふっふ、だがそうではないのーだっ!」


 こんな時こそチート権能こと魔眼の出番である。

 確かに通常の魔眼やポーションでは治癒できないが、それも『通常(・・)』の話。ならば通常でなくしてしまえば良いだけのことだ。


「僕の魔眼でポーションを強化する……。一種の即席ポーションを作っちゃおうってわけさ! ほら、ローちゃんは知らないだろうけど、『花の街』でミサンガを作っただろう? あの時のように物事ってのは必ず原理が存在するものさ。それを理解すればポーションだって万能薬にできちゃうんだぜ!」


「お、おぉ、凄いではないか貴殿! 流石だな!!」


「やるナー! 見直したぞルヴィリアー!!」


「ウフフフフ、褒めよ褒めよ天才の僕を! 成功率2割を除けば完璧な作戦だろう!?」


「「所詮はルヴィリアか……」」


 凄まじい掌返しである。


「だって仕方ないじゃないのさぁ! お呪いや傷薬程度の基本的なモノならまだしも、商販のポーションなんて専門の薬剤師が調合したヤツなんだぜ? それを改造するなんて成功率2割でも相当なモノなんだよぅ!? そもそもポーションの効能を強化しつつ別物に造り替えるなんて土台無理な話だっちゅーの!!」


「ま、まぁ、言わんとしていることは解るが……。しかし2割か……。低いな」


「1%あるなら正宗よりヨユーってアイツが言ってたぞー?」


「……それ、『最硬』の言うことだろう。奴は時々何を言っているか解らんからな。む、待てよ? そうだ、どうして気付かなかった!? 奴に連絡コンタクトを取ってみれば良いではないか! 便利に使う様で気は引けるが、この北部の凍土は奴の領域だ。或いは何らかの救援を受けられるかも知れない!」


「あー、やめた方が良いんじゃないかな。そもそもあの子が『外に出る(・・・・)』って行為をOKするとは思えないし。四天王会議の出席率最低でしょ、あの子」


「むぅ……。ならば仕方ないか。そもそもあの堕落具合に頼るのもあまり気が進まないからな。こうなったらルヴィリアの言う、その可能性とやらに賭けるしかあるまい。頼めるか?」


「僕は唯一話通じるしあの子好きだけどなぁ。ま、オッケー! 失敗したら最悪死ぬけど任せてよ!」


「「なんて?」」


「おっしゃちょっとやってくるわ!!」


「「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て!!」」


 なお、数分後。


「まさか粘液化するとは……」


「ロー、簀巻きの準備だ」


「奥から刀剣が飛んで来た時点で準備済みだゾー」


「ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 洞窟奥地から地獄の淵から響くような怨嗟の声が聞こえて来る辺り、相当悲惨なことがあったらしい。もしかして彼の風邪が完治すればルヴィリアは死ぬんじゃないかとシャルナは思ったが、大体いつも通りなので考えないようにした。

 と言うか粘液化って何だ、粘液化って。


「うーん、どうしようかな。やっぱりポーションは駄目かぁ……。他にやり方がないわけじゃないけど、流石にこれは危ないからなぁ……」


「これ? 他に方法があるのか?」


「ん、まーね」


 ルヴィリアは石ころで地面に簡単な絵を描いて見せる。

 彼女が描いたのは恐らく植物なのだろうが、何と言うべきか、まるで動物の尾のようにモサモサとした奇妙な物体であった。単純に彼女の絵が下手なのかとシャルナとローは首を捻るも、ルヴィリアは魔王じゃあるまいしと言わんばかりに否定する。


「『雪毛草』……。薬草の一種だね。この地方じゃ結構重宝されてる、吹雪の中にだけ芽吹く高級薬草さ。女性のお化粧にも使われてて、『雪化粧には雪毛草』なんて駄洒落もあるぐらいでねぇ」


「それはどうでも良いが、薬草ということは……」


「ポーションが体力を消費して傷を癒す治癒だとすれば、この薬草はそれだけで効能がある治療だということさ。この草を煎じ飲んで温かくしておけば風邪なんて一発だよ! 少なくとも粘液が発生して溺死しかけることはない!!」


「よくやったなルヴィリア-! えらいぞー!! なでなでしてやるぞー!!」


「んほぉっ♡」


「やめろロー、甘やかすな。調子に乗るだけだ。……だが、その雪毛草とやら、吹雪の中だけということはあの凍土を乗り越えることになるわけか。確かにそれは危険だな。……いや待て、植物であれば貴殿の魔眼で具現化できるのではないか? 確かそんな事もやっていただろう」


「物体の具現化は僕の想像力ありきだし、そもそもちゃんとした効力を発揮するとは限らないんだ。その上メチャクチャ魔力を消耗するもんだから下手すりゃ体力が落ちてフォール君の風邪が移っちゃう可能性もあるし、オススメはできないよ」


「ふむ、では仕方ないか……。解った、その雪毛草というのは何処にある? 私が取ってこ」


「ちなみにこれ採取している間、フォール君の体温めてておきたいんだけど」


「「ルヴィリア、頼んだ」」


「えっ、いや別に僕が火の魔術とかで温めて」


「「ルヴィリア、頼んだ」」


「だからあの、僕が」


「「ルヴィリア、頼んだ」」


「行きます……」


 悲しきかな、こうして無言の圧に押されて、いや明らかに有言だったが、ルヴィリアは吹雪の中一人寂しく雪毛草を採取しに行くことになる。その道中、グルズル熊との大激闘や銀尾ウルフの群れとの死闘、雪妖精との邂逅や雪の女王との擦れ違いから始まる結ばれぬ恋など、全編にすれば数百編は綴るであろう物語があるものの、残念ながら今回は全て無情のカットである。

 となれば視点は残されたシャルナとローに向くわけだ。彼女達は有言の圧でルヴィリアを見送った後、ただ静かに、とても静かに各々の武器を手に取った。互いに向き合うことはなく、言葉を交わすこともなく、決死の覚悟を決めて龍虎の諍いがここに頂点を極めたのである。


「ロー……、助言しておいてやろう。此所は素直に退くべきじゃないか? ん? 結局『最強』が誰に与えられたかを考えれば当然の決断だと思うが……?」


「縄張りにナー、手を出す奴はナー、群れの長が倒すって相場は決まってるんだぞー? この狭い場所でお前みたいな泥棒筋肉が暴れ回れるのか? ローの方が圧倒的に有利なんだぞー?」


「フッ、一部のことにしか目を向けられないとはやはりお粗末な頭だな……。それは裏を返せば私の一撃を回避できるだけの空間もまたないという事だが……?」


「筋肉が棒きれ振り回すだけなら避けるのは楽勝だと思うけどナー……?」


「ほう?」


「あー?」


 二人の獣は互いに牙を向き合い、じりと一歩近付き会った。

 動機は果てなく馬鹿馬鹿しいが仮にも『最強』『最速』の激突である。下手をすればこの洞窟一帯どころか、『零度の山』さえ砕きかねない。無論、風邪によりダウンしたフォールも流石にそんな衝撃から逃れるのは不可能であろう。

 馬鹿の争いで勇者がヤバい。


「……いや」


 だが、シャルナも馬鹿ではない。『最強』と『最速』が争えば、例えこの閉所でなくとも無事で済まないことは明らかだ。

 だが、ここでばかりは馬鹿であって欲しかった。できればそれに気付かず争い会って欲しかった。

 彼女は覇龍剣を引き下げると引き攣った、しかし覚悟を決めた顔で『待った』を掛けーーー……。


「ロー……、話があるんだが……」



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