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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
凍土の風
370/421

【1(1/2)】

 ――――永き刻であった。それは永劫とさえ言えるであろう停滞であった。

 凍てついた我が身を癒す焔など、この世にありはしない。あるとすればそれは唯一、混沌のみである。

 魂は退屈により枯れ果て、混沌により潤い、闘争の華を咲かせることで意味を成す。それこそが我等の生きる意味であり、我等の存在証明に他ならない。

 さぁ、雪解けの刻は近い。運命の果実が実り、我が手に落ちる時は、直ぐそこにーーー……。


 これは、永きに渡る歴史の中で、大牙を研ぎ続けてきた東の四天王と西の四天王。

 天外なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼女達のーーー……。


「そろそろ旅も佳境か……。大陸一周とは果てなき旅だったな……」


「そうだなー、そろそろフォールに子供仕込むかー」


「あぁ、こど……、こ? こ。こどっ!? こ、ここここここどっ!? も、もふぉっ!?」


「ただの筋肉には『あだると』な話だったナー! ローは大人だからナー!! こんな話題も平気なんだゾー!! 筋肉には大人な話はできないナー!! ニャハハハハハハハハ!!」


「ば、バカ! 馬鹿ロー!! そういう話はまだ早……、くはないな。詳しく話せ」


「興味津々じゃないか……」


 競戦の物語である!!



【1(1/2)】


「……と、言うワケで俺は初代魔王カルデアの身代だ」


「「ヘブゥゥゥウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」」


「り、リゼラ様とルヴィリアが死んだ!!」


「このシチューおいしい」


 白銀一面。吹雪が世界を染める山路の洞窟にて、彼等は温かな光を囲みながら夜を越えていた。

 いや、超えていたっていうか絶賛遭難中なのだが。さらに魔王と四天王が卒倒という大惨事なのだが。漏れなくこのままでは凍死体四つのできあがりという悲惨紀行。なお既に二名ほど死んでいるとかは言ってはいけない。

 まぁ、この洞窟もけっこう奥行きがあるので暖を取っている間は凍死することはないと思うが。たぶん。

 少なくとも深緑の鍋でコトコトと温かな香りを仄めかせるシチューがある限り凍死することはあるまい。


「君、おま、ちょっ……、おまっ……。僕がガルス君から聞いてどんだけ悩んだと……! これ衝撃の真実だよねぇ!? ストーリー最終章ぐらいで明かされる感じのヤツだよねぇ!? 何でこんな、おま、サラッと、おま、おまァ…………!!」


「イヒヒ…イヒ……イヒ…、ポヘェーッ、イヒイヒイヒイヒイヒイヒヒヒヒフヘホハホヒホホホイヒヒヒヒ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」


「リゼラ様がトチ狂った!!」


「案ずるな、元からだ。……何、そもそもこの旅の目的は『スライムぷにぷに』だろう。初めから終わりまでずっとな。それに比べれば俺の正体が魔王の身代だろうが依り代だろうが、女神が全ての黒幕だろうが、世界の滅亡だの救済だのも興味はない。どうでも良いことなのだから隠す必要もあるまい」


「コイツに普通を望むこと自体が馬鹿だった……」


「ま、待て貴殿、しかし思うところも何か……!!」


「シチューの具合はどうだ? このシチューには『花の街』で仕入れた蜜チーズという面白い代物をだな」


「おい本当にどうでも良さそうだぞコイツ」


「どう足掻いてもスラキチかよ……」


 残念ながら彼にとっては女神の陰謀など本当にどうでも良い話である。

 世界の救済<自分の正体<<<<<<夕飯の具合<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<(略)<(超えられない壁)<(超えられない壁)<(超えられない壁)<(超えられない壁)<(超えられない壁)<(超えられない壁)<(超えられない壁)<(超えられない壁)<(超えられない壁)<スライムという辺り、何と言うか、本当に、もう。


「よーするにフォールはフォールなんだろー? じゃあローは別に何でも良いけどナー」


「ローは理解が早くて助かるな。どれ、喉を撫でてやる」


「ころころ……、ごろうにゃー♪」


「貴殿、そいつは理解が早いんじゃなくて単に何も考えてないだけでは……。い、いやしかし、待ってくれ。整理の時間が必要だ……。えぇっと、つまり、何か? まず前提条件として、大魔道士アレイスター殿による預言とエレナ王子による預言は別物なんだな?」


「そうなるな。エレナのそれは女神からの神託だが、アレイスターは自身の魔道を極めた末の未来予知に近い。正確さで言えば、いや、女神のことを考えてもアレイスターのそれは信用できる」


「しかもさらにガルス君の裏付けまであるわけだからね。幾つもの古代遺物アーティファクトにある古代語を解析した結果からの推測だ。動かぬ証拠がある以上、フォール君の正体については事実と考えるべきだろう。……それより僕が気に掛かるのはアレイスターお婆ちゃんの預言にある、僕達が君に負けたって部分だね。いや、それ自体はどうでも良いんだけど」


「本来の歴史について、だな。貴様等の結末に関しては所詮不確定な話だから言及しないが、まぁ、そう成り得たというだけのことだ。運命とやらから考えるに、俺は奇しくも本来の歴史で有り得た貴様等の目論見や悲劇を未然に防いで回っていたことになる」


「ま、まぁ、確かに……。私のいた『爆炎の火山』でも貴殿が来なければドワーフは食糧不足により人間を襲っていたわけだし……。いやそもそもアレの原因は貴殿の起こした地殻変動だったような? だが、元から食糧不足の話はあったのだったか……?」


「僕のことにしても、まぁ、リースちゃんのことがあってにせよエルフの女王の一件や、その後の街への仕掛けもあったりしたわけだからね。もしフォール君と出会わなければ赦されざることをしていた可能性は否めない」


「アレイスターも言っていたぞ。貴様が一番ヤバいと」


「改心したから! 改心したから!! 僕は平和と女の子を尊重する清く正しい元四天王だよぅ!!」


「清さの欠片もないだろう、貴殿は」


「難しい話で全然解んないけどナー、つまりフォールはいっぱい人を救ったってことだろー? 流石は勇者だなー! スゴイゾーカッコイイゾー!!」


「よーしゃよしゃよしゃ」


「ころころ、うにゃあ♡」


「うぅむ、魔族の四天王としては喜ぶべきかどうか……。功績としては立派なことこの上ないのだがなぁ」


「じゃあ魔族クォーターの僕から言わせてもらうと、偶然とは言え凄まじい功績だと思うぜぇい。少なくとも世界最大の国家を救っただけのことはあるんだ。まっ、知るは極一部の奴等だけなんだけどさ……。少なくともその極一部は、魔族三人衆との激闘や僕達との戦いを知ってるんだ。それだけでも、充分凄いことだと思うぜ」


「称賛よりスライムが欲しい」


「「おい勇者」」


「まぁその辺りはどうでも良いから置いておくとして、だ」


「勇者じゃないよね? やっぱりコイツ勇者じゃないよね?」


「明らかな人選ミスだな……。もう何度言ったか覚えてないが……」


「むしろ問題はこれからの進路だ。その上での課題は二つある。一つ、女神の存在と……、もう一つは残る四天王についてだ。まぁ、四天王は今までの面子との出逢いから考えてどう対策してもろくな事にはならないと思うが……」


「残る一人と言えば……、奴か」


「ロー嫌いだ! アイツ嫌い!! 生意気!! 嫌味!! 性格悪い!! あとくさい!! 筋肉馬鹿より臭い!! くっせー!!」


「な、何だと!? 貴殿よりはマシだ、貴殿よりは!! この馬鹿虎娘め!! 知っているぞ? 昨晩だって水浴びが嫌でフォールの寝床に逃げ込んだだろう!! あの後、貴殿を捕まえるためにどれだけ苦労したことか……!!」


「お前の洗い方雑! 指痛い!! ゴツゴツ!! ローやだ!! フォールの方が良い!!」


「そ、それは駄目だ! 駄目だからな!? えぇい今からまた湖に叩き込んでやろうか!!」


「フシャーーーーッッ!!」


「どうどう、二人とも落ち着いて。……まぁローちゃんはあの子と相性悪いよね、性格的にも。とは言え、例によって僕達からあの子がどんな子かは言えないぜ。まっ、『最硬』の称号だけで大体は予想出来ると思うけどねぇい。敢えて言うならあの子は『凍土の山』から少し進んだ、と言うより戻ったと言うべきかも知れないけれど、その雪原にある『氷河の城』にいるはずってことぐらいかな。この吹雪さえ収まれば明日にでも到着するだろうね」


「……ふむ、覚えておこう。で、あれば問題は女神の方だ。最近、奴の天気予報よげんを夢に見なくなった辺り怪しいとは思っていたが、エレナやルーティアにももう奴の声は届いていないらしいし、女神が黒幕なのは間違いないだろうな。取り敢えず奴に飯と惨事のおやつはもう送らん。リゼラの腹に送ってやる」


「え? マジで。よっしゃ女神殺そうぜ」


「正気の取り戻し方に威厳もクソもないんだけどこの魔王」


「今更だろう」


「ま、まぁ、確かに忌々しい女神と初代魔王カルデアの関係など気に掛かることは多くあるが……、それよりもそうだな。貴殿にとっては『最硬』の四天王、延いてはその封印の方が気掛かりだろうな。ん? いや待て、封印と言えばローの秘宝はどうなったんだ? 既に西部も越えたが」


「秘宝ならばアレイスターから受け取っている。『花の街』王城の遺物の中にあったそうだ」


「そうか、ふむ……。封印は既に済ませたのか?」


「あぁ、封印した直後はどうにも体力が著しく低下するからな。面倒ごとが起きる前に、昨晩辺り終わらせておいた。今は秘宝も別のことに役立てている」


「別のことって何だい? と言うかそもそも秘宝って何だったの?」


「盃だった。深緑色の……、中々良い品だったぞ」


「「へぇー……」」


 シャルナとルヴィリアは何気なくシチューを一口頬張って舌鼓を打つ。

 この白銀世界に凍えた体を芯から癒してくれるフォール特性のシチューだ。グルズル熊の肉とレタシアの葉、その他様々な野菜を蕩けるまで煮込み、隠し味に『花の街』特性の蜜チーズを溶かした濃厚な甘みは、思わずたった一口で全身がシチューのように蕩けてしまいそうだ。砂糖や果汁とはまた違った、優しい甘みが何とも嬉しいものである。それに野菜も良い。ほろりほろりと口の中でとろけ、体の芯から温めてくれるこの美味しさはシチューならではだろう。

 美味しい。とても美味しい。嗚呼、美味しいのだが、何と言うべきか、そのーーー……。


「「……鍋が深緑色なんだけど」」

 

「ロー、お代わりはどうだ。遠慮することはない。貴様のお陰で良い煮具合のシチューができたのだからな」


「もらうー!」


「……魔族の秘宝で食べるシチューかぁ」


「ルヴィリア、最近私は自分の常識が解らなくなってきた……」


「ウフフ、僕も☆」


 凍土の夜は過ぎていく。白銀世界に落ちる雲泥と吹雪の白は、漆黒の星月さえも塗り潰して。

 いや全くそんな風には見えないが彼等は遭難中である。どうしてこうなったかは後で語るとして、今はそれよりも厄介な問題が、或いは呑気に遭難している今だからこそ起こる問題を語っておこう。

 少なくともこの遭難をただの遭難では終わらせてくれない問題のことをーーー……。


「へくちっ」


 一瞬、その場にいる誰もがそのくしゃみの主を見定めることができなかった。

 それ自体は大したことではないしまた食事に戻ろうとスプーンを掴むのだが、数秒の間を置いて、彼女達はようやくそのくしゃみの主がいったい誰だったのかを理解する。

 恐らくくしゃみなどという動作とは永遠に無縁であろうと思っていた、その無表情野郎なのだと。


「…………いかんな。体力を失うということはこういう事か」


 そしてフォールは卒倒した。無表情のまま、石像のように固まってその場に倒れ伏した。

 そう、彼は病に罹ったのだ。きっとこの世に生きる人間達の中で最も多く被害を出し、最も多く蔓延し、最も多くの者が経験するであろう病ーーー……、つまり風邪である。


「「「「えぇ……」」」」


 困惑する魔王達を前に試練は訪れる。

 外に出ることも容易ではない猛吹雪の中、奥深くも手狭な洞窟の中で彼女達は万能主婦兵器不在の大ピンチ。その果てに待ち受けるのは凍死か餓死か、それとも、或いは救いなき絶望の輪舞曲ロンドか。少なくとも食後のデザートは抜きである。


「全員集合。世界の危機だ」


「「「マジかー……」」」



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